Nature Outlook

新薬を開発するための資金が不足している

新しい抗菌薬の開発は世界的に大きなニーズがあるにもかかわらず、製薬会社にその開発を促すための金銭的なインセンティブはほとんどない。

Benjamin Plackett

Sam Chivers

世界中の研究者、公衆衛生団体、政府が、薬剤耐性が次の大きな健康危機であると警告するには相応の理由がある。1960年代以降、細菌や他の微生物は、抗菌薬に対してますます耐性を示すようになってきており、多くの人々の命を奪っている。

薬剤耐性菌によって引き起こされる疾患によって、毎年約70万人が死亡している。そして、国連の薬剤耐性に関する国際機関グループであるIACG(Interagency Coordination Group on Antimicrobial Resistance)は、このまま何も対策を講じなければ、2050年までに、死者数は年間1000万人に膨れ上がると予測している。これは、現在のがんによる世界の年間死亡数を上回る。

新しい抗菌薬が必要なのは明白だが 、そのような薬剤は登場していない。新しい抗菌薬が市場に出ることは少なくなっており、全く新しい抗菌薬のクラスが発見されたのは、1980年代後半が最後である。抗菌薬開発が進まない理由の1つは、抗菌薬を発見して市場に出すことが、多くの場合、製薬会社にとって利益にならないからである。

2017年の推計では、抗菌薬の開発費用は約15億米ドル(約1575億円)とされる1。一方、業界アナリストの推定によると、抗菌薬の販売によって生み出される平均収益は年間約4600万である。生命科学に焦点を合わせる投資会社であるノボホールディングス社(デンマーク・ヘレルプ)の最高経営責任者であるカシム・クタイは、「収益は微々たるものであり、投資を正当化するのに必要な金額にはほど遠いのです」と言う。

その結果、多くの大手製薬会社は、がん治療薬などの収益性の高い薬剤開発ラインを追求し、抗菌薬市場からは撤退している(「低い承認率」を参照)。その代わりに、中小企業や資金提供団体が、この抗菌薬市場のギャップを埋めようと努力している。しかし、薬剤開発の経済性を改善するには抜本的なアプローチが必要かもしれない。

低い承認数
米国では、新たに承認された抗菌薬の数は1980〜2014年に減少した一方で、がん治療薬の承認数は増加した。 | 拡大する

Sources: Antibiotics: C. L. Ventola Pharm. Ther. 40, 277–283 (2015); Cancer drugs: J. Sun et al. BMC Syst Biol. 11 (Suppl. 5), 87 (2017).

パイプラインの問題

生物医学的研究支援などを行っている英国の慈善団体ウェルカムによると、1940年代に抗菌薬が大規模に使われるようになって以降、感染症による死者数は70%減少した。現在の抗菌薬の市場経済を新たに考えることができなければ、この状況が危うくなる可能性がある。

2017年に出された報告書2によると、多種多様な感染症の治療に使用される抗菌薬レボフロキサシンに対するアジア太平洋地域のある細菌株の耐性の保有率は、2000年以前には約2%だったものが、2011~2015年の間に27%に増加したという。

「これは近い将来、大きな問題になります」と、アリーガル・ムスリム大学(インド・アリーガル市)の微生物学者アサド・カーンは警告する。「多くの政府や資金配分機関は、私たちが直面している規模をまだ理解していないのではないでしょうか」。

多くの経済学者も、行動を起こすのが遅れている。ある報告書3 によると、EconLitデータベースに収載されている100万編以上の査読付き経済学論文のうち、薬剤耐性に関係していたのは55編のみであった。一方で、気候変動に関する論文の総数は約1万6000編に上る。経済学は、新しい抗菌薬が市場に出てこないことと大きく関係しているのだ。

どのような種類の医薬品開発も費用のかかる過程だが、抗菌薬の開発は特に困難を伴う。1つの問題は、費用便益比(投資からどれだけの利益が得られるか)が他の薬剤よりもはるかに小さいことである。「利益は、基本的には販売量に価格を乗じたものです」と、エクセター大学(英国)の健康経済学者リチャード・スミスは言う。抗菌薬の場合、販売量も価格も、開発費用を相殺できるほど高くはならないのである。

多くの国で、薬剤の価格が低く抑えられるのは、製薬会社が単独で価格を決めているのではなく、政府機関が価格を評価しているためである。例えば英国では、国立医療技術評価機構(NICE)が、新薬の臨床的な強みと費用対効果を評価する。「薬価を低く抑えようと試みることが、NICEの重要な目的です」とスミスは言う。

他の国にも同様の仕組みがある。オーストラリアでは、新薬が政府の医薬品給付制度(薬の費用を助成する制度)に組み入れられるためには、医療専門家と経済学者で構成される委員会によって、その薬剤が価格に見合う効果があるかどうかの評価を受け、承認されなければならない。カナダも、特許を取得した医薬品の価格を低く抑えるために規制を行っている。

同時に医師は、細菌に耐性が生じるのを遅らせるために、新しい抗菌薬の処方を避けている。「これは、政府や保健機関が、新しい抗菌薬の『割増』薬価を了承する可能性がさらに低いことを意味します。耐性の問題を考える必要がなかった1960年代には、抗菌薬は利益を上げていたのです」とスミスは言う。通常、薬剤には5〜10年の独占販売期間が与えられており、その間、製薬会社は競合から保護され、ジェネリック医薬品が開発されることはない。しかし、これでも、莫大な開発費を回収するには十分ではない。そして独占販売期間が終了すると、他の製薬会社が市場に参入できるようになり、こうした会社は多額の研究費を考慮する必要がなく、価格を下げることができる。

英国の医療経済学研究所による政策報告書4によると、抗菌薬の販売量が少ない理由は、治療サイクルが比較的短いことにある。慢性疾患では、治療薬が数か月から数年にわたって服用されるのに対し、抗菌薬の処方期間は通常、数週間なのだ。

2003年の研究では、注射用抗菌薬の利益は、がんの治療に使われる注射用薬剤の利益の約3分の1であることが分かった5。これに対して、筋骨格系疾患に対する注射用薬剤の利益は、注射用抗菌薬の利益の約11倍である。

費用のかかる開発

考えられる1つのアプローチは、抗菌薬の開発費用を下げることだろう。微生物は、抗菌薬による攻撃を回避する機構を数々進化させてきた。このため、新しい抗菌薬の考案はますます難しくなっており、それに伴って開発費用も増大している。「私たちには今、大きな努力なしに開発できる新薬はありません」と、ウェルカムの薬剤耐性菌による感染症に関する政策と提言プログラムを率いるジェレミー・ノックスは言う。

抗菌薬の研究開発(R&D)の前臨床段階は最もリスクが高く、経済的負担が最も大きい。この段階の費用は、総開発費用の45%近くを占める。特に、有望だと思われる薬剤でも、その多くは開発が成功しないため、製薬会社はほとんど利益は得られず、多額の費用を負担するのみである。従来、抗菌薬の開発は、天然の抗菌性の化合物(多くの場合、他の微生物によって合成される抗菌活性を持つ化合物)を探索することから始まる。次に、このような化合物を用いて一連の実験を行い、製造のスケールアップが可能かどうか、またヒトで安全かどうか、至適濃度がどれくらいかなどが確認される。

しかし、このような開発の初期段階を迅速化するために、より洗練された手法を用いることが求められている。ビッグデータ解析の進歩を利用すれば、抗菌薬研究の収益性を高めることができるかもしれない。今年報告されたある研究では、人工知能(AI)システムを訓練することで、どのような分子が抗菌薬の特性を持つかについての予測が行われた6。このプログラムは、オンラインの化合物ライブラリーを探索し、ハリシンと呼ばれる化合物を見つけだした。ハリシンは、従来の抗菌薬とは異なる構造を持つが、細菌を死滅させた。

1月には、AI創薬を行っているエクセンシア社(英国オックスフォード)が同様の方法を用いて、強迫性障害の治療用のDSP-1181と呼ばれる薬剤を作り出した。エクセンシア社は、平均4.5年かかっていた研究の探索段階を、わずか1年で完了したと述べている。

さらに医療政策のリーダーたちは、すでに使用されているジェネリック抗菌薬の管理を改善しようと試みてきた。簡単な取り組みの1つは、薬剤のローテーションである。すなわわち、ある抗菌薬Aに対する耐性が危機的な水準に達した場合、医師はその抗菌薬Aの処方をやめて、別の抗菌薬Bを使用するというものである。Aの使用を2〜4年間休止している間に、Aに耐性を示す菌はBにより死滅する。その後は再びAを使用することができるようになるわけだ。

しかし、この取り組みを試みた国々で得られた結果は期待外れなものだった。英国では1990年代に、大腸菌の耐性に取り組むために、スルホンアミド系抗菌薬(サルファ剤)の処方を98%削減したが、サルファ剤に対する耐性は高いままであった7。また、トリメトプリム耐性の低減を試みたスウェーデンでの試験も、同様の結果に終わった8。スウェーデンでの研究に関わっていた研究者たちは、トリメトプリム耐性が高いままであったのは、代替薬の抗菌の作用機序が、トリメトプリムと非常に類似していたためであると結論付けた。この研究者たちは、耐性の低減を目指す抗菌薬と代替薬の作用機序がはっきり異なっていることを確認するなど、代替薬の選定により注意が払われていれば、薬剤ローテーションは成功する可能性が高くなると述べている。

ただし、生物学者が、AIのような技術によってこのような逆境に打ち勝って、微生物を新たな方法で攻撃する分子を発見できたとしても、そうした分子が市場に出回る前に克服しなければならない大きなハードルがある。「非常に難しい分野なのです」と、抗微生物分子を探索しているカタール大学(カタール・ドーハ)の微生物学者スース・ズグハイヤーは言う。「細菌を死滅させる新しい化合物を見つける必要があるだけでなく、その化合物が安定で、ヒトに毒性がなく、投与後に肝臓や腎臓に残留しないよう、低用量で作用する必要があります」。

小さな変化

製薬会社の一部は、すでに抗菌薬研究から撤退している。例えば、ノバルティス社(スイス・バーゼル)は2018年に抗菌薬研究を停止すると宣言した。同社の最高経営責任者は、事業をがん治療などの他の分野に集中させると述べている。同年にはこれに続いてサノフィ社(フランス・パリ)が同様の発表を行った。また、2016年には、アストラゼネカ社(英国ケンブリッジ)も抗菌薬研究を停止すると発表していた。まだ抗菌薬研究プログラムを実行している大手製薬会社は4社のみである。 しかし、中小企業や慈善団体の一部は、抗菌薬への投資不足から、公衆衛生上の問題が生じる可能性があると予想している。

例えば、ノボホールディングス社は2018年に、REPAIR(Replenishing and Enabling the Pipeline for Anti-Infective Resistance)として知られる、薬剤耐性への取り組みを支援する投資事業を開始した。この1億6500万ドル(約173億円)のイニシアチブは、抗菌薬の研究開発の初期段階を行っている企業への投資を目的としたもので、投資会社の収入を増やすのではなく、アイデアを確実に軌道に乗せることで抗菌薬研究を支援することを目指している。「インパクトを残すため、利益を犠牲にした最初の基金でした」とクタイは言う。「私たちが抗菌薬の第I相臨床試験を行う会社に資金を提供すれば、その後は他の企業がバトンを受け取って、開発から市販化までを実行してくれると考えていました」。

けれども2019年まで、物事は計画通りには進まなかった。ノボホールディングス社が初期投資を引き継ぐと想定していた投資家や大手製薬会社の多くは、ノバルティス社のように抗菌薬から手を引くことを決定していたのだ。単に廃業してしまった製薬会社も多くあった。ノボホールディングス社が収集したデータによると、抗感染症薬を扱う会社の平均株価は2018年以降71%急落しており、抗菌薬に注力する複数の会社が、破産申請を余儀なくされている。

2016年には、CARB-Xと呼ばれる同様のプログラムが、米国・ドイツ・英国の政府機関の他、ウェルカムやビル&メリンダ・ゲイツ財団(米国ワシントン州シアトル)などの財団や慈善団体からの資金を受けて設立されている。CARB-Xの予算はさらに大規模(5億ドル)だが、REPAIRと同じ問題に直面している。「CARB-Xを設立したときは、まだそれなりの民間投資がありましたが、この2年間で投資家の信頼感が低下したのです」とノックスは言う。

このような資金提供プログラムが、政府や慈善団体などの別の組織からのさらなる支援を受けることなく、抗菌薬の研究開発の初期段階をどれだけの期間支えられるのかは明らかではない。「私たちは、企業に資金を継続して提供する必要があることに気付きましたが、これでは資金が枯渇してしまいます。開発の後期段階にも資金が必要なのです」とクタイは言う。

幸いなことに、産業界が抗菌薬の経済的な問題に対応し始めている兆しがある。7月には、国際製薬団体連合会が、薬剤耐性菌(AMR)アクションファンドを発表した。この薬剤耐性イニシアチブには、ノボホールディングス社やノバルティス社など、24社が参加している。AMRアクションファンドは、2030年までに2〜4種類の新しい抗菌薬を市場に投入することを目指しており、この目標の達成に必要な研究支援に10億ドル近くの投資を行う。

ノックスは、AMRアクションファンドが、CARB-XやREPAIRなどのイニシアチブから次の開発段階へと進む新興企業を支援することを期待している。しかし、助成金や現金の投入は有用であるものの、抗菌薬をこうした魅力のないものにする市場原理は変わっていない。

ネットフリックスモデル

慈善的な支援なしで抗菌薬を経済的に採算性の高いものにするために、一部の保健機関や製薬会社は、抗菌薬をサブスクリプション型モデルに切り替えている。すなわち、購入者は、あらかじめ合意した金額を製薬会社に支払って、必要な量だけ(もしくは少し多めに)抗菌薬を使用するのである。「これはネットフリックスモデルと言われています」、とクタイは言う。このモデルでは、開発の初期段階を行っている企業に対する前払い金が含まれており、これが研究を進めるための奨励金となる。

英国では、この方法でいくつかの抗菌薬に支払いを行う政策が6月に始まった。保健・社会福祉相のマット・ハンコックは、「政府は製薬会社に、1錠単位ではなく、新しい抗菌薬を利用できることに対して支払いを行う」と述べた。まず英国政府は、今年末までに、このサブスクリプションモデルで製薬会社と2つの契約を行う予定である。製薬会社は、研究開発に費用のかかる初期段階の間に、最初の分割払い金を受け取ることになる。ハンコックは声明の中で、この支払い手法は「制限となる障壁を打ち破り、企業にイノベーションを促進して、命を救う可能性のある新しい医薬品を開発するための重要なきっかけを提供する」と述べている。

この動きは、大手製薬会社に歓迎されており、ファイザー社(米国ニューヨーク)は、このニュースに「喜んでいる」と述べた。一方で、より慎重な意見もある。「これは非常に前向きな流れですが、規制や官僚主義に対応した方法はまだ他にもあります」と、オックスフォード大学(英国)の健康経済学者であるローレンス・ループは言う。

他の国々も同様の手法を検討しているようだ。2018年には、当時の米国食品医薬品局の長官スコット・ゴットリーブが、政府の医療プログラムが新しい抗菌薬に対して、ライセンス料を通じて支払いを行うことを提案した。そしてデューク大学(米国ノースカロライナ州ダーラム)の研究者による政策報告書で、これを実行する方法が提案された9。この報告書では、英国モデルのように、包括的な規則を設けるのではなく、政府機関が企業と協力してサブスクリプションの対象となる薬剤を決定し、革新的だと値する抗菌薬のみが収入源から利益を得るようにすることを推奨している。

ノックスは、AMRアクションファンドが他の国にもネットフリックスモデルの採用を促す可能性があると考えている。「未来のことは分かりませんが、AMRアクションファンドは政府に行動を促す圧力になると思います。政府はこれまで、業界が問題であると言って、問題から目を背けることができたのです。このファンドによって、こうしたことは難しくなるでしょう」と、ノックスは言う。実際、AMRアクションファンドが発表されたとき、フランスの経済・財務担当大臣であるアグネス・パニエ=ルナッハーは、価格設定に取り組む必要性を認め、欧州レベルで取り組むよう呼び掛けた。

抗菌薬を開発する必要性は差し迫っているが、生産パイプラインには依然障害がある。この問題に取り組むために、抗菌薬の市場経済を新たに考える必要がある。これは、政府がより少ない抗菌薬の使用で、より多くの金額を支払わなければならないことを意味するかもしれない。「経済モデル全体が破綻しているのです」とクタイは言う。

ベンジャミン・プラケットは、英国ロンドンのフリーランスのサイエンスライター。

原文:Nature (2020-10-21) | doi: 10.1038/d41586-020-02884-3 | Why big pharma has abandoned antibiotics


このOutlookの作成に当たって、塩野義製薬の財政支援に感謝いたします。全ての編集コンテンツについての責任は、Nature が単独で負っています。

References

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  2. Kuo, Y.-T. et al. Lancet Gastroenterol. Hepatol. 2, 707–715 (2017).
  3. Roope, L. S. J. et al. Science 364, eaau4679 (2019).
  4. Sharma, P. & Towse, A. New Drugs to Tackle Antimicrobial Resistance: Analysis of EU Policy Options (OHE, 2014).
  5. Projan, S. J. et al. Curr. Opin. Microbiol. 6, 427–430 (2003).
  6. Stokes, J. M. et al. Cell 180, 688–702 (2020).
  7. Enne, V. I., Livermore, D. M., Stephens, P. & Hall, L. M. C. Lancet 357, 1325–1328 (2001).
  8. Sundqvist, M. et al. J. Antimicrob. Chemotherpy 65, 350– 360 (2010).
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  10. Schneider, M., Harrison, N. R., Daniel, G. W. & McClellan, M. B. Delinking US Antibiotic Payments through a Subscription Model in Medicare (Duke-Margolis Center for Health Policy, 2020).

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