Nature Outlook

チャダグ・ヴィシュナムルシー・モハン:増加する耐性

養殖漁業は世界で最も成長の速い食料生産部門だが、この産業が拡大するにつれ、養殖魚を病気から守るために使われる抗菌薬の量も増えてきた。マレーシアのペナンにある非営利研究組織「ワールドフィッシュ」の科学主任チャダグ・ヴィシュナムルシー・モハンは、薬剤耐性を抑えるようにするために何をすべきかについて、Nature に語った。

Natalie Healey

チャダグ・ヴィシュナムルシー・モハンは、養殖漁業における抗菌薬の使用について研究している。

WorldFish

抗菌薬は、なぜ養殖漁業に使用されるのか

商業用養魚場で病気の集団発生が起こると、養魚家は、原因がウイルスなのか細菌なのかが分からなくても、餌に抗菌薬を加える傾向があり、それが問題を引き起こしています。バングラデシュやナイジェリアなど、アジアおよびアフリカの低・中所得国では、魚の病気を診断する手段がないことが多く、抗菌薬の過剰使用が特に問題となっています。また、こうした国々では、ヨーロッパなどの国々と比べると、抗菌薬の販売制限が少ないこと多いのです。加えて、抗菌薬の使用が規制されていたとしても、その規則が厳密に守られないことも多くあります。

養殖漁業におけ抗菌薬の使用は人間にどのような問題を引き起こすか

養殖漁業は現在、ヒトに感染する微生物の耐性を増加させる原因の1つと考えられています。この耐性の増加は、魚が排泄する水や魚加工品そのものに含まれる抗菌薬に起因しています。

ワールドフィッシュでは、国際水管理研究所(IWMI:スリランカ・コロンボ)と緊密に連携して、抗菌薬が養殖漁業領域からどのように河口や廃水などの他の環境へと流れていくかを調べています。我々はまた、こうした水系における薬剤耐性菌の移動の流れを解明して、耐性菌の濃度が高い場所を予測することを目標としています。

養殖産業の関与を明らかにするために他に行われている研究は

養殖漁業の研究は従来、そのときどきで、単一の病原体に焦点を合わせてきました。しかし、メタゲノミクスのツールによって、ある環境における全ての遺伝物質のスナップショットが得られるようになり、水系中の複雑な微生物群集を明らかにすることができるようになりました。こうした微生物群集の集合をは、マイクロバイオームと呼ばれます。英国の研究者たちは、微生物の組み合わせの中には、養殖水産生物の健康にあまり好ましくないものもあれば、逆に魚を病気から保護するものもあることを報告しています(W. Bass et al. Trends Ecol. Evol. 34, 996–1008; 2019)。私たちは病気を促進する環境の特徴を捉え、そうした特徴のマーカーを見つけて、マイクロバイオームを特定の場所における病気および薬剤耐性の分布と密度を評価するための早期警告ツールとして使えるようにしたいと考えています。

抗菌剤の使用を顕著に抑えることに成功している国はあるか

ノルウェーは、30年前には養殖サケに対する抗菌薬の使用量が最も多い国の1つでしたが、現在では、ほとんど使用されていません。ノルウェーが抗菌薬の削減に成功した要因は、せっそう病と呼ばれる細菌性疾患を予防するための研究開発に、多大な投資したことでした。治療のための投資ではありません。現在では、サケには、せっそう病とビブリオ症という病気の予防接種がよく行われています。

ベトナムは、ナマズの養殖に同様のアプローチをとっています。ですが問題は、ワクチンが例えばベトナムで開発されたとしても、インドやバングラデシュなどのナマズ生産が盛んな他の国でそのワクチンが自動的に使用できるようになるわけではないということです。ワクチンの有効性に関するデータは特定の地域で収集しなければならず、各国での承認プロセスには長い時間を要します。

他に必要なことは

結局のところ、行動の変容を促すことに尽きます。養殖家への教育、養殖家の意識向上がカギとなります。また研究者は、抗菌薬の使用を最小限に抑えている養殖家に対し、認証プログラムなどによってを報奨するる方法が、抗菌薬使用量を減少させるのに役立つかどうかを調べるべきだと思います。

そのようなインセンティブは、アジアの一部の地域ではすでに存在しています。例えば、ベトナム、インドネシア、インドでは、エビなどの高価な養殖漁業製品が認証の対象となっており、輸出には認証が必要になることが多いのです。しかし、地元の人々が食べるコイやティラピアなどの魚については同様のアプローチがとられていません。小規模養殖家の多くは、認証生産者になるためのコストのかかる手続きをとる余裕がないからです。それに、持続可能性が認証されていることで心を動かされる消費者は少数派です。多くの消費者が気にするのは、価格ですから。

聞き手:ナタリー・ヒーリー
このインタビュー記事は、長さと明快さのために、一部編集してあります。

原文:Nature (2020-10-21) | doi: 10.1038/d41586-020-02890-5 | Aquaculture’s role in propagating antimicrobial resistance must be addressed


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