Author interview

過敏性腸症候群

福土 審氏

掲載

過敏性腸症候群(IBS)は、有病率の高い機能性消化管疾患である。本疾患は、消耗状態に陥る例もあるが、軽症または中等度の症状を呈する例もある。最も重要なリスク因子は、女性、若年齢、および消化管感染の持続である。… 続き

―― 今回のPrimer「Irritable bowel syndrome(過敏性腸症候群)」について、インパクトはどこにあるとお考えでしょうか?

欧米日の第一線の研究者が集結し、「過敏性腸症候群は、実は隠れた医学上の大問題である」ということを、白日の下に晒した点にあると思います。過敏性腸症候群が消化器にとどまらず、脳科学、微生物学、免疫学、ゲノム科学、心身医学、行動医学などの幅広い領域において普遍的なテーマを含む病態であることを示しました。

過敏性腸症候群を軸とし、機能性ディスペプシア、胃食道逆流症、便秘、下痢、悪心などの慢性の消化器症状をきたす病態群、慢性疲労症候群、線維筋痛症、慢性疼痛、摂食障害などの慢性の身体症状を呈する疾患群、うつ病、不安障害、身体化などの情動の障害も位置づけています。過敏性腸症候群は疫学研究でも全人口の11%程度と高頻度に認められています。残された謎を解く鍵を見つければ、それが多数の疾患に次々に応用できる公算も高いと考えられます。

―― どのような新たな知見や研究成果が紹介されているのでしょうか?

過敏性腸症候群の原因と病態生理についての興味深い知見を紹介しています。たとえば、感染性腸炎に罹患後に、腸炎そのものは改善しても下部消化管の症状が持続・発生する「感染性腸炎後過敏性腸症候群」などに触れています。微生物と炎症による神経系の感作が主な原因です。

また、過敏性腸症候群では粘膜透過性が亢進しており、「主要型の下痢型、便秘型、混合型のどのようなタイプにおいても、細胞接着に関与するタンパク質(zonula occuludens 1など)の発現が低下していること」、「ゲノム解析でも、接着タンパク質(cadherin 1やclaudin 1など)の発現量が低い遺伝子多型と過敏性腸症候群との関連が示唆されていること」などを紹介しています。

過敏性腸症候群では、腸内細菌が健常者とは異なる点にも触れています。患者では、ファーミキューテス門菌数/バクテロイデス門菌数比の上昇、ルミノコッカス・トルケス、ロゼブリア属、ブラウティア属、ベイヨネラ属、ガンマプロテオバクテリア綱の増加、ビフィドバクテリウム属、クロストリジア目の減少などが見られます。これらの変化は、細菌代謝産物、消化器症状、炎症マーカーの変化とも関連しています。

さらに、脳機能画像によって過敏性腸症候群における脳腸相関の病像が明確になり、内的感覚である内臓感覚由来の感覚運動ネットワーク、顕著性ネットワーク、情動覚醒ネットワークの異常が検出されていることも紹介しました。

―― 診断、治療、予防等にどのように生かせるとお考えでしょうか?

いずれにも大いに役立つと思います。診断基準について、本総説では刊行当時(2016年3月)の国際委員会が定義したRome III基準を用いており、現在は2016年5月公刊のRome IV*が出ていますが、大きな変更はありません。治療については、基本姿勢とともに、食事療法、薬物療法、心理療法の3つを詳しく解説しました。予防については国際的にも研究がほとんどないため、今後の研究目標になると思います。私たちも予防法について研究中です。

若手の臨床医には、本総説を実地臨床で試すことをお勧めします。例えば、通常の下痢型過敏性腸症候群では、便形状が水様から泥状ながら硬便も少量見られ、不規則性が特徴です。これに対し、胆汁性下痢では水様便・泥状便が優勢です。下痢型過敏性腸症候群にはセロトニン5-HT3受容体拮抗薬が有効である一方、胆汁性下痢には胆汁酸吸着薬が有効です。また、便秘型過敏性腸症候群には、上皮機能変容薬の高いエビデンスが示されています。過敏性腸症候群の腹痛には少量の抗うつ薬が有効です(疼痛上行路と脳内処理過程の変容によると考えられる)。ただし、抗うつ薬の中で便秘の副作用の頻度が高いものは、便秘型には向きません。

生活の質(QOL)を重視するのが現代医療の潮流です。過敏性腸症候群は心理計量学でも先端的臨床研究が多く、症状とQOLの数値化の面で大いに参考になるでしょう。

―― 残された謎、解明すべき病態等はございますか?

Outlookの項目に解明すべき内容の具体例を示しています。それ以外では、腸内細菌と脳内ネットワーク特性の関連について解析を進めるべきだと考えています。たとえば、ゲノムワイド関連分析で示唆された遺伝子(KDELR2GRID2IPなど)との関連などが興味深いと思います。私の教室では、一貫してストレス応答について研究しており、本総説でも取り上げられた副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)系の異常の詳細を調べる必要があると考えています。

発酵性オリゴ糖・二糖・単糖・糖アルコール類 (FODMAPs)を多く含む食事は過敏性腸症候群を悪化させることがわかっていますが、欧米以外の各国の食事でも低FODMAP食が過敏性腸症候群に有効かどうかは不明で、こちらも検討の余地がありそうです。

―― 過敏性腸症候群領域や若手臨床医に対しての思いをお伺いできますか?

実際の臨床場面では、過敏性腸症候群には食事療法・薬物療法が無効な例にも遭遇します。その場合は心理療法の適応になり、本総説においても有効性を示しています。日本では自己催眠の一種である自律訓練法が良く使われ、米国・英国では催眠療法のデータがあります。認知行動療法の有効性も体系的に証明されてきており、最先端の心理療法としてマインドフルネス・ストレス低減法が重視されています。瞑想を治療に取り入れたもので、脳科学からの解析もなされており、さらなる展開が楽しみです。

過敏性腸症候群の研究領域は一見狭いようですが、実は多くの領域につながる普遍性をもっています。事実、脳腸相関の現象は Nature 関連誌に良く掲載されるようになってきた上昇株の領域だといえるでしょう。過敏性腸症候群は患者さんが非常に多く、適切な治療を受けられずにいる人や難治性の人もいます。一方で、過敏性腸症候群の専門家や研究者は少ないのが現実です。若手のみなさんに参入していただき、インパクトが大きい過敏性腸症候群の謎を一緒に解明できたら嬉しく思います!

*Rome IVでは、過敏性腸症候群は「腹痛が、最近3ヶ月の中の1週間につき少なくとも1日以上は生じ、その腹痛が、①排便に関連する、②排便頻度の変化に関連する、③便形状(外観)の変化に関連する、の3つの便通異常の2つ以上の症状を伴うもの」と定義されている。類似疾患群との鑑別のための臨床検査は、血液検査、糞便検査を中心とし、必要時に大腸内視鏡検査を実施するというのが基本方針。

聞き手は、西村尚子(サイエンスライター)。

Nature Reviews Disease Primers 掲載論文

過敏性腸症候群

Irritable bowel syndrome

Nature Reviews Disease Primers 2 Article number: 16014 (2016) doi:10.1038/nrdp.2016.14

Author Profile

福土 審

医学博士。機能性消化管障害国際ローマ(国際Liaison、III、IV)委員会委員。アメリカ心身医学会若手研究者賞、アメリカ消化器病学会マスターズ賞などを受賞。

1983年 東北大学医学部医学科卒業
1987年 東北大学医学部附属病院心療内科助手・デュ−ク大学医学部研究員
1997年 東北大学医学部附属病院心療内科講師
1998年 同 助教授
1999年 東北大学大学院医学系研究科教授(現・行動医学)
2011年 東北大学病院 心療内科科長
福土 審氏

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