枠を外して考える力:オルガノイド研究の最前線を走る若き旗手
Credit: Thom Leach/Science Photo Library/Getty
–– ミニ臓器とも呼ばれるオルガノイド。2013年に発表した肝臓オルガノイドの論文1で一躍注目を浴びました。
Natureに発表したヒト肝臓オルガノイドの論文の反響は確かに大きかったです。さまざまなところからPI(主任研究員)のオファーもいただき、2016年からは米国の小児病院で研究室を持つことになりました。日本にもポジションがあり、現在は2〜3週間ごとに日本と米国を行き来する生活を送っています。
–– この論文は、オルガノイド研究においてどんな点が新しかったのでしょうか?
オルガノイドは、iPS細胞(人工多能性幹細胞)などの幹細胞を培養して作る三次元構造物です。ミニ臓器とも呼ばれるように、数百ミクロンから数ミリメートルほどの小さいものですが、本物の臓器の解剖学的な特徴が少なくとも一部は再現されています。病気のモデルや再生医療に利用できる可能性があるので、今盛んに研究されています。
2011年、私は医学部を卒業すると同時に肝臓オルガノイドの研究をスタートしました。当時は、肝臓だったら肝細胞というように、1種類の細胞だけでオルガノイドを作ることが目指されていました。でも、実際の肝臓という臓器には肝細胞以外にも複数種類の細胞が含まれていて、それらによって肝臓の機能が営まれているのです。私は、血管系細胞を含む複数種類の細胞からなる肝臓オルガノイドを作ることに成功し、それが新しかったのだと思います。
–– 本物の臓器により近いオルガノイドを作ったのですね。
もう1つ、私のオルガノイドが新しかった点は、動物の体内で細胞を自律的に組織化させることによって立体構造を作ったことです。iPS細胞を肝細胞や血管系細胞の前駆細胞に分化させていく最初の段階は、培養容器中で行いました。それらの細胞群がある程度まとまった時点で、マウスの体内に移植したのです。すると、オルガノイドの血管が周囲の血管系とつながって栄養の供給を受けるようになり、オルガノイドが成長を続け、肝臓の機能を示すようになりました。
–– その後もオルガノイドの研究を前進させてきました。
大きく2つの基軸でオルガノイド研究を進めてきました。1つは、構成する細胞や組織の種類を増やすことで、より複雑な臓器を作るやり方です。例えば、肝細胞にさらに間葉系の細胞(臓器を支える支持的な細胞)や免疫系の細胞を加えたり、肝臓に隣接する胆管の細胞を加えたりしていきました2–5。
もう1つの基軸は、1種類の細胞と見なされている細胞であっても多様性を示すことがあり、その多様性を作り出していくやり方です。今回Natureに発表した論文6がまさにそれです。
多層構造の肝臓オルガノイドを作る
–– 今回の研究について詳しく教えてください。
肝細胞という1種類の細胞であっても、肝臓の中のどこに位置するかによって、異なる性質を持つことが以前から知られていました。肝臓には大きな血管(静脈)が2つ含まれていて、血液が入ってくるのが門脈で、血液が出ていくのが中心静脈です。そのどちらに近いかで肝細胞の性質は大きく異なるのです。例えば空腹時において、門脈に近い肝細胞は糖を作り、中心静脈に近い肝細胞は糖を分解するというように、正反対の働きをします。
今回初めて、こうした多様性を考慮した多層構造の肝細胞からなるオルガノイドを作り出しました6(図1)。具体的には、ビリルビンとアスコルビン酸の2つの物質の濃度を変えることで、門脈周辺の肝細胞と中心静脈周辺の肝細胞を作り分けることができました。
図1 多層構造を持つ肝臓オルガノイドの自己組織化
共培養によって2種類のオルガノイドが融合していく様子を捉えた光学顕微鏡像。各右下画像は、アスコルビン酸を自己合成する肝細胞(赤色)、ビリルビン処理した肝細胞(緑色)を示している。スケールバー:200 µm。REF 6
–– ビリルビンとアスコルビン酸が鍵となることをどのように発見したのですか?
今回の研究は、バングラデシュから来た博士課程の大学院生のハッサン・アル・レザに担当してもらいました。彼の先行研究7のデータを見ていたときに、気付いたことがきっかけです。
ビリルビンは胆汁の中に含まれている黄色い色素で、肝臓から腸に送られます。ビリルビンが肝臓にたまり過ぎると高ビリルビン血症を来します。先行研究のテーマは、高ビリルビン血症を先天的に引き起こしてしまう病気についてのモデルを作ることでした。ビリルビン自体が肝細胞にどんな影響を及ぼすかを知るために、肝細胞の遺伝子発現の状態を1細胞レベルで測定することにしました。1細胞RNAシークエンシングという方法で測定できます。測定の対照には、高ビリルビン血症の状態を和らげることを期待して、アスコルビン酸を自己合成できるオルガノイドを用い、ビリルビン刺激時とアスコルビン酸刺激時の肝細胞の遺伝子発現を比べました。
対照としていた肝細胞のデータを見たときに驚きました。ビリルビンとアスコルビン酸を曝露したときの遺伝子の発現が、それぞれ中心静脈付近と門脈静脈付近に偏っていたのです。「あれっ、待てよ」、ビリルビンとアスコルビン酸が、肝細胞の違いを区別する因子になるかもしれないとひらめきました。そこでハッサンに「もう少し踏ん張ってみよう。肝細胞の多様性に一石を投じるような研究成果が出るかもしれない」と言って励まし、詳しく確認する実験を続けてもらったというわけです。
–– ヒトはアスコルビン酸を合成できないですね。
その通りです。ヒトはアスコルビン酸合成酵素を持たないからです。アスコルビン酸合成酵素を作るマウスの遺伝子を導入することで、アスコルビン酸を自己合成できるヒトiPS細胞を作り、それからオルガノイド作ったのです(図2)。このオルガノイドは数年前に出来上がっていたのですが、使わずにおりました。
図2 門脈周辺と中心静脈周辺の肝細胞を含んだ肝臓オルガノイドの作り方
Gulo遺伝子を導入してアスコルビン酸を合成できるようにしたオルガノイドと、ビリルビン処理したオルガノイドを共培養する。REF 6
アスコルビン酸はビタミンCとして働き、その欠乏はどんな病気にも関係してくるような重要な物質なので、私は10年程前から関心を持っており、いろいろなメンバーに「面白いから調べてみたら」と勧めていました。でも興味を持ってもらえなかったり、着手したけど粘れなかったりして、寝かしつけられちゃっていたのです。今回ようやくこのアイデアが開花したので喜んでいます。
フレームを外して考えることを大切にしている
–– アイデアを思い付くために、心掛けていることは?
データを見るときには、自分の研究のフレーム内だけでなく、あえてフレームを外して、想定していた道から外して考えてみるようにしています。最初に立てていた仮説をあえてねじ曲げて考えるといいますか。そうしたことをできる限りやろうとしてきました。今回の研究でもそれに近いことができたと思います。
–– そのような見方はいつ頃から?
肝臓オルガノイドの研究は医学部を卒業してから開始しましたが、再生医療の研究自体は医学部の2年生ごろから始めていました。その時に考えたのですが、「再生医療の研究にずっと携わってきた人たちに比べたら、自分の知識や経験は非常に浅い。そんな自分が、自分らしさを発揮できるアプローチって何だろう」と。
教科書や論文に既に書かれているフレームに沿って研究するアプローチだったら、別の専門家が既にやっているだろう。そうではなく、素人みたいな自分だからこその視点や、絶対誰も考えないような視点を大切にしていこうと、その時から、こういうスタイルを大事にしてきました。
指導教授からは、「武部君は木登りを怖がらない子どものような発想の仕方をするね」とよく言われました。恐れずに好きなことにどんどん挑戦していくのが自分の特徴なのだと、その言葉を聞いたときに自覚できた記憶があります。
–– 2013年の論文1は、まさにそれまでのオルガノイド研究者が誰も考えないような見方に導かれて開花したのですね。
私は高校生の頃に親しい友人の父親が肝臓の病気になったこともあり、肝臓移植に興味を持っていました。留学をして移植医療の現場も見てきました。移植手術では、ドナーの肝臓の血管を移植される患者の血管とつなげる手術します。それなのに、オルガノイドを1種類の肝細胞だけで作ろうというそれまでの考え方に大いに違和感を持ちました。だから、血管系の細胞をはじめ、複数種類の細胞からなる肝臓オルガノイドの作製を目指しました。
また、レゴブロックを並べるように、細胞を工学的な材料上に並べて臓器を作るという考え方にも違和感を持ちました。赤ちゃんの体が母親の体内で作られていくときのように、細胞の自律性を大切にしようと思いました。
この2013年の研究では、予定外の培養容器を使ったことも幸運に作用しました。通常は細胞が付着する容器を使いますが、誤って、付着しない容器を使ったことが功を奏しました。その後、容器の下地となるゲルの種類や厚さをいろいろ試して、最適な条件を見つけ培養した前駆細胞の塊を動物体内に移植しました。
研究のチームプレイの原点は部活
–– 医学部時代から留学、研究と精力的に活動されていますね。
医学部では部活動の勧誘などが活発で、多くの人たちが実際に部活に入っていましたが、私は中高6年間にブラスバンド部の活動に打ち込んだので、やりきった感があり、医学部では切り替えて、勉強や研究に打ち込みました。
中高の部活では、とても多くのことを学びました。ブラスバンドは全員で1つの音を作っていくのですが、メンバーの中にはいろいろな考え方の人がいます。そういう多様な人たちの気持ちを理解しつつ、意思統一をしていく大変さを経験しました。
自分にとって非常につらい経験を味わったのも、部活を通してでした。高2の時に、僅差の得点で上位の大会に行けないという悔しい思いをしたので、私の代では多くの仲間が高3になっても部活を続けました。指導の先生は、自分の本職の仕事を辞めてまで私たちの指導に付き合ってくれました。でも、それなのに、私たちはまたもや僅差で上位の大会に行けなかったのです。すごく精力的にやった結果がこれかと、非常にこたえましたが、それも含めて、学ぶことは多かったです。
–– 卒業と同時に助手、2年後には准教授と異例の速さでキャリアを積まれました。博士号を取得したのはかなり後なのですね。
学部時代の活動を評価していただき、博士号は後回しにしてポジションに就くことができました。自分だけで実験したのは学部時代だけで、その後はチームを組んで実験を進めました。チームで分担しなければ、Natureからの膨大なリバイスの実験要求に短期間で応えることはできなかったでしょう。
自分のアイデアや面白い発想を自分1人だけで実現するのは簡単ではありません。早い段階で他の人を巻き込みながらやった方が、最後はうまくいくと思うのです。自分だけでなく、いかに他の人たちもワクワクさせられるかが大事です。PIになってからは、ある程度兆しが見えた時点で、どんどん人を巻き込むようにしています。
PIとして学生やポスドクを指導する場合、最初の方向性をつかむまでは介入します。その後のやり方はその人に任せますが、要所要所で自分も現場に行って結果を一緒に見て体感し、本当にエキサイティングなものかどうかを見極めるようにしています。
これまで、自分のアイデアの方向性が間違っていることはほぼないですね。帰結が想定と若干ずれることはあります。うまくいかないことも、もちろんたくさんあります。でもそれは、方向性が間違っていたというよりも、最後まで粘れず、寝かしつけられちゃっていることがほとんどです。
38歳にして4機関のPIを務める
–– 現在は4つの機関の准教授・教授を兼任し、学問の枠組みにもとらわれず挑戦されています。
シンシナティの研究室では、これまでに述べてきたように、オルガノイドの基礎研究が中心です。
東京医科歯科大学(現 東京科学大学)では、腸呼吸の研究をしており、現在、第1相臨床試験を行っています。呼吸不全の患者さんに使える治療法をなるべく急いで開発できないかと考えたのがきっかけです8。いろいろな生物の呼吸法を調べ、ドジョウが低酸素環境下ではお尻からガス交換ができることを知りました。呼吸不全の患者に腸呼吸による呼吸管理法を使えるようにしたいと考えています。
大阪大学の器官システム創生学では、オルガノイドを臨床に実際に応用するために必要な技術の開発を行っています。つい最近は、オルガノイドを用いた体外循環治療システムUTOpiAを開発しました9。重症患者の集中的な治療を行う際に使う体外式の人工肝臓で、数ミリメートル程度の小さいオルガノイドを何千と詰めたカラムを用いています。
図 3
肝臓オルガノイドを用いた体外循環治療システムUTOpiA Credit: Takebe Takanori
そして、横浜市立大学では、Street Medicalという新しい学問領域の研究を行っています。デザインなどの手法を医学に取り入れることで、一般の人々を対象に日常生活の中に仕掛けを施し、自然に健康や幸せに近づけるような取り組みを広げていこうと考えています。鉄道の駅を対象に、上りたくなる音の出る階段を作って日常から運動不足を解消させることなども1つの事例です。
–– マルチな活躍ぶりですね。
正直今は忙しく、日本に居ても米国と会議するし、米国にいても日本と会議をし、研究が趣味のような毎日を送っています。4つを兼任し、異なる仕事を並行して行っていることは、自分にとってはとても有効に作用しています。視点を移行させることで、視野が広がったり、集中力が高まったり、効果的に影響し合ったりするのです。
–– 腸呼吸の研究ではイグノーベル賞も受賞されました。授賞式での腸呼吸をするドジョウのかぶり物も可愛らしく、一般の人の間でも有名になりました。
最初はちょっととまどいました。日本医療研究開発機構(AMED)などから助成金をもらっている研究でしたので、助成金の審査官がどんな顔をするだろうかと気になりもしました。でも、ほとんどの方がポジティブに捉えてくださったので、受賞をお受けすることにしました(笑)。
–– これからの研究はどのように?
オルガノイド研究には、今、大勢の研究者が入ってきています。オルガノイドを使えば、動物を使わずに、ヒトの病気の予測ができる可能性がありますから、動物愛護の観点からも今後ますます発展が期待されます。将来的には移植医療に応用することも可能でしょう。
私は今後もオルガノイド研究を続けていきますが、今取り組んでいるのは、前後軸、左右軸、背腹軸の3つの軸を制御した形でオルガノイドを発生させることです。とても面白い発見がありましたので、期待してください。
–– ありがとうございました。
聞き手は藤川良子(サイエンスライター)
著者紹介
武部 貴則(たけべ・たかのり)
シンシナティ小児病院(米国)准教授・CuSTOM副センター長、大阪大学教授・ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(WPI-PRIMe)副拠点長、東京科学大学教授、横浜市立大学特別教授
2011年 横浜市立大学医学部医学科卒業、同大学医学系研究科助手、2013年 准教授。2016年 シンシナティ小児病院(米国)准教授、2017年 同病院幹細胞・オルガノイド医療研究センター(CuSTOM)部長、2018年 東京医科歯科大学(現 東京科学大学)教授、2019年 博士(医学、横浜市立大学)、2023年 大阪大学医学系研究科教授。
Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 12
DOI: 10.1038/ndigest.2025.251235
参考文献
- Takabe, T. et al. Nature 499, 481–484 (2013).
- Takabe, T. Cell Stem Cell 16, 556–565 (2015).
- Camp, J. G. et al. Nature 546, 533–538 (2017).
- Ouchi, R. et al. Cell Metab. 30, 374–384 (2019).
- Koike, H. et al. Nature 574, 112–116 (2019).
- Hasan, A. R. et al. Nature 641, 1258–1267 (2025).
- Hasan, A. R. et al. Stem Cell Reports 18, 2071–2083 (2023).
Fujii, T. et al. Med https://doi.org/10.1016/j.medj.2025.100887 (2025).
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