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ノーベル化学賞は「スーパースポンジ」材料の開発に

ノーベル化学賞を受賞した北川進、Omar Yaghi、Richard Robson(左から)。 Credit: Kota Kawasaki/Yomiuri Shimbun via AP/Alamy, Brittany Hosea-Small/UC Berkeley, Paul Burston/University of Melbourne

2025年のノーベル化学賞は、「金属有機構造体(MOF)」として知られる極めて多孔質な材料群を開発した3人の科学者に授与される。

京都大学の北川進(きたがわ・すすむ)、メルボルン大学(オーストラリア)のRichard Robson、カリフォルニア大学バークレー校(米国)のOmar Yaghiは、MOFという新たな形態の「分子建築物」を開発した功績で、1100万スウェーデンクローナ(約1億8000万円)の賞金を分け合うことになる。MOFは内部表面積が極めて広く、ガス貯蔵や触媒として使える他、薬物送達など多くの応用可能性がある。

ノーベル化学賞選考委員会の委員長で、ルンド大学(スウェーデン)のナノ物理学者であるHeiner Linkeは受賞発表の席で、「今年の受賞者らは、内部に大きな空洞を持つ、全く新しい材料を作り出す方法を見いだしたのです」と説明。さらに「そうした材料は、『ハリー・ポッター』に出てくるハーマイオニーのハンドバッグのようなもので、小さな体積に大量の気体を貯蔵することができます」と続けた。

これまでに作製されたMOFは10万種類以上に上り、多くの商業的応用が提案されている。「大気や排ガスから二酸化炭素を分離できる材料や、廃水から毒性分子を分離するのに使える材料を作り出すことができます」とLinke。

北川は受賞発表直後の電話インタビューで、MOF研究を進めてきたのは、社会貢献の可能性だけでなく、純粋に楽しかったからだと語った。「長年の研究が認められて大変光栄です」。

一方、Yaghiは記者会見の席で、受賞の電話を受けたのは、長いフライトの後に空港で手荷物を受け取ろうとしていた時だったと語った。「ただただ驚き、そしてとてもうれしかったです」。

多孔性ポリマー

MOFの概念は、Robsonによって1980年代に初めて示された。Robsonと共同研究者であるメルボルン大学のBernard Hoskinsは、各炭素原子が4つの炭素原子と結合しているダイヤモンド結晶の構造に着想を得て、銅原子が有機リンカー分子で連結した四面体ユニットからなる材料を設計した1,2

北川は1990年代初頭、空洞内の水を除去して代わりに気体で満たしても構造を維持できる、安定な構造体を開発した。MOFの重要な特性の1つは、その空隙(くうげき)を埋める分子が構造体自体とは強く結合し過ぎず、容易に除去できることである。「この技術には、エネルギー論が非常に重要です」と北川。彼はさらに、こうした構造体の形状が、圧力や温度、光照射など周囲環境の変化に応じて変化し得ることも見いだした3

同じ頃、Yaghiは「金属有機構造体」という用語を作り出す4とともに、カルボキシレート基からなるリンカー分子を用いて、最高300℃でも構造を安定に保持できるMOFを開発した。彼は他にも、立方晶構造のMOF(参考文献5)や、リンカーがはるかに長く内部表面積が非常に広いMOFを作製している。

MOFは1 g当たり最大で7000 m2の表面積を持ち、これはサッカー場約1面分の面積に相当する。「人々はすぐに、MOFの可能性に気づきました」と、アデレード大学(オーストラリア)の化学者Christian Doonanは言う。彼は、Yaghiの研究室でポスドクとして研究していた。

Yaghiの研究は、「内部の分子を除去しても構造を永続的に維持できるよう、MOFの化学を発展させました」とDoonanは説明する。「それが、無機化学という狭い分野以外の研究者らの興味を引いたのです」。

最も研究された材料

MOFは「おそらくこの20年で最も研究された材料の1つ」だとDoonanは言う。MOFは、その多孔性構造とブロック構成の設計故に、サイズと形状を調節でき、表面上にも成長させられる。だが、商業生産されているMOFはまだ少ない。スバンテ・テクノロジーズ社(Svante Technologies、カナダ・バーナビー)は、MOFによる二酸化炭素の回収を開始しており、CALF-20と呼ばれるMOFが工場の排ガスから温室効果ガスを除去できることを示した(2025年10月号「化学的な『スーパースポンジ』がついに市場へ」参照)。他にも、空気から水を捕集するMOFや、有毒ガスを除去・貯蔵するMOFを開発している会社がある。

Doonanは、Yaghiのことを「素晴らしい科学者で素晴らしい科学コミュニケーター」と表現する。彼はまた、昨年メルボルン大学を訪れた際、Robsonが「80代後半にして、白衣姿でせわしげに薬品を混合していた」と振り返った。

「この分野の発展で、私たちは適切なMOFを適切な応用に結び付ける術を学び、理解を深められるようになるでしょう」と、クイーンズ大学ベルファスト校(英国)の化学者Stuart Jamesは言う。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2025.251217

原文

Chemistry Nobel for scientists who developed massively porous ‘super sponge’ materials
  • Nature (2025-10-08) | DOI: 10.1038/d41586-025-03195-1
  • Davide Castelvecchi & Miryam Naddaf

参考文献

  1. Hoskins, B. F. & Robson, R. J. Am. Chem. Soc. 111, 5962–5964 (1989).
  2. Hoskins, B. F. & Robson, R. J. Am. Chem. Soc. 112, 1546–1554 (1990).
  3. Kitagawa, S. & Kondo, M. Bull. Chem. Soc. Jpn. 71, 1739–1753 (1998).
  4. Yaghi, O. M., Li, G. & Li, H. Nature 378, 703–706 (1995).
  5. Li, H., Eddaoudi, M., O’Keeffe, M. & Yaghi, O. M. Nature 402, 276–279 (1999).