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液–液相分離でオートファジーが動きだす

野田 展生、藤岡 優子

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200528

細胞内で起こる液-液相分離という物理現象が注目されている。細胞の活動に大きな影響を及ぼしていることが分かってきたからだ。そして今回、オートファジーの開始タンパク質の働きに対しても、重要な役割を担うことが明らかになってきた。オートファジー研究の新しい局面を開いた微生物化学研究所の野田展生部長と藤岡優子上級研究員に話を聞いた。

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Mandy Disher Photography/Moment/Getty

–– ノーベル賞を取られた大隅良典先生と長年、共同研究をしてこられたそうですね。

野田:2002年のことでした。当時私たちが所属していた北海道大学の構造生物学研究室に、大隅良典先生から構造解析の依頼があったのです。大隅先生が発見されたオートファジー関連タンパク質の解析の依頼でした。

大隅先生は、Atg1、13、17など、18個のオートファジー関連タンパク質を発見されていました。オートファジーの開始に重要と考えられているタンパク質ではありますが、構造も機能もよく分かっていなかったのです。

藤岡:それ以来、大隅先生と共同研究を行ってきました。タンパク質の構造解析とは、タンパク質の結晶を作るのが主な作業で、コツコツとやっていく地味な作業です。

–– それから18年後、今回の研究は?

野田:オートファジーは、細胞内の不要な物質などを分解して、細胞の恒常性維持に関わる仕組みです。これまでの大隅先生たちの研究で、オートファジーが開始される際に、Atgタンパク質群が細胞内で集合することが分かってきました。今回私たちは、この集合に「液–液相分離」という物理現象が関与していることを発見したのです。

液–液相分離の関与を明らかに

–– 液–液相分離とはどのような現象なのですか?

野田:均一な溶液が複数の液相に分離することを液–液相分離といいます。分離した相は水に浮いている油のような状態です。細胞内のさまざまな現象に液–液相分離が関与していることが、最近の複数研究から判明しています。

例えば、細胞内で、あるタンパク質の濃度の高低ができるとしましょう。そのとき、濃度の高い部分は、周囲の濃度の低い部分と液–液相分離をしているわけです。その濃度の高い部分は、液滴と呼ばれる球体を形成します(球体はエネルギー的に安定)。この中はタンパク質濃度が細胞内の他の部分よりも高いので、そのタンパク質が関与する化学反応が起こりやすくなったりするのです。細胞内には、膨大な種類のタンパク質分子が存在していますから、特定の化学反応に関与する分子群が液滴に集まれば、反応が効率よく進むということも想像しやすいでしょう。

–– タンパク質濃度の高低はどうして生じるのでしょうか?

野田:いろいろな場合がありますが、今回の私たちの研究を例に説明しましょう。Atg13というタンパク質は、細いヒモ状の特徴的な形をしており、普段はその所々がリン酸化されています。ところが、細胞が栄養飢餓状態に置かれると、それらが脱リン酸化されるのです。この脱リン酸化をきっかけとして、Atg13をはじめとするタンパク質群の集合が起こり、液滴が形成されます。つまりこの場合、脱リン酸化が液滴形成のスイッチになるわけです。

藤岡:脱リン酸化によってAtg13タンパク質と他のAtgタンパク質の間に弱い相互作用が働くようになり、集まるのだと思います。

–– オートファジーの開始時にAtgタンパク質が集合するということでしたが、それが液滴だったのですね。

野田:そうなのです。大隅先生は、Atgタンパク質の集合した構造体をPASと名付けました。しかしこれまで、その実体がよく分かっていませんでした。それが今回、タンパク質が強く結合した構造体ではなく、タンパク質が濃縮された液滴だということが分かったのです。

–– このような液滴が、化学反応の起こる場になるのですか?

野田:そうです。Atg13の脱リン酸化により形成される液滴の場合、液滴中で起こるさまざまな化学反応の詳細は解明できていません。しかし、反応の1つとしてAtg1タンパク質の活性化が引き起こされるということが分かりました。Atg1タンパク質はリン酸化酵素で、これは、オートファジーの反応を次のステップ(オートファゴソームという袋構造の形成)に進行させるのに必要であることが、これまでの研究で分かっています。

これらをまとめると、Atg13の脱リン酸化⇨Atgタンパク質群の集合⇨液滴形成⇨Atg1活性化⇨オートファゴソームの形成、という流れになります(図1)。液滴が形成されなければAtg1が活性化されず、オートファゴソームも形成されないことを、今回の研究で明らかにしたのです。

図1 リン酸化されていたAtg13の脱リン酸化が引き金となって、PASが形成され、Atg1の活性化が起き、オートファゴソーム形成が起こるというモデル。 | 拡大する

「柔らかい」構造のタンパク質が液–液相分離する

–– Atg13はヒモ状とのことですが、ヒモ状であることと液–液相分離には関係があるのですか?

野田:大いにあります。タンパク質は、きちっとした立体構造をとると思われがちです。ところが、実際にはヒモ状のAtg13のように、柔らかいというか、柔軟な構造をしているタンパク質がかなり存在するのです。それらの「柔らかな」タンパク質は定まった立体構造をとらず、結晶も形成しにくく、「天然変性タンパク質」とも呼ばれています。天然変性タンパク質が、液–液相分離を起こしやすいことは、多くの研究者により報告されてきました。天然変性タンパク質は弱い相互作用を多数形成できるので、それが液–液相分離に重要だと考えられています。

–– ヒモ状の構造かどうか、結晶構造解析で分かるのですか?

野田:いいえ。タンパク質の構造解析は、一般的には、タンパク質を結晶化し、それをX線で解析します。しかしヒモ状のタンパク質は柔らかく、結晶化しにくいため、X線で解析できません。

私たちの場合、高速原子間力顕微鏡(AFM)という特殊な顕微鏡によって、ヒモ状である様子を撮影できました。高速AFMは、金沢大学の安藤敏夫特任教授が開発した、溶液中のタンパク質をそのまま可視化する顕微鏡です。この高速AFM画像から、Atg13が液–液相分離に関与しているのではないかと気が付くことができました。2016年ごろのことです。

藤岡:私たちは、2002年からAtgタンパク質の結晶化の作業に力を注いできたわけですが、結晶化に苦労した理由は、Atgタンパク質には柔らかな構造を含むものが多かったからと、後で分かりました。

論文をまとめてNature1

–– 液–液相分離は、どのような実験で実証したのですか?

野田:私たちは、液滴中のタンパク質分子が動き回っていること、すなわち運動性があることと、液滴の存在を示すことが重要と考えました。タンパク質分子は一般的に、細胞質の溶液中を動き回っているのですが、液滴中でもかなり活発に動き回っていることが知られています。このような運動性の解析には蛍光顕微鏡が必要ですので、急ぎ購入して実験を進め、それらを証明できたと考えたので、Natureに投稿しました。

–– Nature からの返答は?

野田:幸い私たちの論文は、待たされることなく、すぐに査読者に送られました。でも、喜んだのもつかの間、しばらくしてリジェクトの連絡が届きました。私たちが証明に用いた手法は、液–液相分離の状況証拠を示したにすぎないとのこと。「直接的な証明のためには、さらにいくつかの実験が必要」と、実験手法が列挙されていました。

–– エディターにはどのように返事を?

野田:返事はしませんでした。反論をしても、エディターからすぐに返事が来ることは稀だと周囲からアドバイスをもらっていたので、列挙されていた実験を全てやり遂げることにしました。半年間、その作業に集中し、その実験に明け暮れました。

藤岡:私たちは、液–液相分離に関しては初心者ですから、Nature から届いた実験手法のリストは、むしろありがたいと思いました。やるべきことを教えてくれたわけですから、これらを実行すればいいんでしょと。

–– 具体的にはどのような実験を行ったのですか?

野田:液滴におけるタンパク質分子の高い運動性についてのさらに詳細な証明や、液滴の融合過程の観察、また融合した液滴が球形になることなどを確認する実験です。

半年かかって実験をやり遂げましたが、液–液相分離を支持する良い結果を導くことができたので、書き直した論文をエディターにメール添付で送りました。すると、とても好意的な返事をいただき、アクセプトまでこぎ着けることができ、ほっとしました。

私たちは、液滴中を動き回るタンパク質分子の動画を高速AFMで撮影することにも成功していました(図2)。これは世界初で、私たちの論文の大きなアピールポイントの1つであったと考えています。

図2 高速AFMで液滴の観察を行い、動き回るAtgタンパク質の様子を撮影した。 | 拡大する

–– Nature には野田先生たちの論文と同時に、液–液相分離の論文がもう1本掲載されていましたね。

野田:東京都医学総合研究所の研究チームによる、細胞核内のタンパク質分解系(ユビキチン・プロテアソーム系)に関する液–液相分離の論文ですね2。佐伯泰先生をリーダーとする研究チームですが、彼らも、液–液相分離の研究は今回が初めてだったそうです。今から2年くらい前だったでしょうか。佐伯先生がアドバイスを求めて私たちの研究室を訪ねて来られたことがありました。私たちは液–液相分離の研究成果を学会などで何度か発表していたので、いつの間にか日本における液–液相分離の専門家と勘違いされていたようです。現在でも訪ねて来られる方がおられるので、もっと勉強しなくてはと反省しているところです。

–– 液–液相分離の研究の今後の展開は?

野田:細胞内の液–液相分離の研究は、RNAや転写の分野で先行していましたが、これからは、タンパク質分解の分野でも盛んになるでしょう。私たちは今、佐伯先生たちと共同で、タンパク質分解系における液–液相分離の研究プロジェクトを進めていきたいと考えています。楽しみです。

液–液相分離による液滴形成は、素早く引き起こすことが可能なので、細胞が環境変化に対処するときなどに都合の良い反応と想像されます。タンパク質の分解だけでなく、細胞内のかなりの現象には液–液相分離が関与しているに違いありません。液–液相分離の研究には、試験管内で現象を再現することが重要ですが、そのためにはタンパク質の精製技術が必要です。しかし、日本のタンパク質構造解析の研究者の多くはクライオ電子顕微鏡の研究に移行してしまったので、残念ながら、そうした精製技術を持つ人は多くはありません。

–– オートファジーの研究も、液–液相分離の解明により、新しいフェーズに入ったのでしょうか?

野田:今回、液–液相分離という切り口からオートファジーを解明することで、オートファジー開始段階の様子を、少し明らかにすることができました。しかしその後、扁平膜(隔離膜)が形成され、オートファゴソームが形成されていく段階については、依然として謎です。ですから、今回の研究をさらに発展させて、その仕組みを明らかにしていきたいと考えています。

藤岡:やるべきことはもう見えているのですが、先はまだ遠いですね。がんばります。

–– ありがとうございました。

聞き手は藤川良子(サイエンスライター)。

Author Profile

野田 展生(のだ・のぶお)

微生物化学研究所 構造生物学研究部 部長
2001年東京大学大学院薬学系研究科(博士)。同年北海道大学大学院薬学研究科博士研究員。2011年現研究所主席研究員、2017年より現職。

野田 展生氏

藤岡 優子(ふじおか・ゆうこ)

微生物化学研究所 構造生物学研究部 上級研究員
2001年北海道大学大学院薬学研究科(修士)、2009年博士号取得。2011年現研究所博士研究員、2017年より現職。

藤岡 優子氏

参考文献

  1. Fujioka, Y. et al. Nature 578, 301–305 (2020).
  2. Yasuda, S. et al. Nature 578, 296–300 (2020).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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