Author interview

水痘帯状疱疹ウイルス感染症

山西 弘一氏

掲載

水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)の感染症は水痘の原因となり、免疫不全者、胎児および成人で重症化する場合がある。初回感染後に神経節ニューロンへの潜伏感染が起こる。この期間中、ウイルス粒子は産生されず、明らかな神経損傷も起こらない。ウイルスが再活性化すると、ウイルスの複製(これが原因で、ウイルスが潜伏している神経に支配された組織に帯状疱疹が発症する)、炎症および細胞死が起こる。この過程により、持続的な神経根痛(帯状疱疹後神経痛)に進展する場合がある。… 続き

―― 今回のPrimer「Varicella zoster virus infection(水痘帯状疱疹ウイルス感染症)」について、インパクトはどこにあるとお考えでしょうか?

まず言えるのは、水痘帯状疱疹ウイルス感染症について、基礎から臨床所見、治療法、予防法までを、歴史的経緯を含めて網羅的に解説した点です。水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)は、初回感染時に水痘を発症し、その後、潜伏感染が50年近く続いた後に再活性化すると帯状疱疹を発症するウイルスです。水痘と帯状疱疹が別のウイルスによるものと勘違いする医学生や若手臨床医もいますが、本総説を読んで網羅的に理解してほしいと思います。

また、ワクチンについて詳しく解説しているのも特筆すべき点だと思います。ヒトに感染するヘルペスウイルスは9種知られていますが、そのなかでワクチンがあるのはVZVだけです。水痘用の生ワクチンは、私の恩師でもある故・高橋理明先生(大阪大学名誉教授)が開発されたもので、その後、欧米でも生産されるようになり、現在では世界中で使われています。とくに米国では、1歳と2歳のときの計2回接種が普及したことで、患者数が激減しています。日本においても乳幼児への2回接種が始まり、患者が大きく減り始めています。

さらにトピックとして、水痘用生ワクチンが帯状疱疹用としても認可されたことを紹介しています。米国発のデータによると、50歳以上を対象に接種した例で約50%の発症予防効果が得られています。帯状疱疹でやっかいなのは、長く残る激しい神経痛ですが、ワクチン接種により60%強の症例で神経痛を予防できたと紹介しています。米CDCも50歳以上の成人への接種を勧奨しており、日本でも今年から水痘ワクチンの帯状疱疹への適応拡大がなされました。

―― どのような新たな知見や研究成果が紹介されているのでしょうか?

総説なので、はじめてもたらされた知見を紹介しているわけではありませんが、解明が進む分子生物学的なウイルス動態、神経学的な神経細胞中への潜伏感染メカニズムなどについて述べています。たとえば、筆頭著者のアン・ガーション博士らによる、腸管の神経細胞にもVZVが潜んでいることを突き止めた成果などが紹介されています。

また、宿主である神経細胞内において、どのような遺伝子発現がみられるのか、どのようなmRNAやタンパク質が作られているかといった知見、新たな帯状疱疹用ワクチンとして「ブースター効果をねらったサブユニットワクチン」の開発が進んでいることなどにも触れています。

―― VZV感染症において、残された謎はありますか?

どのようにして50年にもわたって潜伏感染し、再活性化するのかなど、免疫学的な謎は山ほどあります。解明が難しいのは、ヒトのVZVはヒトにしか感染しないので、動物実験が行えないからです。サルを用いた研究はなされていますが、サルのVZVによるものですので、ヒトのVZVと100%同じ動態とは限りません。現状では、患者さんの死体を利用して研究していますが、遺伝子発現やタンパク質産生が生体内とまったく同じといえるかどうかも不明です。

再活性化については、初回感染後に約50年を経て帯状疱疹を発症する前にも、小規模な再活性化が認められるのではないかとの考えもありますが、検証はできていません。小噴火のような小さな再活性化が何度も起きるものの、その都度免疫で抑えられ、加齢によって免疫力があるラインまで低下すると帯状疱疹の臨床所見をもたらすことになるのかもしれません。

―― ご研究への思いや、若手臨床医・研究者に向けたアドバイスをお伺いできますか?

若手臨床医には、本総説を一通り読み、VZV感染症についての全体像をつかんでいただけたら幸いです。乳幼児の水痘はわかりやすい臨床症状ですので、小児科医は高い精度で診断できていると思います。一方で、成人になってからの水痘は単純ヘルペスによる発疹とよく似ており、臨床症状だけで鑑別するのはやや難しいといえます。また、ワクチン接種後の発疹がワクチンによるものなのか、野生型ウイルスによるものなのかを鑑別できない例もあります。こういった場合には、患者さん由来のウイルスを遺伝子配列レベルで解析し、きちんと鑑別してほしいと思います。とくに、がん、臓器移植、エイズなどの免疫力が低下した患者さんは、潜伏したVZVが再活性化されて帯状疱疹を発症するリスクが高いので、正確に診断し、確実に治療することが重要だと思います。

私自身は、野生株とワクチン株の全配列を決め、弱毒化に関与する部位の同定を進めていますが、未だに結論には至っていません。遺伝子候補は2つあるのですが、やはり動物実験できないことがネックになっています。

聞き手は、西村尚子(サイエンスライター)。

Nature Reviews Disease Primers 掲載論文

水痘帯状疱疹ウイルス感染症

Varicella zoster virus infection

Nature Reviews Disease Primers 1 Article number: 15016 (2015) doi:10.1038/nrdp.2015.16

Author Profile

山西 弘一

1967年3月 大阪大学医学部医学科卒業
1972年3月 大阪大学大学院医学研究科博士課程修了、医学博士(大阪大学)
1976年4月 米国ペンシルバニア州立大学留学(1978年11月まで)
1991年5月 大阪大学教授微生物病研究所
1993年1月 大阪大学教授医学部
2001年8月 大阪大学大学院医学系研究科長・医学部長
2005年4月 独立行政法人医薬基盤研究所理事長
2013年4月 独立行政法人医薬基盤研究所名誉理事長
2013年6月 一般財団法人阪大微生物病研究会理事長(現在に至る。)
山西 弘一氏

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