Author interview

スカーミオン・ホール効果を抑制する2層磁気スカーミオンの可能性

江澤 雅彦

2016年1月19日掲載

磁石などの磁性体に見られる「磁気スカーミオン」が注目されている。スカーミオンは磁石の中に発生する、電子スピンの小さな渦構造のことで、スイッチのように電流駆動で作ったり、消したりすることができることから将来的にはメモリー、論理回路、計算機などのデバイスへの応用が期待されている。ただ、電流駆動では、マグナス力によって真っすぐ進めず、壁にぶつかり消えてしまうという欠点があった。東京大学大学院工学研究科物理工学専攻の江澤雅彦(もとひこ)講師、香港大学のXichao Zhang, Yan Zhouらの研究グループは、材料を2層系にすることで、スカーミオンが壁にぶつからず、安定的に駆動できることを理論計算で予言した。今回、江澤氏に研究内容、将来の発展性、若手研究者へのメッセージを聞いた。

―― スカーミオンとは何ですか?

江澤氏: もともとは英国の素粒子物理学者のトニー・スカーム博士が、中間子の振る舞い、陽子など重粒子を理解しようと提唱したアイデアです。空間的に一様な秩序のある物質の局所的な領域に、一様な秩序とは異なる、連続的に変化する構造があるというものです。2009年頃ドイツの研究グループが磁性体の中にスカーミオンが安定的に存在することを確認し、次いで理化学研究所のグループが電子顕微鏡でスカーミオンを可視化するなど、急激に磁気スカーミオンが注目され、研究が世界に広がっています。

―― スカーミオンはどんな構造ですか?

江澤氏: 図に示したようなスピンがつくる渦構造です。電子はマイナスの電荷を持ちます。同時に上向き、下向きなどスピンを持っています。鉄、マンガンなど金属原子の中にある電子のスピンの向きはそろっていて、全体として磁石の性質を持ちます。スカーミオンは、本来、磁性体の秩序を保たれた均一な電子スピンの向きが、渦構造によって連続的に変化したものです。このスカーミオンの渦の直径は10ナノメートル(ナノは10のマイナス9乗)と小さく、トポロジカルに安定的であることから、1つ1つのスカーミオンを1ビット、すなわち「0」「1」と見なすことでメモリー(記憶素子)にできるわけです。トポロジカルというのは、数学の幾何学「トポロジー」からきたもので、ものの大きさや角度を無視し、つながり方だけに目を向けた幾何学のことです。こうしたトポロジーの視点から形が変化しないというのがトポロジカルに安定というものです。トポロジカルに安定だとランダムさや雑音などの外界からの刺激に強いという性質があります。現代物理学を理解するのに重要なキーワードです。

神経細胞での微小管(チューブリン)の役割
左:スカーミオンの渦の曲がり方が逆である磁性体の薄膜(図の上と下)を2枚貼り合わせることで、マグナス力が相殺される。スカーミオンが壁にぶつからず、直進する。
右:上下の層に発生したスカーミオン(赤丸、青丸)がどのように変化するか計算した図。時間が経過しても、消えず、真っすぐ進んでいることがわかる。0.2ナノ秒(ナノは10のマイナス9乗)ごとの上下のスカーミオンは対になって移動している。

―― どうしてスカーミオンをテーマに選ばれたのですか?

江澤氏: 2009年~10年頃に磁性体中のスカーミオンが実験的に発見され、私も2010年頃から研究を始めました。トポロジカル構造の非平衡ダイナミクスを直接計算できる系で、純理論的にも非常に面白いと思ったからです。さらに、電流でスカーミオンを駆動できるなど記憶媒体、論理回路、計算機などデバイスへの応用も期待されています。スピンに焦点を当てた「スピントロニクス」同様に、「スカーミオニクス」として注目され、やりがいのある分野です。

―― 今回の研究成果を説明してください。

江澤氏: 先ほども触れましたが、スカーミオンは電流で駆動することができるのが強みです。スカーミオンは渦構造なので、マグナス力が働くために直進せず、壁にぶつかって消えてしまうという欠点がありました。

―― マグナス力とは、回転する物体に働く力ですね。

江澤氏: そうです。野球のボールに回転をつけると曲がるのはマグナス力が働くからです。これは進行方向に向かって、ボール周辺の空気の密度が異なるために進行方向と垂直方向にかかる力です。

―― 壁に当たって消えると、記憶素子などには不向きですね。

江澤氏: そのとおりです。この現象はスカーミオン・ホール効果と呼ばれています。これを解決できないかと考えていました。そこで強磁性体を逆向きにくっつけた二層系にしたらいいのではと思い、理論的な計算で確かめることにしたのです。スカーミオンの渦の曲がり方が逆になるような磁性体(薄膜)を2枚貼り合わせると、マグナス力が相殺し、厳密に直進することが分かりました。つまり、スカーミオンが壁にぶつかって消滅してしまうことがなくなり、より安定的にスカーミオンを駆動できるようになったのです。この結果、以前より、高速での動作が可能になることも分かりました。つまり、スカーミオンの超高速・超高密度デバイスへの応用のネックが解決されたということです。

―― 今後の研究は?

江澤氏: まずは、今回の理論計算の結果が、本当に実現できるのか実験的に検証することが直近の課題だと思います。すでに実験的に磁性体の二重層はできています。そこにスカーミオンを作ることから始まると思います。今回の論文では、磁気二重層の中で、どのようにスカーミオンを発生するか生成方法も提案しています。

スカーミオンは極めて安定的に存在するので、電力消費がなく、メモリーとして使えるという長所があります。それに比べ、スカーミオンを用いていかに演算させるかというのは、まだ研究の発展段階で、時間がかかります。とはいえ、理論提案や実験は活発になるでしょう。現在のエレクトロニクスを補完する、スカーミオンを用いたトポロジカルデバイスの実現を期待しています。

―― 特許取得は考えていますか?

江澤氏: 世界的に理論、実験も急速に進展しており、物性物理学の中でも競争の激しい研究分野です。工業的な応用を目指して、特許を取得する研究者もいるとは思いますが、私は純粋に理論的な関心から研究を遂行していて、特許取得は考えていません。

―― Nature Communications に投稿したのはなぜですか?

江澤氏: インパクト・ファクターが大きく、多くの人に着目してもらえると思ったからです。オープンジャーナルなので幅広い人に読んでもらえるのもメリットです。以前Nature Communications に論文がアクセプトされた際の査読の過程で、レフリーからもらったコメントの印象が良かったことなどもあります。

―― 研究の中で、苦労したことは何ですか?

江澤氏: 苦労したというより、楽しみながら研究できました。スカーミオン関係の研究は最近、進展がとても早く刺激になっています。共著者のXichao ZhangさんとYan Zhouさんは磁性体のシミュレーションの専門家で実際の数値計算を担当してくれました。Supplementary informationに綺麗な動画がたくさんあるので、是非見て頂ければと思います。

―― 研究者を目指したきっかけと、研究者にとって大事なものは何でしょうか。

江澤氏: 小さい時から考えるのが好きで、自然に研究者を目指しました。数学や物理などが得意だったこともあり、特別なきっかけはありません。研究者にとって大事だと思うのは、まじめに地道に研究を続けることです。そして発想力、それを遂行する力、試行錯誤の上で蓄積される経験も重要です。

―― 最後に、若い学生向けに一言。

江澤氏: 理論物理学などを目指す場合は、特に基礎をしっかり理解して、固めておくことが重要です。理論計算などの場合、読んで理解するだけではなく、自分で計算して初めて身に付くものだと思います。演習問題をしっかり解くことで、深く理解することが重要だと思います。

―― ありがとうございました。

聞き手 玉村治(科学ジャーナリスト)。

Nature Communications 掲載論文

Author Profile

江澤 雅彦

東京大学大学院 工学系研究科 物理工学専攻 講師

江澤氏

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