Author interview

グラフェンを用いたプラズモンの伝搬速度の制御に世界で初めて成功

熊田 倫雄

2013年1月15日掲載

電子密度の濃いところ、薄いところが波のように伝わるプラズモン。最近注目される炭素シートのグラフェンを利用し、電子の波であるプラズモンの伝わる速度を秒速数十から数千キロメートルまでの2桁のオーダーで制御することに成功した。プラズモンを利用し、光信号をナノメートルサイズに閉じ込めることに道を開く成果で、チップ内電子回路の光回線への置き換えを可能にする。将来的にコンピューターやネットワーク機器の大幅な高速化、低消費電力化につながると期待される。研究の背景、成果、将来の展望などについて話を聞いた。

―― 研究の背景について教えてください。

熊田氏: もともと半導体の材料にあるガリウムヒ素内で、電子がどうふるまうのか研究してきました。2010年頃から東京工業大学と共同研究で、極めて短い時間における伝導速度を調べる「時間分解伝導測定」を始めました。試料の性質を調べやすい極低温下で、ある点から信号を入れた時、別の到達点までにかかる時間を100ピコ秒(1ピコは1兆分の1:ps)単位で測る先端技術です。

ほぼ同じ頃、NTT物性基礎科学研究所内で、極めて高品位のグラフェンを、大きく成長させることに成功しました。グラフェンは炭素原子1層からなるシートで、各原子が六角形の網目状に強く結びついた物質です。薄く透明ですが、強度が高く、金属のように電気をよく通すので、コンピューターなどに使われるシリコン半導体に替わる新材料として注目されているものです。

この2つの最先端技術を組み合わせたのが、今回の研究成果です。現在、ネットワークにおけるデータ伝送の主流は光です。光信号は、電気を使ったデータ伝送と比べ、高速でデータの損失が少ないというメリットがあります。そのため、インターネットの長距離伝送だけでなく、スーパーコンピューターのラック間、ボード間の信号やりとりに応用されるようになってきました。光信号を制御することで、電子デバイスの一部を光デバイスに置き換えることも進んでいます。

図1
図1:光の回折の様子
光(左)を波長より小さい領域に閉じ込めようとすると回折により広がってしまう。プラズモン(右)の波長は光より1桁以上短く、より狭い領域に閉じ込めることができる。

しかし、光にもデメリットがあります。どんなに光デバイスのサイズを小さくしようとしても、光の波長(数百~1000 nm)の半分以下にすることはできないのです(図1)。波が正確に伝わらなくなるからです。そのため、数十nmのサイズであるコンピューターチップ内の信号のやりとりをするのに光デバイスは使えなかったわけです。

―― そこでプラズモンに着目したのですね。

熊田氏: その通りです。プラズモンは、電荷のゆらぎによって発生する、いわば電子の集団運動(振動)です。その密度の濃いところ、薄いところが波のように伝播していくので、光同様に波の形で、データ伝送が可能になります。しかもプラズモンの波長は光と比べて1桁以上短く、チップにおける電子デバイスサイズの数十ナノメートルの幅に閉じ込めることができます。プラズモンが注目されるのはこのメリットがあるからです。

プラズモンは、これまで金属の表面に出現するものが主に扱われてきましたが、伝搬速度などは金属材料によって決まってしまい、制御することは困難でした。さらに波が散乱しやすく、データ損失が大きいという欠点がありました。そこで我々が注目したのがグラフェンです。

―― グラフェンのメリットは?

熊田氏: グラフェンは、外側から電圧、磁場を変化させることで、内部の電子または正孔の密度や運動が変化する性質があります。そうすると発生するプラズモンの特性も変化します。また、データの損失も小さいと考えられています。磁場のないグラフェンの中で発生するプラズモンは、波紋のように平面的に広がる「シートプラズモン」と呼ばれます(図2左)。その特性は電子密度などで変調できます。

さらに、垂直方向に強い磁場を加えると、プラズモンは、グラフェンの端、数十ナノメートルの幅の中に閉じ込められたように伝播していきます。「エッジマグネトプラズモン」(図2右)と呼ばれていますが、チップのサイズの幅に、プラズモンが閉じ込められることが、とても重要な点です。このプラズモンの伝搬を制御できるかを調べたのが、今回の研究の核心です。

図2
図2:グラフェンにおけるプラズモン
シートプラズモンと呼ばれ、厚さ炭素原子1個分(約0.1nm)のグラフェン中を平面的に伝搬していく(左図)。強い磁場の下ではグラフェンの端に沿って伝搬するエッジマグネトプラズモンとなる(右図)。

―― 興味深いですね。実験方法を説明してください。

熊田氏: 最初に触れましたが、実験は試料のグラフェンに強い磁場をかけ、グラフェンのある点から電気信号を入れた時、別の到達点までにかかる時間をさまざまな条件で測定します。ここで重要なのは、グラフェンの品質です。実験するには、大きな面積のグラフェンが必要ですが、従来の手法では、せいぜい数十マイクロメートル四方しかできませんでした。

図3
図3:グラフェンの原子力間力顕微鏡図
茶色の部分にグラフェンが形成されている。黄色の部分はグラフェンが数層重なっている。

NTT物性科学基礎研究所は、シリコンカーバイド(SiC)をアルゴンガス中で、1800°Cで加熱すし、表面のシリコンを分離させることで、品質の高い、大きなグラフェンの作製に成功しました。だいたい1 cm角です。このグラフェンを、原子間力顕微鏡で分析すると、その質の高さがわかります。

実際の測定は、このグラフェン1 mm角の試料を使います。4つの電極をつけ、グラフェン全体を絶縁膜で覆います。その上にグラフェンの全面を覆うような電極(図4左、黄色の部分)があるものと、ないもの2種類を使いました。ゲート電極があると、その電圧を変化させることで、グラフェンの電子や正孔の密度を変化させることができます。

実験は、高周波発生器を使い、入射ゲートから電圧パルス入れて、励起します。そうすると、入射ゲートの周辺で、電荷密度が瞬間的に増し、プラズモンが発生します。このとき、プラズモンは、グラフェンの端を伝播していき、入射ゲートから1.1 mm離れた検出用電極に到達します。ここではオシロスコープで、電流パルスとして読み取っていきます。この伝搬にどのくらい時間かかったのか、100 ps単位の時間分解能で測定すれば、伝播速度が決まるわけです(図4右)。

図4
図4:時間分解能測定の実験図
4つの電極がついているのがグラフェン試料。黄色はゲート電極。強い磁場の下、入射ゲートから電圧パルスを入れると、プラズモンが発生し、グラフェンの端(赤い矢印)を伝搬し、検出用電極に到達する。それをオシロスコープで読み取る。右のグラフはそのときの検出電流。プラズモンは電磁波より遅いため、遅れて現れる。

―― ゲート電極の有無の理由は何ですか。

熊田氏: ゲート電極に電圧を加えることにより電子密度を変化させることが出来ます。これにより、プラズモンの伝搬を制御できるかを確かめるのが狙いです。また、ゲート電極はプラズモンの電場を部分的に遮蔽しますが、2種類の試料で測定することによりその影響を評価できます。

まずは、ゲート電極のない場合の結果をみてみましょう(図5左)。プラズモンの伝搬時間と伝搬距離から、速度を計算します。磁場をいろいろ変えていくと、速度は変化していきます。磁場が低いときは、伝搬速度は毎秒6000 km。光、電磁波の速度が秒速30万kmですから、それに比べると遅いのですが、磁場を上げていくと秒速2000 kmまで減少していきます。磁場のよって速度を変調できることが確かめられました。

グラフでは、磁場がゼロの近いところでは速度が測定できていませんが、それは、プラズモンの伝搬速度が非常に速く、検出できないためです。

―― グラフェンを覆うゲート電極がある場合はいかがですか?

熊田氏: 磁場の強弱だけでなく、ゲート電圧の値によって、伝搬速度は異なるところが特徴です。例えば、グラフは、磁場が12テスラ(T)におけるゲート電圧と、伝搬速度の関係を示したものです(図5右)。速度は秒速数百キロメートル以下と、ゲート電極がないときより、速度は1桁も小さくなっています。ゲート電極でプラズモンの電場が遮蔽されるため、動きが鈍いのです。ゲートに負の電圧をかけて、電子密度を小さくしていくと、速度は揺れ動きながら減少していくことがわかりました。電子密度がゼロになるマイナス85 Vでは、プラズモンが観測されませんでした。

図5
図5:プラズモンの伝搬速度
ゲート電極のない試料では、速度は磁場の増加とともに減少している(左図)。ゲート電極のある試料では、電子密度を減らしていくと速度は振動しながら減少する(右図)。

これらの実験から、磁場、ゲート電圧の変化、ゲート電極の有無によってプラズモンの伝搬速度が、秒速数十から数千キロメートルの幅で変化できることを確認しました。プラズモンを発生させないこともできるなど、プラズモンの伝搬速度が制御できることを意味するわけです。

―― その意味を、もう少しわかりやすく教えてください。

熊田氏: 伝搬速度を制御できるということは、光で言えば屈折率、インピーダンスを自在に制御することを意味します。光の場合、屈折率が大きいと速度が小さくなります。屈折率が小さいと速度は大きくなります。

図6
図6:プラズモンのガイディング
速度を制御し、狙った方向に誘導する。
図7
図7:プラズモンのルーティング
速度を制御し、伝搬する方向を選択する。

こうした性質がプラズモンにも言えます。プラズモンの速度が非常に遅く、伝播できない条件にすれば、スイッチのオフになります。さらに、場所によってプラズモンの速度を変化させると、光ファイバー同様、狙った方向にだけ光信号を伝える(ガイディング、図6)ことや、伝搬方向を選択する(ルーティング、図7)ことに使えるわけです。

この原理を応用すれば、単に信号を伝搬するだけでなく処理できるようになり、チップ内の高速化、低消費電力化が可能となります。

―― 今後の研究課題は?

熊田氏: 実際にチップとして応用するには、正直言って時間がかかります。今回は、強い磁場の下で伝搬速度を制御しましたが、実用化には、磁場のないところでもできるのか確かめなくてはいけません。制御の精度を高めることも課題です。今回、絶対温度1.5 Kで実験をしましたが、もっと高い温度でこうした原理を引き出せるかも研究テーマとなると思います。

―― 今回、オープンアクセスのNature Communications に掲載した理由は?

熊田氏: 我々の研究所は企業の研究所ですが、基礎分野の研究を担っています。成果を内部にため込むのではなく、常にオープンにして、科学技術、特に材料科学分野の進歩に貢献することがミッションの1つです。そのためには研究の成果をみんなに読んで欲しいというのが、この研究所の考え方です。こうした基礎研究を担う研究所の存在を世界にアピールする狙いもあります。Nature Communications は、他の研究に引用される度合いを示す、インパクトファクターが上昇していることも魅力です。これからも、可能な限り多くの人に我々の研究を知ってもらう方針は変わりません。

―― 研究所は環境にも恵まれています。

熊田氏: この研究所は、研究者は個々に独立していますが、その垣根は低く、互いに交流し、相談しやすい環境にあります。大学の研究室より、自由な面があるかも知れません。研究テーマも、大きな目標の中で、自由に設定でき、共同研究も盛んです。今回も東京工業大学との共同研究です。論文発表も多く、物理学分野における論文の純引用ランキングは民間企業の中で米国IBM社に次いで2位です。楽しく研究をさせてもらっています。

―― 最後に、自らの学生時代を振り返りながら、若手研究者に一言お願いします。

熊田氏: 大学4年生までは不まじめな学生でした。4年生で物質本来の性質を探る低温研究室に配属になりました。小さな発見であっても、世界で自分が初めて観測したと言えることにおもしろさを感じ、研究にはまりました。その研究結果を国際会議で発表すると、こんな若造にノーベル賞受賞者が質問してくれるのです。感激しました。この分野は、我々が先端を走っている分野であり、その成果は世界に繋がっているという実感が持てます。また、さまざまな国で世界中の研究者と交流できる楽しさもあります。皆さんも、やりがいを持ちつつ楽しみながら、研究生活を送ってもらえればと思います。

―― ありがとうございました。

聞き手 長谷川聖治(読売新聞科学部記者)。

Nature Communications 掲載論文

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熊田 倫雄

NTT物性科学基礎研究所主任研究員(特別研究員)

NTT物性科学基礎研究所

熊田氏

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