Author Interview

生後6か月でも、弱者を助ける正義の味方を肯定!

開 一夫、鹿子木 康弘

2017年1月号掲載

アンパンマンやスーパーマンなど、アニメーションや映画では多くのヒーローが登場し、現実社会においても正義の行為は賞賛の対象となる。しかしながら、発達のどのような時期から正義概念を肯定し始めるのかはわかっていなかった。このほど、京都大学大学院教育学研究科の鹿子木康弘特定助教(現、NTTコミュニケーション科学基礎研究所/日本学術振興会)らは、言語獲得前の6か月児に正義の行為を肯定する傾向がみられることを突き止め、Nature Human Behaviour 2月号に発表した。

―― お二人とも、乳児を対象に認知科学研究をされていますね。

鹿子木先生(左)と開先生(右)
鹿子木先生(左)と開先生(右) | 拡大する

開氏: 実は、私は元々コンピューターサイエンスを専門にしていました。しかし、ある時ヒトを対象にしたいと考え、今では、行動実験のほか、近赤外分光法(NIRS)、脳波計などを使って乳児の脳についての研究を中心に進めています。赤ん坊はあっという間に歩いたり、しゃべったりするようになり、生得的に備わっているものが機械とは大きく異なります。漠然とですが、乳児の研究はAIなどにも生かせるかもしれない、とも考えています。

鹿子木氏: 私は文学部の心理出身で、大学院時代から発達科学を専門にし、主に乳幼児の社会的認知研究を続けています。特に、生後12か月以下の乳児を対象に、他者理解、向社会性、道徳性といったテーマについて研究を行ってきました。

―― どういったきっかけで、乳児の正義概念についての研究を始められたのですか?

開氏: 始まりは、私が代表を務めた、科学技術振興機構(JST)のCRESTプロジェクト「ペダゴジカル・マシン:教え教えられる人工物の発達認知科学的基盤」にさかのぼります。端的に言えば、機械と認知について研究するためのプロジェクトです。その後、文部科学省科学研究費新学術領域の「構成論的発達科学」に採択された京都大学大学院教育学研究科の明和政子さんの研究室と共同で、乳児の正義概念について研究することになりました。生命科学などのプロジェクトと異なり、心理学領域は研究テーマに多くの自由度があり、私の研究室と明和研究室のメンバーが自分の興味に従って研究を進めた結果、今回の成果に結びついたといえます。

鹿子木氏: 私は5年前に開研究室に研究員として赴任し、CRESTプロジェクトの一環として実験に取り組んだのが始まりです。その後、2013年に「構成論的発達科学」の特定助教として京都大学の明和研究室に移り、引き続き研究を行ってきました。もともと、乳児がどのようにして他者を理解し、社会性を身につけるのかといったことに興味があり、そこから道徳性や正義感の認知について研究したいと考えるようになりました。それまで、乳児の正義概念について研究されたものはなく、自分でやってみようと考えたのです。

―― 「正義の概念」とはどのように定義されるものなのでしょうか?

鹿子木氏: 難しいですね。成人を対象にした心理学の先行研究では、「正義の行為を連想させたときに、『他者を脅威から守る』という行為が典型的な正義の行為として連想される」と報告されています1。「危害を加えられた弱者」を守ろうとする行為です。このような正義の行為を行うのが、スーパーマンやスパイダーマンなど、いわゆるヒーローですね。今回は、この定義に基づいて実験用のアニメーション映像(刺激映像)を作成しました。

開氏: 例えば「仮面ライダーは正義の味方か、そうではないか?」と問われたら、誰もが「正義の味方だ」と答えるでしょう。今回の実験のために作ったアニメーションは、幾何学図形を用いた単純なものですが、利用した定義は同レベルのものといえます。

―― 具体的にはどのような実験をされたのでしょう?

鹿子木氏: 基本的には、青と黄色の球形のキャラクターと、緑とオレンジの立方体のキャラクターが登場するアニメーションです。生きものに見えるように、それぞれに「目」をつけました。動きに合わせて音も出ます。これをベースに、各実験の目的に合わせたアニメーションを作成しました。実験は、合わせて6つ。実験参加者は6か月児112人、10か月児20人の合計132人で、それぞれ1つの実験にだけ参加してもらいました。

実験1のアニメーションでは、立方体のキャラクターは緑かオレンジのいずれかしか登場せず、初めは枠内にいます。枠外では、球形のキャラクター2体が動き回っており、青色が黄色を攻撃しています。やがて、枠にすき間ができ、立方体のキャラクターは枠外に出られるようになります。実験参加者には、外に出た立方体のキャラクターが攻撃を妨げる場合とそうでない場合の2つのケース(例えば、緑が妨げ、オレンジが何もしない)を見せ、その後、「立方体キャラクターの緑とオレンジの実物模型2つを提示し、どちらに先に触るか」といったことを調べました。その結果、「攻撃的相互作用に割って入る」、つまり介入する第三者のキャラクターをより好んで選択(選好)することがわかりました。一方、実験2のように球形のキャラクターが生き物に見えない場合や、実験3のように攻撃行動が見られない場合(下記囲み参照)には、こうした選択の傾向はありませんでした。これらの結果から、乳児は攻撃相互作用の時だけに、その相互作用を止めるキャラクターを選好すると結論づけました。ただし、これらの実験だけでは、乳児が攻撃相互作用を止めるキャラクターを、「弱者を助け、強者をくじく、正義の味方」と明確に認識して選好したとまではいえません。

実験1

対象:6か月児20人(男女各10人)

一方の球体キャラクターが他方を攻撃している。そこに立方体のキャラクーが介入するアニメーションと介入しないアニメーションを交互に見せる。その後、2つの立方体のキャラクターを乳児に提示し、どちらに先に触れるか(把持行為)を調べた。

実験2

対象:6か月児20人(男女各10人)

実験1から、「単に物理的な衝突を嫌がったこと」に由来する可能性を除外する目的で行った。球体が生き物に見えないように加工を施し、単なる物体が衝突を繰り返す映像を提示。それ以外は実験1と同じ。

実験3

対象:6か月児20人(男女各10人)

実験1から、「相互作用を行う球体に向かっていくキャラクターを社会的なキャラクターと見なしたこと」に由来する可能性を排除する目的で行った。2つの球体は攻撃する・されるという関係ではなく、追いかけごっこのような中立的な相互作用を行う映像に加工して提示。それ以外は実験1と同じ。

攻撃行動を止めたキャラクターと止めなかったキャラクターに対応した物体を乳児に提示し、どちらを好んで手を伸ばすかを計測した。 | 拡大する

私たちは、実験参加者の乳児によるキャラクターへの介入行為評価について、「強者の攻撃を妨害したことを評価した」、「弱者を助けたことを評価した」という2通りがあると考えました。つまり、「攻撃者に対してネガティブな行為を行うものを好んで選ぶ」ことと、「犠牲者に対してポジティブな行為を行うものを好んで選ぶ」という2つの仮定があると考えたのです。そこで、実験4と5では、期待に反するアニメーションを見せる方法論(期待違反法)を用い、この仮定が成立しているかどうかを検討しました(下記囲み参照)。

実験4

対象:6か月児、男女合わせて16名

まず、実験1の攻撃相互作用を止める映像だけを提示。その後、「相互作用を止めるキャラクターが、攻撃者を攻撃する映像(一致イベント)」と「犠牲者を攻撃する映像(不一致イベント)」をそれぞれ提示し、各イベントに対する注視時間を計測した。

実験5

対象:6か月児、男女合わせて16名

まず、実験1の攻撃相互作用を止める映像だけを提示。その後、「相互作用を止めるキャラクターが、犠牲者を助ける映像(一致イベント)」と「攻撃者を助ける映像(不一致イベント)」をそれぞれ提示し、各イベントに対する注視時間を計測した。

実験4と5ともに、乳児は一致イベントよりも不一致イベントを長く注視しました。乳児の性質として、期待に反したイベントを見ると、そのイベントに対する注視時間が長くなることが知られています。つまり、キャラクターの介入行動の評価には、「強者の攻撃を妨害することへの評価」と「弱者を助けたことへの評価」の2つのプロセスが関係していると結論づけることができ、乳児は攻撃相互作用を止めるキャラクターの行為を「正義の味方の行為」として認識したうえで選好することが示唆されました。

さらに、行為評価の際に行為の意図を考慮できているかどうかも検討しました。私たちが他者の行為を評価する際には、「その行為に意図があったかどうか」を考えます。例えば、「意図がなく偶然によい行いをした場合」と「意図があってよい行いをした場合」とでは、後者のほうをよりよく評価するのです。そこで最後に、乳児も介入の意図を考慮して行為の評価を行えるかどうかを調べました(下記囲み参照)。

実験6

対象:6か月児20人(男女各10人)・10か月児20人(男女各10人)

「立方体のキャラクターが攻撃相互作用を止めようとするが失敗し、何度かトライした後にその相互作用に介入する映像」と、「立方体のキャラクターが攻撃相互作用を止める意図を見せず、偶然、最終的にその相互作用に介入する映像」を乳児に提示。その後、各キャラクターへの選好を計測した。

実験6では、10か月児だけが、介入の意図を考慮に入れたうえで行為を評価できることがわかりました。6か月児はそこまでの評価はまだできないようです。

一連の結果から、前言語期にある6か月児でも「攻撃相互作用への介入行為が、弱者を助け強者をくじく行為」と理解でき、そのうえで、介入を行った第三者を肯定することがわかりました。ただし、より高次な「行為の意図を考慮に入れて評価する能力」は6か月齢では難しく、10か月齢までに獲得されるという発達段階があることがわかりました。これらの知見から、「前言語期の乳児において、正義の行動を肯定する性質がある」と結論づけました。

―― 生まれもって、正義感を身につけているということなのですね?

開氏: はい。実験参加者112人の6か月児は、生後半年で何を見て、聞いて、経験したかが、それぞれに違います。にもかかわらず、同一傾向の結果が出るということは、正義感について「一定の制約(バイアス)をもって生まれてくる」と解釈するのが合理的です。集団のサイズがきわめて大きく、複雑な社会構造をもつヒトだけにもたらされたバイアスなのかもしれません。

鹿子木氏: 論文の最後でも触れたのですが、ヒト以外の霊長類、例えば、チンパンジーにも「優位個体が群れの中の個人間の争いを止める現象(policing)」があると報告されています2。しかしながら、チンパンジーがその優位個体をポジティブに評価しているのかは定かではありません。また、チンパンジーは、自分に関係がなければ悪いことをした他者を罰するような行動をとらないとされます。今後、今回の一連の実験をチンパンジーでも行う予定ですが、現時点では、正義感のバイアスはヒトに特有なのではないかと考えています。

開氏: 卵が先か、鶏が先かという問題になってしまうのですが、正義の概念は、ある程度、遺伝的に規定されたバイアスだと思います。道徳的な教育がなくても、正義を肯定する能力が生来備わっているということなのでしょう。

鹿子木氏: とはいえ、この性質はヒトの全般的な傾向なだけで個人差もあります。個人差には、遺伝的素因や環境の双方が影響しているのではないかと思います。実際、「発達早期の乳児の道徳判断に、親の正義感の個人差が関係する」という報告があります3。一方、環境要因に関しては、全く検証されていないので、今後の研究が必要でしょう。

―― 一連の成果は、どのように応用しうるとお考えでしょうか?

鹿子木氏: 現時点では、直接的に応用できるとは考えていませんが、今後、さまざまな方法論により「人間の生来的な性質」が解明できれば、発達支援や教育に具体的な指針を提供できるのではないかと考えています。

開氏: 今、かつてないロボットブームになっていますが、ロボットたちをどのような規範に従わせるべきかは定まっていません。ヒトと共存するには、ヒトに生得的に備わるバイアスが「ふるまいの基盤」のよい参考になると思います。

―― どのような経緯でNature Human Behaviourに投稿されたのでしょう?

鹿子木氏: 論文を完成させた時期と、Nature Human Behaviour の創刊が決まって論文募集が始まった時期とが重なり、投稿することにしました。行動科学の分野で、ハイインパクトなジャーナルになるかもしれないという期待もありました。

開氏: エディターや査読者とのやりとりはなかなか大変でした。正義とは何なのか、大人も乳児と同じようにこのアニメーションを理解するのかと問われ、追加実験をすることになりました。

鹿子木氏: 一番大変だったのは、査読者にアニメーションの妥当性を理解していただくことでした。複数の先行研究(参考文献4など)をもとに、動きのひとつひとつを厳密に組み合わせてアニメーションを作ったのですが、きわめて新規なものに感じられたようです。幸い、成人を対象とした追加実験の結果は良好で、なんとか掲載にこぎつけることができました。

―― 掲載後の反響はどうでしたか?

鹿子木氏: 国内外の研究者から、お祝いの連絡をたくさんいただきました。アカデミアの世界では、今後この研究が引用され、研究分野として発展することで、本論文の価値が問われることになると思います。また、国内の新聞やテレビで多数取り上げられたばかりでなく、フランスのル・モンド紙から問い合わせがあるなど、メディアの反響も大きかったと思います。

開氏: 「正義」という高尚と思われがちな概念を乳児も持つ、ということへの驚きが大きかったのかもしれません。

―― 新創刊のNature Human Behaviour には、どのようなことを期待されていますか?

鹿子木氏: 私たちにとっては朗報で、より広い読者に発達研究を知ってもらう機会が増えるのではないかと考えています。Nature本誌に行動科学領域の論文が掲載される確率は他の分野よりも低い状況で、とりわけ発達研究はかなり難しい印象です。また、発達研究領域のハイインパクトなジャーナルも限られています。今後、行動科学において Natureに次ぐハイインパクトジャーナルになってくれればうれしいです。

開氏: 私もとてもよいジャーナルになるだろうと期待しています。次の研究も載せられるようがんばりたいと思います。

―― お二方、ありがとうございました。

聞き手は、西村尚子(サイエンスライター)。

参考文献

  1. Kinsella, E. L., Ritchie, T. D. & Igou, E. R. Lay perspectives on the social and psychological functions of heroes. Front. Psychol. 6, 130 (2014).
  2. Flack, J. C., Girvan, M., de Waal, F. B. M. & Krakauer, D. C. Policing stabilizes construction of social niches in primates. Nature 439, 426–429 (2006).
  3. Cowell, J. M. & Decety, J. Precursors to morality in development as a complex interplay between neural, socioenvironmental, and behavioral facets. Proc. Natl Acad. Sci. USA 112, 12657–12662 (2015).
  4. Kanakogi, Y., Okumura, Y., Inoue, Y., Kitazaki, M. & Itakura, S. Rudimentary sympathy in preverbal infants: preference for others in distress. PLoS One 8, e65292 (2013).

Nature Human Behaviour 掲載論文

Author Profile

鹿子木 康弘(かなこぎ やすひろ)

NTTコミュニケーション科学基礎研究所/日本学術振興会 特別研究員

専門は発達科学。これまでは主に乳児期の社会的認知の発達に関する研究を行ってきた。最近は、発達早期の道徳性、向社会性、正義感といったテーマに興味を持ち、それらの実証的証明と発達プロセスの解明に取り組んでいる。

2012年 京都大学大学院文学研究科博士課程修了 博士(文学)
2012年 東京大学大学院総合文化研究科 特任研究員
2013年 京都大学大学院教育学研究科 特定助教
2016年 NTTコミュニケーション科学基礎研究所/日本学術振興会 特別研究員(現職)
鹿子木 康弘氏

開 一夫(ひらき かずお)

東京大学大学院総合文化研究科広域システム科学系 教授

乳幼児の心理や行動、脳の発達過程について科学的アプローチに基づいて研究している。大学では一年生に「情報」を、学部・大学院では「発達科学」を教えている。教育番組の制作協力、子育て応援ソフトの共同開発など多方面で活動中。

1993年 慶應義塾大学大学院理工学研究科博士課程計算機科学専攻修了 博士(工学)
1993年 通産省工業技術院電子技術総合研究所(現、産総研)研究員
1997年 同 情報科学部 主任研究員
2000年 東京大学大学院総合文化研究科広域システム科学系 助教授
2010年 同 教授(現職)
開 一夫氏

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