教材活用事例

あなたの実験結果、再現できますか?

研究の成果としての科学論文には、ほかの研究者が結果を検証できるように実験方法を明記する。必要な実験装置と必要な技術さえあれば、その結果は誰もが再現できるはず、と多くの人は信じているのではないだろうか。しかし、実際はそうではないという衝撃的な現実が明らかになった。

実験は再現できるか?

あなたが行っている実験は、ほかの人が行っても、あるいはあなた自身が日を改めて行っても、同じ結果を得られるだろうか。学校の理科の教科書や、大学の理系科目の実験テキストに掲載されている実験は、科学の法則性を確認するためのものであり、「誰が実験しても」、「いつ実験しても」、計測機器の誤差の範囲内で同じ結果が得られるはずだ。もし、テキストとまったく違った結果になってしまったら、それは何かが間違っているはずだ。

これまで知られていない法則性や、新たな知見を得た研究結果は学術論文として発表され、ほかの多くの科学者によって検証される。科学はこのようにして実証に裏付けられて進歩する。このときに必要なことは、新しい成果はどのような実験によって得られたかということであり、論文には実験手順が明確に記されている。

近年、学術論文に記された手順どおりにほかの研究者が実験を行っても、同じ結果を得られないこともある。つまり再現性を確認できないのだ。ある記事によれば、医学生物学論文の70%以上が再現できないという(Nature ダイジェスト 2013年11月号『医学生物学論文の70%以上が、再現できない!』)。このことは、しばしばワイドショーにも取り上げられる「研究の捏造」などに結びつきかねない問題だ。科学の進歩に立ちはだかる、この「再現性の危機」を当事者はどう考えているのだろうか。

研究者へのアンケート調査

Nature は「再現性の危機」に関するオンライン調査を行い、1,500名の研究者から回答を得た。研究者の半数が再現性の危機は「大いにある」と答えており、全体で90%の研究者が危機感をもっている。

回答した研究者の実に70%が、ほかの研究者の実験を再現しようとしたとき、失敗した経験があると答えた。さらに、自分自身が行った研究の再現を試みたときでも、半数を少し上回る研究者が同じ結果を得られなかったと答えている。

これは、発表された論文が間違っていることを意味するのだろうか。回答者の多くは、そう考えてはいない。研究者が再現に失敗する理由はいろいろある。たとえば、実験中にサンプルを混ぜるとき、容器を振って混ぜる方法とガラス棒を使って混ぜる方法とで結果が違ってくることがある。

再現性の危機を引き起こすもっとも大きな理由の一つは、「選択的な報告」のためだと研究者は考えている。科学者は仮説を立て、その仮説が正しいかどうかを検証するための実験を計画する。しかし、多くの実験結果から自分の立てた仮説に都合の良い一部の結果を選びがちになるという問題がある。得られた実験結果が合理的な意味をもつかどうか、つまり統計的に意味があるかどうかは、統計的に検定を行うことで確かめることができるが、十分に行われていない。さらに、実験結果に合わせて実験計画を変えてしまうと、正しい検定はできなくなってしまう。

再現性の危機を克服するために

科学的な仮説は、客観的な方法で多くの研究者に検証され、確立される。再現性の危機は、その検証されるプロセスを妨げるため、科学界では大きな問題だ。多くの人々が、現代の科学にはこのような問題があることを認識し、原因はなにかを考える必要がある。

再現性を確保するための方法は、研究室などで適切な指導を受けること、統計を適切に使用すること、そして実験結果に左右されない強固な実験計画である。

この再現性の危機の問題は、現在科学に携わっている人々だけでなく、これから科学を本格的に学ぶ若い人々がしっかりと認識することも必要ではないだろうか。

Nature ダイジェスト で詳しく読む!

「再現性の危機」はあるか?−調査結果−

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160822

学生との議論

「再現性の危機」と研究者の環境

Lisa-Blue/E+/Getty

学生たちは再現性の危機が起こる背景となりうる、研究現場が抱える問題点に関心を示した。研究者の現状を知ることは今後の科学技術政策の方向を考える上でも、意義のあることだ。

研究者、特に若手研究者は、論文をどれだけ発表したか、その論文がどれだけ著名な学術雑誌に掲載されたかによって評価される。研究費は「競争的資金」として優れた研究計画に対して国や民間財団から提供され、これらをどれだけ獲得できたかということも評価の対象だ。当然、この研究費採択でも、どれだけ論文を発表したかの実績が問われる。これらの評価が次の就職先を決めるのだ。限られた時間で業績を残さなければならないということが、若い研究者には過大なプレッシャーになるかもしれない。

近年は研究成果がすぐに形になる分野に研究費が集中しており、基礎的な研究に資金が配分されにくい、とも指摘されている。基礎の上に応用が成り立つ科学の世界で、基礎研究をもっと重視すべきだ、という声もある。科学研究の方向性について国民全体での議論が行われたことはなく、研究費という公的資金の配分方法を検討することも、科学者の環境整備に必要ではないか。

学生からのコメント

高橋 遼右

市民の立場からすれば、社会的に信用のある論文の実験が再現できないとなると、何を信用していいのかわからなくなるという恐怖感を感じた。日本は科学技術で戦後の発展を遂げたが、科学のあり方を国民一人ひとりが改めて真剣に考える必要があると感じた。(高橋 遼右)

仙田 達也

料理本を見ながら同じ手順で作っているのに、なぜか見本のようにはならないことがしばしばある。実験が複雑になるにつれ、再現させることが難しくなることは想像できるが、多くの科学者がそのような経験があるとは驚きだ。科学の実験もこれと同じことだろうか。(仙田 達也)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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