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医学生物学論文の70%以上が、再現できない!

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2013.131128

原文:Nature (2013-08-01) | doi: 10.1038/500014a | NIH mulls rules for validating key results

Meredith Wadman

研究結果の再現性の低さが、深刻な問題となっている。再現性のない論文を根拠に費用のかさむ臨床試験を実地することはできないので、多くの研究資金を提供しているNIHは、独立の研究機関に再現実証実験を委託することさえ検討し始めた。

生物医学の研究分野で、何度も繰り返されている公然たる事実がある。それは、実験結果を再現できない重要な研究論文が、コンスタントに大量に発表されているということだ。

2011年の製薬会社バイエル社(ドイツ・レーバークーゼン)の内部調査によれば、同社内で進められていた67のプロジェクトのほぼ3分の2で、プロジェクトに関連のある前臨床研究の結果が実証できなかったという。2012年には、製薬会社アムジェン社(米国カリフォルニア州サウザンドオークス)の科学者たちが、がん研究分野の53本の重要論文で示された知見の89%は再現できなかった、と報告した。さらに2013年5月に発表された研究によると、MDアンダーソンがんセンター(米国テキサス州ヒューストン)が行ったアンケート調査に対して、回答者の過半数が、発表論文のデータを再現しようとして失敗した経験が1回以上あると答えたという(「再現性の問題」参照)。

燃え上がる炎は、これらの研究の多くに研究費を提供してきた米国立衛生研究所(NIH、メリーランド州ベセズダ)の評判をも脅かしつつある。NIHの幹部職員たちは現在、ある種の科学研究(例えば、費用のかさむ臨床試験につながる可能性のある基礎研究)に対しては、研究費申請段階で実証実験を追加要請する仕組みを考えている。このようにNIHが上からの改革を進めようとする一方で、ある企業は、下からの改革に乗り出そうとしている。自分の研究結果を独立の研究機関が実証することを希望するかどうか、科学者たちにじかに聞き始めたのである。

問題は、実証にかかる費用を誰が負担するかだ。すでに米国では、科学者と実証サービスを提供する研究機関とのマッチングを行う会社さえ登場している。Science Exchange社(米国カリフォルニア州パロアルト)もその1つで、最高経営責任者Elizabeth Iornsは、in vitro実験と動物実験を含む重要な論文の結果を独立に実証しようとすれば、2万5000ドル(約250万円)の費用がかかると言う。

2012年、NIHは再現性の問題を検討する2つのワークショップを招集し、その10月には、NIHのリーダーらが、研究費申請や論文発表における動物試験に対して、より高い水準を求めていくことを明らかにした。最低でも、研究に用いた実験動物が無作為化されているか否か、無作為化されている場合にはその方法、実験者が治療について盲検化されているか否か、そして、標本サイズの見積もり方、データの取り扱い方も報告するよう求めるとしたのである。

NIHの首席次長であるLawrence Tabakは、積極策に打って出ると言う。「NIHが中央機関レベルで監視するのが適切だと考えるだけの情報が集まっているからです」と説明する。彼はこの夏、米国立神経疾患・脳卒中研究所のStory Landis所長や米国立がん研究所のHarold Varmus所長らのNIH幹部とともに、NIHの27の研究所とセンターの所長から収集した情報を評価・検討している。評価が終わったら、NIHのFrancis Collins所長と協議し、次なる対応を決めることになっている。

現時点で検討されている提案には、臨床試験につながりそうな研究費申請に対しては、ピアレビュー制度(同じ分野の研究者による審査制度)を改めて、もとになる研究を詳細に検討することなどが含まれている。6月に開かれたCollinsの諮問委員会の会合で、Tabakは、新しい制度が実現したらどうなるか想像してみた。「前提となる研究が実証されなければ、それでおしまいです。申請書がどんなにうまく書けていても駄目です」と彼は言う。NIHの職員の中からは、研究費を受け取る条件として、重要な前臨床試験の結果が独立の研究機関によって実証されていることを要請する案も出されている(記事末の編集部註を参照)。

一部の研究者は、こうした動向に強い不安を感じている。ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)のシステム生物学者Peter Sorgerは、「とんだ災難です」と言う。彼は、最先端の科学には、実証実験を受託する民間企業にはもちろんのこと、一般的な研究室にもないようなアイデアや道具やプロトコルが採用されていることが多いと説明する。「最先端科学の結果を再現することは、信じられないほど難しいのです」と彼は言う。

けれども、科学者には自分に都合の良い結果を発表したいという気持ちと、都合の悪い結果を発表したくないという気持ちがあり、こうした心理に対抗するためには、研究結果を独立に実証する必要があると主張する人々もいる。Iornsは、詳細な報告を要請しても事態の改善にはつながらず、それよりは、ランダムに選んだ論文や、特に注目された論文に対して、定期的に実証作業を行う方がよいと考えている。

NIHが一部の研究に対してでもそのような要請をすることになれば、Science Exchange社の新たなビジネスチャンスになることは明らかだ。2012年、同社は、自分の研究結果が独立に再現されることを希望する論文著者のために、実証実験の手配をするReproducibility Initiativeを立ち上げた。そして2013年5月には最初の学術的実証が始まっている。Iornsは2013年1月、前年に発表された生物医学分野のオリジナル論文の著者2万2000人以上に対して、もし資金が出るなら、自分の論文中の実験が独立に実証されることを許可するかどうか尋ねた。回答した研究者のうち、イエスと答えたのは1892人で、416人がノーだった。

イエスと答えた1892人が発表した論文の中には重要なものがたくさんあったとIornsは言う。無料の文献管理ツールMendeleyでのダウンロード回数では、イエスと答えた著者の論文の読者数は、ノーと答えた著者の論文の読者数よりも平均で1桁多かった。Laura and John Arnold財団(米国テキサス州ヒューストン)は、Iornsが選ぶがん細胞生物学論文の実証ができるように、Science Exchange社に資金提供を行うことを前向きに検討しているという。

NIH職員の中にも、実証は外部に出すのがいちばんだと考えている者はいる。NIHの米国立神経疾患・脳卒中研究所の再現性問題の責任者であるShai Silberbergは、1つの予備的研究を終えようとしている。いくつかの薬物がヒトでの臨床試験ができる段階にあることを確認するため、複数の学術研究機関に、前臨床試験の結果を再現させているのだ。彼は、ここまでくるのに2年半もかかったと言う。「これでは遅過ぎます」と彼は言い、受託試験機関による迅速な実証を支持している。

一方、Iornsは、NIHが動き出すのを待ってなどいない。2013年7月30日、Science Exchange社と試薬販売会社antibodies-online.com社(ドイツ・アーヘン)は、研究用抗体を独立に確認するプログラムを開始した。研究用抗体は、生物医学実験における遺伝子機能の推定などに用いられるが、その効果は非常に変化しやすいことが知られている。ハーバード大学医学大学院の計算生物学者Peter Parkは、「各バッチが第三者により確認されていれば、素晴らしいでしょう」と言う。彼によると、ヒトゲノムの全ての機能的要素を同定するENCODEプロジェクトを実施したコンソーシアムが、ヒストンというタンパク質に特定の修飾を行うために200種類以上の抗体を試験したところ、広告どおりの修飾ができない抗体が25%以上もあったというのだ。

抗体を例にとれば、それを製造する企業には、自社製品の品質の高さを証明したいという思いがあるはずだ。Iornsは、こうした企業が、確認のために数千ドルの費用を負担することを期待している。検閲をパスした抗体には、antibodies-online.com社のカタログ上で、独立の研究機関による確認を受けたことを示す緑色のチェックがつくことになる。

予算だけでなく、再現性の問題も米国議会に知れ渡ってしまい、NIHは、その290億ドルの予算が実証可能な科学に使われていることを確認する必要に迫られている。「再現性の問題に私たちがどう取り組みたいのか、きちんと考えなければなりません」とTabakは言う。

再現性の問題

研究結果の再現性の低さに頭を悩ませる米国立衛生研究所(NIH)は、一部の研究結果に対して、実証実験を課する仕組みを考えるようになっている。

Credit: SCIENCE EXCHANGE1

2011年9月

バイエル社が、67のプロジェクトのほぼ3分の2で、社内で得られたデータと発表されているデータの間に不一致があることを発見した。

2012年3月

アムジェン社が、53本の重要な論文のうち、同社の科学者がその知見を再現できたものはわずか11%しかなかったと発表した。

2013年1月

Science Exchange社の最高経営責任者Elizabeth Iorns(写真)が、オリジナル論文の著者2万2000人以上に対して、自分の実験の実証を同社に手配してほしいかと尋ねたところ、イエスと回答した研究者が約2000人いた。

2013年5月

MDアンダーソンがんセンターのアンケート調査の結果、回答者の過半数が、発表されている論文のデータを再現しようとして失敗した経験があることが明らかになった。

2013年7月

Science Exchange社が、市販の抗体を独立に実証・検証するプログラムを立ち上げた。

(翻訳:三枝小夜子)

編集部註:ここの「第三者による実験結果の確認」という手法は、明らかに、国際標準における認証(certification)制度を意識している。国際標準とは、工業製品などの規格を国際機関で決める仕組みであり、それに従っていれば、世界中の誰が製造しようと問題なく利用できる。その規格に従っていることを有料で証明する第三者が認証機関だ。

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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