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次の津波に備える

2011年の東北地方太平洋沖地震による津波の高さをシミュレーションにより推定したもの。濃い色ほど波が高いことを示す。シミュレーションにはブイ式海底津波計(黒い三角形)からのデータを用いた。

NOAA CENTER FOR TSUNAMI RESEARCH

2011年3月11日、激しい揺れがおさまるとすぐ、佐藤健一はよろめきながら事務所に戻り、警報器のスイッチを押した。その途端、宮城県気仙沼市の全域でサイレンが鳴り響き始めた。気仙沼市は東北地方の太平洋沿岸に位置している。6万4000人の気仙沼市民に、この地震に伴って津波が襲来するおそれがあることを知らせ、警戒を呼びかけるのが、同市の危機管理課長である彼の職務だった。

1分後、佐藤の懸念が現実のものになった。彼は気象庁の情報で、地震のマグニチュードは7.9、震源は宮城県沖で、宮城県は高さ6 m、その隣の岩手県と福島県は高さ3 mの大津波の襲来に備えなければならないということを知った。佐藤は直ちに気仙沼市の拡声スピーカーで避難を呼びかけた。

しかし、約30分後に気仙沼市に到達した津波は、気象庁の予想よりさらに高いものであった。気仙沼市を襲った津波の高さは9 mに達し、ほかの都市では20 m以上になったところもあった。東北地方の海岸線の多くは、防潮堤などの津波防護施設が設置されていたが、巨大な津波はそれらを乗り越えてしまった。津波による死者は約1万5000人にのぼった。気象庁が最初に予想した津波の高さを聞いて安心し、高台に逃げなかったために亡くなった人もいたと言われている。気仙沼市だけでも1031人が死亡し、数百人が行方不明になっている。

佐藤は、自分がもっと早い段階で津波の本当の大きさを把握できていれば、犠牲者の数を減らせたかもしれないと考えている。「警報のレベルを引き上げることもできたかもしれません」と彼は言う。「そうすれば、もっと高いところに市民を避難させることができたでしょう」。

そして、津波から1年が経過した。科学者や危機管理担当者は、次に津波に襲われる前に津波検知・警報システムを改良しようと努力を続けている。日本はまもなく、324億円をかけて、海底津波観測網の設置に着手する。このシステムは、日本の沿岸に向かってくる津波を早い段階で検出し、警報を発するためのものである。一方、米国は、太平洋岸北西部の沖に設置してある海底津波計の一部を、今後数十年以内に巨大地震が発生すると予想されているカスカディア沈み込み帯の近くに移動させることを検討している。

世界の津波予測技術は2004年のスマトラ島沖地震をきっかけに大きな進歩を遂げていて、日米の取り組みは、この進歩の延長線上にあるものだ。23万人以上が死亡したスマトラ島沖地震で津波の脅威を感じた各国は、津波の研究と観測装置の設置に予算を回すことにした。その結果、現在では各国の危機管理担当者が、津波がどのようにして海を渡り、震源から数千kmも離れた海岸にどのように襲来するのか、だいたいのところを予想できるようになっている。

次なる目標は、これより難しくはあるが、震源に近いために、地震発生後に津波が到達するまで数分しかないような地域に対し、警報を出せるようにシステムを改良することだ。「歴史的に見れば、局地的に高い津波が起こった地域での犠牲者が、全体の95%を占めると考えられます」と、国際津波情報センター(ハワイ、ホノルル)のLaura Kong所長は言う。「米国や国際社会が、今ある資源を利用してこの問題を解決するにはどうすればよいかを考える必要があるのです」。

NIED

日本は、太平洋沿岸を監視する津波観測網を新たに整備し、この問題を解決しようと計画している(『日本海溝海底地震津波観測網計画』参照)。日本の防災科学技術研究所(NIED、つくば)が整備を進めているこのシステムは、154の海底観測点から構成される。この観測網の開発チームを率いる金沢敏彦によると、地震計および津波の通過を感知できる水圧計を組み込んだ海底観測点を、遠く離れた陸上2か所を両端としてループ状に敷設し、そして、このようなループを6つ作るという。NIEDによれば、システムをこのように設計することで、津波により陸上および海底の観測点が損傷しても(実際、東日本大震災では、東北沖の海底に設置してあったセンサーの一部で障害が起きた)、システムを稼働させ続けることができるという。計画では、2015年3月末までに、この新しい観測網を完成させることになっている。

津波観測網を強化する

西日本の太平洋沖にある南海トラフは、数十年以内に巨大地震が発生すると予想されている場所で、すでに大規模なケーブル式津波観測網が設置されている(Nature 476, 391-392; 2011参照)。このシステムの有効性は「現場で実証されています」と金沢は言う。「津波警報への利用に適した、シンプルなシステムです」。

東日本沖合の日本海溝には、北日本を乗せたオホーツクプレートの下に太平洋プレートが潜り込む「沈み込み帯」があり、NIEDは東日本の海岸線と、この「沈み込み帯」との間に観測装置を設置する。オホーツクプレートの先端は、その下に潜り込む太平洋プレートにより一緒に引きずり込まれていくが、歪みが限界に達すると、オホーツクプレートの跳ね上がりが起こる。このときに膨大な量の水が動くことになり、津波が発生する。津波は、外洋の深い海をおよそ時速700 kmの猛スピードで進むが、このときに引き起こす潮位の変化は、せいぜい1~2 mである。しかし、津波が浅瀬にやってくると、その速度は当初の20分の1以下まで遅くなり、立ち上がって巨大な水の壁となり、沿岸部に襲いかかる。NIEDの観測網が完成すれば、津波が深い海から大陸棚に乗り上げてきたときに生じる圧力の変化を検出することができるため、沿岸にいる人々に5~20分の避難時間を与えることができる。

さらに気象庁は、このシステムを補完するため、沈み込み帯の反対側に3台の海底津波計を設置して、外洋を通過する津波を検知することにしている。この観測計はケーブルで連結されてはおらず、収集されたデータは音波を使って近くの海面に浮かんでいるブイに伝えられ、このブイから静止衛星に送られる。このブイ式海底津波計は、ケーブル式津波観測網よりも設置が容易であるため、2012年中に設置できるだろうと金沢は言う。

この気象庁のブイ式海底津波計は、DART(Deep-Ocean Assessment and Reporting of Tsunamis)という既存の観測網の一部となる。米国は太平洋と大西洋にこうしたブイ式海底津波計を40台設置しており、ほかの国々も計14台のブイを調達し、太平洋とインド洋に設置している。このシステムから得られるほとんどすべてのデータが国際的に共有される。

DARTシステムの設計者で、2010年に引退して米国海洋大気庁太平洋海洋環境研究所(NOAA/PMEL、ワシントン州シアトル)所長に就任したEddie Bernardによると、彼がDARTシステムの開発に乗り出したきっかけの1つは、誤警報により多額の損失が生じてしまったことだという。1986年にアリューシャン諸島でマグニチュード8.0の地震が発生したとき、ハワイ当局は海水浴場やその他の海岸地域の低地から人々を避難させた。この避難にかかったコストは税収を含めて4000万ドルだった。ところが、ハワイに到達した津波の高さは、わずか15 cmほどだったのだ。この事態に当惑した民間防衛隊のリーダーが、当時、研究室で津波の研究を率いていたBernardに電話をかけてきて、「もっとうまくやれないものかね?」と言ったのだという。

DARTシステムの開発は、1992年に北カリフォルニア沖で発生した地震が契機となり大きく前進した。この地震を受けて、カスカディア沈み込み帯に蓄積されている歪みが解放されて巨大な地震が引き起こされ、それに伴う津波によって甚大な被害が生じるのではないかという懸念が強まったのだ。1997年、米国議会は津波被害軽減プログラムに資金を提供し、Bernardは海底津波計を開発するという長年のプロジェクトを完成させることができた。

当初は、Bernardもほかの人々も、DARTのブイ式海底津波計は太平洋全域を監視するためのものにしようと考えていた。通常、ハワイを脅かすのは、遠隔地の地震に伴って発生する津波であるからだ。このため、ブイ式海底津波計は、はるか外洋に設置された。こうすることで、数多くの津波をとらえることができ、さらに震源付近に海底津波計を設置しないことで、津波の信号は地震動に影響されなくなる。

しかし、2011年の東北地方太平洋沖地震は、そうした考え方を一変させた。2012年1月に開かれたPMELの会議では、日米の科学者により、海底津波計のデータから地震動を除去する方法が議論された。津波計のデータから地震動が除去できれば、断層にもっと近いところに海底津波計を設置できるようになる、とPMELの津波モデル製作者Vasily Titovは言う。「津波の移動時間で言うと、震源からの距離が5分しか離れていない地点に海底津波計を設置することさえ可能になるのです」。DARTの海底津波計に津波の先端部分が到達し、その津波の半分が通過するまでには5~10分がかかる。これを観測することで津波の高さがわかるとTitovは言う。

Titovによると、米国は現在、カスカディア沈み込み帯をはじめとしてDARTのブイ式海底津波計の一部をより震源に近いところに移動させることを検討しているという。地震が発生した際は、DARTのデータと海岸線の地形データとを組み合わせることで、警報センターが津波による浸水をより迅速に予測する。30分あれば、「浸水のおそれのある区域がどこなのか、非常に正確に予想することができます」と彼は言う。その情報は、危機管理担当者が、どの区域の人々を避難させるべきか、どのタイミングで高台への避難を呼びかけるべきかなどを決定するのに役立つだろう。

しかし、震源に非常に近い地域では、正確な予測が出るのを待っていたら多くの人が犠牲となってしまう。カスカディア沈み込み帯で発生した地震が引き起こす津波の第一波は、15~20分後に沿岸部に到達する。日本やアリューシャン諸島では、津波が到達するまでにわずか数分しかない場所もあるため、問題はさらに複雑になる。そこで、危機管理担当者は段階的なアプローチを考えている。まずは早い時点で速報を出し、海底津波計からの情報が届いたら、続報を発表するのだ。

低く見積もられた津波高

東日本大震災では、このような津波の予測は多くの人に有益であった一方で、被害を拡大させる要因ともなった。2012年2月に仙台で開かれた国際会議で、気象庁の上垣内修は、気象庁が震災時に直面した問題について、いくつか解説した。2011年3月11日午後2時46分に地震が発生したとき、気象庁は短周期地震動の記録に基づいて地震の規模と震源を決定した。それから、推定された地震について、あらかじめ実施しておいた津波シミュレーションの結果を利用し、津波の高さを予測した。こうした詳細を含めた警報が、地震発生から3分以内に発表された。

この手法はマグニチュード8未満の地震には有効だが、これ以上のマグニチュードの地震には適応できない。しかし気象庁は、この予測手法が問題であるとは考えなかった。当初は、東北地方太平洋沖地震のマグニチュードを、東北地方で発生すると想定されていた最大クラスの地震のマグニチュードにほぼ等しい7.9と推定していたからだ。ただ、マグニチュード7.9と9.0では、地震のエネルギーが約45倍も違う。

最初の警報を出してから9分後の午後2時58分、何かがおかしいのではないかということをほのめかす最初の兆しが見られた。岩手県沖に設置されていたケーブル式海底津波計の1つが、予想外に大きな潮位変化をとらえたのだ(『あの日の気仙沼市』参照)。けれども気象庁は、海底津波計からのデータを利用して津波警報を修正する手法を確立できていなかった。

午後3時10分には、岩手県沖のGPSセンサーも大きな津波を感知した。気象庁はこのデータを利用して、この津波が浅い沿岸地域に到達したときにどの程度大きくなるかを推定した。午後3時14分になって、新たに津波の高さを宮城県で10 m、岩手県と福島県で6 mと修正した警報が発表された。けれどもそのときにはすでに、津波の第一波が海岸に襲いかかっていた。

気象庁が沿岸の検潮器で観測した津波の第一波の高さは20 cmであったが、この値を不用意に発表してしまったことも、混乱を深めた可能性がある。津波は、第一波が最大になるとはかぎらない。それにもかかわらず、到着した第一波が小さいものであったことを発表してしまったことで、人々は避難を遅らせたり、取りやめたりしてしまったおそれがある、と上垣内は言う。

気象庁は、2012年中に新しい津波警報発表手順を導入する予定である。現在は、速報が地震の規模を過小評価している可能性があるかどうかを判断する分析ツールを開発しているところだ。この分析ツールは、震源を含む広い範囲を対象として、その中で過去最も強かった振動の記録および長周期地震動の初期の測定値を利用する。このような追加情報を踏まえ、最初に推定された地震の規模が正確であると判断された場合には、気象庁は予想される津波の高さを含めた警報を発表する。しかし、最初に推定された地震の規模が不正確であると判断された場合には、その地域の歴史的データに基づく最悪のシナリオを想定した警報を発表する。その際、予想される津波の高さについて具体的な数字は言わず、「巨大」や「高い」など、定性的な言葉で表現する。そして、沖合の海底津波計からのデータが届いた後に、新しい情報に基づく津波警報の続報を発表する。それは地震発生から約15分後のことになる。

人々の命を救うために

米国と日本の津波モデル製作者は、自分たちの努力は確実に実を結ぶだろうと確信しながら研究を進めている。気象庁の主任研究官である平田賢治は、日本列島の近くで発生する地震のための津波予測ツールに沖合の海底津波計からもたらされるデータを取り入れるアルゴリズムを完成させるには数年かかるだろうと言う。

けれども、そのアルゴリズムが完成したあかつきには、大いに人々の役に立つことが期待される。震源からやや離れた地域、すなわち、津波の到達までに1時間以上の余裕があるが、まだ巨大な津波が襲来するおそれがある地域の人々に、特に恩恵をもたらすだろう。このような地域の危機管理担当者が住民を避難させるべきかどうかを判断する際には、ハイテクを駆使して収集されたこうしたデータが役に立つはずだ。

沖合の海底津波計によって直接計測した津波の大きさのデータは、第一波がすぐに到達してしまう地域でも有用である。その後の津波が、第一波よりも大きくなるか小さくなるかがわかるからだ。さらには、比較的小さな地震が海底で地滑りを誘発し、これにより大きな津波が発生する場合に、事前に警報を発することも可能になる。実際、1998年にパプアニューギニアでマグニチュード7.1の地震が発生した後にこのような大津波が発生し、2000人以上が死亡したことがあった。死者の多くは、地震がさほど大きくなかったことに油断し、避難しなかった人々だった。そのような場合に、地震計のデータには表れない事象を直接感知できる、沖合の海底津波計が威力を発揮することがあるだろう。

しかしながら研究者らは、いくら装置やシステムに資金を費やしても、それによりもたらされる効果は、津波に関する基本的な教育の効果には到底及ばないと警告する。多くの場合、津波が最初に襲いかかる地域には、津波の大きさの推定値が出るのを待つ時間的余裕はない。南カリフォルニア大学(米国ロサンゼルス)の津波研究者Costas Synolakisは、「海岸地域に住む人は、自分自身が津波防災センターになって警報を出す必要があるのです」と言う。「揺れが30秒以上続く場合は局所的な大地震なので、避難する必要があります。揺れが2分以上続く場合には、必死に逃げる必要があります。巨大津波がやってきます」。

あの日の気仙沼市

大津波に襲われた気仙沼市。

SAN KEI VIA GETT Y IMAGES

2011年3月11日、宮城県気仙沼市当局は、東北地方太平洋沖地震の発生から47分間にわたり、気象庁からの情報に基づく津波警報を放送し続けた。彼らは市民に直ちに避難するよう呼びかけたが、結果的に、気仙沼市だけで1000人以上が死亡した。

14:46

東北地方太平洋沖地震が発生

14:48

気仙沼市危機管理課長の佐藤健一が、津波が襲来する可能性を知らせる警報を発する。

14:49

気象庁が地震の規模をマグニチュード7.9と見積もり、宮城県には高さ6m、岩手県と福島県には3mの津波が襲来する可能性があると警告する。

14:52

佐藤が津波警報を放送し、市民に避難を呼びかける。

14:58

岩手県沖約50 km に設置された海底津波計が津波を検知。

15:10

岩手県沖20 km に設置されたGPS センサーが津波を検知。

15:12

岩手県沿岸の検潮器が潮位の大きな上昇を記録。

15:14

気象庁が津波警報を訂正し、宮城県の津波は10m、岩手県と福島県は6 mになるとする予想を発表。

15:21

気仙沼では、津波により最初に潮位が下がり、続いて上昇し始める。

15:33

高さ9 m の津波が気仙沼市に襲来。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2012.1205s13

原文

Tsunami forecasting: The next wave
  • Nature (2012-03-08) | DOI: 10.1038/483144a
  • Richard Monastersky
  • Richard Monasterskyは、ワシントンD.C.在住のNature編集者。日本からの報告はDavid Cyranoskiによる。