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多彩な有機合成反応に使える高ひずみ分子

有機化学者たちは常に、まだ合成されていない分子を合成可能にする方法や、合成可能な化合物をより効率的に作る方法の開発に取り組んでいる。その際のアプローチの1つに、高いエネルギー障壁を乗り越えなければ進まない反応において、それを促進させる方法を見いだすというものがある。これは、ボール遊びをしている子どもが、隣家の庭に入ってしまったボールを取り戻すために高い壁を越えようとする場面になぞらえることができる。壁を乗り越えるにはいくつか選択肢があるが、その1つは、まず近くの木に登るなどして地面よりも高い所に行き、そこを出発点として壁をよじ登り、反対側に飛び降りるという方法である。化学反応の世界では、これは、目的の生成物よりもエネルギー準位がはるかに高い分子から反応を始めることに相当する。このたび、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(米国)のAndrew Kelleghanら1は、こうした戦略の1つとして、1,2,3-シクロヘキサトリエンという高ひずみ有機分子が持つ大きなエネルギーを利用して複雑な化学合成反応を促進させる、実に巧妙な方法を開発し、Nature 6月22日号748ページで報告した。

図1 有機分子におけるひずみ
分子のひずみは、応力によって系の内部エネルギーが上昇するよう化学構造が変化する場合に生じる。例えば、炭素–炭素三重結合(C≡C結合)を持つアルキンでは、C≡C結合と隣接するC原子が一直線に並んだときにエネルギーが最低になる。しかし、これが環状になってベンザインや環状アルキンが形成されると、隣接C原子は直線から外れて曲がった構造になり、分子の内部エネルギーが上昇し、ひずみが生じる。同様に、炭素–炭素二重結合(C=C結合)を連続して持つアレンや1,2,3-トリエンでは、C=C結合が直線状に並んだ場合に内部エネルギーが最低になるが、それらが環状アレンや1,2,3-シクロヘキサトリエンになると、C=C結合が折れ曲がってひずみが生じる。黒丸は、分子と結合した化学基を表す。

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翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 9

DOI: 10.1038/ndigest.2023.230939

原文

Rarely used strained molecules step up for organic synthesis
  • Nature (2023-06-22) | DOI: 10.1038/d41586-023-01935-9
  • Fahima I. M. Idiris & Christopher R. Jones
  • Fahima I. M. Idirisは、ファーマロン社(英国)に所属。Christopher R. Jonesは、ロンドン大学クイーンメアリー校(英国)に所属。

参考文献

  1. Kelleghan, A. V., Bulger, A. S., Witkowski, D. C. & Garg, N. K. Nature 618, 748–754 (2023).
  2. Shi, J., Li, L. & Li, Y. Chem. Rev. 121, 3892–4044 (2021).
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