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リアルワールドエビデンスの今:第2回 欧米の事例

Credit: alvarez/E+/Getty

欧米では、日本より早くからデータ共有を前提にした医療データの電子化が進められてきたが、リアルワールドデータ(RWD)とリアルワールドエビデンス(RWE)の利活用が本格的に始動したのはここ10年と考えていいだろう。

2000年代以降、欧米は電子カルテの標準化や医療情報の連携を強力に進めており、電子カルテの普及率は2016年時点で英国や北欧ではほぼ100%、米国も80%を超えている。米国は、承認された医薬品の市販後の安全性を監視・評価する際や、限定的ではあるが有効性を裏付けるためにRWDとRWEを活用してきた長い歴史があるが(go.nature.com/43MUG74参照)、転機となったのは2016年に制定された「21st Century Cures Act」である。この法律は、医療製品開発を加速させるため、RWEの活用などを通じて臨床試験デザインを近代化し、承認プロセスを迅速化することを施策の1つに挙げている。これを受けて、米国食品医薬品局(FDA)は2018年、規制当局の意思決定においてRWEをどう利活用できるかを評価するための枠組み(Framework for FDA’s Real-World Evidence Program)を作成し、その後もさまざまなガイダンス文書を発行している。

一方、ほとんどの国民がかかりつけ医に登録している英国では、プライマリケアデータが電子カルテに収集されている。この情報は大規模なゲノムリソースや健康関連データとリンクされ、Clinical Practice Research Datalinkなどを通じて国内外の研究者によって数十年にわたり利用されてきた1。さらに、2017年に設立されたHealth Data Research UK(HDR UK)は「英国におけるデータ利用についての考え方に大きな変革をもたらしました」と、RWDを用いた研究プロジェクトを率いるインペリアル・カレッジ・ロンドン(英国)の呼吸器疫学者ジェニファー・クイント(Jennifer Quint)氏は言う。HDR UKはデータ主導のアプローチを促進している非営利組織で、約850のデータセットを一度に検索できるシステムを有している。

欧州医薬品庁(EMA)は2022年に、「DARWIN EU」と呼ばれるネットワークを設立した。欧州連合(EU)の規制当局の意思決定をサポートする加盟国全域からのRWE生成を加速化させるのが狙いだ。2025年までにDARWIN EUはフル稼働を開始し、年間約150件のRWE研究(RWEを用いた研究)を実施する予定だ。さらに、これまで加盟国間でばらつきがあった医療データをEU内で統合する準備も進められている(「欧州連合の野心的な医療データ統合構想」参照)。

新しいアプローチ

医療記録のデジタル化と電子カルテの導入が進むにつれ、より多くのRWDが利用可能になり、データの質も向上している。その結果、研究者が新しいアプローチを見いだす機会も増えている。例えば、2022年1月に発表されたエプスタイン・バー・ウイルスと多発性硬化症の関連性を示す論文2では、米国の若い兵士1000万人以上の過去20年分の血液試料と医療記録を分析することで、長い間「示唆される」にとどまっていたこれらの関連性について、より強固な証拠を得ることに成功した(2022年6月号「ウイルス感染の長期的な影響」参照)。

「この論文を読んだ後、私たちは、長年にわたって科学者が個々の神経変性疾患と特定のウイルスとの関連を1つ1つ探していたことに気付きました」と言うのは、国立衛生研究所(NIH、米国メリーランド州ベセスダ)傘下のアルツハイマー型認知症および関連認知症センター(CARD)でAdvanced Analytics Expert(高度分析専門家)グループを率いるマイケル・ノールズ(Michael Nalls)氏だ。「このとき私たちは、よりデータサイエンスに基づいた別のアプローチを試すことを決めました。医療記録を使うことで、可能性のある全ての関連性を即座に、そして体系的に探すことができたのです」と、CARD Newsの中で述べている。

ノールズ氏らはフィンランドと英国バイオバンクに保存されている膨大な医療記録を分析し、アルツハイマー病、ALS、多発性硬化症、パーキンソン病など6つの神経変性疾患の診断と、病院を訪れるきっかけとなった過去のウイルス感染との間に、少なくとも22の優位な関連性があることを発見した3。最も強いリスク相関は、ウイルス性脳炎とアルツハイマー病であった。この研究結果は、既存のワクチン接種によりこれらの疾患にかかる確率を下げられる可能性を示唆している。

FDA承認の事例

医薬品開発におけるRWDの使用は増加しているが課題も多いと、FDAの医薬品評価研究センター(CDER)の医学政策部でRWE分析のアソシエイトディレクターを務めるジョン・コンカートゥ(John Concato)氏は指摘する。例えば、試験デザインにおけるRWDやRWEの定義が曖昧であれば、規制当局とのコミュニケーションに支障を来たす恐れがあり、医薬品申請の適切な審査は難しくなると、コンカートゥ氏は言う。「RWEに基づいた申請でどの承認が適しているかを特定する際、問題となることの1つに『定義』があります。私たちは、定義の仕方によってRWEが偽陽性(薬などの作用を有効と誤判定)や偽陰性(無効と誤判定)とされたケースを報告書の中で見かけます。この他にも、RWEを活用した申請を成功に導くカギは、データが目的に合致しているか、試験デザインが適切か、規制当局が適切に判断できる材料を提供できるかであることを、試験を実施する企業が認識する必要があると思います」。

試験を行う側と審査する側の双方にとって難しい問題があるにもかかわらず、FDAはRWDとRWEの利活用の道を探り続けている4。例えば、2021年にFDAのCDERは、肺移植患者の臓器拒絶反応の予防を目的とする治療法として、タクロリムス(商品名プログラフ)と他の免疫抑制剤との併用を承認した。この承認は、確立されたレジストリのデータと過去の対照群のデータを比較した非介入試験に基づいている。観察研究が「適切かつ十分に制御された試験の主要な裏付け」、つまり、有効性の実質的な証拠となることをCDERが初めて認めた事例である。その2年前の2019年にはFDAの生物製剤評価研究センターが、脊髄性筋萎縮症で特定二重膜変異を有する2歳未満の患者の治療薬として、アデノ随伴ウイルスベクターを用いた遺伝子治療薬オナセムノゲン アベパルボベク(商品名ゾルゲンスマ)を承認した。この承認は、RCTにおける生存期間などの主要評価項目と、この疾患の患者の自然歴(治療をしない場合の経過)に関するRWDとの比較に基づくものであった。

「この2つの事例は、FDAが証拠基準を維持しながらRWEの利活用を検討することができ、また今後も検討し続けていくことを示す好例です」と、コンカートゥ氏は話す。「医薬品開発が適切に行われる限り、今後はRWDとRWEの使用がより一般的になるでしょう。しかし、『科学的基礎』が最も重要な要素であることを、私たちは忘れてはいけません」。

データの質

科学的に厳格な手順を踏むことの重要性について、再認識が広がるきっかけとなったのは、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)での経験である。このパンデミックでRWDとRWEの利活用は加速し、収集データは薬事政策や臨床の判断材料となることもあったが、データの信頼性には隙が生じた。ヘルスケアデータ分析会社のサージスフィア(Surgisphere、米国イリノイ州)は2020年、COVID-19の治療薬と心疾患や死亡率との関係を「医療機関から集めた電子カルテの医療記録を基にレジストリを構築して調べた」と主張し、2本の論文を発表したが、公式なデータと整合性がないなどと第三者から疑義が呈され、両方とも相次いで撤回している5,6。この事例は臨床試験計画にも影響を及ぼした。

「この残念な事件の影響は大きく、誰もが目を覚ましました。ヘルスケアデータのソースに関して厳しい目を持たなければならないことに気付いたのです」と、ハーバード大学医学部の教授であり、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院医学科(いずれも米国)の薬剤疫学・薬剤経済学部門チーフを務めるセバスチャン・シュネーバイス(Sebastian Schneeweiss)氏は説明する。この事件の後、FDAは2021年に4本のガイダンス文書案を発行し、データソース、データ標準、規制上の考慮事項に関する見解を示している。

パンデミック時のCOPI(control of patient information)通知が終了した現在、英国では「データへのアクセスが以前のように厳しいシナリオに戻ろうとしています」とクイント氏は言う。「一方で、最近出した白書や報告書の中では、これらのデータを利用しやすくすることの重要性と必要性を強調しています」と話す同氏は、RWD・RWEを利用した研究の信頼性を高めるためには、RWDを導き出す方法論を確立することが重要だと指摘する。「例えば、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の定義は複数あります。私たちは、COPDの定義の違いにより有病率の推定値が変化することを明らかにしました7。何が『リアル』か、という考えにばらつきが出ないように、これらのデータを扱う際に使用する定義の標準化を進めているところです」。

目的に合わせて

データの信頼性の担保に加え、データが目的に合っているか(fit for purpose)も意識する必要があると、シュネーバイス氏は言う。つまり、RWD・RWEに「ある医薬品が特定の健康結果をどのように引き起こすか」という疑問に答えるのに十分な完全性、正確性、粒度が備わっているかどうか、である。

シュネーバイス氏は、FDAのガイダンス文書策定を支援するための実証プロジェクト「RCT Duplicate」を率いており、保険請求データを用いて、医薬品承認のためにデザインされた30件のRCTと現在進行中の2件の市販後RCTの模倣を試みた8。その結果、RCTの試験デザインが実際の患者のケアプロセスと一致していて厳密に模倣できる場合は、RWE研究はRCTとほぼ同様の結論を得た。結論の一致率が低下したケースでは多くの場合、RCTの試験デザインがそもそも実際の臨床現場と一致していないため、RWDで模倣することが困難であった。

「この結果から、目的に適したデータに基づいて適切に実施されたRWE研究は信頼性が高い、という確信が高まった人もいれば、不安に感じる人もいるかもしれません。私たちはRCTをRWEに置き換えることを推奨しているのではありません。実際には、RCTエビデンスとRWEは補完し合っています。もし私たちに無限の時間、資金、時間があり、人体実験を受けても構わないという患者がいれば、もちろんベースライン無作為化と一次データ収集のあるRCTを選ぶでしょう」とシュネーバイス氏は言う。

シュネーバイス氏は現在、電子カルテデータを用いたRCTの再現性を試みたり、RCTに参加した患者のデータを二次医療データ(別目的で収集されたRWD)にリンクさせたりするなど、RWE利活用のさらなる発展形を追求している。

「二次利用のヘルスケアデータセットに完璧なものなど存在しません。医療データベースにおける因果関係のある研究デザインと分析の実施方法をよりよく理解し、データソース、透明性、正確性、データの質を改善し続けることで、私たちは正しい方向に進んでいけるでしょう」とシュネーバイス氏は言う。

欧州連合の野心的な医療データ統合構想

欧州連合(EU)は極めて積極的にRWDとRWEの利活用のための環境整備を進めている。2022年2月のDARWIN EUの設立に続き、同年5月にEuropean Health Data Space(EHDS)の設定に関する提案が欧州委員会(EC)から出された。

「約4億5000万人の市民の健康データを統合することにより、EUは市民の健康、研究、イノベーション、エビデンスに基づく意思決定、医療提供の改善に焦点を当てたデータ駆動型テクノロジーのグローバルリーダーとなり、市民は自らのデータを制御できるようになるでしょう」と、EC広報部のステファン・デ・ケールスマッカー(Stefan De Keersmaecker)氏は話す。

欧州議会とEU加盟国政府との間で立法プロセスが進行中であるが、2025年までにEHDSの機能を開始することを目指している。

EUには国境を越えた健康データの交換を可能にするクロスボーダー・インフラであるMyHeart@EUが既に存在する。これまでは加盟国の参加は任意で、現在11カ国が国境を越えて患者サマリーや電子処方箋をやりとりしている。さらにフィンランドやフランスなど一部の加盟国では、健康データの二次利用に関して革新的なアプローチが見られる。EHDS法案はMyHealth@EUへの参加を義務化することで、2025年末までに全ての加盟国がこのネットワークに接続されることが期待されている。EUは加盟国が環境整備をするための資金を提供する。

「EHDSは巨大な中央集権的データベースを構築するものではありません。私たちが行っているのは、加盟国が自国に最適な方法でデジタル化できるようにするための共同基準の導入です」と、デ・ケールスマッカー氏は言う。「すなわち、法律とデジタルインフラの枠組みです。健康データを加盟国間および加盟国内で利用できるようにする一方、欧州電子医療記録交換フォーマットなどの共通技術仕様の利用を促進し、EU全体での相互運用性と安全性を確保する予定です」。

規制や公共政策決定を支援するためのRWEの利用は、EHDS提案の主要な要素の1つである。データ保有者には、データの質を向上させるためにインセンティブが用意される一方、どのようなデータが利用可能か明確にすることが求められる。また、国境を越えた二次利用を促進するHealthData@EUの枠組み構築に向けて、フランスのHealth Data Hubが主導するパイロットプロジェクトが始まっている。EMAは、EHDSがDARWIN EUにおいて、RWDにアクセスするための要になると指摘している。

デジタルヘルスに関する加盟国の成熟度はそれぞれ異なるため、EHDSを実現するためには多くの困難を乗り越える必要がある。しかし、EUはこの革新的な取り組みをやり遂げることができると、デ・ケールスマッカー氏は言う。「人々は信頼できる枠組みがあれば、自分のデータを共有することに熱心になれます。従って、信頼とデータ保護はEHDSの礎になるでしょう。EHDSはEUのデジタルヘルスの未来を変えるゲームチェンジャーとなるのです」。

本特集の第三回では、日本でのRWD、RWEの活用実例を紹介する。

詳細は、コレクション「リアルワールドエビデンス」を参照されたい。

執筆:冬野いち子
米国在住のフリーランスジャーナリスト。


  • このコレクションの作成に当たって、モデルナ・ジャパン株式会社の財政支援に感謝いたします。全ての編集コンテンツについての責任は、Nature ダイジェストが単独で負っています。

Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.202310.pr

参考文献

  1. Denaxas, S. et al. J. Am. Med. Inform. Assoc. https://doi.org/10.1093/jamia/ocz105 (2019).
  2. Bjornevik, K. et al.Sciencehttps://doi.org/10.1126/science.abj8222 (2022).
  3. Levine, K. S. et al. Neuron https://doi.org/10.1016/j.neuron.2022.12.029 (2023).
  4. Concato, J. & Corrigan-Curay, J. N. Engl. J. Med. https://doi.org/10.1056/NEJMp2200089 (2022).
  5. N. Engl. J. Med. https://doi.org/10.1056/NEJMc2021225 (2020).
  6. Lancet https://doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31180-6 (2020).
  7. Stone, P. W. et al. International Journal of Chronic Obstructive Pulmonary Disease https://www.tandfonline.com/doi/full/10.2147/COPD.S411739 (2023).
  8. Wang S. V. et al JAMA https://doi.org/10.1001/jama.2023.4221 (2023).