Author Interview

コケの光合成に知る植物の進化
─ 光をつかまえる植物の集光アンテナタンパク質

岩井 優和

2015年2月号掲載

葉緑体には、光を吸収し、そのエネルギーを光合成反応に供給するタンパク質がある。コケ植物でこのタンパク質を詳しく調べた岩井優和研究員は驚いた。そこには、何億年も昔に起きた植物進化の過程をのぞき見る発見があったのだ。

―― 植物は集光アンテナで光をつかまえるのですね。

図1:植物の葉に含まれる葉緑体のイメージ図
葉緑体内部のチラコイド膜に、集合アンテナタンパク質が存在する。集合アンテナタンパク質は、光化学系複合体(PSIとPSII)という多数のタンパク質からなる複合体を形成する。a:一般的な植物の葉、b:緑色の粒が葉緑体、c:葉緑体の断面図、d:チラコイド膜は光合成の反応が起こる場所で、多数のタンパク質が含まれる。 | 拡大する
図2:光学系複合体に結合している集光アンテナタンパク質のイメージ図 | 拡大する

岩井氏: 僕たちは光をつかまえられない。でも、植物にはできる。植物の葉緑体に含まれる「集光アンテナタンパク質」という物質が、光をとらえることができるからです。英語では、「light-harvesting complex(LHC)」と呼んでいます(図1)。

集光アンテナタンパク質は、クロロフィル色素をたくさん含んでいて、光を吸収し、そのエネルギーを光合成へ供給します。光合成は、陸上植物、藻類、光合成細菌などが行う有機物と酸素を作る反応です。35億年も昔から、地球の生命と環境を形作ってきた重要な反応といえるでしょう。

―― 光合成にとって、集合アンテナタンパク質は不可欠なのですね。

岩井氏: 光合成の最初の反応は、光化学系複合体(PSIとPSII)で行われますが、集光アンテナタンパク質はそれに結合して、光エネルギーを供給しているのです。このとき、単に光エネルギーを供給するばかりでなく、供給するエネルギー量が過剰にならないような調節も行っています。(図2)

例えば、光が強すぎて光エネルギーが過剰になると、光合成の反応では消費しきれなくなります。すると、余った光エネルギーが活性酸素を発生させたりして、生物にとって有害に作用するのです。それを避けるように、集光アンテナタンパク質は対処しているわけです。詳細な機序はまだ明らかではありませんが、光化学系複合体に結合する集光アンテナタンパク質の数量やその集まり方に変化が生じることが分かっています。また、有害な光エネルギーを安全な熱エネルギーなどに変換して廃棄する仕組みも報告されています。

コケの集光アンテナタンパク質

―― 今回は、コケ植物で解析されました。

図3
コケの葉緑体タンパク質をショ糖密度勾配遠心法で分離した。ショ糖密度勾配遠心法は、物質を密度の違いで分離する方法である。コケでは、PSIに相当するバンドが2本あり、Lhcb9遺伝子を欠損させる実験を行うと、バンドのうち1本(大きいほうのPSI)が消えた。 | 拡大する
図4
ショ糖密度勾配遠心法のバンドから、コケ(ヒメツリガネゴケ)には、陸上植物(シロイヌナズナ)型と緑藻(クラミドモナス)型の光化学系I(PSI)が存在していることが分かった。 | 拡大する
図5:通常の光の下と強い光の下でのPSIのイメージ
強い光の下では、集光アンテナタンパク質がPSIから離れてしまう。 | 拡大する
図6:PSIとLhcb9の進化的関係を推定した図
すなわち、陸上植物とコケは、Lhcb9の元になる遺伝子を失う、もしくは、緑藻が獲得した。その後、遺伝子の水平伝播により、緑藻のLhcb9の元になる遺伝子をコケが受け取った。その結果コケは、光量の多い陸上と少ない水中の両方の環境にすむのに有利だったのかもしれない。 | 拡大する

岩井氏: コケのゲノム配列が2007年に解読されました。コケは植物の進化系統樹で見ると、陸上植物と緑藻の中間に位置します。陸上植物や緑藻と異なり、コケの集合アンテナ調節機構はまだ調べられていませんでしたので、どのような分子が働いているのか、詳しく解析してみたのです。コケの葉緑体のタンパク質を精製し、ショ糖密度勾配遠心法で分離したのですが、その結果には驚きました。通常、光化学系複合体PSIに相当するバンドが1本あるはずのところ、コケでは2本あったのです。

さらに、遺伝子を欠損させて影響をチェックしました。すると、ある遺伝子を欠損させたときに、2本のバンドのうちの1本が消えたのです。(図3)それは、集合アンテナタンパク質を作る数多くある遺伝子のうちの1つで、Lhcb9遺伝子と呼ばれるものでした。Lhcb9遺伝子がコケに特有のものであることは、ゲノム研究から分かっていました。

2本のバンドの存在、Lhcb9遺伝子欠損でそのうちの1本が消えたこと。この2つの実験結果が何を意味するのか、詳しく調べたのが、今回の論文です。

―― 何を意味すると、分かったのですか。

岩井氏: 研究に約5年かかりましたが、最終的におもしろいことが見えてきました。

まず、2つのバンドは、陸上植物型と緑藻型の2つのPSIを示すものと分かりました。コケは、両方の型のPSIを持っていることになります。これは非常に珍しいことです。そして、Lhcb9遺伝子を欠損させることで消えたバンドは、緑藻型のPSIであると明らかになりました。Lhcb9遺伝子が緑藻型PSIの形成に重要ということです。(図4)

通常の光の下では、Lhcb9タンパク質はPSIに結合して光エネルギーを供給します。ところが、強い光を当てると、緑藻型のPSIで変化が観察されました。Lhcb9以外の集光アンテナタンパク質は、PSIから離れていくのです。Lhcb9タンパク質が、光エネルギーの吸収量の調節に関与していることが分かりました。(図5)

最初に陸上に進出した植物の光合成

―― Lhcb9遺伝子の系統解析も行ったのですね。

岩井氏: 集光アンテナタンパク質には、いろいろなバリエーションが存在します。そこで、ゲノム情報が公開されているすべての光合成生物の間で、集光アンテナタンパク質のアミノ酸配列を比較しました。その結果、コケの持つ集光アンテナタンパク質のほとんどが陸上植物由来であるのに、Lhcb9だけは緑藻由来でした。さらに系統解析によって、コケは、Lhcb9の元となる遺伝子を自らの祖先ではなく、緑藻の祖先から遺伝子の水平伝播によって受け継いだと推察することもできました。水平伝播というのは、遺伝子が世代間で継承されるのではなく、個体間で偶然移動することを指します。(図6)

―― 大昔の進化の様子が、Lhcb9遺伝子をきっかけに推測できるのですね。

岩井氏: 植物が水中から陸上に進出する進化の過程で、最初に陸上に現れたのはコケ植物の祖先だと言われています。例えば、潮の満ち引きで、水中になったり大気中になったりする場所に生息していた場合のように、光の強さが激変する環境に対応するには、陸上植物型と水生の緑藻型の両方のPSIを備えていることが便利だったと推測されます。

コケが、新たな遺伝子を水平伝播により獲得したことがその陸上進出のきっかけになったという報告は他の研究者によってもなされていますが、集光アンテナタンパク質の例は今回が初めてだったので、大変興味深いです。

―― 最初から進化に着目して、コケ植物を実験材料に選んだのですか。

岩井氏: 実は、そうではないのです。細胞を生きたまま画像で観察したいというのが、コケを選んだ元々の動機です。植物の葉などでは、厚みがあり、葉緑体を生きたままの状態で見ることが容易ではありません。その点、コケの細胞は観察しやすい構造を持っています。

私の所属していた理化学研究所の中野明彦先生*は、生きた細胞の中で働く小さくて素早い動きをする細胞小器官などを、高解像度で観察可能なライブセルイメージング技術を開発されました。私はその技術を使用して、生きた細胞の葉緑体内に存在するチラコイド膜の構造の可視化に世界で初めて成功し、さらによい成果があがりつつあります。チラコイド膜は、光化学系複合体が含まれる部位です。

―― 今回の論文は、生化学的な研究ですね。

岩井氏: 生化学的な実験は、作業は労力を要しますが、対象を厳密に解析する上で非常に有効で重要です。現象を解析するうえでは、生化学的解析と画像解析の両方が大切です。私は北海道大学での大学院時代、緑藻(クラミドモナス)を実験材料にして、生化学的解析によって集光アンテナタンパク質を分離精製してきました。その後、精製分離した状態のタンパク質ではなく、生きた状態の機能を調べたいと思い、イメージング技術を駆使した研究を進めています。コケの生化学的解析と画像解析を並行して行い、前者の研究が今回の論文となりました。

―― コケ植物は、遺伝子操作がしやすいという特徴も持っていますね。

岩井氏: それも、コケ植物を研究材料とした理由の1つです。コケ植物の染色体は、外来の遺伝子を受け入れやすい。つまり、遺伝子操作がしやすいのです。このことも、遺伝子の水平伝播が過去に起きた可能性を補強する特徴です。 もし、本当にLhcb9遺伝子の水平伝播が起きたことでコケ植物が緑藻由来のPSIを獲得したのだとしたら、たった1つの遺伝子で光化学系の集光アンテナ能力が変わったということになります。このことは、人為的に最適化した集光アンテナタンパク質の遺伝子を植物に導入することで、厳しい環境に適した性質を持つ植物を、将来、人工的に作製することが可能になるかもしれないことを意味します。

大作をNature Plants

―― 論文投稿で、苦労された点はありますか。

岩井氏: 苦労というよりも、うれしいことと言っていいと思いますが。今回の研究は、当初、2つの論文として、別々な2つのジャーナルに投稿しようと思っていました。ところが、Lhcb9タンパク質とPSIが結合していると判明し、さらに、興味深い実験結果が続々と出てきたのです。これならば進化的な観点から1つのストーリーが描けると分かったので、計画を変更して1つの論文にまとめることにしました。実はそのとき、前半のほうの成果は別のジャーナルに投稿済みだったのですが、幸い、まだ審査に入っていなかったので、急いで取り下げました。

―― それでNature Plants へ投稿を。

岩井氏: 2つの論文を1つにすると決めたときに、ちょうど、Nature Plants の創刊を聞き、これはよいタイミングかもしれないと思い、投稿を決めたのです。

―― 米国での研究も楽しみです。

岩井氏: 2015年4月より、米国に研究の場を移しました。この研究室では、集光アンテナタンパク質がとらえた光エネルギーを他のエネルギーに変換する仕組みについて研究しています。エネルギーの問題は、地球環境にも関わる重要なテーマ。世の関心も高いです。先ほども言いましたが、生化学的解析技術と画像解析技術を用いた解析を引き続き進めていくつもりです。

※理化学研究所 ライブセル分子イメージング研究チーム チームリーダー。組織改編に伴い、現在は、光量子工学研究領域 生細胞超解像イメージング研究チーム チームリーダー。

インタビューを終えて

日本の高校を卒業後、米国の大学で生物学を学んだ岩井研究員。「高校では文系コースで、大学の理系学部の受験が簡単ではなかった」ことから、米国で好きなことを勉強しようと考え、アルバイトでお金をためて留学したのだそうです。「大学ではめちゃくちゃ勉強しました。1つの達成が、1つの自信に」なったとのこと。

その大学時代、カリフォルニアのレッドウッド(セコイア)の森をよく散策しては、高さ100メートルにもなる巨木を見上げ、「植物の光合成がないと僕たちは生きていけない」と実感したとお聞きしました。今の研究の原点を教えていただいたようです。

聞き手 藤川良子(サイエンスライター)。

Nature Plants 掲載論文

Article: 集光アンテナタンパク質Lhcb9がヒメツリガネゴケに緑藻型光化学系I超複合体を与える

Light-harvesting complex Lhcb9 confers a green alga-type photosystem I supercomplex to the moss Physcomitrella patens

Nature Plants 1 : 14008 doi:10.1038/nplants.2014.8 | Published online 19 January 2015

Author Profile

岩井 優和

カリフォルニア大学バークレー校 植物・微生物学科 Niyogi 研究室
(論文発表時:科学技術振興機構 さきがけ研究員/理化学研究所 光量子工学研究領域 ライブセル分子イメージング研究チーム 客員研究員)

2003年 米国 Humboldt State University 理学部植物学科卒業
2009年 北海道大学大学院生命科学院博士課程修了
2009年 理化学研究所 基幹研究所 ライブセル分子イメージング研究チーム
基礎科学特別研究員
2012年 科学技術振興機構 さきがけ研究員(理研同チーム 客員研究員)
2015年 米国 University of California, Berkeley ポストドクター研究員
岩井 優和氏

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