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研究のインパクト向上へ向けて
科学コミュニケーションとAIの活用と課題

Credit: gremlin/E+/Getty

日本における科学コミュニケーションの概況

日本国内の研究者を対象に実施された研究者による科学や研究の情報発信に関するアンケート調査から、科学コミュニケーション*に関して議論すべきテーマが浮かび上がってきた。

現在、日本における科学コミュニケーションはどのような状況にあるのか? そして過去10年間に、その状況はどのように変化したのか? これらの質問に対する回答を見いだすため、浦上裕光(うらかみ・ひろみつ;シュプリンガーネイチャー・ジャパン アカデミック・エンゲージメント・ディレクター)は2023年初頭、日本国内の研究者1000人以上を対象とする調査を実施した。

浦上は、2023年9月28日に東京で開催されたシュプリンガーネイチャー・ジャパンリサーチアドバイザリーフォーラム(JRAF)において、日本国内のアカデミア、公的資金配分機関やメディアからの有識者で構成された諮問委員会に対し、上記の調査結果の概要を示した後、議論の場を設けた。

浦上はまず、今回の調査から得られた研究者自身による研究成果の情報発信に対する姿勢、習慣や障壁に関する結果を紹介した。中でも、大変注目された結果は、自身の研究を幅広いコミュニティーに対して発信することが非常に重要であると答えた回答者が94%、またそのような活動に関心があると答えた回答者が87%に達していたことであった。

その後の議論で、小泉周(こいずみ・あまね)氏(自然科学研究機構特任教授)は、「2013年にJSTが行ったアンケート調査では、研究者の3分の2が、自身の研究について、科学コミュニケーション活動をとおして情報発信に関わるような経験を得ていたという結果が得られていました。今回の調査は、それを大きく上回るものであり、この10年での状況の変化を感じます」と話した。小泉氏はこのような結果が得られた理由として、研究者が自らの研究結果を積極的に発信することを求めた、日本政府の10年来の政策によるものではないかとの推測を示した。

調査結果に反映されているように、研究者による情報発信において、この政策は効果的であったと思われるものの、政策化により科学コミュニケーションが単なるお役所仕事のようになってしまう可能性も数名から指摘された。マグダレーナ・スキッパー(MagdalenaSkipper;Nature編集長兼ネイチャーポートフォリオ最高編集顧問)は、「研究者に対して、科学や研究成果の情報発信を推奨するだけでなく、研究の影響力を高め、社会の関心やニーズを理解するために、双方向性を意識し、社会との関わりを深めるような政策に発展させる必要があるのではないでしょうか」と話した。

研究成果の国際的な発信力向上に関心が高まっている中、情報発信の対象に対するアンケート結果は意外なもので、情報の受け手として想定されていた地域は、世界が35%で国内は72%と大きな差が見られた(複数回答可)。また情報発信の対象について、スキッパーは、「回答者の31%が、自身の発信について、対象としているオーディエンスが決まっていないと回答したことに興味をひかれました」と話した。アントワーン・ブーケ(Antoine Bocquet;シュプリンガーネイチャー・ジャパン代表取締役社長)は「研究者は公的資金配分機関から情報発信を求められているにもかかわらず、誰を対象とすればいいのか分かっていないのです」と付け加えた。

研究者は、幅広いコミュニティーを対象とした情報発信を行うにあたり、サポートが必要であることを自覚しているようだ。調査では、自身の発信に対するサポートやリソースを強化してほしいと答えた回答者が77%にも上った。小賀坂康志(おがさか・やすし)氏(日本医療研究開発機構・国際戦略推進部長)は「科学者は幅広いコミュニティーに対し情報発信したいと考えているものの、その方法が分からずにいるのです。研究者が一般市民の心をつかむことができるようにサポートする方法の一つは、コミュニティーが何を知りたいと望んでいるのかを助言することです」と語った。

フォーラムの複数の参加者からは、科学コミュニケーションの多くは一方通行的であり、研究者と一般市民の間に意思の疎通が見られないとの意見が挙がった。今羽右左デイヴィッド甫(Kornhauser David Hajime)氏(京都大学国際広報室長)は「ほとんどの研究者は、一般市民が何に関心を抱いているのかを理解していません」と語り、「研究の性質上、大きな飛躍的進歩を成し遂げるためには、その過程において数多くの小さなステップを経る必要があることが多く、従って、一つ一つの進歩や発見の重要性を説明することが大事である」とも指摘した。

一般市民との関係を深める方法として、発見の背景にある人間的なドラマを示すことが挙げられた。原山優子(はらやま・ゆうこ)氏(東北大学名誉教授兼日本科学振興協会代表理事)は「成果そのものだけではなく、研究者がいかにして成果を達成したかを伝えることが重要です」と語った。古田彩(ふるた・あや)氏(日本経済新聞シニアライター兼日経サイエンス 記者/編集者)はその意見に同意し、「科学は謎解きのプロセスでありその過程を語らない限り、一般市民が感動を共有することはできません。しかし、その物語の多くはプレスリリースからは省かれてしまうのです」とさらに続けた。

また、原山氏は、科学コミュニケーションを行うことにより研究者が得られるメリットについて「研究者は自身の研究について考えなければなりません。研究成果の発信や科学コミュニケーションは、自身がこれまで成し遂げてきたことを振り返る良い機会になります。また、このような振り返りは新たなアイデアに繋がる可能性があります」と話した。山口潤一郎(やまぐち・じゅんいちろう)氏(早稲田大学教授)は、研究を幅広い層に発信することによって得られる別のメリットとして「論文のプレスリリースを発表すると、チームの士気が上がります。それが好循環を生むのです」と指摘した。

セッションの総括として、ニック・キャンベル(Nick Campbell;シュプリンガーネイチャー アカデミックアフェアーズ部Vice President)は「コミュニケーションとは一方通行的なものではありません。将来を見据えた上で、日本の科学者がコミュニケーションの重要性を理解しているという成果を足掛かりに、一般市民も含め、双方向を意識したコミュニケーションへと軸足を移す必要があるのです」と締めくくった。

アンケート調査の結果は、go.sn.pub/2024JRAFから入手可能です。調査結果を利用する際には、必ず出典を明記してください。

* 本記事とアンケート調査において「科学コミュニケーション」とは研究内容や成果のコミュニケーション(例:プレスリリース、メディアによるインタビュー、ソーシャルメディア、市民講座等)を指しており、学会発表は含まれておりません。

AI と研究の未来

人工知能(AI)は科学の取り組み方にどのような影響を与えるのか? 

昨年9月に開催された、シュプリンガーネイチャー・ジャパンリサーチアドバイザリーフォーラム(JRAF)において、日本国内のアカデミア、公的資金配分機関、メディアからの有識者が集結し、AIが研究、そのプロセス、学術出版にどのような影響を与えるかについて議論が繰り広げられた。

AIはそれ自体が既に確立された研究分野だが、ChatGPTの提供が始まった2022年11月以降、AIを実装する方法や生成AI が社会に与える具体的な影響についてさまざまな議論が巻き起こっている。これらの議論では、2つの強い感情が同時に生じる傾向にある。1つは数多くの分野に変革をもたらすAIの可能性に対する大きな期待、もう1つはAIが引き起こす可能性のあるマイナスの影響に対する根深い不安だ。

マグダレーナ・スキッパー(MagdalenaSkipper;Nature 編集長兼ネイチャーポートフォリオ最高編集顧問)はセッション冒頭のプレゼンテーションにおいて、AIが登場したことで、科学への取り組み方が一新されると指摘し、「AIの存在を無視することはできません」と続けた。なおNatureではAIの科学や研究活動への影響についての記事を連載し、また研究者がAIに向き合う姿勢に対する理解を深めるため、研究者1600人を対象とした調査を実施した(2023年12月号「AIと科学:研究者1600人の意見」参照)。

議論の冒頭で、原山優子氏(東北大学名誉教授兼日本科学振興協会代表理事)は、AIが研究の本質に奥深い問いを投げかけていると指摘し、「科学に取り組むためのルールや研究者のアプローチなど、研究の核となるような要素はどうあるべきか?  このような疑問について、AIの存在を前提として再検討する必要があります」と根本的な疑問を提起した。科学者、社会全体に対し、これほどの自己省察をさせた技術は、AI以外にないのではないだろうか。

次に、AIの新しい発見へのインパクトがディスカッションに挙がった。古田彩(ふるた・あや)氏(日本経済新聞シニアライター兼日経サイエンス記者/編集者)は「AIによって物事を理解する新たな方法がもたらされました。科学は人間の頭脳が理解できる方法によって行われてきましたが、その進歩は減速しており、さらに前に進むためには別の方法が必要かもしれません」と素粒子物理学のバックグラウンドを持つAIの専門家との対話を紹介した。また研究の閃きやアプローチについて、小泉周(こいずみ・あまね)氏(自然科学研究機構特任教授)は、新たな発見は偶然によってもたらされるものも多く、AIを利用することでセレンディピティーによる発見のプロセスを加速できると指摘し、「AIは数多くのアイデアを生み出すことに長けています。そのほとんどは捨て去られるかもしれませんが、そのうちの0.1%は有益かもしれません。私はAIも人間の知能も信用していませんが、新たなイノベーションを生み出すチャンスはその0.1%にあると思います」と考えを示した。

ただ、「AIが新たな技術の開発に役立つでしょう」と古田氏は前向きな姿勢を示しながらも、「AIの登場で、私たちがなぜ科学に取り組んでいるのかを深く考えさせられました。やがて、生活の向上を考える上で、今までのように物事が機能する仕組みを理解する必要はなくなるかもしれません。物理学に携わってきた身としては、この点は少し残念に思います」と付け加えた。

しかし、それは人類が担う役割がほとんどなくなってしまうことを意味しているのだろうか? スキッパーは「データを入力すると、すぐに論文を出力してくれるAIツールの登場を想像できますか? そのように論文作成を行うことになるのだろうか?」と問い掛け、さらなる議論を促した。

またこの他にも、雇用の安定性、情報オーバーロード、思考力の減退、再現性、透明性、バイアスの強化など、AIについて懸念される数多くの話題について議論が行われた。加納圭(かのう・けい)氏(滋賀大学教授)は「私はAIの包摂性について懸念しています。私は渋柿のジュースを発酵させた『柿渋』という日本土着の伝統技術に注目したプロジェクトを始めています。柿渋には長い歴史があるものの、その製造法や作用について十分な文献がありません。このような先住民の知識は適切にAIの訓練に組み込まれていくのでしょうか」と不安を共有した。

AIにより影響を受ける研究活動として、学術出版における論文の査読プロセスが挙げられた。原山氏は「査読に関しては、人間は完全な存在ではなく、完璧な存在でもありません。誰もがそれぞれバイアスを持っています」と述べた。その後、フォーラムの複数の参加者から、AI利用によってより広い領域をカバーできる潜在的長所や、AIが判断に至る過程が解明されていないという懸念が述べられた。ニック・キャンベル(Nick Campbell;シュプリンガーネイチャー アカデミックアフェアーズ部Vice President)はこれらのコメントを受け、「人間が査読で判断を下すプロセスもブラックボックスです。従って、私たちは今後も人間を信用し続ける必要があります。信用こそが、まさしく人間の特質なのです」と考えを示した。

セッションの最後にアントワーン・ブーケ(Antoine Bocquet;シュプリンガーネイチャー・ジャパン代表取締役社長)は、「議論をとおし、AIには研究に多大なメリットをもたらす可能性がある点について概ね合意が得られたものの、同時に数多くの懸念も提起されました」と語り、会を締めくくった。AIは研究や出版のあらゆる側面に革新的な影響を与える存在として、大いに期待されていることは間違いないだろう。

AIが科学に与える影響に関する詳細については、Natureのシリーズ「Science and the new age of AI」(go.sn.pub/2024JRAF2)をご覧ください。

Nature ダイジェスト Vol. 21 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.202408.pr