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胎児の造血幹細胞は血液をほとんど作らない!

Credit: SCIEPRO/SCIENCE PHOTO LIBRARY/Getty

–– 血液は常に新しく作られているのですね。

横溝 赤血球、白血球、血小板といった血液細胞には寿命があります。そこで生体では、常に新しい血液細胞が作られ補充されています。造血幹細胞は、血液細胞を作り出す能力を持つ多能性細胞のことで、この造血幹細胞が細胞分裂を繰り返すことで、各種の血液細胞が生じます。

図1 造血幹細胞を頂点にした骨髄での造血システム
造血幹細胞(HSC)は、さまざまな血液細胞系統の前駆細胞を分化できる。前駆細胞は、他の細胞系統に分化する能力を失っている。 Credit: 出典:Howard Cedar & Yehudit Bergman Nature Reviews Immunology 11, 478–488 (2011).

造血幹細胞が作り出していく細胞群には、階層性があるのが特徴的です。まず、各種の前駆細胞が作られ、さらにそれらから機能の特化した成熟血液細胞(赤血球など)が順々に作られていくと考えられています(図1)。

ただし、造血幹細胞を中心にしたこのような造血システムは、脊椎動物の成体における場合のことです。胎児では大きく異なっていて、造血幹細胞はあまり重要な働きはしていないのです。そのことをマウスを使った解析で発見し、Natureに発表しました1。熊本大学およびシンガポール国立大学に所属する須田年生(すだ・としお)先生、大里元美(おおさと・もとみ)先生をはじめ、多くの研究者の方々の協力があってのことでした。

胎児の造血幹細胞を追跡する

–– 胎児の場合の造血について教えてください。

今回のマウス胎児の研究について説明する前に、胎児の造血についてこれまでに明らかになっている知見を整理しましょう。造血は成体では骨髄で行われますが、胎児では肝臓で行われます。詳しく言いますと、最初は卵黄嚢で血液が作られますが、マウスの胎生10〜11日目以降は、肝臓が造血の中心的組織になります。ヒトでも同様で、妊娠4~5週くらいから肝臓での造血が徐々に起こってきます。

図2 造血幹細胞の発生と移動過程
プレ造血幹細胞は、背側大動脈(AGM領域)の血管内皮細胞から生み出され、その一部が肝臓に移動して成熟した造血幹細胞になる。成体では、造血は骨髄が担う。 Credit: 横溝智雅

造血幹細胞がどのように生じるかについては、マウスでは既に明らかになっています。胎生10日目ごろに、大動脈の血管内皮細胞から、造血幹細胞の元になる「プレ造血幹細胞」が生じます。プレ造血幹細胞は、その後肝臓に移動して、そこで成熟した造血幹細胞になるのです(図2)。ヒトでも同様のシステムではないかと想像されています。

図3 プレ造血幹細胞の発生を可視化
緑色は、大動脈の血管内皮細胞から生じたプレ造血幹細胞。 Credit: 横溝智雅

この大動脈の部位、正確に言うと、背側大動脈を含むAGM領域ですが、ここから造血幹細胞(のもと)が生じることを、イレイン・ジャーザック(Elaine Dzierzak)博士らが1994〜1996年に発見しています2。私は大学院で血液の研究を始め、2004年からは、当時オランダのエラスムス医療センターに所属していたジャーザック博士の研究室で造血幹細胞の研究を行いました。多能性という特殊な能力を持つ幹細胞が、胎児の大動脈から突然生じてくることが不思議で、それ以来、造血幹細胞をずっと研究してきました。2010年には、生じてくるプレ造血幹細胞を観察しやすいように、染色して画像化する手法を開発しました3(図3)。分かりやすいので評判がよく、今回の研究でも大いに役立っています。

–– では、今回の発見について詳しく教えてください。

プレ造血幹細胞がいつ造血幹細胞になり、その後どのように前駆細胞を作るのかといったことを詳しく調べるために、プレ造血幹細胞→造血幹細胞→前駆細胞→血液細胞が作られていく過程(細胞系譜)を追跡したいと考えました。そのために、細胞を追跡できるマーカーとなる遺伝子がないか探索しました。具体的には、プレ造血幹細胞1つ1つについて遺伝子の発現解析を行って、遺伝子を探しました。便利な実験キットがまだ登場する以前のことでしたので、だいぶ時間がかかりましたが、何とか苦労して、マーカーとなる遺伝子(Hlf)を発見することができました。細胞分裂によって細胞が変化したり、あるいは移動したりしても、このHlfによって赤く光るので追跡できるのです。

さっそく、このHlf遺伝子を使って、プレ造血幹細胞がいつどんな細胞に変化していくのかを追跡しました。ところが、追跡した実験の結果は、困惑させられるものだったのです。

–– どのような実験結果だったのですか。

プレ造血幹細胞から生じた造血幹細胞と前駆細胞を時間を追って調べたのですが、造血幹細胞と前駆細胞が同時に出現していたのです。しかも、前駆細胞は一気に大量に出現していました。

もしプレ造血幹細胞から、まず造血幹細胞が生じ、次に前駆細胞が生じていくならば、造血幹細胞のみが存在する瞬間(前駆細胞は存在しない)があって然るべきです。でも実験結果では、そういう瞬間が全くなかったのです。

–– どのように考えていきましたか。

これを説明するには、プレ造血幹細胞からは直接、造血幹細胞と前駆細胞の両方が同時に作られる。つまり、前駆細胞は造血幹細胞を経ないで作られる、と仮定するしかありませんでした。

もしそうならば、作り出される造血幹細胞と前駆細胞の量を決めているのは何だろうかと考えました。前駆細胞の方が大量に作り出されているので、何かそれを制御している仕組みがあるのではないだろうかと。

–– 制御している仕組みは見つかりましたか。

マーカーであるHlf遺伝子を探索しているときに、それとは別のEvi1という遺伝子の性質も気になっていました。そこでEvi1について詳しく調べてみると、なんと、プレ造血幹細胞が最初に生じる大動脈で特異的に発現していることが分かりました。もしかしたらEvi1が、プレ造血幹細胞が造血幹細胞になるか前駆細胞になるかの運命を制御している因子かもしれない。そうだとしたら、全ての実験結果がうまく説明できる、と興奮したのを覚えています。

詳しく調べてみると、私のこの予想が正しいことが分かりました。Evi1の発現量が多いと造血幹細胞になり、発現量が少ないと前駆細胞になることが確認できたのです。

–– 胎生初期の血液細胞は、造血幹細胞を経ないで作られていたのですね。

はい。しかも驚いたことに、胎生初期だけでなく後期の肝臓についても調べてみると、そこでも造血幹細胞を経ずに前駆細胞が作られていました。造血幹細胞はもっぱら自己複製だけをしていました。つまり、胎児のほとんどの血液細胞は、造血幹細胞に由来していないということが分かったのです。

–– 驚きの発見でしたね。

図4 胎児の造血システム発生のモデル
左は従来のモデル、右は今回提案の新しいモデル。プレ造血幹細胞は、「プレ造血幹・前駆細胞」と命名し直した。 Credit: 横溝智雅

驚きましたが、納得のいくものでもありました。なぜかというと、胎児期は体のいろいろなシステムが作り出され、体が急速に大きくなっていく時期なので、それに見合うように造血システムを素早く作り上げていかなくてはなりません。階層性のある造血システムに従って、いちいち造血幹細胞から血液細胞を作っていくのでは、時間がかかってしまうに違いないからです。そう考えたときに、今回の発見は納得のいくものだったのです。

–– 造血システムを急速に作り上げるための戦略だったと。

階層性のある造血システムだとなぜ時間がかかるかというと、造血幹細胞は前駆細胞を作ると同時に、自分自身も増やしていかなければならないからです。そうしないと、造血幹細胞自体が枯渇してしまいます。しかし、自分と異なる細胞を作る細胞分裂(分化)と、自分と同じ細胞を作る細胞分裂(自己複製)では、全く異なる仕組みの現象なので、両者を同時に素早く進行させるのは容易なことではありません。何らかの「戦略」が働いているのではないかということは、以前から漠然とですが、想像されていました。

ですから、造血幹細胞は自身を増やすことだけに専念して、血液細胞を作ることには関与しない。その代わりに前駆細胞が大量に作られて、そこから血液細胞を作るという今回の発見は、造血システムをスピーディーに作り上げていかなくてはならない胎児期特有のシステムとして理にかなっていると思われるのです。

見直される幹細胞の役割

–– 胎児と成体では造血幹細胞の役割にも違いがあるのですね。

実はですね、造血幹細胞は成体の場合でも、血液細胞を作る働きをあまりしていないのではないかという研究論文が報告され始めているのです。造血幹細胞は、緊急時に必要な存在として生体中に維持されているだけではないか、ということを私たち血液発生の研究者は考え始めたところなのです。

白血病などの治療の際に造血幹細胞を移植すると、造血幹細胞が全ての血液細胞を分化できる能力を持っていることは確かです。しかし生体ではこの能力は、緊急時にのみ発揮され、普段の造血には関与していないのかもしれません。従って、冒頭で紹介した造血幹細胞の働きは、今後の研究で改めて見直される可能性もあります。

ただし、造血幹細胞があまり造血をしていないという発見は、最近10年以内のもので、まだ結論は出ていないということを付け加えておきます。またこれらの研究は、マウスを使ったものであり、ヒトでどうなっているかも、これからの研究になります。

–– 今回の研究を発表された手応えはどうですか?

造血幹細胞が作られる上でEvi1の作用が大事だということが分かったのですが、では、Evi1を制御している因子は何か、という質問を多くの研究者から受けました。

造血幹細胞をES細胞(胚性幹細胞)やiPS細胞から誘導することには高い関心が寄せられ、世界中で研究されています。でも、30年以上研究されているにもかかわらず、いまだに誰も成功していません。今回の私の研究によって、造血幹細胞が体の中で作られる仕組みが少し見えてきたので、その知識をこうした研究に応用できると思います。

Evi1を使って、ES細胞やiPS細胞から造血幹細胞が誘導できないだろうかという研究は既に私も進めています。

–– 造血幹細胞の研究が進展しますね。

そうですね。ただ、応用面だけでなく、私が最も興味があるのは、造血幹細胞がどのようにして作られるのかという詳細な仕組みです。特に今回の研究で、胎生期の造血幹細胞はほとんど何の働きもしていないことが分かりました。ではなぜ、造血幹細胞が存在するのか。進化的にどのような経緯で獲得されてきたのか。それを解き明かしたいと思っています。

このような造血幹細胞の発生や進化の謎を追究して約20年、研究できるポジションを探してオランダ、シンガポール、日本の各地を点々としてきました。今ちょっと残念なのは、胎児の造血幹細胞や血液の発生を専門にしている研究者が、世界にはいるのですが、日本には非常に少ないことです。専門的な議論のできる人が周囲にいないことは、さみしいことです。今回の研究がきっかけとなって、興味を持ってくれる若手研究者が増えてくれることを期待しています。

–– ありがとうございました。

聞き手は藤川良子(サイエンスライター)

著者紹介

横溝 智雅(よこみぞ・ともまさ)

東京女子医科大学 医学部医学科解剖学 講師

1994年 京都大学工学部卒、2001年 京都大学大学院医学研究科(博士、医学)。1995年 筑波大学(学振特別研究員)、2005年 エラスムス医療センター(オランダ)研究員、2009年 シンガポール国立大学 研究員、2012年 順天堂大学医学部非常勤助教・特任助教、2015年 熊本大学国際先端医学 

研究機構 幹細胞制御研究室 特任助教。2022年より現職。

Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2023.230734

参考文献

  1. Yokomizo, T., et al. Nature 609, 779–784 (2022).
  2. Medvinsky, A. & Dzierzak, E. Cell 86 897–906 (1996).
  3. Yokomizo, T. & Dzierzak, E. Development 137, 3651–3661 (2010).