CHIEF EDITOR'S INTERVIEW

技術の融合による応用生物医学の前進

Nature Biomedical Engineering 編集長
Pep Pàmies

2018年9月初旬、Nature Biomedical EngineeringPep Pàmies編集長が来日しました。Nature Biomedical Engineering は、組織工学、バイオメディカルイメージング、再生医療、医療機器、細胞療法、体外診断などの応用生物医学分野で最新の成果を扱うジャーナルです。日進月歩のこの分野においてPàmies編集長は、ジャーナルの運営やその内容の管理監督はもちろんのこと、社説の執筆やレビューなどの依頼、論文をはじめとする原稿の対応、さらにはトレンドの追跡調査など、多岐にわたる業務に当たっています。

Nature Biomedical Engineering に関わる前の経歴は、ロビラ・イ・ビルジリ大学(スペイン、カタルーニャ)で化学工学の博士号取得(2003年12月)後、原子分子国立研究所(オランダ、アムステルダム)、マックス・プランクコロイド界面研究所(ドイツ、ポツダム)を経て、コロンビア大学化学科(米国、ニューヨーク)に所属。コンピュテーショナルソフトマター物理学および生物物理学の研究に従事していました。

―― ジャーナル創刊に至るまでのプロセスはどのようなものでしたか?

Pep: それを話すと、少し驚かれるかもしれませんね。実際にジャーナル立ち上げの話が出たのは、2004年のことです。Nature のある編集者から、新しいNature リサーチジャーナルで取り扱う分野として医用生体工学が適しているか検討し、その結果を報告書にまとめるよう依頼を受けました。

ご想像通り、当時その分野でNature の名を冠したジャーナルはほとんどありませんでした。しかし残念ながら、このときの報告書は創刊には結びつきませんでした。すると今度は2010年に、生体工学の分野での計画が浮上し、もっと多くの人員を動員して詳しい調査が行われました。が、当時のマクロ経済環境はジャーナルの創刊に最適とはいえず、またそれ以外にもさまざまな事情があり、この種のジャーナルを創刊すべき時期ではないとの判断に至りました。

そして、2015年、 再びこの分野でのジャーナル創刊の話が持ち上がりました。すでにNature MedicineNature BiotechnologyNature MaterialsNature Nanotechnologyなど Nature の名を冠したリサーチジャーナルが創刊されており、ジャーナルタイトルをNature Biomedical Engineering としたら、Nature 関連誌として1番しっくりくるのではないかという話し合いもなされました。さらに、医用生体工学のコミュニティーでは、応用生物医学分野で最も重要なこの分野を支援し、注目すべき非常に優れた研究を広める場を提供するジャーナルの必要性が広く認識されていることが分かりました。

そこで私は、生物医学と工学との融合分野で研究し、研究論文を投稿する一流ジャーナルがないと嘆いている多くの研究者——こうした研究論文は医学系ジャーナルや材料系ジャーナル、工学系ジャーナルの「隙間に落ちてしまい」ます——に実際に会って話を聞きました。こうして、Nature Biomedical Engineering は、タイトルに「engineering」(「工学」)が付けられたNature 初のジャーナルとなり、まさにNature リサーチジャーナル初の生物医学・衛生工学を取り扱う取り組みとなりました。

―― ジャーナル創刊以来、一層注目を集めている分野は何ですか?

Pep: トレンドというものは必ずあります。今多くの注目を集めている分野は、おそらく皆さんの予想通り、泣く子も黙る遺伝子編集技術CRISPRでしょう。大まかに言えば、科学者がゲノムの小片を直接コピー&ペーストしたり、切断したり、組み換えたりすることができる技術です。CRISPRは、鎌状赤血球症やデュシェンヌ型筋ジストロフィーなどの遺伝性疾患の治療に使える可能性があり、言うまでもなく重要な技術です。これを使えば、遺伝子の誤りを望むように修正することができます。

今日ではCRISPRは、高い効果で比較的簡単にin vitroで遺伝子を編集することができるため、多くの研究者が関心を持っています。CRISPRが開発される以前は、別の手法で同じような 素晴らしい研究成果を挙げてきましたが、効率が低く、実効的というにはほど遠いものでした。そのため、CRISPRは注目を集めている技術なのです。

ですが、この技術にはかなり注意を要する作業があります。例えば、適切な送達ベクターを設計してCRISPR構造を生体内の目的の細胞に送達することや、オフターゲット効果を回避しながら、ゲノムを目的通りに編集するのに十分効果を発揮するようCRISPRツールで分子を慎重に設計することなどです。

また、現在急速に成長している分野として ——破壊的分野と言う人もいますが—— 機械学習があります。機械学習は、特に、技術と保健ニーズの融合分野で成長しています。ただこの分野で使用されるアルゴリズムは入手可能なデータが不足しており、そのため眼科をはじめとする、大量のデータセットを入手・利用できる医療分野で適用されています。その一例として、網膜血管パターンをさまざまな疾患のバイオマーカーとして使用する研究があります。2018年、Googleのチームは弊誌で、網膜血管パターンに関する論文を発表しました。網膜の画像を撮影し、網膜の血管パターンから機械学習のアルゴリズムが、その眼の持ち主が男性なのかそれとも女性なのか、高血圧なのか、喫煙者なのか、心臓病を患っているのかを識別することを可能にしました。こうして、眼底の写真を見る際にアルゴリズムを使用するだけで、心血管系リスク、喫煙者かどうか、大まかな年齢までも予測することができるようになったのです。

その結果は決して100%正確なものとは言えませんが、標準的な心血管系リスク評価、つまり、一般的には血液検査から得られるコレステロール値等によるリスク評価とほぼ同じ結果が得られました。

―― 「破壊的」と表現していますが、本ジャーナルが創刊された2017年時点では機械学習について予想していなかった、ということでしょうか?  機械学習の進歩は特に予想外だったのでしょうか?

そういうわけではありません。機械学習は昔からありました。ただデータバンクやビッグデータにアクセスできるようになり、アルゴリズムがより強力になってきたことによって、急速に発展してきました。多くの企業、特にスタートアップ企業はこの分野の発展に貢献しています。

しかし、機械学習に関心を持つ人たちが注視している医療データの処理には、単に機械学習を利用することを超えた分野があります。特に私が興味深いと思うトピックは、機械学習をイメージング技術に組み込むことです。その優れた例として、バイオプシー(生検)を解析する分野があります。特定疾患の指標であるパターンを識別するために、専門家は検体を見て調べるのですが、これは、まさに機械学習の本質である、パターンを発見する作業です。

今こそ、機械学習による解釈を利用する時なのです。アルゴリズムが十分にトレーニングされている場合、熟練した専門家よりも実に良い結果を生み出すことができ、画像内に重要なパターンを発見することができるでしょう。バイオプシーの機械分析は、重要な局面で専門医を助けると期待されます。実際に、検体を採取しないでも解析を行えるように設計された機械もあります。例えば、手術中にリアルタイムで生体組織をイメージングすることで解析できる装置などです。

さらに、着実に進化を遂げている分野として、がん免疫療法があります。初めて開発された治療薬は20年前にさかのぼり、最近では、免疫チェックポイント阻害療法とCAR-T細胞療法の両方でさまざまな研究がなされています。特に2017年は、CAR-T細胞治療法にとって画期的な年となりました。指標となる2つのCAR-T細胞治療薬が米国食品薬品局(FDA)から承認されたのです。

こうした治療薬は独自に発展していく傾向があります。製品が十分に安全で効果的であることが証明されて市場に出されると、そこからさらに注目を浴び、今後の研究資金を生むことになるのです。ただ、今大きな問題となっているのは、こうした治療法が全く効かない患者がいるということです。研究者たちも、これが遺伝的要因によるのか、免疫学的要因によるのか、それとも何か別の因子によるものなのかよく分かっていません。現在、多くの研究グループがこの問題に取り組んでいます。

―― 他にどの分野が成長していると考えていますか?

Pep: 予測するのは難しいのですが、先ほども話しましたように、異なる研究分野が融合すると、常に驚くべき成果が生まれます。概して、別の研究分野で開発された材料や製品を生物医学的利用に応用すると、何かが起こります。

生体材料の分野を例にとって見てみましょう。まず、最良の生体材料は、完全な合成材料であることが多いです。確かに、植物などの天然資源から原料を抽出し、それを加工したり、合成材料と化合したりして、別の材料を生み出すことができます。しかし、より制御可能なのは、完全な合成材料です。完全合成材料では、材料を分子レベルで制御し、理解できます。例えば、特定の種類の細胞だけに特異的に相互作用するように材料を開発することができます。

こうした完全合成材料には、制御しやすいだけでなく、プリントしたり、針で簡単に細胞に注入したりすることができるものもあります。材料、細胞、組織の境界領域を研究し理解するために展開されてきた、合成化学、ナノバイオテクノロジー、材料科学が融合した分野は、これまで大きな進歩を遂げてきましたが、今後も一層発展していくでしょう。それだけでなく、初期段階の臨床研究、特に再生医療分野に影響を及ぼすところまで来ています。

国際組織工学・再生医療学会(TERMIS)世界会議での主要課題をまとめる重要なファクターの1つが、目的の細胞と相互作用することや治療効果を促進すること、さらには薬物送達において身体の特定の場所への経路を見つけ出すことに関して、材料やナノ材料の性能がより高まっているという見解です。そしてスマート材料は、役目を果たすと、身体によりよく吸収されるよう設計することもできます。

こうした研究は、歴史的な理由に加え、比較的高水準の資金提供が継続的になされているという事情から、ほとんどが米国で生まれています。一方、中国でも財政支援の水準が近年急速に上昇してきています。もちろん日本も、生体材料研究、特に再生医療分野で著しい実績を上げています。

―― 上述のように、異なる研究分野との「融合」は生体工学分野でイノベーションを推進するために不可欠な原動力となってきています。このことについて、どう思いますか?

Pep: 実際、極端な言い方をすると、コラボレーションが医用生体工学の中核を成しています。例えば、生理学、細胞生物学、医学の専門家が、材料科学者、物理学者、化学者、コンピューター科学者と協力し、それぞれの研究や見識を共有することは、間違いなく前進していくカギとなります。

実際に、受領原稿のほとんどは学際的協力によるものです。これは理にかなっています。例えば、細胞に組み込む生体材料について研究している場合、特定のクラスのポリマーに関する専門知識を持つ技術者が必要になるでしょう。

また、バイオプリンティングやイメージング、機械学習、生物分子工学、細胞生物学の分野にスキルを持つ人材が必要になることもあるでしょう。免疫療法を臨床応用するプロジェクトでは、がん生物学者、免疫学者、病理学者、材料科学者、医療技術者が必要になるかもしれません。こうした学術的な境界線は以前よりも不明瞭で透過性が高くなってきており、学際的な協力は成功を収める上で必要不可欠です。余談ながら、興味深いことに、生物医学工学者が以前は 高分子物理学者であったり化学エンジニアであったりすることはよくあることですが、その逆のケースはあまりありません。

―― 京都で開催されたTERMIS世界会議に出席していたそうですね。特に興味深い研究はありましたか? また、この研究分野は、今後、どのように発展していくと考えていますか?

Pep: 組織工学・再生医療の技術、例えば、組織修復で生体材料や細胞をプリントしたり、再生医療で間質細胞やその分泌物を材料に使用したりするなどの技術は、着実に前進しています。私が特に興味を引かれたのは、細胞ニッチの再構成に生体材料と人工多能性幹細胞(iPS細胞)を組み合わせる研究に関わる進歩です。

その他、疾患をよりきちんと理解して疾患モデルを作ったり、薬剤の試験を行ったりするために、患者自身の細胞を使用して、チップ上にマイクロ生理学的環境を作り出す研究にも注意を引きつけられました。実験用マウスは、前臨床研究や毒物学では押しも押されもせぬ常套手段ですが、特定の薬剤が特定の患者や患者コホートにどのように作用するのか試験する場合、原理上、このようなマイクロ生理学的手法が使用されうるのです。こうした研究は商業的な応用にはまだほど遠い状況であるものの、極めて有望でしょう。

それから、これは別の研究分野に入りますが、組織を再構成するためにバイオプリントした固体組織も非常に興味深い臨床開発が行われています。

―― 特に日本の研究者に伝えたいメッセージがありましたら、お願いします。

Pep: 私が伝えたい重要なメッセージは、次のようなことです。これが日本人研究者の役に立てばと思います。

日本は、米国や中国と比較して国の規模が小さいことを考えると、信じられないほど質の高い研究論文を生み出しています。しかしながら、日本から投稿される論文は、米国やヨーロッパから投稿される論文と比較すると、説得力のあるストーリーを作り出すという点で分が悪いと思います。説得力があるというのは、専門外の人の興味を引きつけるほど明確かつ魅力的で理解しやすいということです。同じ分野の研究者仲間ではなく、より幅広い層の人に向けて論文を書くことは、誰にとっても難しいのですが、日本人研究者、広く言えばアジアの研究者にとっては、言語や文化的理由で特に難しいことだと思います。また、論文の執筆は、英語が母語ではない人には必ずしもたやすいことではないことも承知しています。

しかし、私たちはこの点を支援することができます! これまでにも日本から提出された質の高い論文を幅広く取り扱っており、より良いストーリーを作り上げられるように支援しています。この支援はさらに取り組んでいくに値するものだと信じていますし、Nature Biomedical engineering の編集者は、必要とされれば喜んでお手伝いします。もちろん、研究者は、こうした英語の難しさに臆してはなりません。論文の選考は「研究結果の質のみ」に基づいて行われているのですから。しかし、説得力のある論文にする必要がある場合、私たちはお手伝いすることができます。日本から投稿されるより質の高い論文に出会えることを切に願っています。

(編集:田中明美)

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