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世界の高等教育の現状

Credit: Illustration by Paweł Jońca

世界の高等教育機関に在籍する2億6400万人の学生を1つの国に例えると、世界で5番目に人口の多い国ということになる。「学びの国」の国民は約53%が女性を自認しており、最も多い居所はアジアである。学生らが話したり授業で使ったりする言語は数百種類に上るが、支配的な言語は英語である。

「学びの国」は、最も急速に成長している国の1つでもある。2000年以降、世界の大学生の人数は2倍以上に増え、国外に留学する学生の人数は約3倍の700万人になった。インターネット、学術会議、共通のカリキュラム、共同研究などにより、高等教育の世界はこれまでよりも緊密に結び付くようになっている。

けれども近年、結び付きによる成長というパターンは破綻し始めている。豊かな西側諸国が外国人留学生を歓迎しなくなってきているからだ。中でも米国のトランプ政権は、高等教育機関と外国人留学生を標的としている。その結果、外国で学位を取得しようとする学生の多くが、米国以外の国々に目を向けるようになっている。こうした機会は拡大していて、特に一部の低・中所得国で顕著である。その一方で、高等教育へのアクセスの拡大は、高等教育の質や価値への懸念の高まりも引き起こしている。

これらの潮流の変化は、科学にとっては死活問題だ。科学は、学生の訓練や、アイデアの共有や、研究の実施において、大学のインフラに強く依存しているからである。ボストンカレッジ(米国マサチューセッツ州)の高等教育研究者であるChris Glassは、「世界の科学システムは強固ですが、今、先例のない危機によって、その根幹が揺らぎ始めているのです」と言う。

専門家らは、世界の高等教育の現状を捉えた普遍的な描像というものはないとくぎを刺す。Glassは、「世界を1つの物語で語ることはできないからです」と言う。それでも、彼をはじめとする学者らは、「学びの国」の人口統計における主要な傾向を明らかにし、今後を予測しようと努力している。

Natureは今回、高等教育の成長(特に低・中所得国における成長)や、高等教育によって生み出されて高等教育を形作る地政学的な力、これら全てが高等教育を受ける学生やカリキュラムに及ぼす影響など、いくつかの傾向について検証した。

高等教育総就学率

過去半世紀の世界の高等教育における最も重要な傾向は、学生数の爆発的な増加である。高等教育の研究者らは通常、ある国の就学者数を就学年齢人口と比較する総就学率(高等教育総就学率:GER〔gross enrolment ratio〕)によって、この成長を追跡している(就学年齢以外の人々も大学に入学することができるため、総就学率は100%以上になることもある)。

西欧や北米の国々では、高等教育を受けることは今や当たり前となっている(「高等教育の潮流の高まり」参照)。これらの地域の高等教育総就学率は、2000年には61%であったが2024年には80%に上昇した。けれどもこのグループは近年、中欧に追い抜かれた。中欧の高等教育総就学率は同じ期間に平均42%から87%へと急上昇したからだ。その主な理由は、ソビエト連邦崩壊後に私立大学が爆発的に増加したことにある。

Source: UNESCO

世界の他の地域も差を縮めてきている。2000年から2023年までの間に、東アジアと東南アジアの高等教育総就学率は15%から62%に、ラテンアメリカとカリブ海諸国では23%から58%に上昇した。多くの国が高等教育総就学率を上げるという目標を明示して、その達成に向けて努力している。インドは2021〜2022年の高等教育総就学率が28%であったが、2035年までに50%を達成するという目標を掲げている。世界平均は2000年には19%だったが、2024年には44%まで急上昇している。

なかなか伸びない地域もある。サハラ以南のアフリカの高等教育総就学率は2021年時点で9%で、2000年の4%に比べれば上昇しているが、まだまだ低い。高等教育における女性の割合が女性人口の割合に比べていまだに低い地域は、世界中でここだけだ(男性100人に対して女性は約76人)。ケニアのエルドレトに拠点を置く非営利団体である「教育の国際化のためのアフリカネットワーク」(ANIE:African Network for Internationalization of Education)のディレクターであるJames Jowiは、「最大の障害は資金です」と言う。「ほとんどの若者は大学の授業料を払う余裕がないのです」。

欧州国際教育協会(オランダ・アムステルダム)の知識開発・研究担当ディレクターであるLaura Rumbleyは、高等教育へのアクセスの拡大は懸念も伴うと言う。人々の教育水準が高くなれば、良い仕事に就くために必要とされる学歴も高くなる。高等教育の就学率が非常に高い地域では、修士号や博士号を含む高等教育の学位がより必要とされ、それらの価値が下がる傾向にあると彼女は言う。「高等教育が個人にとっても社会にとっても行き止まりになるようなことがあってはいけません。高等教育は扉を開くものであるべきで、閉じるものであってはならないのです」。

学生はどこで学ぶのか?

留学生の行き先の国が、大きく変わり始めている。 Credit: Alberto Menendez Cervero/Moment/Getty

学生や教育機関の数が増えるにつれて、高等教育はよりグローバルに結び付くようになったが、結び付きの形や性質は変化している。

研究者らはこうした結び付きを「国際化」と呼び、大学のグローバル化は国際化という形で進んでいると言う。Rumbleyによれば、国際化が最も明白に見て取れるのは、学生の移動性であるという。2000年には国外に留学していた学生の数は210万人であったが、現在ではこの数は690万人に上り、これは全ての学生の約2.6%に相当する。教育を受けるために国外に出ることがはるかに一般的になっている地域もある。欧州連合(EU)はその一例で、学生の9%が国外に留学し、EU域内の他国に留学することが多い。

移動性の多くを占めるのは、国内では必ずしも受けられない、より専門的な教育を求める大学院生だ。そして、学生の流れは総じて、公教育に多額の投資をしている豊かな国に向かっている。例えば、米国では約2000万人の学生が高等教育を受けているが、そのうちの110万人は外国人留学生である。一方、インドには4300万人の学生がいるが、外国人留学生はわずか4万6000人である(「インバウンド留学生とアウトバウンド留学生」参照)。

Source: UNESCO

けれども専門家は、この典型的な動きは鈍化する可能性があるという。理由は2つある。1つは、低・中所得国で教育を受ける機会が増加していることで、もう1つは、多くの豊かな国の大学へのアクセスが困難になっているからだ。英国、カナダ、オーストラリアはいずれも移民を制限していて、外国人の学部生や大学院生も削減され始めている(2025年3月号「留学生の人数制限に頭を抱える大学」参照)。米国では移民排斥政策が強まっている。トランプ政権は1400件以上のビザを取り消し、19カ国からの渡航を制限し、博士課程学生のビザの上限を4年とする規則(米国の博士課程は修了までにそれ以上の期間を要することが多い)を提案した。ワシントンD.C.に本部を置く非営利団体NAFSA(全米国際教育者協会)は、2025〜2026年に米国にやって来る留学生の数は前年度比で約30〜40%減少し、その結果、約70億ドル(約1兆1000億円)の収入と6万人の雇用が失われると予測している。

Glassによると、米国は21世紀に入るまでは、「分散型ポートフォリオ」のように多くの国から留学生を受け入れていたという。しかし、この20年で中国とインドからの留学生が激増し、その割合は米国の留学生全体の約3分の1から半数以上を占めるようになった。増加を促したのは、ますます豊かになる中国とインドの中産階級からの需要と、資金を渇望する米国の大学が提供する機会だとGlassは指摘する。

中国やインドの学生には、今や他の選択肢がある。米国、英国、カナダ、オーストラリアは依然として中国人留学生の留学先の上位を占めるが、オランダや韓国などの人気も高まっている。そして中国は、より多くの留学生を引き付けようと努力している。米国は、2000年には全留学生の約26%を受け入れていたが、現在、その数字は約16%となっている。

大学が世界的な需要の高まりに応えるもう1つの方法は、サテライトキャンパスの設置である。ニューヨーク大学上海校(中国)のように、外国の都市に知名度の高い教育機関の分校を展開するのだ。こうしたサテライトキャンパスは、国外に出ることなく国際的な教育を受ける機会を創出している。英国は2023〜2024年に、国内で約73万2000人の留学生を受け入れたが、英国の大学の海外サテライトキャンパスでは約62万1000人の学生を教育した。ボストンカレッジの高等教育研究者であるHans de Witは、「『国外に出なくても外国の学位を取得することができるなら』という学生を入学させることができるのですから、この傾向は今後ますます強まるでしょう」と言う。こうした国境を越えたアプローチは、厄介なビザの問題を回避することができるが、本当に現地と同じ質の教育が受けられるのかなどの難しい問題が生じてくると彼は言う。

2025年5月25日に初めてキャンパスで開催された卒業式では、44カ国から集まった400人以上の卒業生が、ニューヨーク大学の学士号とニューヨーク大学上海校の卒業証書を受け取った。 Credit: VCG/Contributor/Visual China Group/Getty

多くの学生にとって、サテライトキャンパスでの学びは現地での学びとは違う。ジャワハルラール・ネルー大学(インド・ニューデリー)で高等教育について研究する経済学者のSaumen Chattopadhyayは、「私が学生なら、デリーではなく英国のブリストル大学で学ぶでしょう」と言う。国外留学は移住の機会を増やし、国際的な人脈を得ることができるからだ。

国外に出る機会は個人には有利に働くが、低・中所得国から人材や資金を流出させる恐れがある。Jowiは、「長い間、アフリカ諸国から人材が流出することは、脅威と考えられてきました」と言う。彼は今、アフリカ南部・東部諸国の現地の大学に卓越拠点を設置することで、アフリカ域内の移動性を高め、頭脳流出を抑制することに取り組んでいる。

カリキュラムの傾向

国際化は学生らが学ぶ内容も変えている。人間と同様、アイデア、研究、カリキュラムも国境を越えることができる。2010年には、アイスランドからロシアまで幅広い国々が欧州高等教育圏(EHEA:European Higher Education Area)に参加した。EHEAは、学士号、修士号、博士号といった学位の基準を定め、高等教育の質を保証する共通のシステムを構築するために活動している。「学術コミュニティーからは多くの抵抗がありました」とde Witは言う。しかし、これらの基準は功を奏し、EHEA参加国間の国際協力を促した。

世界の奨学金に関する正確な数字を入手するのは困難だが、高等教育研究者らの意見は、大学が以前に比べてSTEM(科学・技術・工学・数学)分野の学位を重視するようになっているという点で一致している(「STEM分野の博士号取得者の増加」参照)。例えば中国は、主にSTEM分野の研究により、多くの世界大学ランキングの上位に躍り出ている。STEMは、経済的な見返りも名声も大きい分野であるからだ。

Source: NCSES

中国のSTEM研究の急成長は、世界のSTEM大国である米国との間でパートナー関係を生み出した。両国の研究者による共同研究は、2020年には6万本の論文を生み出した。しかし近年、国家安全保障への懸念や地政学的な緊張の高まりにより、この成長は鈍化している。中国の研究者も、米国の共同研究者に以前ほど依存しなくなってきている。

私立大学の台頭

高等教育の成長の多くは、民間セクター、つまり私立大学によるものである。高等教育の民営化は、政府の資金提供が需要に追い付かない東南アジアやラテンアメリカなどの急成長地域で特に急速に進んでいる(「大学の民営化」参照)。アフリカでは、高等教育機関の約半数が私立である。

Source: AISHE

台頭する私立教育は、教育の価値に対する人々の意識を形作ってきた。ウィリアム・アンド・メアリー大学(米国バージニア州ウィリアムズバーグ)の高等教育研究者であるMelissa Whatleyは、「教育には公的な利益と私的な利益の両方があります」と言う。国家にとって教育は経済的な恩恵であり、重要な資源である。個人にとって教育は、より高い収入や異なる社会的地位を得られる機会である。教育から得られる個人の利益が強調されるようになったことで生まれた需要は、民間セクターによって満たされるようになった。

研究者らは、私立教育は、公教育では手薄になっていたり遅れたりしている計算機科学や経営学、特殊な分野(神学など)を補うことができると言う。しかし、私立教育は、博士課程研究や医療訓練などの教育集約的な分野への参入を渋る傾向があるため、公的資金の不足を完全にカバーすることはできないとRumbleyは言う。

質に対する懸念もある。研究者らはNatureに、私立高等教育機関は規制が緩いこともあり、米国や日本などごく一部の国を除けば、一般にその質は公立大学に比べて低いと言う。アフリカの私立大学では、博士号を持つ教員はせいぜい40%程度だとJowiは言う。

インドのように、公教育と私立教育のバランスを取ろうと模索している国もある。Chattopadhyayは、「教育の商業化は、質の高い教育の提供とは相いれません」と言うが、産業界のニーズに応じて私立教育が効率良く機能する面もある。インドの2020年国家教育政策では、公立大学と私立大学を提携させて、互いの良いところを学べるようにしている。

技術的・地政学的な変化に翻弄される不確実な世界では、将来はおろか、現在についても結論を出すのは難しいかもしれない。Glassは、米国などで見られる「日々変動する政策の中では短期的な展望しか持てなくなりがちです」と言う。

しかし、今後数年間については確実に言えることがいくつかある。1つは、高等教育は成長を続けるだろうということだ。今後より多くの学生が高等教育を受けるようになるだろう。アクセスと質の公平性の確保も引き続き重要な課題となる。参入障壁は依然として存在するだろうが、同様に機会も存在するだろう。10年もすれば、1000万人もの学生が教育のために国外に出るようになると予想されている。

「大学は本質的に国際的な存在なのです」とRumbleyは言う。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2025.251224

原文

The great university shake-up: four charts show how global higher education is changing
  • Nature (2025-09-25) | DOI: 10.1038/d41586-025-03028-1
  • Dan Garisto
  • 米国ニューヨーク州シラキュース在住の科学ジャーナリスト