リサーチハイライト
働く肉球:圧力下で皮膚を守るタンパク質
肉球は、Slurp1遺伝子によって適度な厚さに維持されている。 Credit: Getty
動物の足の皮膚には多くの役割があり、さまざまな表面との間で静止摩擦を生じさせたり、走ったり跳んだりする際に体重を支えたりしている。それを可能にしたのは、四足動物が陸上での歩行に適応する過程で機械的圧力から足の皮膚を保護するために進化してきた、あるタンパク質なのだという。
体重を支える皮膚は厚くなければならないが、厚過ぎてもいけない。例えばSLURP1という遺伝子に変異がある人は、手のひらや足の裏の皮膚が厚くなり、その痛みが歩行の妨げになることがある。SLURP1が健康な皮膚を維持する仕組みを解き明かすため、北京生命科学研究所(NIBS、中国)のRuonan Diらは、Slurp1を欠損させた遺伝子改変マウスを作製した。
Slurp1欠損マウスは足の裏の皮膚が極端に肥厚したが、そうなるのは、足の裏の皮膚がマウスの体重によって物理的に圧縮された場合に限られていた。研究者らが変異マウスの脚を「ミニ松葉杖」で吊り上げると、足の裏の皮膚は徐々に正常に戻っていった。この結果は、Slurp1タンパク質が、圧力下での組織の過剰な肥厚を防いでいることを示唆している。他の実験からは、Slurp1が皮膚細胞をストレスから保護し、時間とともに組織が擦り減っても機能を維持できるようにしていることが示されている。
Cell https://doi.org/g9v82q (2025).
「悪魔の彗星」と地球の海に共通の起源
Credit: Javier Zayas Photography/Moment/Getty
地球は、有名な彗星(すいせい)と共通の起源を持っているようだ。1812年に発見され、71年ごとに地球に接近する周期彗星12P/ポンス・ブルックス彗星の化学組成を分析した天文学者らは、この彗星の水は地球の海と同じ起源を持つと結論付けた。
太陽系の歴史を解き明かそうとする科学者らは、惑星や小惑星や衛星などの天体の化学組成に手掛かりを求めている。中でも天体の水の起源を特定するため、天文学者らは水分子の水素とその重い同位体である重水素の比に注目している。
NASAのゴダード宇宙飛行センター(米国メリーランド州グリーンベルト)のMartin Cordinerらは今回、12P/ポンス・ブルックス彗星を調べて、その水の起源を調べた。この彗星は、既知の周期彗星の中で最も明るいものの1つであるが、2023年に太陽に接近し始めたときの写真で2本の角が生えているように写ったことから、「悪魔の彗星」として知られるようになった。
アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(ALMA、チリ)による観測は、この彗星の水素と重水素の比が地球の海水の測定値と一致することを示していた。これは、彗星と原始地球の両方に、同じ源から水が供給されたことを示唆する結果である。
Nature Astron. https://doi.org/g9wwrw (2025).
チームプレーで個々の能力が上がるアリ
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ツムギアリ(Oecophylla smaragdina)というアリが、効果的なチームワークの極意を教えてくれるかもしれない。研究者らは、このアリが集団で鎖状につながり、木の葉を引っ張って折り曲げて巣を作るときには、より大きな集団で作業をするほど、個々のメンバーの効率は向上すると報告した。
一般に、ヒトや他の動物がチームとして共同で作業をする場合、集団が大きくなるほど個々のメンバーの貢献度が低下する「リンゲルマン効果」によって、その努力は損なわれる。
このほどマッコーリー大学(オーストラリア・シドニー)のMadelyne Stewardsonらは、巣を作るために集団で葉を引っ張るツムギアリのチームを調べ、リンゲルマン効果とは正反対の現象を見いだした。15匹からなるチームで作業しているアリは、単独で作業する場合と比べてそれぞれ2倍近い力を発揮していたのだ。
Stewardsonらは、私たちヒトは昆虫から学ぶべき点が多いと指摘する。ツムギアリがチームになると仕事の効率が良くなるのは、長い鎖状につながっているときに、前の方で葉を引く「引っ張り係」と、後方で脚と葉の間に摩擦を生じさせる「抵抗係」に分かれる分業戦略の成果と考えられる。この研究は、協調の技術を習得する群ロボットの開発に役立つことが期待される。
Curr. Biol. https://doi.org/g9wt2q (2025).
変わる風向き:風力発電量が減少する理由
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世界の風力タービンの5分の1は、将来、長期間にわたって風が弱まる可能性のある地域に設置されていることが明らかになった。
地球温暖化に伴い、北極地方の急速な温暖化によって高緯度域と中緯度域との気温差が縮小したりする結果、全球の風のパターンが変化すると予測されている。これにより嵐のパターンも変化し、風速が低下する。長期にわたる風速の低下は「渇風(wind drought)」と呼ばれ、風力タービンの発電量を減少させる。
北京大学(中国)のMeng Quらは、気候モデルを用いて、今世紀末までの渇風の発生頻度と持続期間を推定した。その結果、ロシア西部や欧州などの人口密集地域で長期的な渇風が発生する可能性が高いことが判明した。
米国北部やカナダ西部などの多くの地域で、前例のないほどの長期にわたる渇風が発生する確率が上昇することも分かった。北米の風力タービンの40%近くが、将来、極端な渇風に直面する恐れのある場所に設置されている。
Nature Clim. Change https://doi.org/pzv8 (2025).
ジャガイモとトマト:今日のジャガイモの起源
Credit: Getty
ジャガイモもトマトもナス属(Solanum spp.)の植物であるが、約900万年前のジャガイモとトマトの意外な出合いから、今日のジャガイモの特徴的な地下塊茎が生まれた可能性があることが示された。
ジャガイモの塊茎の進化は謎に包まれていた。現代のジャガイモに最もよく似た形態の植物は、チリに自生し、塊茎を持たないエトゥベロスム(Etuberosum)という系統に属する3種である。けれども遺伝学的には、エトゥベロスムよりもトマトの方がジャガイモに近い。
ジャガイモの進化の起源を解明するため、中国農業科学院(深圳)のZhiyang Zhangらは、栽培種のジャガイモ450種とその野生の近縁種56種のゲノムを解析した。その結果、ジャガイモのゲノムにはエトゥベロスムとトマトのDNA塩基配列が混在していることが判明し、両者が数百万年前に交雑したことが示唆された。
こうして生まれた雑種は、塊茎の成長に必要な2つの遺伝子、すなわちトマト由来のSP6A遺伝子とエトゥベロスム由来のIT1遺伝子を併せ持つようになった。塊茎の芽により地中で無性生殖する能力を獲得したことで、この雑種は繁栄して、寒冷地へと進出できたと考えられる。
Cell https://doi.org/g9vtc4 (2025).
「ミニ脳」が示すアルツハイマー病治療薬の新経路
Credit: Juan Gaertner/Science Photo Library/Getty
ヒト脳オルガノイドの研究から、アルツハイマー病治療薬の新たな標的候補が明らかになった。
アルツハイマー病では大脳が損傷される。上海科技大学(中国)のPeng-Ming Zengらは、これまで研究に用いられてきた死後脳組織やマウスモデルに代わるものとして、ヒトの大脳を模倣したオルガノイド(小型版の器官)を作製した。研究チームは、遺伝性アルツハイマー病に関連する遺伝子変異を持つヒト幹細胞を培養してオルガノイドを作製した。アルツハイマー病は脳内にアミロイドβというタンパク質が凝集することを特徴とするが、これらの遺伝子変異は、アミロイドβの高レベルの産生を促す。
研究チームが作製した変異を持つオルガノイドは、変異を持たないオルガノイドに比べて、アミロイドβの量とアルツハイマー病に関連した細胞の変化の両方が顕著に増加していた。研究者らは観察により、変異を持つオルガノイドでは、抗炎症性タンパク質であるチモシンβ4をコードするTMSB4X遺伝子の活性が低いことを明らかにした。Zengらはさらに、アルツハイマー病患者のニューロンでもこの遺伝子の活性が低いことを見いだした。
また、オルガノイドをチモシンβ4で処理した場合、あるいはモデルマウスにチモシンβ4を投与した場合には、アミロイドβの形成とニューロンの機能障害が軽減された。
Stem Cell Rep. https://doi.org/p3fp (2025).
核まで溶融? 系外惑星の構成の化学的手掛かり
Credit: Nazarii Neshcherenskyi/iStock/Getty
はるか彼方の「溶岩惑星」は、そのマグマの表面の下に何かを隠しているかもしれない。天文学者らはこのたび、遠方の系外惑星の表面温度と大気中の化学物質を調べることで、惑星の内部がどこまで溶融しているかを推定できる可能性を示した。
溶岩惑星(想像図)は、主星に非常に近い軌道を公転している特殊な岩石惑星だ。主星の重力による潮汐力で自転周期と公転周期が固定されているため(潮汐ロック)、常に同じ面が主星の方を向いている。この面の岩石は永遠の昼によって溶融し、マグマの海になっている。
ヨーク大学(カナダ・トロント)のCharles-Édouard Boukaréらは、各種の溶岩惑星の特徴を明らかにするため、核まで完全に溶融している惑星と、表層の下に固体部分がある惑星の条件をシミュレートした。その結果、それぞれに固有の化学的特徴があることが判明した。例えば、表層の下に固体部分を残す惑星は大気中のナトリウムやカリウムが少ないという。
著者らは、この違いはジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)に搭載された観測装置で検出できる可能性があり、これによって太陽系外の溶岩惑星とその複雑な歴史を解き明かす機会がもたらされると述べている。
Nature Astron. https://doi.org/g9vmxb (2025).
原子をねじる分子モーター
最近、ナノスケールの編み物がブームだ。化学者らの報告によると、光と熱で駆動する「分子モーター」と呼ばれるツールを使って原子の糸をねじり、「カテナン(catenane)」というほどけにくい形にすることができるという。この手法は、革新的な分子や材料の構築に応用できる可能性がある。
複数の環が絡み合ったこれらの原子の配列を従来の手法で作ろうとすると、多くの手間のかかる工程が必要である。フンボルト大学ベルリン校(ドイツ)のTommy Wachsmuthらは、より直接的な方法で原子を絡み合わせる方法はないのだろうかと考えた。
研究チームは、光と熱を機械的な運動に変換することで、一度絡み合ったらほどけない構造を編み上げられる分子モーターを開発した。出来上がった構造体は2個のループが絡み合った形をしていて、一見、単純そうである。しかし、この構造をとらせるためには、極めて精密で高速な一連の反応が必要だ。
この手法に習熟すれば、必要に応じて原子を組み合わせて複雑な形状をとらせることも可能になるかもしれない。研究チームは、巻き付ける、穴に通す、連結するといった機械的な概念を分子レベルで実現することで、新たな超精密材料の創出を目指している。
Science 389, 526–531 (2025).
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 11
DOI: 10.1038/ndigest.2025.251102
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