Editorial

精密医療では公平性が基本方針として必要である

Nature Medicine 27, 5 doi: 10.1038/s41591-021-01373-y

20年前に、ヒトゲノムのドラフト塩基配列が初めて公表されて以来、塩基配列解読技術の飛躍的向上と解読コストの大幅な低下によってゲノムデータセットの数と規模は指数関数的に増大した。その結果、生殖細胞系列の病因性変化や浸透度の高い病因性変異などが明らかになり、そうした遺伝情報を利用して、さまざまな疾患にわたって患者のより精密な臨床管理が可能になった。

そうした情報の中で、多遺伝子リスクスコアは特に注目されており、医療に順調に取り込まれていくのではないかと考えられて、企業からも関心が寄せられている。しかし、遺伝学研究者の間では、このようなスコアを構築するのに使われたデータに多様性が欠けていること、それによって現実世界でのスコアの使用が限られてくることが、以前から懸念されてきた。リスク評価に多遺伝子リスクスコアを組み入れることは確かに有益だろうが、それがあらゆる民族集団に直ちにより良い治療をもたらすわけではないのである。

ゲノム規模関連研究の解析によって、ヨーロッパ系祖先のゲノムが参照ゲノムの非常に大きな割合を占めることが明らかになっており、この傾向は最近になっても改善されていない。このことは、非ヨーロッパ系の人々の遺伝的構造に関する知識の欠落という問題を引き起こしているが、それ以上に懸念されるのは、ヨーロッパ系を中心とする遺伝子スコアの解析に基づいた医学的決定がヘルスケアにおける格差を増幅するという不公平性の問題である。ヨーロッパ人のゲノムで見つかった病因性バリアントは非ヨーロッパ人では全く問題とならない可能性があり、同様に、過小評価グループ(集団の中で有意に小さい割合しか持たない部分集合)に属する人々では疾患の原因と考えられる変異が検出されないままとなるかもしれない。過小評価されているグループには、アフリカ、もしくはアジア系祖先の集団や、米国、カリブ諸島やオーストラリアにおける先住民族のようなグループが含まれている。

ゲノム研究での多様性を増すには、こうした過小評価グループを早期に組み入れる必要がある。こうしたグループに属する人々の、彼らのデータが使われることに対する疑惑や不信、データのプライバシーに関する懸念、特別な文化的習慣が考慮されなかったことへの悪感情などが、過小評価グループの遺伝学研究への参加を歴史的に妨げてきた。研究者の側では今、過去の誤りを正して、同意の原則、データの扱いやコミュニケーションを改善し、こうしたコミュニティーと再度つながろうという努力がなされている。

遺伝学の臨床応用が進み、ゲノムのプロファイリングはさまざまな分野にわたって精密医療の重要なツールとなりつつある。しかし、それが持つ能力を十分に発揮させ、遺伝学の臨床応用の公平性を確保し、次の20年間で世界に広くその恩恵をもたらすには、ヒト集団全体にわたる遺伝的ばらつきに加えて、集団内の多様性をも広い視野で客観的に捉えていくことが必要なのだ。

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