Editorial

公衆衛生にも精密医療を

Nature Medicine 25, 8 doi: 10.1038/s41591-019-0556-6

医療健康分野での「精密医療」という言葉は通常、患者個人に合うように選択・調整した医療を指していて、集団レベルでの健康指標の改善を目的とする公衆衛生には概念的に馴染まないように思える。しかしこの2つの分野は、本当に相いれないのだろうか。

医学研究者と政策担当者の間では、「精密公衆衛生」(precision public health)の将来性に関心が集まりつつある。この矛盾しているように見える言葉の定義はまだ定まっておらず、進化途上にあるといったところだ。個別化医療の基準が公衆衛生政策にどのように役立つかについては、慎重に議論される必要がある。

ビッグデータと精密医療の時代と言われる現在、大量のデータと新しいコンピューターモデリングの手法によって、疾病の予防や治療の結果として生じる健康転帰の非常に詳細なマッピングが可能になってきた。これを使えば、治療標的を定めた介入やさらなる支援が必要な地域を特定することができる。Nature Medicine 8月号に掲載されているBhattacharjeeたちの論文(Nat. Med. 25, 1205–1212(2019))は、このような空間的解析と呼ばれる手法による成果を示す好例である。アフリカでの完全母乳育児の普及の実状が5 km × 5 kmのグリッド単位で示され、支援を必要とする地域が特定され、支援が必要となった原因についての手掛かりもここから得られ、これらは地域政策への実に有用な情報となる。

しかし精密なデータに基づいて公衆衛生的に最も重要な問題や支援を必要とする地域を選んで優先的に対処するというやり方は、死亡率や罹患率を下げる最も効率的な方法ではあるが、包括的なプライマリーヘルスケアの促進という世界的な動向とは相いれない。また、精密公衆衛生で最も議論を呼びそうな問題は、遺伝情報に関するビッグデータを公衆衛生の意思決定過程に取り込むことである。英国の10万ゲノム解析プロジェクトや米国NIHのオール・オブ・アス研究プログラムのような医学的調査の拡大は、population health(財源が限られた中で共通要素のある集団全体の健康向上を効率的に実現する政策)との関わりが懸念され、論争が続いている。大規模なゲノムデータセットの多くが民族的多様性を欠いていることも以前から指摘されており、これは調査がされておらず医療サービスも十分行き届いていない集団が取り残されることにつながりかねない。

精密公衆衛生はどのような分野から構成され、こうした考え方はユニバーサルヘルスを目指す世界的な衛生政策とどのように連携するのかという議論はまだしばらく続きそうだが、この問題をどう呼ぶかはともかく、学際的なこうした手法を実行すべきときはすでに来ているのではないかという問い掛けもなされている。ビッグデータ、詳細な地域空間的マッピング、それらによる衛生的介入の適切な優先順位付けはどれも、ヒトの健康の全球規模での改善にさまざまな形で大きく貢献するだろう。結局のところ、保健衛生は、別のどんな名前で呼ばれても保健衛生であることに変わりはないのだ。

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