リサーチハイライト
マウスを長生きさせ、肥満を防ぐホルモン
脂肪細胞のイラスト。 Credit: Thom Leach/Science Photo Library/Getty
マウスの遺伝子を改変して特定のホルモンを過剰発現させたところ、肥満にならず、改変していないマウスよりも長生きすることが報告された。
繊維芽細胞増殖因子21(FGF21)は主に肝臓で産生されるホルモンで、2型糖尿病や、肥満に関連する他の疾患を持つヒトやマウスの治療に有用であることが示されている。
テキサス大学サウスウェスタン医療センター(米国ダラス)のChristy Gliniakらは、FGF21が健康を改善する仕組みを明らかにするため、雄のマウスの遺伝子を改変して、脂肪組織でFGF21の過剰発現のスイッチを入れられるようにした。Gliniakらは、マウスが成体になった時点でこのスイッチをオンにした。
高脂肪食を与えられた遺伝子改変マウスは、対照群のマウスに比べてインスリン感受性が高く、体重の増加も少なかった。対照群のマウスの平均寿命が1.8年であったのに対し、遺伝子改変マウスの平均寿命は2.2年で、中には3.3年生きたものもいた。遺伝子改変マウスは年を取っても痩せたままで、内臓脂肪中の炎症性免疫細胞も少なかった。
研究者らは、ヒトの脂肪組織においてFGF21レベルを上昇させれば、健康的な老化を促して、肥満に関連した疾患の重症度を軽減できる可能性があると述べている。
Cell Metab. https://doi.org/g9q2nm (2025).
ポジティブな気分のときに見たものは記憶に残りやすい
Credit: Kateryna Kon/Science Photo Library/Getty
人は、ネガティブな気分のときに見たものよりもポジティブな気分のときに見たものの方が記憶に残りやすいことが、実験的研究により明らかになった。
杭州師範大学(中国)のRong Panらは、44人の被験者に144個のランダムな殴り書きを見せた。それぞれの殴り書きは人物、動物、物体、風景の画像と対にして提示され、これらの画像は、ポジティブ、ニュートラル、ネガティブな感情反応を誘発するものであった。研究チームは参加者の脳の活動をモニターしながら、それぞれの対を3回ずつ提示した。
翌日、研究チームは前日と同じ144個の殴り書きを、72個の新しい殴り書きと混ぜて参加者に見せ、それが見たことがあるものか初めて見たものかを尋ねた。見たことのある殴り書きについては、ポジティブな画像と対にして提示されたものの方が、ネガティブまたはニュートラルな画像と対にして提示されていたものよりも記憶に残りやすかった。
脳スキャンの分析から、記憶能力の向上は、同じ殴り書きと画像の対が提示されるたびに観察されるニューロン(写真、人工的に着色)活動の類似性の高まりと関連していることが明らかになった。これは、ポジティブな画像と対になった殴り書きの記憶が再活性化し、固定化されることを示唆している。
J. Neurosci. https://doi.org/pvpt (2025).
家畜の排泄物中にあふれる薬剤耐性遺伝子
Credit: Edwin Remsberg/VW Pics/Universal Images Group/Getty
26カ国の家畜の排泄物を分析した結果、抗生物質耐性遺伝子の世界的ホットスポットが特定された。
排泄物には、細菌が抗生物質の効果に抵抗するのを助ける多様な遺伝子が含まれている。世界中で動物性タンパク質の消費量が増加するのに伴い、世界で飼育される家畜の頭数も、毎年発生する排泄物の量も増加している。排泄物の処理が不適切だと、そこに含まれる抗生物質耐性遺伝子が、ヒトに影響を及ぼす病原体に移行してしまう恐れがある。
西北農林科技大学(中国)のBintao Liらは、6大陸のニワトリ、ブタ、ウシの排泄物に含まれるゲノム物質を分析した。研究チームは、排泄物から5000以上の抗生物質耐性遺伝子を同定し、これらが従来考えられていたよりもはるかに多様であることを発見した。
著者らはそれぞれの遺伝子につき、ヒトの抗生物質治療の有効性に影響を及ぼす可能性を示すリスクスコアを計算した。それから機械学習を用いて、これらのリスクを表す世界地図を作成した。アフリカの国々の多くはニワトリの排泄物のリスクスコアが高いと予測され、ブタの排泄物のリスクスコアが最も高いのは中国だった。
Sci. Adv. 11, eadt8073 (2025).
最高エネルギー宇宙線に欠けている成分
Credit: Yuya Makino, IceCube/NSF
これまでに観察された中で最も高エネルギーの粒子は、私たちの目、つまり粒子検出器では捉えきれない性質を持っている可能性がある。物理学者らはかつて、超高エネルギー宇宙線と呼ばれるこれらのまれな粒子は陽子のみからなると考えていたが、新しい研究はそうではないことを示唆している。
光速に近い速度で宇宙を疾走する宇宙線は、光と相互作用して、ニュートリノという質量も電荷も持たない粒子を生成することがある。
最高エネルギーのニュートリノと、それを生み出す超高エネルギー宇宙線に関する理解を深めるため、アイスキューブ共同研究チームのメンバーらは、南極のアイスキューブ・ニュートリノ観測所(写真)の12年以上分のデータを精査した。研究者らは、さまざまなエネルギーレベルで検出された(あるいは検出されなかった)ニュートリノの数を解析し、これらの粒子を生成した宇宙線の組成を解明するための手掛かりを得ることができた。
最終的に研究チームは、陽子は超高エネルギー宇宙線の70%しか占めていないことを突き止めた。欠けている成分は、鉄のような重元素であるかもしれない。研究チームは、今回の結果によって、これらの正体不明の宇宙線の発生源が絞り込まれることを期待している。
Phys. Rev. Lett. 135, 031001 (2025).
早期からの砂糖の摂取が学習に及ぼす影響
Credit: Getty
マウスに離乳期から砂糖を摂取させると、脳の配線が変化し、成体になってからの学習に影響を及ぼすことが明らかになった。
砂糖の過剰摂取は、子どもの肥満や代謝障害につながるだけでなく、意欲や学習などの行動も変化させる。こうした変化の潜在的な神経基盤を解明するため、北京脳科学研究所(CIBR、中国)のHuixin Linらは、離乳後のマウスに、砂糖水か砂糖を入れていない水を与えた。
砂糖水を与えられたマウス群は、砂糖を入れていない水を与えられたマウス群と比較すると、成長してからの脳の活動や行動に変化が見られた。砂糖に対する皮質の反応は鈍くなり、学習に関連した活動の出現は遅くなった。さらに、脳領域間の結合も減少した。
どちらのマウス群も、においと、確実に与えられる砂糖の報酬との関連を学習することができた。しかし、報酬が与えられるかどうか不確実になると、砂糖水で育てられたマウスはルールが変わったことをより速やかに学習し、においの手掛かりに基づいて報酬を期待するのをやめるのが早かった。
Curr. Biol. https://doi.org/pwpk (2025).
運動は腸内微生物によるがんの抑制を助ける
Credit: Jose Luis Calvo Martin & Jose Enrique Garcia-Mauriño Muzquiz/iStock/Getty
マウスを使った研究から、運動は腸内微生物を刺激してギ酸塩という化合物を作らせ、腫瘍と戦う免疫系を助けていることが明らかになった。
運動は免疫チェックポイント阻害薬と呼ばれるがん治療薬の効果を高めることが知られている。その仕組みを解明するため、ピッツバーグ大学医学大学院(米国ペンシルベニア州)のCatherine Phelpsらは、皮膚がんのマウスをトレッドミルの上で走らせるとどのような影響を与えられるかを調べた。
その結果、運動により腸内に生息する微生物の種類が変化することが明らかになった。運動したマウスの糞便を運動していないマウスの腸に移植すると、腫瘍の増殖が抑制され、生存期間が延長した。抗生物質で腸内細菌を死滅させると、これらの効果は消失した。
著者らは、運動が腫瘍の増殖に及ぼす効果を、微生物が産生するギ酸塩と関連付けた。ギ酸塩は、CD8 T細胞という免疫細胞を増強することによりチェックポイント阻害薬の効果を高めた。ギ酸塩を比較的多く含むヒトの糞便を移植されたマウスは、ギ酸塩をあまり含まないヒトの糞便を移植されたマウスに比べて腫瘍の増殖が遅かった。
Cell https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.06.018 (2025).
友とコンブであか擦りをするシャチ
Credit: Wild Wonders of Europe/Aukan/Nature Picture Library
シャチはコンブの茎から道具を作り、これを使って仲間と一緒にあか擦りをしていることが、観察によって示された。
クジラ研究センター(米国ワシントン州フライデー・ハーバー)のMichael Weissらは、ワシントン州北部とカナダ南部に接する内海であるセイリッシュ海の中央部で、絶滅の危機にあるシャチ(Orcinus orca ater、写真)の群れを監視している。2024年の航空観測で、彼らはシャチがブルウキモ(Nereocystis luetkeana)の茎状部の両端を歯でかみ切って棒を作っていることに気付いた。シャチはその棒をパートナーの体に押し付け、棒を落とさないように密着して泳ぎながら体の表面でそれを転がすという行動を、最長12分間にわたって続けた。
この行動は、全ての社会集団、年齢層、性別で見られたが、近縁の個体や年齢の近い個体との間で、より一般的に行われていた。
研究者らは、自分と相手の体でコンブの茎を挟んでこすり付け合う行為は、双方の体表から死んだ皮膚を除去するために行っているのではないかと考えている。さらなる研究によりこの仮説が裏付けられれば、海洋哺乳類が道具を作った最初の事例となる。
Curr. Biol. 35, 599–600 (2025).
地球の裏側の雲を暗くした大噴火
Credit: NOAA/Alamy
2022年にトンガの海底火山フンガトンガ・フンガハアパイで発生した噴火は、地球の裏側の雲を一時的に暗くしたことが分かった。
研究者らは、この海底噴火によって上層大気中に噴出した膨大な量の水や火山灰など(写真)、多くの劇的な影響を記録している。爆発からは各種の大気波も放射され、その中にはラム波と呼ばれる音響パルスも含まれていた。
ハンブルク大学(ドイツ)のÁkos Horváthが率いるチームは、ラム波の影響を衛星画像で分析した。メキシコとカリブ海で撮影された画像は、ラム波の通過に伴って、雲に覆われていた領域が一瞬さらに暗くなったことを示していた。
Horváthらは、音響パルスが大気をわずかに暖めて、一部の雲粒を蒸発させたのではないかと推測している。これにより雲の反射率が下がり、その領域が暗くなったと考えられる。この予想外の暗化は、火山噴火が地球に及ぼす影響について新たな問いを投げ掛けることとなった。
Geophys. Res. Lett. 52, e2025GL115935 (2025).
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 10
DOI: 10.1038/ndigest.2025.251002
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