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医療用アイソトープが不足する!

2009年、2基の研究用原子炉が修理とメンテナンスのために長期間停止した。停止したのは、チョークリバー研究所の研究炉(カナダ)とペッテン高中性子束炉(オランダ)で、どちらも建造から半世紀が経過していたため予測できないことではなかった。しかし、深刻な医療用アイソトープ不足に陥った。世界中で使用されている「テクネチウム99m」と呼ばれる放射性トレーサーのほとんどがこの2基で作られていたためだ。画像診断のためにテクネチウム99mを投与される患者は1日に7万人に上る。この事態に世界中の病院がパニックになった。

医療用アイソトープを突然入手できなくなった医師たちは、画像撮影を中止したり、手術を延期したり、また患者をより高い放射線量にさらしてしまう古い診断技術を用いたりして対応した。「停電に相当することが医療用アイソトープで起こったのです」と、停止したペッテン高中性子束炉を管理するRonald Schramは話す。エラスムス医療センター(オランダ・ロッテルダム)の核医学部門長Fred Verzijlbergenは、正確な被害の大きさは誰にも分からないと言うものの、「非常に深刻な事態でした。多くの病院が何週間もテクネチウムを入手できなかったのです」と回想する。

全世界で使用されているテクネチウム99mは、わずか数カ所の原子炉で製造されている。こうした原子炉の多くが老朽化している上、一部は間もなく製造を終了する予定だ。

この出来事は、世界の医療用アイソトープ供給システムの脆弱性が危険なレベルにあることを痛感させた。世界中の医療用アイソトープは、1950〜1960年代に建造された、政府から補助金を受けている4基の原子炉に強く依存している(上図)。医療用アイソトープの供給不足は、実は今日までに何度も起こっている。つい最近では、4基のうち2基が停止していた2013年11月に、またもやチョークリバー研究炉が数日間緊急停止した。

今後、さらなる供給不足がやってくる。現在世界の医療用アイソトープの3分の1近くを供給しているチョークリバー研究炉が、2016年末にその製造を終了する予定なのだ。

原子力工学者Greg Pieferは、この危機をチャンスとして捉えている。2005年、ウィスコンシン大学マディソン校(米国)で原子力工学博士号を取得して間もない彼は、放射性廃棄物問題を抱える原子炉の代わりに、加速器を用いてウランをテクネチウムに変換する方法を思いついた。彼のアイデアは、当初はほとんど注目されなかったが、2009年の供給危機により状況が一変した。各国の政治家が医療用アイソトープの新しい製造法を開発する必要があると考えるようになったのだ。特に米国は、世界の医療用アイソトープ需要の50%を占めているにもかかわらず国内でそれを生産する能力がないため、その動きが顕著であった。その結果、Pieferや他の野心的な起業家のアイデアが一躍脚光を浴びることになった。

技術的困難

北米には、医療用アイソトープの新しい製造法を数年以内に確立したいと考える企業や共同研究チームが少なくとも5つあり、PieferのSHINE Medical Technologies社(米国ウィスコンシン州マディソン)はその1つである。

テクネチウム99mは現代の医用画像技術を支える元素で、全世界で使用される医療用アイソトープの約80%を占め、その90%が画像診断に用いられている。テクネチウム99mは、半減期がわずか6時間で、γ線のみを放出し、目的の臓器を標的とする分子に付着させることができる。これが臓器に集積したら、SPECT(単光子放出コンピューター断層撮影)により、放射性同位体が放出する光を捉える。この手法は、心筋の血流状態をチェックしたり、骨にがんが転移しているかどうかを確認したり、脳の血流を評価したりするのに用いられる。

テクネチウム99mの製造は、世界的な規模の奇跡的な供給システムの上に成り立っている。システムは、米国で濃縮ウランが製造されることから始まる。出来上がった板状の濃縮ウランは、世界各地の研究用原子炉に送られる。この濃縮ウラン板に原子炉からの中性子を1週間にわたって照射すると、ウランの約6%が核分裂によりモリブデン99に変化する。モリブデン99の半減期は66時間で、徐々に崩壊してテクネチウムに変化する。世界各地の病院が購入するのは、モリブデン99をアルミナカラムに吸着させたペンキ缶ほどの大きさの「ジェネレーター」と呼ばれる装置で、病院の技術者が、生理食塩水を用いてここからテクネチウム99mを溶出させる。1つのジェネレーターからは、2週間にわたって新鮮なテクネチウムを取り出すことができる。この作業が乳搾りをイメージさせることから、ジェネレーターは「カウ(牛)」、テクネチウムを取り出す作業は「ミルキング」と呼ばれる。

アイソトープを生産するBR2原子炉(ベルギー・モル)を管理するBenard Ponsardは、最も効率的なモリブデン製造法は原子炉であると言う。多くの人がこれに賛同し、原子炉建設が計画されてきた。1990年代には、カナダで新しい原子炉の建設が計画され、これにより供給不足が回避できると期待された。この原子炉は、後に技術的な問題が浮上し、その是正には多額の費用がかかるとして、2008年から棚上げになっている。そこで他の国々は今、急いでこの穴を埋めようとしている。BR2原子炉は増産に向け、2014年末までに医療用アイソトープの生産能力の改良に着手することを目指している。また、OPAL原子炉(オーストラリア・サウスシドニー)は、2017年までに医療用アイソトープの供給量を4倍に増やすことを計画している。それ以外にもアルゼンチンから中国まで、世界各地で新しい原子炉の建造や既存の原子炉の改良が計画されている(「供給体制の立て直し」参照)。

生産能力の大幅アップが見込めるものの、問題を完全に解決できるかは分からない。アイソトープの流通管理を支援するために米国エネルギー省が2009年に設立した米国立アイソトープ開発センター(NIDC)の所長Robert Atcherは、新設の原子炉は、複数の原子炉の緊急停止によるアイソトープ供給量の激減を十分にカバーできるだけの供給はできないかもしれないと指摘する。

価格高騰

それに、原子炉で製造したモリブデンの価格が急騰する恐れもある。現在、研究用原子炉は政府から補助金が支給されており、市場価格よりも安くモリブデンを販売している。2009年の供給危機後の状況を分析した経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA;フランス・パリ)は、この補助金があるかぎり、企業が新しい生産施設に投資する動機はほとんどないと結論付けた。そこでNEAは補助金の打ち切り計画を承認し、医療用アイソトープの供給者は現在、価格調整などの準備を進めている。NEAの核開発部門長Ron Cameronは、補助金が打ち切られた後は、原子炉産モリブデンの価格は現在の7倍近くに跳ね上がるかもしれないと言う。一方、米国は、高濃縮ウランの輸出停止を決めた。核兵器製造用に盗難の恐れがあるというのがその理由だ。そのため2020年以降、原子炉でのモリブデンの製造は、低濃縮ウラン燃料や低濃縮ウラン板を使って行わなければならなくなる。その結果、モリブデン製造コストはさらに40%上昇する可能性がある。仲買人に支払う最終金額は「とんでもなく高騰するでしょう」と話すAtcherは、15倍程度になると具体的な数字を挙げる。

価格高騰が確実なモリブデンに対し、一部の人々は大胆な代替手段を模索するようになった。カナダ国立素粒子原子核物理研究所(TRIUMF;バンクーバー)の核医学部門長のPaul Schafferは、世界に数カ所しかない建造費数億ドルの原子炉を使わなくても、世界各地の病院にある建造費数百万ドルの小規模な医療用サイクロトロン施設で医療用アイソトープを製造できると言い、この方向で研究を進めている。

サイクロトロンで医療用アイソトープを製造するのに、原子炉もウランも必要ない。加速した陽子線を標的のモリブデン100に衝突させれば、テクネチウム99mを直接作ることができる。ただし、テクネチウムの半減期は6時間なので、製品を遠くに輸送することはできない。1基のサイクロトロンでカバーできる範囲は半径400km程度かもしれない。この問題を解決策として、主要な都市圏に多数のサイクロトロンを配置することが考えられる。TRIUMFの広報担当Tim Meyerは、決して途方もない企てではないと話す。多くの病院では、より進んだ画像撮影法であるPET(陽電子放射断層撮影)に用いるアイソトープを製造するために、病院内のサイクロトロンを使っているからだ。

2013年6月にはTRIUMFのチームが、改良型サイクロトロンを一晩稼働させることによって、バンクーバー市内の需要を満たせるだけのテクネチウムを製造できると発表した。TRIUMFの改良用装置を取り付ければ、「カナダにある既存の1ダースほどのサイクロトロンで、カナダの人口の90%、地理的範囲の50%をカバーできるかもしれません」とMeyerは言う。彼らは現在、カナダ保健省からの認可を待っているところである。認可が下りることはすなわち、彼らのテクネチウムが医療用アイソトープとして利用するのに安全なものだと保健省が確認したことを意味する。Schafferは、2016年までにカナダ全土の需要を満たせるだけのテクネチウムをサイクロトロンで製造することはできないだろうと考えている。「けれども長期的には、製造拠点を分散させてカバーできる地理的範囲を広げることは十分可能です」とSchaffer。

他の国も、この戦略に興味を持っているようだ。サイクロトロンを販売するAdvanced Cyclotron Systems社(カナダ・リッチモンド)も、現在、サイクロトロンでテクネチウムを製造する手法を開発中で、英国、サウジアラビア、タイなどから問い合わせを受けているという。同社のマーケティング・ビジネス展開部門長のJohn Taylor-Wilsonは、「多くの国の保健当局が、この手法に強い関心を寄せています」と説明する。

これに対してNIDCのAtcherは、サイクロトロンを利用するアプローチは、米国ではうまくいかないかもしれないと考えている。米国の病院にあるサイクロトロンの大部分は出力が低く、テクネチウムを大量に製造することができないためだ。例えば、1基のサイクロトロンが修理のために停止するだけで、1つの都市圏全体が核医学検査を行えない状態に陥る。

良きライバル

Pieferの計画は、サイクロトロンを利用する方法ほど急進的ではない。彼は、供給システムの心臓部である高価な原子炉だけをSHINE社の技術で置き換えて、現在のウランをはじめとする供給システムはそのまま利用しようと考えている。

SHINE社の技術では、線形加速器を使って重水素イオンを三重水素ガスに衝突させて、ヘリウムと中性子を生成させる。その中性子束は、原子炉からの中性子束に比べると数桁小さい。次に、生成した中性子を、小さい高濃縮ウラン板の代わりに数百リットルの温かい低濃縮ウラン塩に照射する。モリブデンはイオン交換樹脂を使ってすすぎ落とすことができるので、変化しなかったウランはリサイクルして同じ施設で使うことができる。Pieferによると、この手法でも放射性廃棄物が出るものの、原子炉燃料から出る量に比べればごくわずかだという。

Pieferは、ウィスコンシン州ジェーンズビルに、米国のテクネチウム需要の半分(世界の需要の約4分の1)を満たす製造施設を建造したいと考えている。けれども、建設はまだ始まっていない。ウランを扱う全ての米国企業は原子力規制委員会の許可を得なければならないが、これがまだ下りていないのだ。問題はそれだけではない、同社はこれまでに米国エネルギー省からの補助金と投資家から調達した資金を合わせて3000万ドル(約30億円)確保しているが、さらに1億5000万ドル(約150億円)を調達する必要がある。「十分な資金を調達できれば、2016年末までに生産を始められるでしょう」とPieferは言う。2016年末といえば、チョークリバー研究炉が医療用アイソトープの供給を終了する時期だ。

PieferらのSHINE社があるマディソン市内には、NorthStar社という企業がある。NorthStar社も、SHINE社と同様に数年以内に米国で必要な医療用アイソトープの半分量を供給することを目指している。彼らはより長期的な目標としてさらに第二のプロジェクトを立ち上げて、アイソトープの生産量を2倍に増やしたいと考えている。彼らがSHINE社のこれほど近くに来たことについて、Pieferは「奇妙な偶然」と言い、2社の関係については「お互いの存在に励まされるのと同時に、ライバル意識も当然ある」と説明する。

SHINE社が原子炉は使わずにウラン標的を使い続けるのに対して、NorthStar社はその逆を目指している。すなわち、ウラン標的は使わないが、(少なくとも最初のうちは)原子炉を使い続けるのだ。同社の短期計画では、ミズーリ大学コロンビア校(米国)の研究用原子炉を使って中性子をモリブデン98標的に衝突させて、モリブデン99を生成させる。ここまでは単純だが、別の面で複雑になる。ウランからモリブデン99を単離するのは比較的容易なのだが、出発物質のモリブデン98から目当てのモリブデン99を単離する作業は非常に難しいのだ。そこでNorthStar社は、従来のジェネレーターに代わる新しいジェネレーターを設計した。新しいジェネレーターは電子レンジほどの大きさで、コンピューターやパイプやバルブを使ってテクネチウムを抽出する。病院にとって、これまでの生理食塩水を使った単純な溶出に比べると複雑な作業になる。

2013年3月、NorthStar社は、新しいジェネレーターで抽出したテクネチウムが従来のジェネレーターで抽出したテクネチウムと同等のものであることを証明するために、米国食品医薬品局(FDA)に新薬承認申請を提出した。同社の主任科学者であるJames Harveyは、2013年末には最終的な回答を受け取りたいと言う。「そうなれば、2014年の中頃には、ミズーリ・プロジェクトがフル操業でアイソトープを生産しているでしょう」

NorthStar社の長期計画はさらに野心的で、最終的には原子炉の使用もやめるという。具体的には、線形加速器からの高エネルギー光子を使ってモリブデン100から中性子をはじき出し、モリブデン99を生成させる(カナダのウィニペグにある非営利法人Prairie Isotope Production Enterprises社も、これよりは小規模だが、同様のシステムの開発を目指している)。この製造法でも、同社の電子レンジサイズのジェネレーターを使う必要がある(もちろん、FDAの承認を得られたらの話ではあるが)。NorthStar社はすでに5000万ドル(約50億円)を調達したが、この計画を実現させるためにはさらに多くの資金が必要である。Harveyは具体的な数字は明らかにしなかったが、SHINE社が集めなければならない1億5000万ドルよりはずっと少ないと言う。

NIDCのAtcherは、NorthStar社の計画についても、またSHINE社の計画についても懐疑的である。「詰まるところ、どちらも新設企業です。2016年といえばそんなに先のことではないのに、彼らはまだプログラムに着手するための資金集めをしているのです」。

市場の力

こうした競争の根底には、明確に答えられない疑問がある。新しい技術で製造されるテクネチウムの価格も分からなければ、原子炉を使う製造法に取って代わるほど大量のテクネチウムを製造できるかどうかも分からないのだ。「どの競争者にも、自分が負っているハンデを跳ね返せると信じるだけの妙案があるのでしょう」とMeyerは言う。しかし、医療用アイソトープの製造に興味を示していたゼネラル・エレクトリック(General Electric)社やバブコック・アンド・ウィルコックス (Babcock and Wilcox)社などの大企業は、経済的な不確実性を理由に、2012年にこの分野から撤退した。

Atcherは、原子炉を使った製造法が今後も主流であり続けると考えているが、他の人々は、もっと多様性のある未来を思い描いているようだ。TRIUMFのSchafferは、「長期的なシナリオを決めるのは市場です。医療用アイソトープ市場は、電力市場と同じなのだと思います。電力市場には、原子力発電、風力発電、水力発電、太陽光発電などがあり、その市場占有率は、エネルギー源の価格によって決まる部分が大きいです。サイクロトロン、線形加速器、原子炉で製造した医療用アイソトープにも、同じことがいえると思います」と話す。

それでは、世界の病院は、チョークリバー研究炉がアイソトープの製造を終了する2016年末の供給危機を回避することができるのだろうか? 「計算上は、他の施設がこの穴を埋めるはずです。けれども状況は刻々と変化しています」とSchafferは言う。NEAのCameronはもっと慎重で、どの原子炉や企業が生産量を増やせるかを見極められるまで、明確な答えは出ないだろうと言う。「本当に帳尻を合わせられるかどうかは、たくさんの足し算をしなければ分かりません」。

この技術を取り巻くさまざまな不確実性が、医師たちを不安にさせている。エラスムス医療センターのVerzijlbergenは、「楽観的な声が多く聞こえてきますが、本当に大丈夫と保証してくれることを示す証拠が必要です。医療従事者として、私は医療用アイソトープの安定供給に強い関心を寄せています」と話す。彼は、数年後に「テクネチウムの世界的な供給不足のため、必要な診断検査を実施することができません」と患者に告げなければならない事態に陥るのではないかと、今も心配している。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140312

原文

The medical testing crisis
  • Nature (2013-12-12) | DOI: 10.1038/504202a
  • Richard Van Noorden
  • Richard Van Noordenは、ロンドン在住のNatureのシニアレポーター。
  • ※訳註:2014年2月中旬の時点では、同社の申請が受理されたという発表はない