Author Interview

動くミオシンの撮影に成功!

古寺 哲幸氏

2010年11月4日掲載

「歩くタンパク質」といわれるミオシン分子。その動きを映像でとらえ、研究に生かそうと、独自の顕微鏡技術の改良に地道な努力を続けてきた若き研究者、古寺氏。動く姿が実際に見えた感動の瞬間から、しかし、それがNature のArticleとして掲載されるまでの道のりは、けっして短いものでも、楽なものでもなかった。

―― ミオシン分子は「歩く」のですか?

古寺氏: はい、歩きます。もちろん比喩ですけど。ミオシンは、細胞の内部のアクチンフィラメントの上を、歩くように進むのです。「歩く」運動により、細胞内の物質などを動かす働きをするので、モータータンパク質とも呼ばれます。

ミオシン分子には種類があります。例えば、ミオシンIIは筋肉の運動に関与していて有名ですね。私たちが扱っているのはミオシンV。これは細胞内で物質の運び屋(トランスポーター)として働いています。メラニン色素の入った顆粒(小胞)などを、荷物を運ぶように輸送するのですが、このときミオシンVは、後足と前足を交互に出してまるで歩くように進むのです。ミオシンVは大きい分子で、観察や測定がしやすく、しかも長距離を歩くことから、さかんに研究されてきました。

―― 歩く姿を見てみたくなりますね。

古寺氏: 私たちの研究室のホームページで、その動画が見られますよ。ミオシン分子の姿と動きを動画映像としてとらえたのは、私たちが世界初です。今回の動画は、一般の人たちの反応も大きく、大勢の人に喜んでもらえる仕事ができたのだと実感しています。タンパク質分子の動く姿がそのまま見えるというのは、専門家以外にもわかりやすく、喜んでもらえているのでしょう。もちろん、科学的にも重要なことなのです。分子の運動メカニズムの解明に利用できるのですから。

ミオシン分子の歩行運動
ミオシン分子の歩行運動
動画映像から、ミオシンの前足と後ろ足が識別でき、動き方の詳細を証明できた。ヒヨコの脳細胞から抽出したミオシン分子を使用。
ミオシン歩行運動の模式図
歩行運動の模式図
ミオシンは、アクチンフィラメント上を歩くことで、物質を輸送する。物質を荷物のようにかかえる部分はこの図では省略されている。

―― 今回の研究と動画撮影を可能にした高速原子間力顕微鏡とは、どういうものですか?

古寺氏: これまでの顕微鏡は、姿(構造)を見るか、あるいは動きを見るか、どちらかしかできませんでした。前者では電子顕微鏡が、後者では蛍光顕微鏡が使われてきたわけですが。私たちはその両方が可能な顕微鏡を作りました。それが、高速原子間力顕微鏡です。

どんな顕微鏡かというと、まず、針で分子の形をなぞる(スキャンする)ことで、その構造を映像化します。そして、スキャンを高速で繰り返すことで、映像を動画とするものです。針のサイズはナノメートルレベルで、試料表面の凹凸情報を非常に細かくトレースすることが可能です。しかも、この針は溶液中に沈めることもできるので、生体分子が機能する生理的条件下で撮影が行えるのです。もっとも、ミオシン分子が見えるようになるまで、何年も試行錯誤を繰り返し、改良を繰り返してきたのですけれど。

―― ミオシン分子の動きが初めて見えたときは、どんな気持ちでしたか?

古寺氏: それはもう、うれしかったです。ものすごく、うれしかった。ミオシンは生体にとって重要な分子ですし、動くとわかっていても、今まで誰もその動きを撮影したことがなかったわけですから。これは、インパクトのある論文が書けるなって思いました。それが2006年のことですね。それからデータを積み重ねていき、論文の形にまとめたのが2008年です。時間は、かなりかかりました。私の所属する安藤敏夫研究室では、高速原子間力顕微鏡の普及活動を行っていて、その活動のために海外へ行くことも多かったし、また、さまざまな研究室から送られてきたサンプルを顕微鏡で見るという仕事も並行して行っていましたので。

山本大輔さん(左)と古寺さん
山本大輔さん(左)と古寺さん

―― それで、ようやく論文を投稿されたのですね。

古寺氏: いえ、それが違うんです。安藤教授と相談した結果なのですが、条件を変えて、もう一度そっくり実験をやり直すことにしたのです。実は、そのとき撮影できていたミオシン分子の活性、つまりミオシン分子の歩く速度は、生体内における速度の1000分の1程度しかなかったのです。これではまずいだろうということから、ミオシン分子を置く基板を変えて実験することにしました。相当にくじけそうでしたが、仕方のないことで、また猛烈に実験しました。

新たな実験では、基板に脂質二重膜を利用しました。その上にミオシンを置いてみたところ、すぐによい結果が生まれました。ミオシン分子の歩く速度が生体内と同じレベルに上がったのです。ですから、これまで、1日に2例くらいしか撮影できなかったのが、1分間に何百例も撮影できるほどになりました。おかげで、データが増えて、信頼性がすごくアップしましたね。2008年10月のことでしたが、それから何か月間か実験に集中して、必要なデータを集めることができました。このときは、とにかくそれまで以上に一生懸命やり続けましたね。ところで、この脂質二重膜の基板は、同じ研究室の山本大輔研究員の開発したもので、山本さんにはすっかりお世話になりました。こうした基板の開発や観察条件の整備がすごく大切であることを、本当に実感しています。

―― いよいよ、Nature に投稿されて……。

古寺氏: はい。2009年10月のことです。でも、すぐには載らなかったのです。インパクトのある成果だし、推敲も重ねたし、論文には自信がありました。しかし、いきなりエディターリジェクト。紋切り型のお断り文章をもらって、かなりがっかりしました。どうしていいかわかりませんでしたね。私の周囲にはNature に投稿した経験者がいなかったので、エディターに対して粘ったりする方法もわかりません。仕方なく、次にScience にも投稿してみたのですが、これもエディターリジェクトでした。そこで、時間をかけてもう一度論文を推敲し直しました。どうしたらインパクトのある論文に仕上げることができるのだろうかと、文字通り昼も夜も考えながら。そしてその成果を、もう一度Nature に投稿したのです。2010年5月に、Letterとして。しかし、それでもまた、エディターリジェクトでした。

―― ではいったい、どのようにして掲載に至ったのですか?

古寺氏: もうダメだと思ったのですが、安藤教授が、ミオシン研究の世界的な権威の研究者に見てもらおうと、論文を送ってくださったのです。筋肉の研究で有名な方と、ミオシンVの研究で有名な方です。そうしたら、その2人とも大絶賛してくれて。そのうえ、Nature のエディターに推薦の手紙を書いてくれたのです。

今思えば、ミオシンVの運動メカニズムの研究は2000年に入って世界的に活発化し、2008年にピークを迎えていました。ですから、私たちの論文はその波に乗り遅れていて、エディターの興味を引かなかったのかもしれません。また、私たちの高速原子間力顕微鏡の手法はまったく独自なものなので、理解しにくかったのかもしれません。

とうとうエディターから、「考え直したら、確かにすごい内容です」という連絡が来て、論文をレフリーに回してくれることになりました。そこからは、とんとん拍子でした。レフリーの3人はすごく褒めてくれました。残る1人のレフリーはデータの吟味を要求してきましたが、やはり褒めてくれていたので、エディターもずっと好意的に対応してくれました。LetterでなくArticleにしましょうとも言ってもらえて。

データを吟味せよという要求には、1か月ほどかけて再実験し、論文を書き直し、再提出したときは8月になっていましたね。そして、とうとうアクセプトが出たのです。

―― うかがっているだけでも大変です。うれしかったでしょう?

古寺氏: はい。同時に、長かったなあというのが、正直な感想でもあります。最初に、動くミオシンを撮影したときから、ここに至るまで、本当に長い道のりでした。

実は、博士号の論文を含めても、これまでに3本くらいしか論文を書いたことがないのです。論文数が少ないのは、研究の性質上ということもありますが、数よりも質という安藤教授の考え方によるところも大です。今回、4本目の論文がこのようなトップジャーナルへの掲載で、本当にうれしいです。途中には、くじけそうになることも何度もありました。ジャーナルを替えようかとの思いも心をよぎりましたが、Nature で本当によかったです。

―― 成功の秘けつはなんだったのでしょうか?

高速原子間力顕微鏡(高速AFM)
高速原子間力顕微鏡(高速AFM)

古寺氏: 自分を信じてやってきて、頑張れたこと。ミオシン分子の歩く姿が見たいという思いを持ち続けたことでしょう。この気持ちは、ミオシンの研究にずっと携わってきた安藤教授の強い思いに共鳴したものです。

高速原子間力顕微鏡の開発を行っている研究者は、ほかにも世界中にいます。しかし、ほとんどは半導体検査への利用を主なものとしていて、バイオ系分野での応用開発はあまり考えていないでしょう。こういったものが見えるとも、見るための工夫をするとも、考えていなかったのではないでしょうか。それにひきかえ、安藤教授は、ミオシンの動きを見てみたいから顕微鏡の開発に着手したくらいですから、モチベーションが違います。それが顕微鏡の開発結果にも、研究成果にも表れたのだと思います。

私が大学院へ進学しようとしていたとき、安藤教授がこの顕微鏡で、ちょうど成果を表し始めたところでした。とてもおもしろそうだし、うまく使ったら、すごいことができそうだと思ったものです。それから、高速原子間力顕微鏡の開発とそれを使用した研究を続けてきましたが、この顕微鏡にはまだまだ不足しているところがあり、観察したいものもたくさんあります。これからも、もっと顕微鏡に改良を加え、方法も工夫して、いろいろなタンパク質分子の動きをみていきたいと思っています。

針(カンチレバー)、レーザー、レンズ、スキャナーなどからなる。試料ステージを含んだスキャナーは、上部にセットされる。

聞き手 藤川良子(サイエンスライター)。

Nature ダイジェスト 2011年2月号に、本研究論文を解説したNews & Views(Nature 11月4日号)の翻訳「動いているミオシン」を掲載しております。

Nature 2010年11月4日号

Article: 高速原子間力顕微鏡による歩行運動中のミオシンVのビデオ画像化

Video imaging of walking myosin V by high-speed atomic force microscopy

Nature 468, 72–76 (04 November 2010) doi:10.1038/nature09450

Author Profile

古寺 哲幸

古寺氏

金沢大学理工研究域
バイオAFM先端研究センター
助教

1997年3月 新潟県立新潟高等学校 卒業
1997年4月 金沢大学理学部物理学科 入学
2003年3月 金沢大学大学院自然科学研究科数物科学専攻(博士前期課程) 修了
2005年9月 金沢大学大学院自然科学研究科物質構造科学専攻(博士後期課程) 修了
2005年4月 日本学術振興会 特別研究員(金沢大学にて)
2007年4月 JST/CREST 研究員(金沢大学にて)
2010年4月 金沢大学理工研究域数物科学系 助教
2010年10月 金沢大学理工学研究域バイオAFM先端研究センター 助教
  現在に至る
 
2003年4月 2003年「日経BP技術賞」医療・バイオ部門受賞
2007年7月 応用物理学会JJAP論文賞受賞

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