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放射線被ばくによる生体への影響と治療法の研究を進める (石原弘)

石原 弘

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110922

日本のみならず、世界を震撼させた東京電力福島第一原子力発電所の事故。炉心溶融と圧力容器の損傷により大量の放射性物質が外部に漏れ出し、事態の深刻度は、最悪の「レベル7」と暫定評価された。放射線は人体にどのような影響を与えるのか?治療研究は進んでいるのか?放射線医学総合研究所緊急被ばく医療研究センター被ばく医療部体内汚染治療室の石原弘室長にうかがった。

––Natureダイジェスト:放射線には、どんなものがあるのでしょうか?

石原:放射線は「物質に対する透過性が高く、物質の原子をイオン化させるもの」の総称で、X線やγ線のような電磁波、電子線(β線)、中性子線、陽子線、ヘリウム原子核(α線)、炭素やネオンなどの原子を加速して得られる重粒子線など、小さな粒子から大きな粒子までが含まれます。放射線源としては、「宇宙から降り注ぐ」「自然界の放射性物質から放出される」「原子力発電所や加速器等で人工的に作られる」ものがあります。

東京電力福島第一原子力発電所の事故以来、環境中の放射線レベルが重大視されていますが、太古の地球には宇宙から強い放射線が常に降り注いでおり、大気などで放射線がある程度まで遮られるようになって、生物は海から陸へと進出できたと考えられています。なお、現在でも、ウランなどの鉱山付近では自然の放射線量がかなり多いことが知られています。

放射線に強い臓器、弱い臓器

––では、なぜヒトは放射線に弱いのでしょう?

放射線が、細胞中の物質を電離させて分解を促進するからです。おそらく、地球上の放射線量が多かった時代の生物には、放射線に対する耐性機構が発達していたと思われますが、ヒトを含む脊椎動物が繁栄したのは線量が十分に低くなってからだったので、耐性機構を失ったのでしょう。

多細胞生物の細胞分裂では、遺伝物質であるDNA(デオキシリボ核酸)を傷のない状態でミスなく複製し、新しい細胞へと受け継がせる必要があります。DNAは「ある程度の可塑性」を持つ、比較的頑丈な物質ですが、放射線を照射されたり、活性酸素などの細胞内の物質にさらされることで傷ができてしまいます。傷ができても、元どおりに修復されれば問題ないのですが、放射線量が修復能力を超えると、細胞が正常に増殖できなくなって死滅したり、がん化に向かい始めます。

被ばく線量と急性放射線障害 | 拡大する

出典: 国際原子力機関/世界保健機構1999年安全性報告書より

ヒトの場合、最も放射線に弱いのは、血球の生産工場である骨髄です。骨髄以外では、小腸粘膜や末梢血管が弱いことが知られています。逆に、骨格筋や脳神経などはかなり強いです。細胞分裂が盛んで、DNAの傷が致命的になるような細胞では放射線の影響を受けやすく、ほとんど分裂しない筋肉細胞などではDNAが傷ついたとしても生体への影響が小さいのです。

500ミリシーベルトを超える放射線被ばく(注1)では、骨髄の急性障害は貧血や免疫力の低下となって表れます。小腸については、6000ミリシーベルトを超えると、命にかかわるほどの消化機能の停止や粘膜からの出血が起きます。こうした急性障害を克服できても、DNAに傷をもった細胞が増えることになるため、白血病や固形がんなどの発症リスクが高まります。

––内外での放射線被ばくの事例と研究について教えてください。

放射線による生体障害は1895年にレントゲンがX線を発見した当時から研究されてきましたが、日本では、原爆投下後、被爆者に白血病が多く発生したことで本格化しました。1954年には、アメリカの水爆実験によってマグロ漁船(第五福竜丸)が被ばくする事件が起きました。放射線医学総合研究所(以下、放医研)は、この事件をきっかけに作られました。現在では、重粒子線によるがん治療などの先端医療技術の開発も行っていますが、被ばく治療技術の開発は現在でも大命題です。

世界的には、放射線作業の際の被ばく事故などが、1年に数件程度のペースで発生しています。JCOウラン加工工場臨界事故(1999年日本茨城県東海村)のような高線量被ばくによる死亡事故も時折発生し、さまざまな治療法が試みられています。チェルノブイリ原子力発電所事故(1986年旧ソ連)ほど重大でなくとも、無関係な市民が低線量被ばくする事例もたまに発生しており、その長期的影響については、現在も経過観察と研究が続けられています。

小腸粘膜障害の研究へ

––ご自身はどのような研究をされてきたのでしょう?

私が9歳のときに、放射線科に勤めていた看護師の叔母が骨髄性白血病を発症して亡くなったことをきっかけに、放射線に興味を持ちました。博士(薬学)取得後、三菱化成生命科学研究所を経て、1987年に放医研に着任しました。

放医研では、主に2つの研究をしてきました。1つは、放射線被ばくで発生率が増える骨髄性白血病の発症メカニズムについて。もう1つは、ヒトを対象にした、放射線被ばくに対する生体防御や応答のメカニズムの解明です。加えて2007年から、小腸の急性放射線障害の治療をめざした研究も始めました。

––この春に、小腸粘膜障害研究の成果を発表されましたね。

はい、「ナンドロロン」という男性ホルモン様の物質に、小腸の粘膜障害を改善する効果があるとわかったからです1。骨髄障害については骨髄移植が適用できるほか、抗生物質やサイトカインなどの使用が可能です。ところが粘膜細胞が破壊されて出血がとまらなくなる小腸粘膜障害については、有効な治療法がありません。将来的には、再生医療を用いた治療法が開発されるかもしれませんが、放医研では現時点で可能な治療法を模索すべきだと考えたのです。一方、欧米では、婦人科のがんへの放射線治療で起きる小腸粘膜障害が問題視されており、やはり治療法の確立が急がれています。

今回、私たちは、さまざまな市販の医薬品を用いて、大量被ばくさせたマウスの小腸粘膜障害を改善するものがないか、スクリーニングを行いました。その結果、ナンドロロンを探し当てることができたのです。ナンドロロンは、強力な男性ホルモン(テストステロン)の構造を一部変えて作られた薬で、男性の更年期障害などに使われています。代謝物による副作用が少なく、タンパク同化作用を促進させる薬効を発揮するのが特徴です。

細胞レベルでも、培養した小腸粘膜細胞に性ホルモンを加えると効果が現れ、ナンドロロンが最も強力に細胞増殖を促進することを突き止めました。詳細は明らかではありませんが、小腸粘膜細胞にはさまざまな性ホルモンに応答する能力(受容体)があり、ナンドロロンによる男性ホルモン受容体の刺激が、組織を再生するための細胞増殖に必要な遺伝子群を活性化するのではないかと考えています。

福島原発事故の影響と研究

––最後に、今回の原発事故の影響と今後の研究についてお聞かせください。

福島県での放射線被ばくによる人体への影響については、さまざまな考え方がありますが、過去の研究結果を重視するかぎり、100ミリシーベルトより低い線量での健康被害は通常は考えられません。ただし、子どもの甲状腺への影響については不明なことが多く、事故直後に放射性ヨウ素を多く取り込んだことが予想される胎児、乳児、子どもについては、長期にわたるケアがなされるべきだと思います(注2)。

牛肉や野菜などの汚染が大々的に報道されていますが、暫定基準が守られているかぎり、健康被害に至るという科学的根拠はありません。人体は生命維持のためにカリウムを必要としますが、体内に取り込まれるカリウム中には、もともと天然の放射性カリウム(40K)が一定量含まれています。体重60kgとすると、人体内に40Kが4000ベクレル含まれ(注3)、すべての細胞が至近距離から常に内部被ばくしていることになります。そのほかに、放射性炭素(14C)も2500ベクレル含まれ、国連科学委員会は2000年の報告において、これらの内部被ばくによる吸収線量を「1年当たり約0.3ミリシーベルト」と見積もっています。また、自然放射線による総被ばく線量は「1年当たり約2.4ミリシーベルト」と見積もられますので、今回の農作物による内部被ばく量はごくわずかといえます。

私自身は、内部被ばくした放射性物質の体外への排出を促進するための研究も始めており、今回の原発事故を受け、成果の社会的な還元を急がなくてはならないと感じています。

––ありがとうございました。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)

注1 シーベルトは、ヒトなどへの影響の指標となる単位となるように算出されたもの。内部被ばく、外部被ばくにかかわらず、同一シーベルトならば、同等の影響があると考える。

注2 ヨウ素は甲状腺ホルモンの成分となるため、甲状腺で選択的に取り込まれる。ただし、放射性同位体のヨウ素131の半減期は約8日と短い。

注3 1000ベクレルの40Kを大人が経口摂取した場合の内部被ばく量は、50年間で総計6マイクロシーベルトと算出される。

参考文献

  1. Ishihara, H. et al. Radiat. Res. 175:367-374 (2011)

Author Profile

石原 弘(いしはら・ひろし)

(独)放射線医学総合研究所 緊急被ばく医療研究センター 被ばく医療部 体内汚染治療室室長。1985年、明治薬科大学大学院薬学研究科博士課程修了、1985年6月より三菱化成生命化学研究所細胞分子生物学研究室特別研究員。1987年4月より、放射線医学総合研究所化学薬学研究部研究員、1992年4月より主任研究官、2006年4月より緊急被ばく医療研究センター室長、2011年4月より現職。

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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