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CERNの次の巨大加速器建設に向けた戦い

大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の相互作用点の1つで行われているCMS実験。 Credit: Piotr Traczyk/CERN

スイスとフランスの国境にある欧州原子核共同研究機構(CERN)の本部で、素粒子物理学の未来をかけた戦いが進行している。CERNのリーダーたちは、ここに地球最大の実験装置を作りたいと考えている。この実験装置は、CERNの現在の主要実験装置である大型ハドロン衝突型加速器(LHC)をはるかに超える巨大な粒子加速器で、最終的な形態での実験は2070年に始まる予定だ。

この計画は、その全てが前例がない。この加速器は、「FCC」(Future Circular Collider)と呼ばれる新型の円形加速器で、LHC(周長約27 km)の3倍以上の周長91 kmの円形の地下トンネルの中に設置される。その建設費は、少なくとも300億ドル(約4兆4000億円)に達するとみられ、LHCの約8倍の100兆電子ボルトのエネルギーで陽子と陽子を衝突させる。このような高いエネルギーを調べることで、これまでに見つかっていない粒子が見つかると期待され、宇宙の基本的な粒子と場に関する現在の最良の理論である「標準模型」の問題点を解決し、暗黒物質の正体など、物理学の最大の謎の一部を解明する可能性がある。

しかし、そうしたエネルギーに到達する技術はまだ用意ができていない。このため、計画はまず、トンネルを掘削し、技術的に比較的容易な実験装置を設置する。これは、電子とその反粒子(陽電子)を衝突させるもので、2045年ごろに実験を開始する(「CERNの巨大加速器計画」参照)。この暫定的な加速器は、ヒッグス粒子と呼ばれる粒子を多数作って調べ、自然界におけるその重要な役割を解明するためのもので、「ヒッグスファクトリー」(ヒッグス工場)と呼ばれる。実験終了後、ヒッグスファクトリーはトンネルから撤去される。

Source: go.nature.com/4TVDVSR

この2段階のFCC計画は、多くの物理学者によって支持されている。その先頭に立っているのは、CERNの機構長である物理学者Fabiola Gianottiだ。そして、2026年1月に彼女の後任として機構長に就任予定のMark Thomsonもこの計画を支持している。Gianottiは「この計画が承認されれば、FCCは自然界の法則を最も基本的なレベルで調べるために作られた、最も強力な装置になるでしょう」とNatureへのコメントの中で述べた。

しかし、20人を超える研究者への取材で、多くの研究者はFCC計画に批判的であることが分かった。FCC計画は、実現まであまりに時間がかかり過ぎる上、それに研究資源をつぎ込むことは、他のアイデアを排除することになるかもしれないためだ。

テルアビブ大学(イスラエル)の素粒子物理学者Halina Abramowiczは「問題は、標準模型を修正してくれるかもしれないし、修正してくれないかもしれない、1個のおもちゃを得るために、これからの50年を犠牲にするのを研究者たちが快く思っているかどうかです」と話す。FCC計画を批判する人たちは、CERNの指導部は、研究者たちに十分に意見を求めることなく、FCC計画を支持することを決めた、とも話す。

CERN機構長のFabiola Gianotti。2023年2月撮影。 Credit: Antonio Masiello/Contributor/Getty Images Entertainment/Getty

CERNのメンバー国の多くからの財政的貢献と、数万人の研究者の意見が関わる、こうした巨大で政治的な計画では意見の相違は避けられない(ドイツはLHCの建設時、分担金の削減要求が通らなければCERNを脱退すると脅した)。しかし、不満はこれまでにないレベルに達していると、多くの研究者がNatureに話した。

CERNのメンバー国がこの計画に資金を出すかどうかも不透明だ。ドイツは、CERN予算への拠出額をこれ以上増やすことはないと既に表明している。そして、FCC以外の計画が、FCC計画の意義を失わせてしまうかもしれない。特に中国は現在、FCCと似た装置の建設を承認するかどうかを決定しようとしている。

この欧州の巨大加速器計画に関し、2026年には明確な決定がなされるかもしれない。欧州の素粒子物理学の戦略検討作業部会は、2026年1月末までに、CERNの次の最重要計画についての結論をCERNの統治組織である理事会に提出する。その決定に左右されるのは、野心的な実験計画だけではない。数世代にわたる物理学者の職業人生、そして、21世紀の残りの素粒子物理学における欧州の役割もだ。

FCC計画が狙うもの

CERNは、第二次世界大戦後、平和のための科学を追求する取り組みの一環として設立され、それ以来、素粒子物理学研究の重要なセンターであり続けてきた。年間予算は国際協定で設定されたほぼ15億スイスフラン(約2600億円)で、24のメンバー国の他、米国や日本などの非メンバー国も資金を拠出し、国際科学協力の指針となる組織だ。

CERNはこれまでの20年近く、世界で最大で最も強力な加速器であるLHCを運営してきた。LHCは、1980年代に作られた「LEP」と呼ばれる電子・陽電子加速器のトンネルを使って作られた。CERNは、反物質、宇宙線、代替加速器技術、先端的磁石、医療応用のための同位体など、他にも多くの実験や技術開発プログラムを抱えている。

2012年、GianottiらはLHCを使ってヒッグス粒子を発見し、発表した。これはCERNの最高の発見かもしれない。ヒッグス粒子は、標準模型の要になる重要な粒子だからだ。ヒッグス粒子の発見は、宇宙全体に行き渡るヒッグス場の最初の直接的な証拠だった。他の基本粒子がなぜ異なる質量を持つのかは、それらの粒子とヒッグス場の相互作用の強さで説明される。

ヒッグス粒子は、高エネルギーで陽子同士をぶつけることによって生じた。しかし、LHCは、ヒッグス粒子発見の瞬間を超えることができていない。LHCは今のところ、暗黒物質の正体など、期待されていた発見をもたらすことはできていない。LHCを使った実験は2040年に終了する予定で、その後継装置のアイデアは2010年代から提案されていた。

標準模型は、素粒子物理学の主要な課題、例えば暗黒物質や、ヒッグス場の性質を決めている未知の機構を説明できない。しかし、現在の理論モデルでは、より高いエネルギーの陽子を衝突させることで、その答えになる新しい、非常に重い粒子を発見できるかどうかは分かっていない。

それでも、多くの研究者はFCCの建設は無駄ではないと考えている。Gianottiは「エネルギーのフロンティアを調べることは、最も短い距離で物理学の理解を深めてくれるでしょう。そしてそれが、最大スケールでの宇宙の物理学に密接に結び付いていることが分かっています」と話す。国際将来加速器委員会(ICFA)の委員長を務める、イタリア国立核物理学研究所(INFN)フラスカーティ研究所元所長の素粒子物理学者Pierluigi Campanaは「それは広々とした海のようなものです」と話す。彼は、エネルギーのフロンティアの探究を、カヌーを使って太平洋を渡り、多くの島々に定住した最初の探検家たちの冒険になぞらえた。

2段階で進めるFCCの概念は、2019年に最初に提案された。第一段階のヒッグスファクトリーで、標準模型の予言からのいくらかの逸脱が明らかになる可能性があり、それは新粒子が存在するかどうかや、新粒子がどれだけ重いかについてもヒントになる可能性がある。これは、標準模型の中心的な謎である、「ヒッグス場は、標準模型の3つの基本的な力のうち、電磁気力と弱い核力という2つの力の対称性をどのようにして破るのか」という問題に関連する。宇宙誕生直後に存在した高エネルギーでは、この2つの力は1つだった。

その後、粒子ビームを導き、集束させる、十分に強い超伝導磁石の作製方法など、必要な技術の開発で進展があり、もしも新粒子が到達可能な範囲内にあれば、第二段階のFCCを作って新粒子を発見することができるだろう。ただし、新粒子は暗黒物質の構成要素を含む可能性があるとする物理学者もいるが、多くの理論研究者たちは現在、そうした粒子はLHCで既に探索されたエネルギー領域よりもずっと軽そうだと考えている。

4兆4000億円

計画されている新型円形加速器FCC(Future Circular Collider)の想像図。 Credit: PIXELRISE via CERN

素粒子物理学者の多くは、2段階のFCC計画の加速器はどちらも意義があると賛同するが、その建設費は圧倒的だ。費用の完全な見積もりはまだない。CERNがまとめた文書によると、第一段階だけで170億ドル(約2兆5000億円)かかるとみられるという。しかし、北イリノイ大学(米国同州デカルブ)の加速器物理学者Vladimir Shiltsevらによる見積もりは、170億ドルは最小限であり、2つの段階を合わせると少なくとも300億ドルはかかり、おそらくもっとかかるだろうと結論した(T. Roser et al. J. Instrum. 18, P05018; 2023)。

物理学者たちは、将来の加速器について、これまでにいくつかの設計を提案してきた。ヒッグスファクトリーの主要な計画は数十年前から、円形の加速器ではなく、直線形の「国際リニアコライダー」(ILC)と呼ばれる加速器だった。これは、日本に建設することを想定して詳細な研究が行われた。しかし、日本政府は、その建設を承認していない。国際リニアコライダーなどの線形加速器によるヒッグスファクトリーの支持者は、線形加速器は円形加速器が行うヒッグス研究の全てが行え、より安価で、実現もより早いと主張する。ドイツ電子シンクロトロン研究所(DESY、ハンブルク)の物理学者Jenny Listは、21~33 kmのトンネルを使った装置は、FCCの第一段階の半分以下の費用しかかからないかもしれず、さらに、2つのヒッグス粒子がお互いにどのように相互作用するかも研究できる可能性があると話す。SLAC国立加速器研究所(米国カリフォルニア州メンロパーク)の理論物理学者Michael Peskinは、「2つのヒッグス粒子の相互作用の研究は、FCCでは直接的には行えないでしょうが、ヒッグス場の性質を理解するためには不可欠である可能性があります。線形加速器は作り方は分かっているし、費用はほどよく、しっかり準備すれば、LHCでの実験が終わる頃には実験を始めているでしょう」と話す。

物理学者たちによると、線形加速器と円形加速器はそれぞれ、強みと弱みがある。FCC計画の支持者は、線形のトンネルは、ヒッグスファクトリーとしての目的を終えた後には使い道がないと話す。しかし、Listは、線形加速器は後にトンネルを延長することによってアップグレードできると反論する。さらに、線形トンネルは、米国が主導する「低温銅コライダー」など、現在開発中の先端技術の1つを使うことで、将来の線形加速器に使える可能性がある。低温銅コライダーは、線形加速器の新しい概念で、同様の性能の装置と比べて電力消費を大きく減らすことができる可能性がある。

Abramowiczは、特に円形加速器では電力消費が増えるとみられることを指摘して、「線形ではなく、円形のヒッグスファクトリーを作る理由は全くありません」と話す。また、一部の研究者は、FCCが物理学の課題を解明するためにふさわしい道具であるかはまだ分からないのだから、将来世代の科学者たちをお金のかかる計画に2070年まで、さらには2070年以降も閉じ込めてしまうよりも、多数の選択肢を調べる方が良いと提案する。CERN理事会の一員で、オーストリア科学アカデミー(ウィーン)の物理学者Jochen Schieckは「私の孫たちに1つの研究プログラムを押し付けることはとても不当なことだと思います」と話す。

多くの物理学者にとって、FCCを選ぶ説得力のある理由は、LHC実験に伴って数が膨らんだ1万5000人の研究者や研究支援スタッフを支え続けることができるということだ。それが、多くの研究者が円形加速器を支持する本当の理由だとAbramowiczは話す。円形加速器は、4つの独立な「相互作用点」で衝突を行わせることができる。各相互作用点には、データを生み出す巨大な検出器が設置され、数千人の物理学者の共同作業が必要になる。一方、線形加速器が一度に行える実験は1つだけで、実験に関わる物理学者の数も少ない。

早く高エネルギーに

次の巨大陽子加速器が2070年まで完成しないとみられることで、懸念を抱く研究者たちもいる。彼らが現役の研究者である間に新たなエネルギー領域を見ることはないことを意味するからだ。CERNは、高いエネルギーにより早く到達できる可能性のある高度な加速器技術の研究開発に総力を挙げて取り組むべきだと話す者もいる。これは、FCCに必要な磁石の研究も含まれるが、電子のより重い仲間であるミュー粒子のビームを衝突させるなどの、新しいが未実証のアイデアを取り入れることを意味している。

英国の科学技術施設審議会の元会長であるJohn Womersleyや、ウィスコンシン大学マディソン校(米国)のLHC物理学者Tulika Boseら、一部の研究者たちは、より高いエネルギーの装置をできる限り早く開発すべきだと考えている。

Womersleyは、LHCの運転期間を短くして2035年までとし、LHCに割り当てられていた資金を使ってFCCの第二段階のための技術を開発することを提案した。Boseは、ヒッグスファクトリーを完全に省略することを提案する。

これに対してCERNのスポークスパーソンは、「LHCを改良した『高ルミノシティーLHC』で得られるデータは、若手研究者たちにとって、素晴らしく、エキサイティングで、教育的なものになるでしょう」と話す。そして、もしも全てが計画通りに進めば、改良型LHCの実験終了と、2040年代半ばの電子・陽電子加速器の実験開始との間は数年しかないはずだと話す。

分かれる解釈

空から見た加速器建設予定地。大きい円は周長91 kmの円形トンネルが掘削される可能性のある場所。その内側にジュネーブの町がある。左側の小さい円が現在のLHC。青い線が国境で手前側がフランス、奥がスイス、左奥の湖面はレマン湖。 Credit: CERN

FCC計画に対する批判は、CERNが計画を公にする前に研究者たちに十分に意見を聞かなかったこと、そして、CERNがFCCの実現可能性研究につぎ込んだ資金と人的資源が、先端加速器研究などの他の研究プログラムへの投資よりも大きかったことだ。

2020年に発表された、欧州の素粒子物理学研究の戦略をまとめた重要な文書(欧州戦略文書)をどう読むかに関しても意見の隔たりがある(go.nature.com/4hrjmqpを参照)。欧州の素粒子物理学者らは5~7年に一度、欧州の素粒子物理学とCERNの未来戦略について話し合い、方針をまとめた文書を作成している。このため、CERN理事会によって任命され、Abramowiczが会長を務める戦略検討作業部会が2020年1月、各国の素粒子物理学者らを集めた会合をドイツのバートホンネフで開いた。2020年の欧州戦略文書はその議論を踏まえて発表された。

なお、この会合では、ドイツ政府の代表者が物理学者たち(Gianottiを含む)に、ドイツは新しい巨大加速器に資金面で貢献する余裕がないと非公式に告げたと、その場にいた研究者たちは話す。ドイツのこの方針は2024年に公になった。

この欧州戦略文書に書かれていることは結局、2段階FCC計画への支持が欲しい者と、FCC以外の代替計画への支持が欲しい者との不明瞭な妥協だった、という研究者もいる。欧州戦略文書は、線形加速器を除外しないまま、ヒッグスファクトリーを「最高の優先事項」として挙げ、さらに他の優先事項についても述べたものの、順位付けはしなかった。他の優先事項には、第一段階がヒッグスファクトリーである可能性のある、CERNでの将来のハドロン(陽子など)加速器の実現可能性の研究、将来の加速器のための技術開発を増やすことが含まれた。

Schieckや、かつてCERN理事会の一員だったマックス・プランク物理学研究所(ドイツ・ガーヒング)の物理学者Siegfried Bethkeなど、CERNの戦略検討プロセスに関与した一部の研究者は、この文書は、(円形ではない)代替デザインのヒッグスファクトリーの可能性を残しておき、2段階FCCについては、その実現可能性を調べるべきだとだけして、最高の優先事項としないように注意深く書かれたという。文書は、2070年になってようやく実現する2段階計画という、CERNの指導部が追い求めてきた選択肢そのものを明確に支持することはしなかった。CERNは、線形加速器という選択肢を調べることにもっと多くの努力を、高度な加速器技術の開発にもっと多くの資源を注ぐことができたはずだと、彼らは話す。

Listや、パドバ大学(イタリア)の素粒子物理学者Donatella Lucchesiら、FCC計画に批判的な研究者たちは、CERNは2070年完成のFCC計画にあまりに重点を置き過ぎないようにという警告をGianottiは無視してきたと、話す。英国素粒子物理学諮問委員会の委員長を務めている、ロンドン大学ユニバーシティカレッジ(UCL、英国)の素粒子物理学者Ruben Saakyanは、「これまで推し進められてきているのは、まさに現在の機構長の構想だと素粒子物理学者コミュニティーの内部にいる人たちは言っています」と言う。

また一部の研究者は、素粒子物理学者コミュニティーの外部に対して統一された姿勢を示すため、FCCを支持するようにという圧力を感じたと、Natureに話した。よく言われるように「言い争っている科学者たちに研究資金は出ない」からだ。スイス連邦工科大学ローザンヌ校の素粒子物理学者で、2013年に行われた欧州戦略の検討で議長を務めた中田達也(なかだ・たつや)は、「それは、物理学者たちが合意に達しているときは正しい態度です。しかし、選択肢を議論している間は、それは少し危険な態度で、異なる意見を抑圧するためにも使われる可能性があります」と話す。

Gianottiは、批判に直接答えることはせず、CERNの進行中の研究開発を強調し、CERNはFCC、線形加速器、ミュー粒子加速器などの「さまざまな加速器の選択肢」の研究に取り組んでいると述べた。またGianottiは、CERNは線形加速器、強磁場磁石、代替加速器技術などの重要な領域の研究に投資していると、話す。

CERNのスポークスパーソンは批判に対して、2020年の欧州戦略文書をまとめた作業を挙げて、「(素粒子物理学者の)各国のコミュニティーは、将来の加速器の優先すべき選択肢について意見を述べるように求められてきました」と話す。CERNによると、FCCの実現可能性研究にCERNが使ったのは1億1300万スイスフラン(約190億円)だという。スポークスパーソンは「CERNが何年にもわたって線形加速器研究に投資してきた資源は、FCCに投資した資源のほぼ3倍であることを考慮すべきでしょう」と付け加えた。

そして、GianottiやFCCを支持する研究者は、FCCの実現可能性研究は、欧州戦略文書に従って進めていると話す。LHCで実験を行っている、ロンドン大学ユニバーシティカレッジの物理学者Jonathan Butterworthは、「CERNは欧州戦略文書が指示した通りにやっています」と話す。彼は同文書を共同執筆した。

2019年から2021年のCERN理事会議長だった、フランス国立科学研究センター(CNRS)とエコール・ポリテクニーク(フランス・パリ)に所属する物理学者Ursula Basslerも、「もちろん、CERNの予算は限られています。欧州戦略文書はFCCを明確な優先事項に設定しました」と話す。

Basslerらは、CERNは指導力を示す必要があり、研究者の意見は聞いていると反論する。Basslerは「科学研究の運営は、猫を駆り立てるのに少し似ています。ポッと浮かぶアイデアはたくさんありますが、大きな計画を進めたかったら、ある時点で人々を整列させて強引に推し進めなければならない。これがFCCを支持する人たちがしたことです」と話す。

FCCの実現可能性研究の中間報告は、2024年2月にまとめられたが、公開されなかった。CERNによると、CERNは深さ200 mの地下トンネルに関する地質を調べ、最適なトンネル経路をスイスのジュネーブの南に設定したという。実現可能性研究の最終報告書は2025年3月末にまとまる予定で、費用の詳細な見積もりと資金調達計画を含む予定だ(訳註:報告書は同年3月末に発表され、第一段階の費用は150億スイスフラン[約2兆6000億円]で、その大部分はCERNの年間予算で賄われるとした)。

中国の影

そうしたCERNの検討の背景にあるのが、中国政府は間もなく、2段階FCC計画に似た巨大加速器計画を承認するかもしれないということだ。周長100 kmの円形電子・陽電子加速器計画が2025年、中国政府の判断に委ねられ、同国の次の5カ年計画に盛り込まれる可能性がある。そうなれば建設は2027年に始まる可能性があり、約10年で完成するだろう。計画を推進する研究グループが2024年6月に発表した報告書は、その費用を364億元(約7300億円)と見積もったが、Shiltsevは、その見積もりはおそらく少な過ぎると話す(J. Gao Radiat. Detect. Technol. Methods 8, 1–1105; 2024)。

この加速器は、FCCの第一段階と同様にヒッグスファクトリーになるだろう。この計画でも、高性能な超伝導磁石が開発されれば、後に陽子・陽子加速器が作られ、CERNの計画で予想されているエネルギーと同程度のエネルギーに到達するだろう。この2024年の報告書は、陽子・陽子加速器の建設の始まる時期は最も早い場合は2050年ごろとした。

Natureの取材に応じた研究者らは、CERNがFCCを支持した決定をすることは避けられないとみている。2026年のある時点で、建設資金が確保される前でも、理事会はその方針を公にする可能性がある。Peskinは、「FCCをCERNの優先的な計画に定め、資金はその後に確保しよう、と表明せよという大きな圧力が理事会に加わるだろうと私は思います」と話す。

しかし、それはFCCが本当に建設されることを意味するわけではない。FCC計画の支持者たちは、メンバー国の分担金を約12%増やすことによって建設費の一部を確保したいと考えている。しかし、Bethkeは「それは到底不可能でしょう。私たちの社会が多くの困難に直面している現在、各国の財務省がそろって分担金の大きな増額に賛成するとは思えません」と話す。

たとえ、メンバー国が分担金を増額したとしても、FCC計画の建設費は数十億スイスフラン(1スイスフランは約170円)不足するだろう。フランスとスイスが、高額の資金を用意してくれるかもしれないと期待する研究者は多い。これは、建設地の地方経済に効果があるとして正当化されるかもしれない。誰もが同意する最も破滅的なシナリオは、数年の建設の後に資金がなくなり、完成前に計画が中止になることだ。これは1990年代に米国の超伝導超大型加速器(SSC)計画で実際に起こった。SSC計画では、建設に20億ドルが費やされた後、米国議会が1993年に計画の中止を決めた。

CERNの検討が続き、また、一部にはLHCが2012年以来、新しい基本粒子を見つけていないこともあり、一部の物理学者たちは、ニュートリノなどの他の粒子や、重力波などの他の分野の研究に移った。研究分野の変更は、不確かな状況が長引けば加速するだろうと心配する研究者は多い。特に、LHCでの実験の終了から新加速器の実験開始までの期間が長くなったら、そうなるだろう。

LHCで実験を行っている、ソルボンヌ大学(フランス・パリ)の素粒子物理学者Vava Gligorovは、「科学者コミュニティーとして、私たちは価値あるものと見なされていると信じたいのです。それをばらばらにすることには慎重であるべきです」と話す。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2025.250740

原文

The biggest machine in science: inside the fight to build the next giant particle collider
  • Nature (2025-03-20) | DOI: 10.1038/d41586-025-00793-x
  • Davide Castelvecchi
  • 英国・ロンドンを拠点とするNature記者