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ノックアウトマウスのライブラリー完成まであと一息

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110918

原文:Nature (2011-06-16) | doi: 10.1038/474262a | Mouse library set to be knockout

Elie Dolgin

全遺伝子をそれぞれ破壊したノックアウトマウスのライブラリーを構築する国際プロジェクトが、いよいよ佳境に。

ES細胞系列から作り出された変異マウスは、ヒト疾患の解明に役立ってくれるだろう。 | 拡大する

WELLCOME LIBRARY, LONDON

ヒトゲノムプロジェクト以降で最大の国際的な生物研究プロジェクトが、いよいよ大詰めに入った。2006年に北米とヨーロッパで始動したこのプロジェクトは、マウスのゲノムにある2万個余りの遺伝子をそれぞれ無効化(ノックアウト)した細胞系列のライブラリーを作り、研究者に提供できるようにすることをめざしている

開始からすでに5年の歳月と1億ドル(約80億円)以上が費やされているが、今、作業のペースがしだいに速くなっている。ヘルムホルツセンター・ミュンヘン(ドイツ)の発生遺伝学研究所所長で、プロジェクトのヨーロッパ地域のリーダーの1人でもあるWolfgang Wurstは、「プロジェクトはあと3年以内に完了するでしょう」と話す。

「このライブラリーは、マウス遺伝学の研究者はもちろんのこと、哺乳類の生理学に関心を持つすべての研究者や企業、さらには、より優れた医薬品の設計や医療の構築を考えるあらゆる研究者に、多大な恩恵をもたらすでしょう。これは過去1世紀の科学史の中で、最も重要な生物研究資源の1つです。決して大げさな表現ではありませんよ」と、英国医学研究会議(MRC)の哺乳類遺伝学部門(ハーウェル)主任であるSteve Brownは言う。

これまでは、特定の遺伝子がかかわるヒト疾患のモデル動物として、遺伝子操作によって対象遺伝子を欠損させたマウスを作り出すのに、通常、数年を費やしていた。時間も労力もかかる大変な作業だったのだ。また、作業がすべて終わり、ノックアウトマウスが完成しても、それをほかの研究者と共有することは、いろいろな問題があり簡単にはできなかった。そこで設立されたのが国際ノックアウトマウス・コンソーシアム(IKMC)である。IKMCの目的は、ノックアウト操作が可能なすべての遺伝子をそれぞれ欠損させたマウス胚性幹細胞(ES細胞)系列のライブラリーを作製し、そして、詳しい研究をしようとする研究者らにそれらの細胞を提供することである。

その実現に一役買う新しい技術が、最近、Natureに報告された(W. C. Skarnes et al. Nature 474, 337–342; 2011)。毎月数百個の遺伝子を高精度で操作できる「ハイスループット遺伝子ターゲッティング・パイプライン法」という技術だ。これを開発したのは、ウェルカムトラスト・サンガー研究所(英国ヒンクストン)のBill SkarnesとAllan Bradleyである。彼らサンガー研究所チームは、ドイツおよび米国の研究者と共同で、すでにマウスES細胞の遺伝子を9000個以上不活性化した。順調に進めば、今後2、3年で7500個以上の遺伝子をノックアウトできるだろう。「現在、ノックアウト細胞系列の作製ペースはピークに達しています」とSkarnesは話す。

サンガー研究所チームのライブラリーにある特注のノックアウトマウスには、それぞれ、「条件的対立遺伝子」が加えられている。この挿入された対立遺伝子を認識する酵素を適当な時期に加えることで、マウス生体のすべての部位、また発生・発育のすべての時点で、対象とする遺伝子を機能しないようにできる。このおかげで、欠損させると発生途中でマウスが死んでしまうような遺伝子でも、調べることが可能になったのだ。

「これは実にすばらしい成果です」と、マニトバ大学(カナダ・ウィニペグ)の遺伝学者で、IKMCカナダ地域のリーダーであるGeoff Hicksは言う。「この論文のおかげで、ノックアウトマウス作製の技術に革新的な手法が導入され、達成不可能だと思われていた難題を乗り切ることができたのです」。

この国際プロジェクトでは、条件的手法以外の方法で、さまざまな研究グループが数千個余りの遺伝子を不活性化している。米国テキサス州、カナダ、ドイツの研究者らは、ターゲッティング法(基本的にDNA相同的組み換えを利用)でなく、遺伝子トラップ法という、マーカー遺伝子を組み込んだトラップベクターを導入して遺伝子を破壊する方法で、1万2000個近い遺伝子を変異させた。また、米国ニューヨーク州タリータウンに本社のあるRegeneron Pharmaceuticals社は、小さい遺伝子に効果の高い技術で、約3500個の遺伝子を特異的に標的にしてノックアウトした。しかしながら、この技術は、マウスでは条件的ノックアウト法よりも柔軟性がやや劣る。「こうした手法は補完的なものです」と、Regeneron社のゲノム工学技術のシニア・ディレクターAris Economidesは話す。「今回の新技術は、エンドユーザーのために力を十分発揮してくれるでしょう」。

これまでのところ1万7000個ほどの遺伝子がノックアウトされており、残りは3000個余りである。しかし、サンガー研究所チームは、遺伝子トラップ法で破壊した遺伝子の大半を、条件的ターゲッティング法によるノックアウトで置き換えたいと考えている。なぜなら、ターゲッティング法のほうが、個々の遺伝子をより高い精度で操作できるからだ。

すでに、得られた約1000のES細胞系列から変異マウスが作り出されており、米国、カナダ、ヨーロッパにあるIKMCの保管庫には、毎月、数百件もの新しい注文が来ている。次の課題は、破壊したそれぞれの遺伝子本来の機能を調べることだ。この目標達成のため、米国立衛生研究所は2010年、国際マウス表現型解析コンソーシアム(IMPC)に2011年からの5か年計画で1億1000万ドル(約88億円)を提供し、IKMCの変異マウス約2500系統を特徴解析することを表明した。もし、この第一期が成功に終われば、さらに1億1000万ドル(約88億円)を注ぎ込んで5000系統の特徴解析をする計画だ。

「マウスの遺伝子ノックアウトは、マウスの全遺伝子のそれぞれの機能を突き止めるという難儀な課題に比べれば、まだ簡単ですよ」と、テキサスA&M社保健科学センター(米国ヒューストン)の遺伝学者Richard Finnellは語っている。

(翻訳:船田晶子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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