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ビッグバン直後の原子核反応を地下で測定

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210239

原文:Nature (2020-11-12) | doi: 10.1038/d41586-020-03117-3 | Primordial element production studied beneath a mountain

Brian D. Fields

ビッグバンの数秒後に起こった重要な原子核反応のこれまでで最も正確な測定結果が、イタリアの地下深くで行われた実験で得られ、宇宙の構成要素の知識が精密化された。

グランサッソ国立研究所内部の一角。2018年5月撮影。 | 拡大する

Stefano Montesi - Corbis/Corbis via Getty Images

宇宙論研究者は、現在の宇宙の観測結果から宇宙の歴史を推測し、宇宙の最初期に働いたエキゾチックな物理学の情報を収集しようと努めている。宇宙の歴史において非常に重要な時期が、ビッグバン元素合成の時期だ。ビッグバン元素合成は、最も軽い元素たちの原子核を作った過程であり、ビッグバンの約1秒後に始まった。この時期は、既知の物理法則が実験的に探ることが可能な「化石」を残した、最も早い(宇宙の始まりに近い)時期だ1。イタリア国立原子核物理学研究所(INFN)のViviana Mossaらは、ビッグバン元素合成に関する私たちの理解をより精密にする、原子核反応測定結果をNature 2020年11月12日号210ページで報告した2。この測定により、宇宙の「普通の物質」の量を正確に見積もることが可能になり、初期宇宙の理解が深まるだろう。

宇宙は膨張している。私たちは今日、これを銀河の組織的な後退に見る。銀河は時間とともに散らばり、まばらになっている。現在の宇宙は温度も低い。現在の宇宙は、宇宙マイクロ波背景放射と呼ばれる熱放射で満たされているが、放射の温度は3ケルビン(K)弱だ。しかし、時間をさかのぼっていくと、宇宙の密度は高まり、温度は上昇し、宇宙の粒子はより高いエネルギーを持ってより激しく衝突する。宇宙が40万歳だった時点までさかのぼると、宇宙は高温で、原子は結合したものとして存在できず、電離して自由な電子と原子核のプラズマを形成する。そしてビッグバンの約1秒後では、温度は非常に高く、原子核は構成物質である中性子と陽子に分かれていた。この状態からビッグバン元素合成が起こった。

ビッグバン元素合成が始まったとき、宇宙は粒子の熱いスープであり、中性子と陽子は光子とニュートリノの大群の中にいた1。宇宙が膨張して冷えると、中性子と陽子は結合し、まず、重水素(デューテリウム)と呼ばれる水素の重い同位体を形成した。重水素の原子核は、1個の陽子と1個の中性子からなる。重水素はその後、一連の反応によってヘリウム3原子核に、最終的にヘリウム4原子核に変換される。ビッグバンから約3分後には、宇宙は約75%の通常の水素原子核と、25%のヘリウム4と、わずかな重水素、ヘリウム3、リチウム7から成り立っていた。だからビッグバンは、宇宙の最も豊富な2つの元素(水素とヘリウム)の起源であり、軽い元素だけを作った。リチウム7よりも重い元素は、ずっと後になって初代星の死の際にできた。

宇宙論研究者と天文学者は、ビッグバン元素合成の理論モデルをテストするため、宇宙の軽い元素を観測し、その原始存在量(宇宙の初期の存在量)を推測している。そうした観測で、ヘリウム4の原始存在量の割合は25%であることが確かめられた3。遠い宇宙の重水素の測定はさらに重要な情報を与える4。水素の存在量に対する重水素の存在量の比は、バリオン物質(中性子や陽子からなる通常の物質であり、つまり、周期表にある全ての物質)の宇宙の密度に敏感に依存するからだ。重水素測定から推測されたバリオン密度は、宇宙マイクロ波背景放射の測定5から独立に得られた値と一致する。

ビッグバン元素合成モデルをより精密に検証する競争の中で、重水素の原始存在量の測定は1%の精度を達成した4。ビッグバン元素合成理論を使って重水素の原始存在量が予測されているが、測定の不確かさは予測の不確かさよりもずっと小さい6。予測の不確かさの大部分は、ビッグバン元素合成における重要な原子核反応の断面積(つまりは反応率)の実験的な測定精度に由来する。特に、重水素原子核と陽子が結合してヘリウム3原子核と光子が生じる反応の反応率の測定精度に由来する(図1)。

図1 原始の原子核反応の精密測定
ビッグバンから約1秒後、宇宙は、中性子と陽子を含む、粒子の熱いスープだった。これらは、一連の反応で結合して軽い元素の原子核を形成した。ビッグバン元素合成と呼ばれる過程だ。Mossaらは、反応の1つ、陽子が重水素(陽子と中性子からなる、水素の重い同位体)と結合し、ヘリウム3原子核と光子を生じる反応の反応率の測定を行った2。この実験は、測定を妨げる背景シグナルを作る可能性のある宇宙線を締め出すため、地下1km以上にある、イタリアのグランサッソ国立研究所で行われた。このため、今回の新たな測定はこれまでで最も正確であり、その結果から、ビッグバン元素合成の理論モデルが、宇宙の通常の物質(バリオン物質)の観測された存在量を正確に予測することが確かめられた。 | 拡大する

この反応率のこれまでに報告されたデータは、ビッグバン元素合成に関する粒子エネルギーでは少なかった。そして理論計算は、これらのデータに基づく反応率の見積もりは、系統的に低かった可能性があることを示した7。もしもそうなら、既存データに基づいたビッグバン元素合成予測による重水素存在量の計算は不正確だったことになる。ビッグバン元素合成モデルで予測された重水素存在量と、観測で得られた値との違いは、初期の宇宙で未知の物理法則が働いていたことを示している可能性がある。このため、宇宙論を前進させるためには、重要な原子核反応の反応率を測定する、決定的な実験が必要だ。Mossaらの研究は、この課題に取り組んだ。

この原子核反応の反応率を正確に測定する際の厄介な問題は、宇宙線が実験室を照射することにより、背景シグナルが生じ、観測結果をかき消してしまう可能性があることだ。Mossaらは、イタリアのアペニン山脈の地下1km以上にあるグランサッソ国立研究所で実験を行うことにより、この背景雑音を取り除いた。彼らは、粒子加速器を使い、陽子ビームを重水素標的に当て、ビッグバン元素合成に伴う粒子エネルギーで、またその周辺のエネルギー値で、ヘリウム3生成反応を起こさせた。

この努力は報われた。反応率の測定の不確かさは、9%から3%未満に減った。この結果、(反応率の測定結果を用いた)理論的なビッグバン元素合成予測を、重水素観測で達成された精度に近い精度へ改善することができた。さらに、測定された反応率は、関連する粒子エネルギーでの以前の少ない実験データから得られた値より高く、理論計算から予測された値よりは低かった7。この結果は、重水素観測の結果と、そうした理論計算に基づくビッグバン元素合成予測との対立を和らげ、不一致を説明するために未知の物理学の存在を提案する必要性は少なくなった。

探査機WMAPが観測した、宇宙マイクロ波背景放射の温度ゆらぎの全天地図 | 拡大する

NASA/WMAP Science Team

Mossaらの成果は、ビッグバン元素合成と、宇宙論のあらゆる分野に長く影響するだろう。彼らのデータから、宇宙のバリオン量のさらに精密な決定が可能になり、彼らは現在の全エネルギー密度の4%と報告した。これは、宇宙マイクロ波背景放射から独立に得られた値と1%のレベルで一致する6。この一致は、宇宙論の基本的な理論的枠組みの成功を示す。物理学の既知の法則を宇宙の観測と組み合わせれば、「宇宙の映画」を宇宙がわずか1秒歳だったときまで逆回転させ、宇宙が高温のビッグバンで始まったことを示すことができるのだ。

この目を見張る成功は、今度はビッグバン元素合成の時代よりもさらに早い時期の宇宙の研究を刺激するだろう。その基礎にある物理学はまだよく分かっていない。ビッグバンから1秒未満では、宇宙は、粒子加速器を使ってでは到達できない高エネルギーに達する。だから宇宙は「貧者の加速器」になるかもしれない。つまり、宇宙の最初期に作用したエキゾチックな物理学についての情報を、天文学観測で集めることが可能になる。

さらに、ビッグバン元素合成モデルによると、通常の物質は現在の宇宙の4%なので、残り96%は目に見えない暗黒物質と暗黒エネルギーだと推測できる。その正体は分かっていない。もしもこうした暗黒成分が、ビッグバン元素合成で作られた軽い元素の存在量に影響するなら、ビッグバン元素合成モデルの予測を観測と一致させるため、暗黒成分もモデルで正確に考慮する必要があるだろう。だから、ビッグバン元素合成の研究は、宇宙の暗黒面を知るのに役立つ可能性がある。

今後、ビッグバン元素合成は、2020年代を通してエキサイティングな研究テーマであり続けそうだ。重水素の原始存在量の、予測と観測の一致はさらに精密に検証されるだろう。宇宙マイクロ波背景放射の将来の測定により8、初期の宇宙のバリオン密度、ヘリウムと宇宙粒子の存在量、エネルギー量はさらに正確に決定されるだろう。その結果は、ビッグバン元素合成の新たな検証を可能にするか、あるいは、ビッグバン元素合成理論と共に使われたときに最も潜在力を発揮するだろう。また、科学者を困惑させているリチウムの宇宙存在量の理解にもつながるかもしれない9

(翻訳:新庄直樹)

Brian D. Fieldsは、イリノイ大学(米国)の天文学科と物理学科、および同大学宇宙先端研究イリノイセンターに所属。

参考文献

  1. Pitrou, C., Coc, A., Uzan, J-P. & Vangioni, E. Phys. Rep. 754, 1–66 (2018).
  2. Mossa, V. Nature 587, 210–213 (2020).
  3. Aver, E., Olive, K. A. & Skillman, E. D. J. Cosmol. Astropart. Phys. https://doi.org/10.1088/1475-7516/2015/07/011 (2015).
  4. Cooke, R. J., Pettini, M. & Steidel, C. C. Astrophys. J. 855, 102 (2018).
  5. Planck Collaboration. Astron. Astrophys. 641, A6 (2020).
  6. Fields, B. D., Olive, K. A., Yeh, T.-H. & Young, C. J. Cosmol. Astropart. Phys. https://doi.org/10.1088/1475-7516/2020/03/010 (2020).
  7. Marcucci, L. E., Mangano, G., Kievsky, A. & Viviani, M. Phys. Rev. Lett. 116, 102501 (2016).
  8. Abazajian, K. et al. Preprint at https://arxiv.org/abs/1907.04473 (2019).
  9. Fields, B. D. Annu. Rev. Nucl. Part. Sci. 61, 47–68 (2011).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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