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ネアンデルタール人のDNAがCOVID-19の重症化リスクを高める

ヤムドク湖(標高4441m)周囲で暮らすチベットの人々。ネアンデルタール人由来の遺伝子がこうした高地での生活を可能にしたと考えられる。 Credit: Wang He/Getty Images News/Getty

COVID-19への取り組みでは、症状の程度に個人差がある理由を解明することが1つのカギになっている。2020年6月に発表された研究では、長さ5万ヌクレオチドのDNAセグメント(ヒトゲノムの0.002%に相当)がCOVID-19の重症化や入院と強く関連することが明らかにされた1。そのDNAセグメントがネアンデルタール人から受け継がれたものであることを、マックス・プランク進化人類学研究所(ドイツ・ライプチヒ)およびカロリンスカ研究所(スウェーデン・ストックホルム)のHugo Zebergと、マックス・プランク進化人類学研究所および沖縄科学技術大学院大学(沖縄県国頭郡恩納村)のSvante Pääbo2が、Nature 2020年11月26日号の610ページで明らかにした。このことにより、重症化しやすい人がいる理由の1つが明らかになり、さらにはヒトの進化生物学に新たな知見がもたらされる。

ゲノム中で互いに近接しているDNA配列は一緒に受け継がれる(連鎖する)ことが多い。そのため、そうしたDNAの固まり(ハプロタイプ)には、密接に連鎖したバリアント(集団内の個人間で異なるDNA配列やヌクレオチド)が含まれる。例えば、上述のCOVID-19重症化のリスクハプロタイプ1は、5万ヌクレオチドの配列の全体にわたって、98%以上の確率で一緒に受け継がれているバリアントを有している。このような長いハプロタイプは、正の選択の結果なのかもしれない。ヒトの生存や生殖成功の都合に寄与したために、ゲノム中に維持された可能性があるのだ。さらにそれは、デニソワ人やネアンデルタール人などの旧人種との混血によってもたらされた可能性もある。

現代人のゲノムの約1~4%はそうした古い近縁種に由来している3。維持されている旧人遺伝子の多くは現代人にとって有害であり、生殖能力の低下や高い疾患リスクと関連付けられている4。しかし、有益なものもわずかにある。例えば、EPAS1と呼ばれる遺伝子のデニソワ人様のバリアントは、現代のチベット人が極端な高地での生活に対処するのに役立っており5、ネアンデルタール人の遺伝子には、疼痛感受性を高めているもの6やウイルスから身を守るのに役立っているもの7もある。

COVID-19重症化のリスクハプロタイプが旧人からもたらされたのかどうかを調べるため、ZebergとPääboは、この領域を世界各地の旧人ゲノムのオンラインデータベースと照合した。その結果、この領域は、約5万年前に現在のクロアチアに住んでいたあるネアンデルタール人の当該ゲノム領域に近い一方、既知のどのデニソワ人ゲノムとも近縁ではないことが明らかになった。

次にZebergとPääboは、ネアンデルタール人由来のこのハプロタイプが現代人集団内にどれだけ広がっているかを調べた。すると、東アジア人とアフリカ人にはほとんどあるいは全く認められず、ラテンアメリカ人と欧州人では低い頻度(それぞれ4%および8%)で維持されていることが分かった。対照的に、南アジア系の人々にはこのハプロタイプが30%の頻度で存在し、バングラデシュ系では37%にも上った(図1)。

図1 COVID-19の重症化に関連する遺伝的リスク因子の不均一な世界的分布
ZebergとPääbo2は、COVID-19の重症化や入院と関連する長いDNA配列がネアンデルタール人に由来していることを明らかにした。その配列は現代人集団の間で不均一に分布している。この地図は、世界各地のさまざまな集団にそのリスク因子がどれだけの頻度で見られるかを示している。各集団の塩基配列解読データは1000ゲノムプロジェクトによって収集された10(参考文献2のFig. 3を改変)。

これによりZebergとPääboは、特定の集団ではネアンデルタール人由来のこのハプロタイプがCOVID-19重症化リスクの大きな一因になっているのではないかと考えた。その仮説は英国国家統計局の病院データ8によって支持される。同国のバングラデシュ系の人々のCOVID-19による死亡率が、一般集団の2倍に達することが示されているのだ(ただし、こうした統計にはもちろん他のリスク因子が寄与していることも考えられる)。

なぜ、一部の集団ではこのハプロタイプが維持されてきたのだろうか? ZebergとPääboは、他の古い病原体から身を守っていたために、世界各地の特定集団で正の選択を受けた9のではないかと考えている。しかし、SARS-CoV-2感染では、そうした旧人の遺伝子が引き起こす防御免疫反応が過度に攻撃的となり、COVID-19が重症化する人々に見られる命に関わりかねない免疫反応を生じているのかもしれない。結果として、過去には生存に有益だったのではないかと考えられるハプロタイプが、今は逆効果になっている可能性がある。

このリスクハプロタイプと臨床転帰には相関はあるが、個人のCOVID-19重症化リスクは遺伝学だけで決まるわけではない。ヒトの遺伝子とその起源は、COVID-19(および他の感染症)の発症と進行に間違いなく影響を与えるが、疾患の転帰には環境因子も大きな役目を果たす。

例えば、アフリカ系の人々にはネアンデルタール人由来のこのリスクハプロタイプがほぼ全く存在しないが、地理的、社会経済的因子に関する調整を行っても、彼らは他の人種的背景を持つ人々よりもCOVID-19の死亡率が高い(go.nature.com/3jcxezx[Demographicsのタブ]およびgo.nature.com/2h4qfquなどを参照)。COVID-19の死亡リスクに関して、社会的不平等とその影響は、ネアンデルタール人由来のDNAよりも大きな要因となっているように思われる。

我々の祖先の遺伝的遺産が現在のパンデミックで責を負っているかもしれない、と考えることには興味をそそられる。しかし、受け継がれたDNAがウイルスに対する体の反応に与える根源的な影響は明らかにされていない。COVID-19宿主遺伝学イニシアチブ(www.covid19hg.org)が進めているような、多様な集団に属するさらに多くの個人を解析することによって遺伝学とCOVID-19の病態との関連を研究する現下の世界的取り組みは、原因解明をさらに進めるのに役立つと考えられる。COVID-19の病態に関与する遺伝子は受け継がれているかもしれない。しかし重要なのは、我々に制御できることは社会的因子と行動(ソーシャルディスタンスの確保やマスクの着用など)であり、それによって感染リスクが効果的に抑制可能であると認めることだ。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2021.210244

原文

Neanderthal DNA highlights complexity of COVID risk factors
  • Nature (2020-11-26) | DOI: 10.1038/d41586-020-02957-3
  • Yang Luo
  • Yang Luoは、ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)に所属。

参考文献

  1. The Severe Covid-19 GWAS Group. N. Engl. J. Med. 383, 1522–1534 (2020).
  2. Zeberg, H. & Pääbo, S. Nature 587, 610–612 (2020).
  3. Green, R. E. et al. Science 328, 710–722 (2010).
  4. Sankararaman, S. et al. Nature 507, 354–357 (2014).
  5. Huerta-Sánchez, E. et al. Nature 512, 194–197 (2014).
  6. Zeberg, H. et al. Curr. Biol. 30, 3465–3469 (2020).
  7. Enard, D. & Petrov, D. A. Cell 175, 360–371 (2018).
  8. Public Health England. Disparities in the Risk and Outcomes of COVID-19 (PHE Publs, 2020).
  9. Browning, S. R., Browning, B. L., Zhou, Y., Tucci, S. & Akey, J. M. Cell 173, 53–61 (2018).
  10. The 1000 Genomes Project Consortium. Nature 526, 68–74 (2015).