地球マントル内の融けた岩石の分布を解明
Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210138
原文:Nature (2020-10-22) | doi: 10.1038/d41586-020-02925-x | Melt mapped inside Earth’s mantle
地球の上部マントル内の融けた岩石(メルト)の位置と量が、地震波データの分析で分かった。この研究結果は、メルトの位置や量と地球のプレート運動が関係していることを示唆している。
地震波は、地球の大部分で、深く進むほど速度を増す。よく知られた例外は、深さ約2900kmにある、岩石のマントルと液体の外核の境界だ。地震波速度が遅い、もう1つの領域は、低速度層と呼ばれ、プレートの直下にある。この領域では、地震波の速度が突然、最大で10%低下する1。速度の低下は多くの要因で起こるため、この領域の起源については議論が続いてきた。リヨン大学(フランス・ビルールバンヌ)のEric Debayleらは、もう1つの観測可能量である地震波の減衰(エネルギー散逸)の測定と地震波速度の測定を組み合わせることにより、低速度層はマントルの部分溶融と考えるのが最も可能性の高い説明だということを示した(Nature 2020年10月22日号555ページ)2。
地球のプレートは、マントル内で起こっている強い対流の、熱的な境界層と力学的な境界層の両方になっている。他の岩石惑星も固い外層(リソスフェア)を持つが、地球は運動するプレートを持つ点で珍しい。プレートの運動は、低粘性層の存在によって助けられていると考えられている。低粘性層はアセノスフェアと呼ばれ、プレートはその上で容易に滑ることができる(図1)。低速度層がアセノスフェア(深さ約60~300km)と一致する深さに見られるという事実は、両者の因果関係を示唆する。しかし、低速度層は地球のあらゆる場所に存在するわけではない可能性があり、主に海洋プレートの下で見つかってきた。
地球のプレートの運動(白い矢印)は、アセノスフェアと呼ばれる低粘性層によって促進されると考えられている。この図に示したのは、大陸プレートの下へ押される海洋プレートと、中央海嶺での2つの海洋プレートの分離だ。これらのプレートはそれぞれ、リソスフェア(固い外層)と地殻からなる。低速度層は、地震波の速度が上下の層での速度よりも低い領域だ。この領域は、リソスフェアとアセノスフェアの境界近くにあり、主に海洋プレートの下にある。Debayleらは、低速度層の最も可能性の高い説明は、融けた岩石(メルト)の存在だということを示した2。メルトはおそらく、メルトのない領域に埋め込まれた薄い層に集まっている5。 | 拡大する
低速度層の観測は、1950年代にまでさかのぼる3。当初は、融けた岩石(メルト)の存在を使って、低速度層の低い地震波速度と力学的弱さの両方が説明された。しかし、この15年間、この解釈は疑問視されてきた1。メルトの生成と抽出の推定速度を考えると、観測された地震波速度の低下をもたらすために必要とされたメルトの量は、大き過ぎて力学的に安定ではない可能性があるからだ4。この矛盾は、メルトのないマントル領域の中に埋め込まれた薄い層にメルトが集まっているなら解消するかもしれない5。あるいは、低速度層は、沈み込みプレート(それにより、海洋プレートはマントルの中に沈む)からの水の放出によってや6、結晶粒界(鉱物の結晶粒の間の界面)に沿った熱活性化変形によって生じるのかもしれない1。
地震波は地球の中を進むとき、エネルギーを失い続ける。この減衰は、一部には、地震波の幾何学的広がりと、マントル中の水平方向や垂直方向の大きな構造変化による地震波の散乱で起こる。しかし、減衰のかなり大きな成分は、地震波を伝える媒質が固有の擬弾性(加えられた応力に対する材料の変形の遅れ)を持つことの結果だ。擬弾性は、主に内部摩擦(例えば結晶粒界に沿う内部摩擦)によって生じ、地震波の速度と振幅の両方の低下につながる。上部マントルの温度と圧力では地震波速度の低下はかなり大きくなり、擬弾性効果だけで低速度層を作るのに十分かもしれないと示唆する研究もある(例えば参考文献7を参照)。
地震波の減衰はクオリティーファクター、Qで決まる。ここでQ-1は地震波1周期ごとのエネルギーの損失の割合を表す。地震波速度とQの測定を組み合わせることは、低速度層のさまざまな仮説を検証するための強力な研究手段になる8。ある深さと地震波周波数で、地震波速度は、温度、化学組成、メルトの割合の変化に敏感だが、Qは、散乱の寄与は限定されていると仮定して、温度によってだいたい決まるからだ。化学組成を固定して温度を変化させ、Qを地震波速度の関数として理論モデルで計算することができる。もしも観測された地震波速度が、観測されたQから予測された速度と異なるなら、温度以外の要因が地震波速度に寄与しているにちがいない。
Debayleらは、表面波(地球表面の近くを進む振幅の大きな地震波)を使い、地球全体の深さ100〜300kmについて、地震波速度とQを同時に制限した。彼らは、観測された地震波速度とQの変動は、温度変化、水、結晶粒変形、主要元素の組成、結晶粒の選択配向では同時に説明することはできないが、マントルの部分溶融では説明できることを示した。同様の推論は、欧州での地域的な研究8と、太平洋の南東端に沿って走る中央海嶺である東太平洋海嶺9の地域的な研究で行われた。Debayleらは、この種の推論的な分析を全地球規模に広げた。彼らの研究の強みは、地震波速度とQのモデルは、同じ初期データセットから得られ、その解像度とモデル化技術は同じであり、両モデルは互いに完全に調和することだ。
Debayleらは、分析をさらに一歩進め、メルトの割合の3次元での分布を求め、地球全体のメルトモデルを与えた。このモデルは、大陸の下にメルトがないことを明らかにし、さらに、プレートが最も速く動いているところでメルトの割合が最も高いことを示して、プレート運動は下にあるアセノスフェアの弱さによって強められるという考えを支持した。Debayleらのモデルにおける海洋の下にあるメルトの割合は、一部の力学的予測よりも大きいが1,4、Debayleらは、それらの予測におけるメルトの移動と蓄積の速度を定めるパラメーターの制限は不十分だと主張する。
メルト分布の信頼性は、計算の基礎にある前提の信頼性、特に、水は地震波周波数での地震波速度やQに影響しないという前提や、メルトは地震波速度にのみ影響するという前提に依存する。前者の前提は、マントルの圧力よりも低圧でのかんらん石(上部マントルで最も豊富な鉱物)の実験結果に基づいていて10、マントルの圧力や、複数の鉱物の集まりの中での水の振る舞いは異なっている可能性はある。メルトのQへの影響も不確かだ。さらに、ある温度でのQの計算は、活性化エネルギー(減衰を引き起こすために必要な最小エネルギー)や結晶粒サイズなど、多くのパラメーターを含んでいるが、こうしたパラメーターのデータは限られている11。
これらの不確かさはあるものの、Debayleらは徹底して現在利用可能な最も強い拘束条件を使っており、彼らの今回の結果は、地球の基本的な力学の理解を一歩進めるものでエキサイティングだ。鉱物の減衰パラメーターを制限するための実験室実験は今後も続き、地震計は高密度に配置されていく。将来の研究は、さらに正確さを増しつつ、マントルのメルトを解明するだろうと期待できる。
(翻訳:新庄直樹)
Laura Cobdenは、ユトレヒト大学地球科学科(オランダ)に所属。
参考文献
- Karato, S.-I. Earth Planet. Sci. Lett. 321–322, 95–103 (2012).
- Debayle, E., Bodin, T., Durand, S. & Ricard, Y. Nature 586, 555–559 (2020).
- Gutenberg, B. Physics of the Earth’s Interior (Academic, 1959).
- Hirschmann, M. M. Phys. Earth Planet. Inter. 179, 60–71 (2010).
- Kawakatsu, H. et al. Science 324, 499–502 (2009).
- Richards, M. A., Yang, W.-S., Baumgardner, J. R. & Bunge, H.-P. Geochem. Geophys. Geosyst. 2, 2000GC000115 (2001).
- Goes, S., Armitage, J., Harmon, N., Smith, H. & Huismans, R. J. Geophys. Res. 117, B12403 (2012).
- Cobden, L., Trampert, J. & Fichtner, A. Geochem. Geophys. Geosyst. 19, 3892–3916 (2018).
- Yang, Y., Forsyth, D. W. & Weeraratne, D. S. Earth Planet. Sci. Lett. 258, 260–268 (2007)
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- Faul, U. & Jackson, I. Annu. Rev. Earth Planet. Sci. 43, 541–569 (2015).