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張力のかかった細胞の代謝が速い理由

ヒトの皮膚細胞(線維芽細胞)の共焦点顕微鏡画像 赤く染まっているのがアクチン(青は核、緑はチューブリン)。 Credit: vshivkova/iStock/Getty Images Plus/Getty

細胞や組織の張力は、生物の発生や恒常性の維持に重要な役割を担っている1。細胞の増殖、移動、分化など、張力によって調節される過程は、エネルギー要求性が高い。そのため、細胞の張力が細胞代謝も調節すること2は、おそらく驚くことではない。だが、その正確な仕組みは分かっていなかった。このほどテキサス大学サウスウェスタン医療センター(米国ダラス)のJin Suk Parkら3は、細胞を取り囲む細胞外マトリックス(ECM)の硬さが、アクチンと呼ばれる繊維状の細胞タンパク質の再編成を促進して、グルコースからエネルギーを産生する重要な代謝経路である解糖を増強する機構を明らかにし、Nature 2020年2月27日号621ページで報告した。また、この経路の変化が、肺腫瘍におけるグルコース代謝の上昇4につながる仕組みも示した。

細胞はインテグリンなどの膜貫通型受容体タンパク質を介してECMの変化を感知し1、これが、細胞の形を決定する細胞骨格として知られる、アクチンとミオシンというタンパク質繊維のネットワークの変化の引き金になる。例えば、インテグリンは、硬いECMに応答して、フォーカルアドヒージョンと呼ばれる接着斑を組み立て、この周囲にαアクチニンなどの足場タンパク質が集合する1。次にこれらのタンパク質は、ストレスファイバーと呼ばれる、アクチン繊維とミオシン繊維が方向性を持って密に配置されたケーブル状の構造への組み立てを促進する。

Parkらは、この過程について検討を行うために、呼吸の際に機械的変化にさらされる、ヒト肺の上皮細胞を用いた。予想どおりに、培養ディッシュの柔らかい基質面上に置かれた細胞は、ディッシュ全体に広がったり、アクチンストレスファイバーの組み立てを行ったりしないことが分かった。しかし、これらの細胞は、硬い基質面上に置かれた細胞と比較して、解糖の減少と一致するいくつかの分子の発現低下を示した。

解糖において律速の役割を果たしているのは、ホスホフルクトキナーゼ(PFK)という酵素である。細胞が柔らかい基質面上に置かれた場合に、PFKの全てのアイソフォームのレベルが低下していることが分かった。しかし、このような細胞でPFKレベルを上昇させても解糖は正常に回復せず、機械的合図によってPFK遺伝子の転写が変化し、解糖を調節するという考えとは反する結果となった。

そこでParkらは、柔らかい基質面上でのPFKの喪失はタンパク質分解によるものであると仮定した。この分解の主要な経路には、E3ユビキチンリガーゼと呼ばれる酵素が関与している。E3ユビキチンリガーゼは、タンパク質にユビキチン分子をタグ付けすることで、そのタンパク質をプロテアソームと呼ばれる分子装置によって分解させる。Parkらの仮定と一致して、柔らかい基質面上の細胞で、プロテアソーム活性を阻害する、あるいはPFKのユビキチン化に必要なリシン残基を変異させると、PFKのPFKPアイソフォームのレベルが回復し、解糖が増強された。

次にParkらは、データベースを用いてPFKP分解を仲介するE3ユビキチンリガーゼを検索し、TRIM21が有望な候補であることを突き止めた。そしてこのことを、TRIM21をコードする遺伝子に変異を導入する実験を行って確認した。また、ミオシンあるいはアクチンのレベルを操作すると、細胞内でのTRIM21の局在が変化することを見いだした。さらにTRIM21がストレスファイバーと結合していることも実証した。これらのデータから、細胞外の硬さに応答して、TRIM21が細胞骨格のアクチンによって隔離されて不活性化し(従ってPFKP活性が維持されて)、解糖が促進されることが示唆された(図1)。この知見は、変異型αアクチニンを用いてアクチン束化を増加させると、アクチンの周りのTRIM21レベルが上昇することが観察されたことで確認された。

図1 がん細胞ではなく、正常細胞において変化を引き起こす力
Parkら3は、細胞を取り囲む細胞外マトリックス(ECM)の張力がグルコース代謝(解糖)能を支配する経路を明らかにした。
a 正常な肺細胞が柔らかいECMに囲まれている場合、構造タンパク質アクチンの繊維状の形態(f-アクチン)は束を形成せず、タンパク質TRIM21は活性がある。TRIM21は、解糖酵素であるホスホフルクトキナーゼ(PFK)にユビキチン分子(Ub)を付加し、分解のためのタグ付けを行う。これによってPFKが分解され、解糖能が低下する。
b 対照的に、正常な肺細胞が硬いECMに囲まれている場合、ストレスファイバーの密な束(アクチンと、別のタンパク質であるミオシンで作られている)が組み立てられ、TRIM21が捕捉される。これらの繊維は、がんを促進するがん遺伝子を発現するように改変された肺細胞でも形成されるが、この場合はECMの硬さには関係がない。TRIM21が捕捉されると、PFKの分解が防止され、解糖能が高くなる。

ECMの構成や変化がグルコース代謝を調節する仕組みを示す証拠が増えてきているが5,6、今回のParkらのデータもその1つとして追加できる。Parkらのデータは、肥満の人に見られる、代謝機能が障害されている脂肪過多の乳房組織での異常なグルコース調節を説明する可能性もある。というのは、このような乳房組織では間質と呼ばれる結合組織が硬いことが多い7からである。Parkらの研究は、細胞骨格の構成を解糖に結び付けた別の研究8や、細胞間の力を利用して細胞代謝を上昇させる仕組みを示した研究9に一致し、さらに拡大したものである。

Parkらの最も説得力のある観察の1つは、腫瘍で異常に高レベルの解糖が見られる10理由を、張力を介したTRIM21の隔離で説明できる可能性があることである。Parkらの計算による偏りのない評価から、肺がん患者の組織ではPFKPのレベルが高いことが示された。そこで、肺腫瘍で過剰発現していることが多い、がん促進タンパク質の一部を発現するようヒト肺細胞株を改変すると、増殖させた培養基質面に関係なく、正常な肺細胞よりもPFKPレベルが一貫して高いことが分かった。対照的に、健康な肺組織ではPFKPのレベルはさまざまであり、Parkらが用いた正常肺細胞株も、基質面の硬さの変化に応答してさまざまなPFKPレベルを示した。

腫瘍では、線維形成反応(desmoplastic response;DR)、つまり、腫瘍ECMの構成要素の産生やリモデリング、架橋の亢進が起こることが多く、DRによって間質が硬くなる線維化と呼ばれる組織の瘢痕形成過程が引き起こされる。DRは腫瘍細胞の増殖、生存、浸潤を促進する11。このことから、硬い腫瘍ECMが張力によって誘導されるアクチンの束化を促進して、TRIM21の隔離やPFKPの安定化を引き起こすことで、制限のない解糖が促進されると考えられる。この仮説が正しければ、線維化を防ぐ治療は腫瘍細胞の代謝を正常化することが期待される。

しかし、このような戦略の臨床での結果は期待を裏切るものであった12。この結果の説明の1つとしては、多くの腫瘍細胞ではRho GTPアーゼやROCKの酵素活性が上昇していて13,14、アクチンフィラメントの組み立てが促進されたり、アクチン-ミオシンの張力の上昇を引き起こすがん遺伝子(RasやEGFRなど、がん促進タンパク質をコードする)13,14が過剰発現していたりすることがある。従って、細胞はおそらくECMの状態に関係なくストレスファイバーを形成していたと考えられる。実際にParkらは、がん遺伝子に変異がある肺がん細胞を柔らかい基質面上で増殖させると、細胞は顕著なアクチンストレスファイバーを維持するだけでなく、TRIM21の発現低下、PFKPレベルの上昇、高い解糖能も示すことを報告している。

最後にParkらは、腫瘍細胞での異常に高い解糖が、TRIM21遺伝子の発現を増加させるだけで正常化できることを示した。この知見から、タンパク質分解を刺激する化合物、リガーゼ活性を増強する化合物、アクチン繊維の組み立てを低下させる化合物が、同様に腫瘍の解糖を正常化することが示され、従ってこれらの化合物が新しい抗腫瘍療法となり得ることが示唆された。おそらくこの治療法は、少なくともTRIM21あるいは類似のE3リガーゼが変異していない腫瘍において(いくつかのE3リガーゼの変異は腫瘍抑制あるいは腫瘍プログレッションのどちらかに関与することが示されている15)、腫瘍細胞の張力を低下させることで、あるいはすでに臨床開発されているROCK阻害剤で患者を治療することによって、確立されるだろう。実際に、ROCK阻害とEGFR阻害は、スフェロイドと呼ばれるin vitroの3D腫瘍構造の増殖形質と浸潤形質を抑制でき、in vivoの動物モデルでさまざまなタイプのがんのプログレッションを防ぐことができる13,14,16

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2020.200535

原文

Tension in tumour cells keeps metabolism high
  • Nature (2020-02-27) | DOI: 10.1038/d41586-020-00314-y
  • Nadia M. E. Ayad & Valerie M. Weaver
  • Nadia M. E. Ayad & Valerie M. Weaverは、Nadia M. E. Ayadは、カリフォルニア大学サンフランシスコ校およびバークレー校(米国)の大学院生で、現在、カリフォルニア大学サンフランシスコ校に所属、Valerie M. Weaverは、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)に所属。

参考文献

  1. Butcher, D. T., Alliston, T. & Weaver, V. M. Nature Rev. Cancer 9, 108–122 (2009).
  2. Zanotelli, M. R. et al. Mol. Biol. Cell 29, 1–9 (2018).
  3. Park, J. S. et al. Nature 578, 621–626 (2020).
  4. Vander Heiden, M. G. & DeBerardinis, R. J. Cell 168, 657–669 (2017).
  5. Sullivan, W. J. et al. Cell 175, 117–132 (2018).
  6. Bertero, T. et al. Cell Metab. 29, 124–140 (2019).
  7. Seo, B. R. et al. Sci. Transl. Med. 7, 301ra130 (2015).
  8. Hu, H. et al. Cell 164, 433–446 (2016).
  9. Bays, J. L., Campbell, H. K., Heidema, C., Sebbagh, M. & DeMali, K. A. Nature Cell Biol. 19, 724–731 (2017).
  10. Pickup, M. W., Mouw, J. K. & Weaver, V. M. EMBO Rep. 15, 1243–1253 (2014).
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  13. Samuel, M. S. et al. Cancer Cell 19, 776–791 (2011).
  14. Paszek, M. J. et al. Cancer Cell 8, 241–254 (2005).
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  16. Laklai, H. et al. Nature Med. 22, 497–505 (2016).