News

オフターゲット効果を低減したCRISPR–Cas9系新技術

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200125

原文:Nature (2019-10-21) | doi: 10.1038/d41586-019-03164-5 | Super-precise new CRISPR tool could tackle a plethora of genetic diseases

Heidi Ledford

CRISPR–Cas9系の遺伝子編集では、想定外の編集も行われることが課題となっていたが、このほど、それを大幅に抑えた改良技術が開発された。

「プライム編集」という手法により、CRISPR-Cas9の精度が格段に向上することが見込まれる。 | 拡大する

JUAN GAERTNER/SCIENCE PHOTO LIBRARY/Science Photo Library/Getty

遺伝子編集は、CRISPR–Cas9の登場でゲノムを簡単に改変できるようになり、この編集ツールは大流行している。とはいえ、CRISPR–Cas9系はまだ粗削りで、エラーや意図せぬ作用(オフターゲット効果と呼ばれる)が起こりやすく、標準的なCRISPR–Cas9系でのオフターゲット効果の抑制は大きな課題となっている(2018年9月号「CRISPR法は想定外のDNA再配列を引き起こす」参照)。そうした中、ゲノム編集の制御能力の向上を可能にする新たな方法が編み出された。「プライム編集(prime editing)」と名付けられたその新しい方法では、予測できない雑多な変化を生じることなく、狙った編集結果だけが得られるようになるという。これは、特に遺伝子治療の開発に重要と考えられる。プライム編集に基づく遺伝子治療により、安全性の向上が見込まれるからだ。この成果は、Nature 2019年12月5日号149ページで発表された。

プライム編集は、実行可能な編集の多様性も高いとみられることから、これまでの遺伝子編集ツールでは対応できなかった多くの遺伝病の治療に利用されるようになる可能性がある。今回の論文の筆頭著者であるブロード研究所(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の化学生物学者David Liuは、米国立衛生研究所のClinVar(ヒトゲノムの多様性と関連する疾患に関するデータベース)に登録されている7万5000個以上の疾患関連DNAバリアントの9割近くで、プライム編集が解決の役に立つのではないかと推測している。

プリンストン大学(米国ニュージャージー州)でDNA修復と遺伝子編集を研究するBrittany Adamsonは「まだ日が浅いですが、現時点での成果は申し分ないと思います」と話す。「多くの研究者が使うようになるでしょうね」。

マサチューセッツ大学医学系大学院(米国ウースター)の分子生物学者Erik Sontheimerによれば、プライム編集では、CRISPR–Cas9で実行可能な巨大DNAの挿入や削除はできないと考えられるため、定着した既存の編集ツールと完全に置き替わることは考えにくいという。これまでのCRISPR–Cas9系ツールでは、挿入したい配列をDNAの状態で反応液に加えるのに対し、プライム編集では、修正用のテンプレートはRNAであり、ガイドRNAとつながっている、というのがその理由だ。RNA鎖は、長くなるほど細胞内の酵素に傷つけられやすくなるのだ。「今後もまだ、編集のタイプごとに異なる種類のゲノム編集プラットフォームが必要とされるでしょう」とSontheimerは語る。

しかし、プライム編集は、他の種類のCRISPR系と比較して精度と汎用性が高いようだ。CRISPR系にはDNAの1文字を別の1文字に変えることができる改変版があり、さらにはジンクフィンガーヌクレアーゼのような旧式のツールもあるが、いずれもそれぞれの狙った編集に合わせて調整するのが難しい。

制御による自由

CRISPR–Cas9とプライム編集は、どちらもゲノム中の特定の部位でDNAを切断することによって作用する。CRISPR–Cas9はDNAの2本鎖を一度に切断し、切り口のつなぎ直しと編集の実行は細胞自身の修復システムに委ねられている。しかし、その修復システムは、切断部位で意図しないDNA文字の挿入や削除を行うことがあり、信頼性が低い。そのため、制御不能の雑多な編集による差異が細胞間で生じ得る。

それに、編集内容を指定するテンプレートを仕込んでも、多くの細胞のDNA修復システムは上述のような小規模な無作為の挿入や削除を迅速に行うため、ゲノムに特定のDNA配列が挿入される頻度は低い。CRISPR–Cas9を利用してDNAの一部分を思いどおりの配列で上書きするのが難しいのはそのためだ。

プライム編集は、そうした問題を回避している(「正確なエディター」参照)。この方法でもCas9を利用して特定のDNA配列を認識するのだが、そのCas9酵素は一方のDNA鎖だけを切るように改変されている。そして、逆転写酵素と呼ばれる別の酵素が、ガイドRNAによって切断部位へ導かれ、この酵素がガイドRNAにつながっているテンプレートからDNAを作り、それが切断部位に挿入される。DNA鎖を同時に2本とも切断しないということは、細胞のゲノム修復システムという制御不能な機構に依存しなくて済むということであり、既存の遺伝子編集ツールでは容易に対処することができない変異に起因する遺伝病にも、治療法開発の道を開く可能性があるのだ。

正確なエディター
プライム編集は、差し替えたい配列をゲノムDNA に直接挿入することにより、ゲノムの意図せぬ変化の数を減少させる。これは、修正の実行を細胞の修復システムに委ねるCRISPR‒Cas9とは対照的だ。 | 拡大する

Liuやその他の研究者たちはかつて、ゲノムに対して実行しようとする各種の修正(挿入や削除、DNA文字の置換など)のそれぞれに対応する専用の遺伝子編集ツールを開発する必要があるのだろうと考えていた。それに、正確な置換を行うことは不可能ではなかったが、利用できる編集ツールの選択肢は限られていた。

プライム編集と肩を並べる精度のCRISPR系ツールには、Liuらが開発した「塩基編集(base editing)」がある。この技術は、DNAの2本鎖を切断することなく、DNAの1文字を別の1文字へ化学的に変換し、TをAに変えたりGをCに変えたりする。それはCRISPR–Cas9にできることではない。塩基編集は、最も多い型の鎌状赤血球貧血を含めて、1文字の変異に起因する遺伝病の修正には利用可能と考えられる(2018年1月号「4種の塩基置換に対応した『一塩基エディター』」参照)。

しかし、複数文字の変異が原因の遺伝病では役に立たない。その一例であるテイ・サックス病は、典型的にはHEXA遺伝子に4文字のDNAが挿入されて生じる疾患で、命に関わることが多い。そこでLiuらは、専用の系を作らずともさまざまなタイプの編集を行える柔軟性と制御能力を備え、かつ精度の高い遺伝子編集ツールの開発に乗り出した。

Sontheimerは「素晴らしいツールです」と話す。「導入可能な変異のタイプが広がったことは、とても大きな進歩です」。

Liuら、そして他の研究チームは今後、プライム編集がどれだけ的確に働くかを、さまざまな細胞や生物で慎重に評価する必要があるだろう。「今回の論文は、生物のDNAを任意の部位で修正できるようになりたいという長年の生命科学的欲求に終止符を打つものではなく、その始まりにすぎないのです」とLiuは語る。

(翻訳:小林盛方)

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度