ペロブスカイト太陽電池が直面する現実
長崎のハウステンボスにある「変なホテル」は、未来的な技術を試すことに躊躇がない。同ホテルはロボットが従業員として働く世界初のホテルとして2015年に開業したが、ロボットコンシェルジュの仕事ぶりが一部の顧客に不評だったことと、コスト減につながらなかったことから、最近、ロボットの数が減らされ、自動化の範囲が縮小されている。しかし、「変なホテル」は現在、もう1つの注目の次世代技術を試している。2018年12月から敷地内に、曲面の薄い壁のような形状の太陽電池を配置し、看板照明用の電源として使用しているのだ。この太陽電池はポーランドのスタートアップ企業サウレテクノロジー社(Saule Technologies)のもので、ペロブスカイトという材料でできたマイクロメートル単位の薄さの膜を利用している。科学的な関心から研究されていたペロブスカイトは、わずか10年で太陽光発電の未来を担う期待の新材料になった。
過去18カ月間にペロブスカイト太陽電池が研究室の外に飛び出ていった国は日本だけではない。サウレテクノロジー社は、ワルシャワ本社の近くにあるオフィスビルの壁面にもペロブスカイト太陽電池を設置した。この分野をリードする英国の企業オックスフォードPV社(Oxford PV)は、ドイツのブランデンブルク・アン・デア・ハーフェルにある試作品生産設備で試験運用を行っている。中国企業のマイクロクオンタ・セミコンダクター社(Microquanta Semiconductor)とワンダーソーラー社(WonderSolar)は、それぞれ浙江省杭州市と湖北省鄂州市で野外試験を行っている。エレクトロニクス巨大企業からスタートアップまで、世界の10社以上の企業が、ペロブスカイト太陽電池を近日中に発売したいと考えているという(「ペロブスカイト太陽電池を開発中の企業」参照)。BCCリサーチ社(BCC Research;米国マサチューセッツ州ウェルズリー)のアナリストMargareth Gagliardiによると、この他に数十社がペロブスカイト太陽電池の材料の製造に関わっているという。
ペロブスカイト太陽電池を開発中の企業 | ||||
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企業名 | 本社所在地 | 設立時期 | 目指している商品 | 実績 |
Energy Materials Corporation | 米国ニューヨーク州ロチェスター | 2010年 | ロール・ツー・ロール方式で被覆したペロブスカイト単独セル | 非開示 |
フロンティア・エナジー・ソリューション(Frontier Energy Solution) | 韓国蔚山 | 2016年 | 柔軟と硬質(ガラス基板上)のタンデム型セル | 非開示。目標は225cm2モジュールで変換効率20% |
マイクロクオンタ・セミコンダクター(Microquanta Semiconductor) | 中国浙江省杭州市 | 2015年 | 硬質のガラス基板上ペロブスカイトセル | 17.3cm2の「ミニモジュール」で効率17.3%の世界記録。野外試験中。1000cm2以上の大型モジュールを目指す。 |
オックスフォード PV(Oxford PV) | 英国オックスフォード | 2010年 | ペロブスカイト-シリコンの硬質のタンデム型セル。シリコン製造メーカーと提携して独自にセルを製造。 | 1cm2のタンデム型セルで効率28%を達成。年内に実用スケール(243cm2)で27%を達成する予定。野外試験中。より大型のモジュールを目指す。 |
サウレテクノロジー(Saule Technologies) | ポーランド・ ワルシャワ | 2014年 | 印刷による柔軟な軽量ペロブスカイト単独セルを2021年に商業生産 | 小型セルでの変換効率17%。100cm2のモジュールでは変換効率10%。野外試験中。 |
積水化学工業 パナソニック 東芝 |
大阪 大阪 東京 |
歴史ある企業 | 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の産学官連携プロジェクトの一部。 積水化学工業: 2020年に柔軟なセルを発売予定。 パナソニック: 硬質なペロブスカイトセルを開発。 東芝: 屋根の上に設置できる軽量モジュールを2025年に発売予定 |
積水化学工業: 900cm2のモジュールの野外試験で変換効率8〜10%。 パナソニック: 6.25cm2のセルで変換効率20.6%、412cm2のモジュールで変換効率 12.6%。 |
ソラロニクス(Solaronix SA) | スイス・オボンヌ | 1993年 | ペロブスカイト太陽電池モジュール。最初は建物に埋め込む | 1cm2のセルで変換効率14.9%、100cm2のモジュールで変換効率12%。 |
ソライアンス(Solliance) | オランダ・アイントホーフェン | 2010年 | 知識・技術を提供する複数企業が提携した合弁会社でペロブスカイト単独およびタンデム型セルを開発 | 0.1cm2のガラス基板上ペロブスカイトで変換効率19.6%、シリコンセルとのタンデム型で変換効率27%。 |
スウィフトソーラー(Swift Solar) | 米国コロラド州ゴールデン | 2017年 | 柔軟なペロブスカイト–ペロブスカイトタンデム型 | 非開示 |
タンデム PV(Tandem PV) | 米国カリフォルニア州パロアルト | 2016年 | ペロブスカイト–シリコンタンデム型セル | 非開示。約225cm2のセルを開発中。 |
ワンダーソーラー(WonderSolar) | 中国湖北省鄂州市 | 2016年 | 硬質ガラス上の安価なペロブスカイト | 100cm2のモジュールで変換効率12.5%。3600cm2のモジュールを実証。野外試験中。 |
現在10社以上がペロブスカイト太陽電池の実用化を目指している。 SOURCES: REF. 1/NREL |
過去数十年間の太陽電池産業を支配していたのはシリコン結晶の板だった。CIGS〔銅(Cu)、インジウム(In)、ガリウム(Ga)、セレン(Se)の4種類の元素を原料とする化合物〕やCdTe(テルル化カドミウム)などの薄膜太陽電池の材料は、従来型の太陽電池に匹敵する効率や低価格を実現するのが難しく、市場の5%未満しか獲得できていない(2014年9月号「『にがり』で太陽電池製造過程の安全性が向上」参照)。けれどもペロブスカイトを使うことで、別の結果がもたらされる可能性がある。ペロブスカイトは安価に製造することができ、かなり高い効率で太陽光を電気に変換できるようなのだ……少なくとも実験室では。
しかし、この技術を強く支持する人々でさえ、ペロブスカイト太陽電池セルが急速にシリコンに取って代わるだろうとは思っていない。むしろ一部の企業は、シリコンの上に安価なペロブスカイト結晶を積層させて、どちらかを単独で使う場合より多くの太陽エネルギーを電気に変換する「タンデム型」装置の開発を試みている。例えばオックスフォードPV社は、最上位の実用ソーラーパネルの1.2倍の変換効率のタンデム型デバイスの開発を行っており、2019年中の実現を目指すとしている。この技術が業界全体に広がれば、太陽電池パネルの年間の合計発電量も1.2倍になるだろう。同社の最高技術責任者のChris Caseは、今後も改良は続くはずだと言う。そうなれば、現時点では世界の電力の2%しか供給できていない太陽電池技術は、もっと大きな割合を占めるようになるだろう。「世界は、可能な限りの太陽エネルギーを欲しているのです」とCaseは言う。
一方、サウレテクノロジー社やその他の企業は、プラスチックをペロブスカイト薄膜で被覆した、軽量で柔軟な太陽電池の開発を目指している。こうした装置の発電効率はそれほど高くないものの、自動車やボート、航空機や弱い構造の屋根の上、巻き上げ可能な太陽電池ロールスクリーン、太陽電池パネルを兼ねた船の帆など、ガラス基板上の太陽電池パネルがその重さのために使えなかった場所で使うことができる。
しかし、この新素材には、解消する必要のある根本的な疑問がいくつかある。シリコンパネルは雨や風や強烈な日差しや凍てつく寒さに25年間耐えることができるが、ペロブスカイトの耐久性は不明である。また、ほとんどのペロブスカイト装置は鉛を含むため、毒性の不安もある。さらに、実験室で記録された高い変換効率を実用スケールで再現できるかも不明だ。一方、従来型の太陽光パネルの価格は下がり、変換効率は上昇している。そのため、新材料が従来の材料を追い抜いて気候変動との戦いに参戦することが困難な状況となっている。カリフォルニア大学マーセド校(米国)の太陽光発電の専門家Sarah Kurtzは、「個人的には、世界が直面する諸問題を解決するためにペロブスカイト太陽電池に全てを賭けるべきだとは思いませんが、除外するべきだとも思いません」と言う。
変換効率の追求
オックスフォード大学(英国)から北に車で15分の場所にあるオックスフォードPV社の研究所では、白衣を着てヘアネットをかぶったスタッフが、1cm四方のキラキラした黒い太陽電池セルの試験を行っている。光を電気に変換する効率が高い、新しい材料の組み合わせを探しているのだ。近くの実験台の上には、彼らが作ろうとしている、2枚のガラス基板に挟まれた大型のペロブスカイト被覆太陽電池モジュールが置かれている。面積は標準的なシリコンセルと同じ243cm2だ。「これまでに何十万種類もの装置を測定してきました」とCaseは言う。
研究者に与えられた選択肢は多い。「ペロブスカイト」には膨大な種類の結晶構造があるからだ(「ペロブスカイトと太陽電池セルの構造」参照)。ペロブスカイトは、もともとは1839年にロシアのウラル山脈で発見され、ロシア人鉱物学者Lev Perovskiにちなんで名付けられたチタン酸カルシウム(CaTiO3)という鉱物を指す言葉だった。しかし、太陽電池に使われるペロブスカイトは、ABX3という構造以外にこの鉱物との共通点はほとんどない。
ペロブスカイトの特性の中で太陽光発電の観点から重要なのは、結晶に入射した光が負の電荷を持つ電子を揺り動かして高エネルギー状態にし、元の場所に「正孔(ホール)」を残すことである。正孔は正の電荷を持つ粒子のように振る舞う。電荷を輸送する電子と正孔がペロブスカイト薄膜の上下の電極に到達するまでの間に再結合しなければ、電流は流れることができる。
2009年に報告された最初のペロブスカイト太陽電池装置は、太陽光に含まれるエネルギーのわずか3.8%しか電気に変換できなかった。しかし、実験室でペロブスカイト結晶を作るのは非常に容易だったため(安価な塩溶液を混ぜ合わせて薄膜を形成させればよい)、研究者たちは短期間で性能を向上させることができた。2018年には米国と韓国の研究者が24.2%という変換効率を記録し、実験室でのシリコンの効率記録である26.7%に迫っている1(2014年12月号「ペロブスカイト太陽電池の効率、シリコン太陽電池に迫る」参照)。どちらの材料についても理論的な上限は30%弱だが、実用シリコンパネルの効率は典型的には15~17%程度で、高くても22%である。しかし残念ながら、効率記録を出したペロブスカイトは1cm2未満の小さい試料で、そのままスケールアップすることはできない。これに対して、シリコンセルの現在の効率記録は70cm2のセルで達成した数値であり、180cm2のセルでも26.6%という変換効率を達成している(「サイズが問題」参照)。
「変換効率の高いペロブスカイトセルの大面積化の能力は、まだ実証できていないのです」とKurtzは言う。1つの問題は、面積が大きくなると、均一に被覆するのが難しくなることだ。もう1つの問題は、実験室で小さなセルを作るとき、科学者は多くの光を透過させる透明電極薄膜を使って電流を集めているが、これにはわずかに抵抗があり、一部の電流を遮断してしまう。規模が大きくなると、この抵抗がより大きな問題となるため、実用サイズのセルでは透明度の低い電極薄膜を使用するが、そのせいで変換効率が下がってしまうのだ。例えば、多国籍エレクトロニクス企業のパナソニックは、6.25cm2のペロブスカイトセルで20.6%の変換効率を報告している2。しかし、35個のセルを組み合わせて412cm2のモジュールにすると、効率は12.6%まで低下した3。また、マイクロクオンタ社はペロブスカイトの「ミニモジュール」1につき公認世界記録を持っているが、これは7個のセルで約17.3cm2をカバーする設計で、変換効率は17.3%である〔註:国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクト「ペロブスカイト系革新的低製造コスト太陽電池の研究開発」でリーダーを務める東京大学の瀬川浩司が2019年7月、20.4%を達成したことを日本学術振興会のシンポジウムで発表した〕。
それでも、ペロブスカイトセルはシリコンセルよりも単純で安価に製造できる。シリコンセルの製造は、砂を1800℃まで熱するところから始まる。高純度のシリコン板を製造する工程には、材料を300℃の塩酸に溶かす作業がある。一方サウレテクノロジー社は、インクジェットプリンターを使って少量のペロブスカイトをプラスチックフィルムに載せることで解決を図った。同社はこの方法で、100cm2というまずまずの大きさで、変換効率が10%のモジュールを作ることができたという。いくつかの企業は、パターン付きのローラーを使って、ペロブスカイトインクを載せている。米国コロラド州ゴールデンのスウィフトソーラー社(Swift Solar)は、2種類のペロブスカイトセルを組み合わせることで軽量のタンデム型モジュールの開発を試みている。
しかし、効率アップへの近道は、シリコンにペロブスカイトを追加することかもしれない。2018年にはオックスフォードPV社が、変換効率17%のペロブスカイト層でシリコンをコーティングして作った1cm2のタンデム型セルで28%という効率を報告した。ペロブスカイトは波長の短い青~緑色の光を吸収することができ、シリコンはその残りの、波長が長い赤い光を吸収することができるからだ。同社は2019年中に変換効率27%の実用サイズのタンデム型セルを生産し、提携会社(社名は明かされなかった)でモジュール組み立てを可能にすることを目指している。Caseによると、このモジュールは2020年末には市販されるという。27%という変換効率は、現時点で最高効率を記録しているシリコンパネルの効率より高い。Caseによると、タンデム型セルの変換効率の理論的な上限は45%で、実用的な目標は35%であるという。これは、現時点で最高性能の市販シリコンパネルの1.5倍の効率だ。
耐久性への懸念
現在のシリコンパネルは25年保証が付くのが一般的で、これと同等の耐久性を実現できるかがペロブスカイトにとっての主要な挑戦になっている。ニューサウスウェールズ大学(オーストラリア・シドニー)でペロブスカイトやその他の太陽電池素材を研究しているMartin Greenは、ペロブスカイトには「シリコンが打ち立てた基準に近い安定性」が求められていて、「その実現はますます困難になっている」ように思われると言う。彼のチームはこの素材について中国の2大ソーラーパネルメーカーであるトリナ・ソーラー社(Trina Solar;江蘇省常州市)およびサンテック社(Suntech Power;江蘇省無錫市)と協力している。
ペロブスカイトは空気と湿気に敏感だが、このことは決定的な問題にはならないはずだ。実用化されているソーラーパネルでは、保護用のプラスチックとガラスの中に太陽電池素材を封入している。この方法は、ほとんどのペロブスカイトでもうまくいくだろう。より大きな問題は結晶自体にある。場合によっては、ペロブスカイトの温度が上昇すると、結晶構造が変化してしまうのだ。この変化は可逆的だが、性能に影響を及ぼす。
研究者たちは、この問題に対処しようと努力している。スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)では、Michael Grätzelが率いるチームが、ABX3構造の「A」に当たる陽イオンを3~4種類持つ構造を開発した。例えば、メチルアンモニウムやホルムアミジニウムという陽イオンを、少量のセシウムやルビジウムと結合させるのだ4。この組み合わせが、それぞれの陽イオンが使われるときの温度と湿度が引き起こす構造変化を阻止することになる。
もう1つの問題は、光がペロブスカイト結晶に当たるときに、小さな「X」陰イオンが構造の中で動き回り始める場合があることだ。これが起こるのは、陰イオンがあるべき場所に空隙がある場合で、一連の反応により結晶の組成や変換効率が変化したり、装置が働かなくなったりする恐れがある。ほとんどの太陽電池技術にはある程度の変換効率の変動があるとKurtzは言う。「ペロブスカイトではそれがかなり大きく出るのです」。
それでも研究者たちは前進している。「状況は良くなっています」とGrätzelは言う。例えば2017年には、彼のチームは0.16cm2のペロブスカイトセルについて20%以上の変換効率を報告したが5、このセルは41日間、1000時間以上にわたって直射日光にさらされても95%の性能を維持していた。未発表の研究では、その時間を2倍にすることができたという。
フィールドテスト
ペロブスカイト太陽電池を開発中の企業のほとんどは安定性に関する実験結果を公表していないが、どの企業も、国際電気標準会議(IEC;スイス・ジュネーブ)がシリコン太陽電池パネルについて定めた認証標準に従っているという。この基準はIEC 61215として知られ、湿度85%の室内でモジュールを1000時間にわたり85℃まで熱する試験も含まれている。パネルはその他、-40℃から90℃までの温度サイクルを100回繰り返したり、あられの粒を浴びせられたりしている。
これらの試験を終えてもなおシリコンパネルが機能しているなら、典型的な天候の下で25年持つ可能性は高いと考えられている。しかし、ペロブスカイトはシリコンとは異なる不安定性を持っているため、IEC 61215の試験に合格しても現実世界ではうまくいかない可能性がある。例えば、マイクロクオンタ社の共同設立者であるBuyi Yan副社長によると、同社のペロブスカイトモジュールはIEC 61215に合格したが、杭州での野外試験では、使用開始から1~2年後には当初の平均80%まで性能が低下するという結果が出た。「シリコンパネルの寿命が25~30年であることと比較すると、これは大きな欠点です」と彼は言う。同社の共同設立者である代表取締役のJizhong Yaoは、この後に開発した新型モジュールでは劣化のペースはもっと緩やかであったが、まだ詳細を公表する時期ではないとしている。
Caseによると、オックスフォードPV社のタンデム型モジュールも、IEC 61215レベルの試験に合格しているという。彼は近くに置いたモジュールを指さしながら、「シリコンパネル用の試験に合格すれば、ペロブスカイトでも25年持つのでしょうか? さぁ、どうでしょう。あれは長期的な耐久性の目安にすぎませんから。良い指標ではありますが、根本的に不十分です」。
Greenは、ペロブスカイトモジュールがノルウェーの第三者認証機関であるDNV GLによる報告書「太陽光パネル信頼性スコアカード」の上位半分に入ったら、安定性の問題は解決したと思ってよいだろうと言う。DNV GLは各メーカーから複数のパネルを入手して独自に電気、光学、温度試験を行い、その結果を比較している。DNV GLの試験はIEC 61215の試験に似ているが、長期的な劣化をよりよく捉えられるようになっている。ペロブスカイト企業はまだこのリストには登場していない。
鉛毒性への不安
ペロブスカイトセルにとってのもう1つの「つまずきの石」は、その最高水準のものに鉛が含まれていることだ。鉛は有毒な金属である。研究者らは鉛の代わりにスズなどを試してみたが、それだと性能が低下してしまう。とはいえ鉛を含むセルが利用できないわけではない。オックスフォードPV社のタンデム型セルのライフサイクル分析の結果は、セルに含まれる少量の鉛は、たとえ漏れ出すことがあっても環境毒性に大した影響は及ぼさないことを示している。同じ分析によると、環境に及ぼす全体的な悪影響はシリコンセルの方が大きいという。シリコンセルの製造に使われる資源のせいだ。
一部の研究者は、鉛を含むペロブスカイトを使い捨て製品に用いることは不可能だと言う。Grätzelは、人々がめったに訪れないような大規模な太陽発電施設でなら利用できるかもしれないと言う。「フレキシブルなデバイスを市場に投入したいのなら、それは間違いです」と彼は言う。「子どもがプラスチックのカバーに穴を開けてしまったらどうしますか? 鉛毒性について妥協する余地はありません」。
サウレテクノロジー社はこのような考え方に反対する。同社の最高科学責任者のKonrad Wojciechowskiは、自社の印刷された軽量モジュールには鉛はほとんど含まれていないと主張する。封入したモジュールを1年間水に浸けておいても、鉛の濃度は「世界保健機関(WHO)が飲用水に含まれる鉛について定めた上限以下でした」と彼は言う。また、サウレテクノロジー社の最高技術責任者で、2014年に博士課程の途中で同社を設立したOlga Malinkiewiczは、ペロブスカイト製品の頑丈さを強調する。「子どもがたまたまペロブスカイトパネルを分解し、薄い層に分けてしまうことなど不可能です」。
安価な太陽エネルギー?
自社製品で太陽光発電のコストを下げられると期待するペロブスカイト企業は、もう1つの問題を抱えている。シリコンパネルはすでに安価になっていて、価格はさらに下がっているのだ。ブルームバーグNEF社(BloombergNEF;スイス・チューリヒ)の太陽光発電分析部門長のJenny Chaseは、「太陽光発電セクターはこれまでにないほど面白い状況になっていますが、技術的ブレイクスルーは必要とされていません」と言う。「太陽光発電は、すでに多くの国々で、最も安価な電力源の1つになっています。シリコン結晶技術は十分に向上していて、これに勝つのは困難です。今後、ペロブスカイトは1ワット当たり数セントのコスト削減を可能にするでしょうが〔訳註:現時点での米国の太陽光発電のコストは1ワット当たり3ドル(330円)前後〕、その日を待ち望むほどの差ではありません」。Caseの意見は違う。彼の会社のタンデム型モジュールはシリコンセルより高価だが、変換効率が高いため、数年後には太陽光発電のコストを17~23%下げることができるだろうという。その見込みはいくつかの大企業の興味を引いた。2019年3月、オックスフォードPV社は中国の風力発電タービンメーカー大手のゴールドウィンド社(Goldwind)からの3100万ポンド(約40億円)など、合計7600万ポンド(約98億円)を調達した。
一方、ペロブスカイト単独モジュールを作っている企業の大半が、(少なくとも当面は)主流の太陽電池パネル市場への参入は考えていないとしている。だから彼らは軽量のフィルム型太陽電池の開発に集中しているのだ。サウレテクノロジー社は2021年に柔軟なペロブスカイト単層フィルム型太陽電池を発売したいと考えている。ペロブスカイト関連の特許をオックスフォードPVに次いで世界で2番目に多く保有する積水化学工業は、2020年に柔軟なセルの販売を計画している。同社は、日本のエレクトロニクス巨大企業のパナソニックや東芝と共にNEDOのプロジェクトに参加している。
一部の企業はすでにペロブスカイト市場から撤退している。多国籍企業の写真フィルムメーカーである富士フイルムはペロブスカイト太陽電池関連の特許保有数は第3位だが、同社の広報担当者Shohei Kawasakiによると、同社はペロブスカイト太陽電池の基礎研究は行ったが、以降、太陽電池の開発も、製造に用いる材料の開発もしていないという。また、オーストラリアのペロブスカイト開発会社であるグレイトセル・ソーラー社(GreatCell Solar)は、世界有数の太陽パネルメーカーであるジンコソーラー社(JinkoSolar;中国・上海)と提携していたが、ペロブスカイト施設の建設資金を十分に調達できずに2018年12月に倒産した。
これらの撤退は、ペロブスカイトの擁護者が期待するほど、その恩恵を受けるのは容易ではないことをほのめかしている。ここで重要になるのが野外での試験である。Grätzelは、もっと試験を行わなければならないと言う。彼は2018年の夏に鄂州のワンダーソーラー社の試験用地を訪れたときのことをこう振り返る。「外気温は28℃でしたが、パネルは70℃になっていました。私は汗をかいていましたが、パネルもそうでした。パネルがどうなるのか、もっとよく確かめる必要があります」。
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 9
DOI: 10.1038/ndigest.2019.190924
原文
The reality behind solar power’s next star material- Nature (2019-06-27) | DOI: 10.1038/d41586-019-01985-y
- Andy Extance
- Andy Extanceは、英国エクセターのフリーランスのライター。
参考文献
- Green, M. A. et al. Progr. Photovolt. 27, 3–12 (2019).
- Matsui, T. et al. Adv. Mater. 31,1806823 (2019).
- Higuchi, H. & Negami, T. Jap. J. Appl. Phys. 57, 8S3 (2018).
- Saliba, M. et al. Energ. Environ. Sci. 9,1989–1997 (2016).
- Arora, N. et al. Science 358, 768–771 (2017).
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