マヨラナ粒子の証拠を観測
マヨラナ粒子を1937年に予言した、イタリアの物理学者エットーレ・マヨラナ。 Credit: Mondadori Portfolio via Getty Images
物質の基本構成要素である陽子、中性子、電子は、フェルミオン(フェルミ粒子)と呼ばれる粒子の例だ。80年前、イタリアの物理学者エットーレ・マヨラナは、それ自身の反粒子でもあるフェルミオンの存在を予言した1。こうした粒子は現在、マヨラナフェルミオン(マヨラナ粒子)と呼ばれ、物理学の基礎の面から非常に興味深いだけでなく、量子計算に大きな進歩をもたらす可能性がある。素粒子の中からマヨラナフェルミオンが存在する証拠を見いだすことは容易ではないが、この数年、物性物理学の分野では、マヨラナフェルミオンの探索において大きな進歩があった2。今回、ワイツマン科学研究所(イスラエル・レホボト)のMitali Banerjeeら3と京都大学大学院理学研究科の笠原裕一ら4はそれぞれ、全く異なる凝縮系での熱輸送実験でマヨラナフェルミオンのサインを見いだしたことを、Nature 2018年7月12日号(205ページと227ページ)で報告した。
凝縮系には、通常の粒子のように振る舞う励起が存在するが、そうした励起は、その系を構成している実際の素粒子に似ている必要はない。例えば、超伝導(より明確にはトポロジカル超伝導)現象は、電子が実質的にその電荷を「忘れる」状況をもたらす。その結果、電子はその反粒子と見分けがつかなくなる。この場合の電子の反粒子は、正孔と呼ばれる電子の空席だ。トポロジカル超伝導が、固体物質固有の現象であるかどうかは未解決の問題だ。しかし、この現象の重要な側面は、ある種の凝縮系で模擬することができ、マヨラナフェルミオンの出現の適切な条件を与える。今回の論文で調べられた2つの系は、まさにこの種の系と考えられる。
Banerjeeらは、量子ホール効果を示す凝縮系のエッジ(端)でマヨラナフェルミオンの証拠を探した。量子ホール効果では、低温かつ強い磁場の存在下で、物質を横切る方向の電気伝導度が量子化される(特定の値のみをとることができる)。彼らは、電気伝導度が基本単位の5/2倍である特定の状態を重点的に調べた。この状態の正確な本質が何であるかは議論のテーマだが、有力な考えはいずれも、複合フェルミオンの超伝導状態と考えることができる5。
一方、笠原らは、ルテニウム塩化物の一種であるα- RuCl3を調べた。この物質は、キタエフスピン液体と呼ばれる相にあると考えられている。キタエフスピン液体は、絶対零度でも長距離磁気秩序を持たない奇妙な物質状態だ6,7。α-RuCl3は絶縁体だが、キタエフスピン液体の磁気的性質の記述は、トポロジカル超伝導体のそれと数学的に等価だ。このため、マヨラナフェルミオンは、α- RuCl3のエッジに存在するはずだ。
凝縮系でのマヨラナフェルミオンの直接的な検出は簡単ではなさそうだった。マヨラナフェルミオンは電気的に中性でなければならず、だから、電気輸送に関与できない(超伝導体では電気輸送を媒介することができる8,9)。しかし、マヨラナフェルミオンは電流を伝えることはできないが、熱を伝えることはできる。
電子は、電気と熱の両方を伝えることができる。このため、金属(多数の自由電子を含んでいる)は通常、よい熱伝導体だ。この考えは、ウィーデマン・フランツの法則によって定式化される。この法則によると、電気伝導度は、熱伝導度を温度で割ったものに正比例する。この関係の発見は、固体理論の初期の成功例の1つとして称賛されることが多いが、通常の金属の比例定数は普遍的ではない。散乱過程は電気伝導度と熱伝導度の両方を制限し、金属が異なれば散乱過程が両特性に及ぼす影響は異なる。
しかし、ある物質での粒子の運動がバリスティックならば(つまり、実質的に散乱がないならば)、電気伝導度と熱伝導度はいずれも量子化され、伝播モード(伝導チャンネル)の数に比例する。各電子モードは、熱伝導度に1単位の寄与をし、そしてこれが重要な点だが、各マヨラナモードは1単位の半分の寄与をする。Banerjeeらと笠原らはどちらも、凝縮系のエッジでこの分数の熱伝導度を観測した。
凝縮系でのマヨラナエッジモードの存在は、この系のトポロジカル秩序が非可換であることを強く示唆している。系のトポロジカル秩序が非可換であることは、例えば、その系の励起の集団が莫大な数の同一エネルギーの量子状態を持つことを意味する。Banerjeeらが調べた量子ホール状態の非可換性は、(確実には確かめられていなかったものの)以前から予想されていた。しかし、笠原らの発見は、非可換スピン液体の初めての実験的証拠になる。この状態の正確な本質を確かめるにはさらなる研究が必要だが、そうした今までにない物質相の発見は本当にエキサイティングだ。
Banerjeeらは、彼らの測定結果を基に、非可換状態のさまざまな候補のどれが実現しているかを決定しようとした。この作業は、非可換トポロジカル秩序の証拠を得るよりも難しい。系の熱伝導度への分数と整数の両方の寄与を数えることになるが、それには、さまざまな伝播モードが熱平衡に達する過程についてある仮定を置くことが必要になる10。熱平衡の問題は、エッジモードは互いに平衡に達するだけではなく、フォノンと呼ばれる格子振動とも平衡に達することができるという事実により、さらに複雑になる。フォノンは、熱伝導度に望まない寄与をもたらす。
Banerjeeらは、フォノンの寄与を最小化するためにあらゆることを行った。彼らは約20ミリケルビン(ミリケルビン=10-3ケルビン)の温度で実験を行い、エッジモードとフォノンの結合を避けるためにソースとドレインのデザインを高度なものにした。一方、笠原らの実験はずっと単純であり、約5ケルビンの温度しか必要なかった。笠原らは、より低い温度では半整数量子化のシグナルを検出できなかった。これは恐らく、系が異なる相に転移したことを示唆する。彼らの結果は、かなりの量の熱がフォノンによって運ばれたことも示す。
こうした状況で、Banerjeeらと笠原らが、マヨラナフェルミオンによる量子化されたホール熱輸送(温度勾配の方向に垂直な方向の熱伝導)のサインを観測したことは驚くべきことだ。しかし、最近の2つの研究11,12は、フォノン結合は有害ではないだけではなく、実は量子熱ホール効果の観測に必要である可能性があると主張した。これらの実験の意味を完全に理解するためには、さらなる理論的研究と実験的研究の両方が必要だ。それでも、マヨラナフェルミオンの探索がこんなふうに熱を帯びていることは、疑いなくエキサイティングなことだ。
翻訳:新庄直樹
Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 10
DOI: 10.1038/ndigest.2018.181036
原文
The heat is on for Majorana fermions- Nature (2018-07-11) | DOI: 10.1038/d41586-018-05637-5
- Kirill Shtengel
- Kirill Shtengelは、カリフォルニア大学リバーサイド校(米国)に所属。
参考文献
- Majorana, E. Nuovo Cimento 14, 171–184 (1937).
- Wilczek, F. Nature Phys. 5, 614–618 (2009).
- Banerjee, M. et al. Nature 559, 205–210 (2018).
- Kasahara, Y. et al. Nature 559, 227–231 (2018).
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