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X線天文衛星「ひとみ」の遺産

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160902

原文:Nature (2016-07-06) | doi: 10.1038/nature.2016.20212 | Dead X-Ray satellite reveals galaxy cluster surprise

Alexandra Witze

本格運用前に空中分解した日本のX線天文衛星「ひとみ」は、観測装置の立ち上げ段階でペルセウス座銀河団を観測しており、銀河の形成と進化の謎を解き明かすための新たな手掛かりを置き土産にしていった。

巨大なペルセウス座銀河団の中心付近にある活動銀河ペルセウスA(写真)。 | 拡大する

NASA/CXC/Stanford/I. Zhuravleva et al.

2016年2月17日に打ち上げられた日本のX線天文衛星「ひとみ」は、3月26日に通信が途絶した。その後の宇宙航空研究開発機構(JAXA)による調査から、「ひとみ」はソフトウエアの問題と人為的ミスによって高速で回転し始め、構造的に弱い部位が破断・分離してしまっていたことが明らかになった。しかし、試験観測中だった2月25日と3月4日に、地球から2億5000万光年の彼方にあるペルセウス座銀河団を詳細に観察していた。ペルセウス座銀河団は、宇宙で最も質量の大きい天体の1つだ。

今回、ケンブリッジ大学(英国)の天文学者で、国際研究チームのメンバーであるAndrew Fabianらは、「ひとみ」の観測データから、ペルセウス銀河団中心部の超高温に熱せられたガスの運動が、予想よりもはるかに穏やかであることを明らかにし、2016年7月7日号のNatureに報告した1

銀河団中心の高温ガスがどのようにかき混ぜられているか観測することで、銀河の形成と進化の過程を解き明かすためのヒントが得られる。バージニア大学(米国シャーロッツビル)の天文学者Craig Sarazinは今回の研究には関与していないが、「宇宙論の研究では、銀河団は最も重要な探査手段の1つです」と説明する。

Fabianは、「宇宙のガスのほとんどは銀河と銀河の間にあります」と言う。つまり、「ひとみ」による今回の観測結果は、宇宙に存在する物質の大部分に対する科学者たちの見方を変える可能性がある。

たまたま行われた観測

今回の成果が得られたのは偶然で、科学者たちが「ひとみ」をペルセウス座銀河団に向けたのは、本格運用の前、技術者がまだ較正をしていた時期だった。

銀河団には、観測可能な恒星や「見えない」暗黒物質の形で膨大な質量があり、巨大な重力の井戸にガスを引き込んでいる。ガスはこの過程で圧縮されて5000万℃という高温になり、X線の波長で強烈に輝いている。

2月の打ち上げの前にX線天文衛星「ひとみ」の軟X線分光検出器を点検する科学者。 | 拡大する

NASA

ペルセウス座銀河団については、これまでにも、米国航空宇宙局(NASA)のX線天文衛星チャンドラと欧州宇宙機関(ESA)のXMM-ニュートン衛星が、銀河間のガスの圧力を調べている。「ひとみ」は今回、銀河団内部のガスの運動の乱れを観測した。こうしたガスの運動は、銀河団の質量の測定や、銀河の集合過程の推定に影響を及ぼす可能性がある。

「ひとみ」に搭載されていた軟X線分光検出器により、ペルセウス座銀河団の中心から10万~20万光年の範囲のガスの運動の速さを測定したところ、秒速164kmであることが明らかになった。これは意外な結果だった。測定が行われた領域には巨大なブラックホールなどがあり、こうした天体物理学的に激しい活動が起きている場所では、ガスの運動はもっと高速だと予想されていたからだ。

沈黙の中の音

Fabianは、銀河団のエネルギーの大半は、外に向かって放出される音波などの何らかの他の過程によって散逸しているはずだと考えている。「銀河団には、我々がまだ完全には理解していない側面があるのです」。

ボストン大学(米国マサチューセッツ州)の天文学者Elizabeth Blantonは、「ひとみ」は全ての較正が終わる前に失われてしまったので、その測定データは当初の予定ほどは正確でない、と指摘する。それでも、ペルセウス座銀河団の観測は、「ひとみ」の主要な科学的遺産になるだろう。

「私たちは、もっと多くの銀河団を観測するプログラムを持っており、『ひとみ』が生きていたら、今後数年かけて計画を実行していくつもりでした」とFabian。「ドアが短時間だけ開いたような感じです。『ひとみ』のおかげで、全く新しい、わくわくするような景色を垣間見ることができましたが、ドアは私たちの鼻先でバタンと閉じられてしまいました」。

次の大型X線天文衛星計画はESAのATHENA計画だが、その打ち上げは早くとも2028年になる予定だ。

(翻訳:三枝小夜子)

参考文献

  1. The Hitomi collaboration. Nature 535, 117–121 (2016).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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