News in Focus

高被引用論文著者の多くが撤回経験を持つ

撤回論文と被引用数の多い著者を関連付けたデータベースが新たに作成された。 Credit: DMP/Getty

撤回論文と高被引用論文を関連付けたデータベースにより、世界で最も被引用数の多い科学者のうち、1本以上の撤回論文がある人は8000人以上いることが明らかになった(J. P. A. Ioannidis et al. PLoS Biol. 23, e3002999; 2025)。

今回のデータベースの分析は、論文撤回の規模と実態を解き明かすために行われたもので(2024年3月号「2023年の撤回論文数が1万本突破で新記録」参照)、その結果は2025年1月30日にPLoS Biologyに発表された。研究を率いたスタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の疫学者John Ioannidisは、「論文撤回の全てが研究不正を意味するわけではありません」と言う。「けれども、全ての科学分野において、科学界で最も大きな影響力を持つ人々を俯瞰(ふかん)することは重要です」。

撤回された論文は、撤回されていない論文よりも自己引用数が多かった。また、共著者数が多い論文は、共著者数が少ない論文よりも撤回率が高かった。

Ioannidisらは、メディア企業リトラクション・ウォッチ(Retraction Watch)がまとめた世界で最も包括的な撤回論文データベースを使用した。ここには現在、5万5000本以上の撤回論文が掲載されている。Ioannidisはこれらの記録を、出版社エルゼビア(Elsevier)が運営する文献・引用データベースScopusの引用データと関連付けた。彼らは、撤回理由が著者のミスではない論文、Scopusと関連付けられなかった論文、および撤回後に再出版された論文を除外し、残った約3万9500本の撤回論文を高被引用論文著者(引用された回数の多い論文の著者)のリストと比較した(Ioannidisは2016年から、Stanford listという高被引用論文著者リストを作成している)。

撤回論文の内訳

Ioannidisらはこの研究で、被引用数が最も多い科学者を2つのグループに分けた。第1のグループは、キャリアを通して自身の専門分野での被引用数が上位2%に入った21万7097人の著者、第2のグループは、2023年(データが存在する最新の年)の被引用インパクトが上位2%に入った22万3152人の著者である(2025年4月号「被引用数の多い「早熟な」若手科学者が急増」参照)。Ioannidisらは、キャリアの中で論文を1回以上撤回している研究者は、2023年の被引用インパクト上位の著者では8747人(4%)であるのに対し、キャリアを通して被引用数上位の著者では7083人(3.3%)であることを明らかにした。

被引用数上位の著者の論文撤回率は、国によってばらつきがあった。データベースによると、被引用数上位の著者の大半が研究活動を行っている20の国や地域のうち、被引用数上位の著者の論文撤回率が最も高いのはインド、中国本土、台湾で、最も低いのはフィンランド、ベルギー、イスラエルであった。

概して、出版された論文の絶対数の多さは、撤回論文数の多さと関連していた。Ioannidisは、論文の数が増えれば撤回される機会もその分増えるので、これは何ら意外ではないと述べている。

問題の原因

オックスフォード大学(英国)を退職し、現在は科学公正研究にも取り組む神経心理学者のDorothy Bishopは、Ioannidisらの研究は高被引用論文の撤回の問題を定量化するのに役立つが、撤回の理由を探るものではないと指摘する。「彼らの分析は、高被引用論文の撤回が現実の問題であることと、被引用数の多い著者をそれだけで偉大な研究者と考えるのではなく、慎重に判断しなければならないという『弱い状況証拠』を少しばかり提供しているだけです」。

リトラクション・ウォッチの共同創設者Ivan Oranskyは、高被引用論文著者が論文撤回を経験していることに驚かなかった。一部の国や地域では、研究者に被引用数の多さを追求させるようなインセンティブがあるからだ。これは、人為的に被引用数を増やそうとする行為につながる恐れがある。Oranskyは、論文撤回率の高さは「引用数の操作と関連する何らかの行動」に原因があるのではないかと推測する。彼は、今回の結果は、被引用数に基づいて科学者をランク付けする慣行そのものに疑問を投げ掛けていると指摘する。

分析会社クラリベイト(Clarivate、英国ロンドン)が作成した別の高被引用論文著者リストも、リトラクション・ウォッチのデータを使用している。ただし、撤回論文の引用については考慮されておらず、研究不正により論文が撤回された証拠がある研究者は掲載されていない。

Ioannidisは、撤回公告には撤回理由に関する情報がほとんどないことが多く、分野や領域を越えて撤回に至った原因を研究者が特定するのは困難だと言う。彼は、自身の撤回論文データベースは、引用と撤回の関係や、撤回が起こる理由を研究するツールになると考えている。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2025.250514

原文

Thousands of highly cited scientists have at least one retraction
  • Nature (2025-01-31) | DOI: 10.1038/d41586-025-00257-2
  • Jackson Ryan