キラー電子の雨
雷によって地球低軌道に高エネルギー粒子の雨が降る。 Credit: Samuel Boivin/Moment/Getty
大気圏での雷をきっかけに、そのはるか上空の地球低軌道に有害な放射線である高エネルギーの「キラー電子」の雨が降る可能性があることが新たな研究で示された。キラー電子は地球から遠く離れた放射線帯外帯にだけ現れると考えられてきたが、Nature Communicationsに発表された研究は、より近い内帯でも雷によってキラー電子が解放されることを見いだした(日経サイエンス編集部註:放射線帯はヴァン・アレン帯とも呼ばれ、内帯と外帯の二重構造になっている)。
「こうした高エネルギー粒子は宇宙船にダメージを与え、宇宙空間にいる人間にも有害です」と今回の論文を共著したコロラド大学ボールダー校(米国)の天体物理学者Lauren Blumは言う。「非常に高いエネルギーの電子が内帯に現れる時期が分かれば、その危険を避けるのに役立ちます」。
地球磁場は荷電粒子を定位置に捕捉して放射線帯を作り出しているが、それらの放射線帯で均衡が崩れると電子が大気に向かって降り込む「電子降下」が起こる。論文の筆頭著者Max Feinland(当時はコロラド大学ボールダー校の学部生)は、荷電粒子を追跡した米国航空宇宙局(NASA)のSAMPEXミッションのデータを調べていた時、1996〜2006年に記録された「マイクロバースト」(高エネルギー電子降下の急増)の測定値に妙な点があることに気付いた。アルゴリズムを設計してそうした急増をデータの中に確認した後、Feinlandはそれが放射線帯内帯での測定値だと分かって驚いた。内帯には比較的エネルギーが低い低速の電子のみが存在すると多くの科学者が考えていたからだ。Feinlandと当時彼の研究指導教官だったBlumはすぐに原因を考え始めた。「雷によって引き起こされる電子降下が内帯で見られることは知られていましたが、これほどの速さで降下する電子がはっきりと確認されたことはありませんでした」とFeinlandは言う。
マイクロバーストと落雷の一致
研究チームは、マイクロバーストのデータを全米雷観測ネットワーク(NLDN)のデータセットと比較し、内帯でのバーストの発生が雷の発生と一致している可能性が統計的に高いことを見いだした。雷によって放たれた電磁波は、地球の磁力線を駆け上がって大気圏から放射線帯内帯に入り込む。そうした電磁波は高エネルギー電子を磁場による捕捉からたたき出すのに十分なエネルギーを持っている。
過去にこうした関連付けを行った研究者はいないと思われるので、今回の結果は興味深いとロスアラモス国立研究所(米国)の宇宙天気科学者Steven Morleyは評する。SAMPEXが20年前に終了して以降は観測データがほとんどなく、この分野の研究を制約しているとMorleyは付け加える。ただし、データがかなり限定されているとはいえ、今回の研究は「非常に刺激的で、間違いなく他に多くの疑問を生み出すものです」。
これらの研究結果は、地球の天気と宇宙の天気が関係し合っていることを示す注意喚起だとBlumは言う。この関係はオゾン層や大気化学、さらには気候にまで影響を及ぼす可能性がある。「太陽地球間の動力学と放射線帯の動力学を他から切り離して研究することはできません」とBlumは言う。「大気圏や地上の気候システムで何が起こっているかについても理解する必要があります」。
翻訳:鐘田和彦
Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 5
DOI: 10.1038/ndigest.2025.250519a
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