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火星探査車が有機物と関連がある鉱物を観察

米国航空宇宙局(NASA)は2021年、火星表面の物質を調べ、保存するため、探査車「パーサビアランス」を火星のジェゼロ・クレーターに着陸させた。ストーニー・ブルック大学(米国ニューヨーク州)のJoel A. Hurowitzらは、パーサビアランスが、ジェゼロクレーターの西端にある谷であり、古代の水系によって堆積した堆積岩が特徴であるネレトバ渓谷で、粘土に富む泥岩の中の特異な鉱物の小さなノジュール(団塊)を観察したことをNature 2025年9月11日号332ページで報告した(図1)1。この発見は、古代の火星で起こった酸化還元化学反応が複雑なものだったことを示しており、生物出現以前の化学過程、つまり、生命の誕生の基礎になった可能性のある反応について新たな見方をもたらすかもしれない。

図1 古代の火星の特異な地球化学反応の証拠
Hurowitzらは、火星探査車パーサビアランスが観察した、堆積岩(粘土に富む泥岩)の分析を報告した1。化学的に還元された、緑がかった物質のノジュール(団塊)は、藍鉄鉱という鉱物を含み、赤褐色の酸化された粘土鉱物の基質の中に埋め込まれている。さらに複雑な「ヒョウ柄の斑点」と呼ばれる特徴は、藍鉄鉱の他に硫化鉱物(斑点の色が明るい部分)を含む。スケールバーは2 mm。 Credit: NASA/JPL-Caltech/MSSS

パーサビアランスが探査した地域の鉱物については、2006年から火星を周回しているNASAの探査機「マーズ・リコネッサンス・オービター(MRO)」に搭載されている撮像分光計CRISM(Compact Reconnaissance Imaging Spectrometer for Mars)を使って事前に地図が作成されていた。鉱物の種類は、火星表面で反射された可視光と赤外光を分析することにより、CRISM画像から同定された。各鉱物は、結晶構造の中の原子間の結合の振動の結果、特定の波長で特徴的な光吸収パターンを持つためだ。

ジェゼロクレーターの最も高分解能のCRISM地図(図2)2は、2020年代に開発された校正技術3と鉱物マッピング技術4の進歩を用い、鉱物の分布を数十mのスケールで示した。この地図は、パーサビアランスの着陸地点付近の岩石は、主に火山活動によって形成された玄武岩であり、輝石と橄欖(かんらん)石を含んでいることを示した。対照的に、パーサビアランスがその後に探査した、さらに西の地域の岩石は、水がある環境の中で風化過程によって形成された、豊富なフィロ(層状)ケイ酸塩鉱物と炭酸塩鉱物を含んでいた5。こうしたCRISMの大縮尺の地図に加えて、パーサビアランスに搭載された遠隔探査機器スーパーカムは、火星表面の組成をセンチメートルおよびセンチメートル未満のスケールで拡大して調べ、鉱物の混合を観察した6–8

図2 火星探査車パーサビアランスが探査した火星表面の鉱物学的地図
パーサビアランスは、ジェゼロクレーターに着陸し、それから西へ向かい、複数の場所で表面の試料を特徴付けた。この地域の鉱物は既に、NASAのマーズ・リコネッサンス・オービター(MRO)に搭載された撮像分光計CRISM(Compact Reconnaissance Imaging Spectrometer for Mars)の画像を、最近開発された技術3,4を使って分析し、地図が作成されている2。着陸地点の周辺の地域は、元は火山活動によって作られた岩石からなり、主に橄欖(かんらん)石(赤色)と輝石(黄褐色)を含む。さらに西のウエスタン・ファンとマージン・ユニットと呼ばれる地域では堆積岩が優位を占め、それらは主に、マグネシウムと鉄を含む炭酸塩(緑色)、マグネシウムを含むスメクタイト(暗い青色)、マグネシウムと鉄を含むスメクタイト(明るい青色)からなる。Hurowitzらは、ネレトバ渓谷のブライト・エンジェルとマソニック・テンプルと非公式に呼ばれる2つの場所で見つかった、特異なリン酸塩鉱物と硫化鉱物を報告した1。CRISMの鉱物地図2–4は、MROのカメラHiRISEによって撮影された画像のモザイクの上に重ねられている。スケールバーは1 km。 Credit: M. Parente et al./ Zenodo 2021

Hurowitzらは今回、ブライト・エンジェル(Bright Angel)とマソニック・テンプル(Masonic Temple)と非公式に呼ばれている、ネレトバ渓谷の2つの場所の試料のパーサビアランスの分析を報告した。これらの試料は、スメクタイトと呼ばれる、粘土鉱物の証拠を含み、粘土の特徴を持っている(これはその地域のCRISMのデータ2と一致する)。

興味深いことに、この分析は、赤みがかった泥岩の基質の中に埋め込まれた、化学的に還元されたリン酸鉄鉱物と硫化鉄鉱物からなる、緑がかった小さな斑点の列も明らかにした。一方、赤みがかった泥岩の基質は、酸化された鉄鉱物、粘土、硫酸カルシウムが優位を占めている。さらに興味深いことに、還元された鉱物の存在量は、泥岩の酸化の程度と負の相関があり、また、有機化合物の濃度とは正の相関があるようだ(試料中のこれらの化合物のスペクトルの特徴の強度が示している)。

リン酸塩は、地球上では生物学的に重要なので、その火星での存在量は生命が火星で現れたかどうかという問題に関連する。それでは、Hurowitzらの今回の発見は、火星でのリン酸塩の存在と分布について既に分かっていたことにどのように付け加わることになるのだろうか。

Hurowitzらは、緑がかった斑点に含まれるリン酸鉄鉱物として最も可能性が高いものは、藍鉄鉱(らんてっこう)(Fe2+3(PO4)2・8H2O)だと結論した。これは以前に、ジェゼロクレーターのオナフという場所で炭酸塩基質中のリン酸鉄が観測されたことと調和する。このリン酸鉄は、酸化を経た藍鉄鉱と考えられている9。リン酸塩は、火星隕石と、火星での他の探査車による探査においても見つかっている10。例えば、火星探査車キュリオシティーはゲールクレーターでリン酸塩を発見した11。実験室での純粋なリン酸塩鉱物のスペクトル分析は12、スーパーカムの近赤外スペクトル1,9を、ジェゼロクレーターに藍鉄鉱などのリン酸塩鉱物が存在する証拠として解釈することを支持する。ゲールクレーターとジェゼロクレーターのリン酸塩は1,9、これらの場所で起こった、極めて特異な地球化学的環境と酸化還元化学反応を示すのかもしれない。

ジェゼロクレーターの粘土に富む泥岩の中に、泥岩中の有機化合物と関連がある、還元されたリン酸鉄と硫化鉄が発見されたというエキサイティングな事実は、有機物が特異な酸化還元反応に関わったかもしれないことを示唆する。有機物が、酸化された鉄オキシ水酸化物鉱物であるフェリハイドライトを、磁鉄鉱などの還元された形態へ変えることは実験室で観察されていて13、この考えと調和する。さらに、パーサビアランスの紫外線ラマン分光装置SHERLOC(Scanning Habitable Environments with Raman and Luminescence for Organics and Chemicals)を使って行われた分析は、ジェゼロクレーターの有機化合物はおそらく、硫酸塩とリン酸塩を含む、古代の火星のさまざまな鉱物と相互作用したことを示す6。さらに広く見れば、パーサビアランスの科学観測カメラMastcam-Zとスーパーカムでジェゼロクレーターで観測された種々の鉄(II)鉱物と鉄(III)鉱物の存在を説明するために、酸化還元化学反応が提案されている7

地球上では、微生物が鉱物と相互作用することは普通のことであり、南極の酸素を含まない低温の湖の中では、硫酸塩(酸化された硫黄原子を含む)を硫化物(還元された硫黄原子を含む)に変えることが観察されている14。現在の火星には微生物の証拠はないが、古代の火星に何らかの微生物が存在したなら、それらも、ジェゼロクレーターの湖の中で硫酸塩鉱物を還元して硫化物を形成したかもしれない。しかし、火星の古代の堆積物の中での化学反応は、長い地質学的時間スケールにわたって起こったのかもしれないこと(例えば参考文献15参照)を考慮すると、おそらく、有機化合物あるいは他の源からの鉄の、よりゆっくりした非生物学的還元が藍鉄鉱の形成につながったのだろう。硫黄同位体の分析を使えば、硫酸塩と硫化物を形成した地球化学的および生物地球化学的経路を追跡できる16。火星で古代の微生物がこれらの鉱物を形成した酸化還元反応に関わったかどうかを見分けるためには、そうした分析が必要だろう。

パーサビアランスが行った、ブライト・エンジェルとマソニック・テンプルの試料の調査は、古代の火星の複雑な化学反応の可能性を示し、起こった酸化還元反応のタイプについて調査すべき問題を提起した。パーサビアランスが保管している物質が地球に持ち帰られたなら、高度な分析技術を使って試料を特徴付けることを私たちは楽しみにしている。そうした研究は、これらの興味深い火星の岩石を構成する鉱物の素性についてさらなる手掛かりを与えるだろう。つまり、岩石のファブリック(岩石の構成要素の空間的、幾何学的配置)や、岩石を形成した地球化学的反応の性質についてだ。火星から地球に持ち帰られた試料の実験室での分析は、生物出現以前の化学反応が(そして生物学的化学反応も)地球以外の世界で起こる可能性も解明するかもしれない。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2025.251243

原文

Mystery Martian minerals hint at the planet’s complex geochemical past
  • Nature (2025-09-11) | DOI: 10.1038/d41586-025-02597-5
  • Janice L. Bishop & Mario Parente
  • Janice L. Bishopは、SETI研究所(米国カリフォルニア州マウンテンビュー)に所属
    Mario Parenteは、マサチューセッツ大学アマースト校(米国)に所属

参考文献

  1. Hurowitz, J. A. et al. Nature 645, 332–340 (2025).
  2. Parente, M. et al. Preprint at Zenodo https://doi.org/10.5281/zenodo.5575824 (2021).

  3. Itoh, Y. & Parente, M. Icarus 354, 114024 (2021).
  4. Saranathan, A. M. & Parente, M. Icarus 355, 114107 (2021).
  5. Ehlmann, B. L. et al. J. Geophys. Res. 114, E00D08 (2009).
  6. Scheller, E. L. et al. Science 378, 1105–1110 (2022).
  7. Mandon, L. et al. J. Geophys. Res. Planets 129, e2023JE008254 (2024).
  8. Clavé, E. et al. J. Geophys. Res. Planets 128, e2022JE007463 (2023).
  9. Kizovski, T. V. et al. Nature Commun. 16, 6470 (2025).
  10. Hausrath, E. M. et al. Minerals 14, 591 (2024).
  11. Treiman, A. H. et al. Minerals 13, 1122 (2023).
  12. Bishop, J. L., Lane, M. D. & Dyar, M. D. Proc. EGU General Assembly 2025

     https://doi.org/10.5194/egusphere-egu25-14637 (2025).

  13. Campbell, A. S., Schwertmann, U. & Campbell, P. A. Clay Miner. 32, 615–622 (1997).
  14. Bishop, J. L. et al. Intl. J. Astrobiol. 2, 273–287 (2003).
  15. Royer, C. et al. Commun. Earth Environ. 5, 671 (2024).
  16. Szynkiewicz, A., Moore, C. H., Glamoclija, M. & Pratt, L. M. Geochim. Cosmochim. Acta 73, 6162–6186 (2009).