光年レベルの波長の重力波の兆候を見いだす
中国貴州省にある500メートル球面電波望遠鏡から見た夜空。この望遠鏡もパルサーを観測し、重力波の兆候を捉えた。 Credit: NAOC of CAS
規則正しい間隔のパルス状の電波を出し続ける星、パルサーを電波望遠鏡で数十年にわたって長期観測することで、光年レベルの波長を持つ重力波の兆候を見いだしたと、世界の4つの研究グループが2023年6月、それぞれ発表した。研究者たちは重力波検出の宣言を目指し、さらに観測と解析を進めている。
重力波は、重力場が波として光速で伝播(でんぱ)するもので、2015年にレーザー干渉計と呼ばれる地上の検出器を使い、初めて検出された。研究者たちは今回、大きく異なる方法で重力波を再発見した。今回の方法は、銀河系(天の川銀河)にあるパルサーを大型の電波望遠鏡で観測することで、地球とパルサー間の距離が重力波の通過によって伸びたり、縮んだりした様子を調べた(2022年6月号「パルサーによる重力波検出に一歩接近」参照)。
2015年に初めて発見された重力波は、2つの恒星質量ブラックホールの衝突と合体から生じたもので、波長は約1000 kmから約1万 kmだった。今回発見された重力波の最も可能性の高い源は、太陽質量の数十万倍から数十億倍もあり、遠くの銀河の中心で互いの周囲をゆっくりと回る、はるかに大きなブラックホールの対であり、重力波の波長はこれまでに発見された重力波よりもはるかに長く、1光年前後から数十光年までに及ぶ。見つかった信号は、多数の源から出た重力波が組み合わさったもの(背景重力波)だ。
今回、北米グループのNANOGrav、インドや熊本大学の研究者らも加わった欧州パルサータイミングアレイ、オーストラリアのパークスパルサータイミングアレイの3つの研究グループは、数十年分のパルサーデータを集め、いずれもおおむね同様の結果を報告した1–3。4つ目の研究グループは中国パルサータイミングアレイであり、中国南西部の貴州省で2016年に稼働し始めた500メートル球面電波望遠鏡(FAST)の並外れた感度のおかげで、わずか3年あまりの観測データで信号を見いだしたという4。
米国ウエストバージニア州グリーンバンクにある電波望遠鏡「グリーンバンク望遠鏡」。口径は約100m。この望遠鏡も今回のパルサーの観測に使用された。 Credit: Jay Young for Green Bank Observatory
NANOGravは彼らの論文で、重力波のevidence(兆候)を見いだしたとしている。evidenceは3σ~5σの統計的有意性を意味し、彼らの結果の有意性は3σ~4σだったという。同グループの中心メンバーである米国立電波天文台(バージニア州シャーロッツビル)の天体物理学者Scott Ransomは「私たちは、検出という言葉はまだ使っていません。しかし、強い兆候だと考えています」と話す。Ransomらによると、各研究グループとも、重力波の予想された特徴の兆しを見いだしたものの、検出と言える統計的有意性(5σ)には達していないという。研究者たちは今後、データを持ち寄ることで検出の宣言に必要な統計的有意性に達することができるかどうかを調べる。
中国グループを率いた、北京大学(北京市)の電波天文学者Kejia Lee(李柯伽)は、3年の観測で結果が得られたことには驚いていないという。「FAST観測の重力波感度を私が計算したのは、私が博士課程の大学院生だった2009年です」と彼は振り返る。
ミラノ大学ビコッカ校(イタリア)で重力波とブラックホールの理論を研究するMonica Colpiは「もしもこれが確かめられれば、この新しい背景重力波の研究に大勢の天体物理学者が取り組むことになります。それでも20年はかかるでしょう」と話す。
パルサーは時計
いずれの研究グループもミリ秒パルサーを観測した。パルサーは、極めて高密度な天体である中性子星の一種で、その磁極から電波を発する。パルサーが自転するたびに、その電波ビームは地球の方向に向いたり外れたりするため、規則正しい間隔のパルスになる。ミリ秒パルサーは最も速く回転するパルサーであり、回転数は1秒当たり数百回に及ぶ。
オーストラリア国立望遠鏡機構(シドニー)の電波天文学者で、オーストラリアグループの論文3の責任著者の1人であるAndrew Zicは、「つまり、ミリ秒パルサーは正確な時計として使うことができるのです」と説明する。パルサー信号の到着時間のわずかな変化(ずれ)は、パルサーと地球の間の距離が重力波の通過によって変化したことを意味する。
しかし、1つのパルサーのタイミングの測定だけでは、重力波を検出できるほどの信頼性はなく、各研究グループは、数十個のパルサーを観測している。こうした観測方法をパルサータイミングアレイ(PTA)と呼ぶ。
観測の結果、彼らはHellings–Downs曲線と呼ばれる特徴を見いだした。この曲線は、背景重力波が存在するとき、2つのパルサーからのパルスのずれの相関が、2つのパルサー間の角度に応じて描く曲線だ。NANOGravはその信号を最初に見いだし1、2020年に研究者たちに報告した。しかし、NANOGravは、他の研究グループもこの曲線の兆候を見いだすまで論文を発表しないことに決めた。
エール大学(米国コネチカット州ニューヘイブン)の重力波天体物理学者で、NANOGravの一員であるChiara Mingarelliは、「Hellings–Downs曲線が実際に初めて現れたのを見たときは、素晴らしい瞬間でした。この曲線はいつまで見ていても見飽きることはありません」と話す。
長いゲーム
重力波の存在は、物理学者アルベルト・アインシュタインが1916年に予言した。2015年9月14日、米国ルイジアナ州と同ワシントン州にある「レーザー干渉計重力波観測所」(LIGO)の双子の検出器は、2つのブラックホールの合体で出た重力波を検出し、彼の予言を確かめた(2016年4月号「重力波を初めて直接検出」参照)。LIGOと、欧州の同種の検出器Virgo(イタリア・ピサ近郊)は、それ以来、そうしたイベントからの重力波を数十件も捉えた。
もしも今回見つかった信号が、宇宙の至る所にある超大質量ブラックホールの対からの重力波が組み合わさったものであれば、そうした連星が存在し、その一部は測定可能な重力波を放出するほど接近した軌道を持つという、初めての直接的な証拠になる。
重要なことは、各対は最終的には合体し、LIGOで観測されたものと似た重力波の突発をはるかに大きなスケールで作るだろうということだと、Colpiは指摘する。こうした衝突の信号の一部は、欧州宇宙機関(ESA)が2030年代に打ち上げる計画の宇宙重力波望遠鏡「レーザー干渉計宇宙アンテナ」(LISA)によって宇宙で検出されるだろう。
研究者たちは、将来はHellings–Downs曲線にとどまらず、個々の超大質量ブラックホール連星の信号が観測できるだろうと期待する。そのためには、超大質量ブラックホール連星が銀河系に十分近く、重力波としては十分に強くて背景重力波に対して際立つものである必要がある。欧州グループの一員で、バーミンガム大学(英国)の天体物理学者Alberto Vecchioは「個々の源からの重力波を検出するためには、その波は本当に強くなければなりません」と話す。しかし今のところ、ビッグバン時からの残留重力波を含め、重力波源が別のものである可能性も除外できない。
「これは長く、忍耐力のいるゲームでした。しかし今、私たちは超低周波数重力波スペクトルへの窓を開き始めています」とZicは話す。
翻訳:新庄直樹
Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 10
DOI: 10.1038/ndigest.2023.231007
原文
Monster gravitational waves spotted for the first time- Nature (2023-06-29) | DOI: 10.1038/d41586-023-02167-7
- Davide Castelvecchi
参考文献
- Agazie, G. et al. Astrophys. J. 951, L8 (2023).
- Antoniadis, J. et al. Preprint at https://arxiv.org/abs/2306.16214 (2023).
- Reardon, D. J. et al. Astrophys. J. 951, L6 (2023).
- Xu, H. et al. Res. Astron. Astrophys. 23, 075024 (2023).
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