さらに深まった中性子寿命の謎
UCNτ実験で使われた、重力と磁場で中性子を閉じ込める容器の内部。容器は深さ50cmのゆがんだお椀形(上部は開いている)で、多数の永久磁石を並べてできている。ロスアラモス国立研究所提供。 Credit: Los Alamos National Laboratory
中性子が崩壊するまでの時間(寿命)のこれまでで最も精度の高い測定結果が2021年10月に公表され、877.75秒と報告された。この結果は、超低速の中性子を重力と磁場で閉じ込める方法で測定され、精度はこれまでの同種の測定の約2倍だ。しかし、全く別の方法による測定では、中性子の寿命は10秒近く長いという結果が以前から得られている。中性子の寿命は、ビッグバン元素合成の予測などにも影響する重要な値だが、今回の結果で測定値の不一致がさらに明確になり、謎は深まっている。
この測定結果は、インディアナ大学ブルーミントン校(米国)の実験原子核物理学者Daniel Salvatらが、ロスアラモス国立研究所(米国ニューメキシコ州)でのUCNτ(タウ)と呼ばれる実験で得た。結果は、米国物理学会原子核物理学部門のオンライン会議で2021年10月13日に発表され、論文はPhysical Review Letters に掲載された1。
ランダムな崩壊
自然界に存在する中性子の多くは、放射性ではない原子核の一部であり、この場合の中性子は安定だ。しかし、核分裂で生じた中性子など、単独の中性子は不安定で、弱い相互作用によるベータ崩壊によって陽子と電子と反電子ニュートリノに崩壊する。
ある1個の中性子が崩壊するまでの時間はランダムだが、平均寿命(残っている中性子の数がe分の1になる時間。eはネイピア数)は約15分だ。中性子の平均寿命は、宇宙の始まりに生じた中性子の量に影響し、その結果、ビッグバン元素合成の予測に影響する。また、その精密な測定は、素粒子の現在の標準的理論である「標準模型」を検証し、標準模型を超えた現象を探索することにもつながる。
Salvatらは、中性子の速度を極めて遅くして真空室中の容器(ボトルと呼ばれる)に入れた。容器はゆがんだお椀形で、重力と磁場で中性子を閉じ込める。中性子が容器の壁と相互作用して失われないように、磁場で、中性子が容器の内壁に触れないようにしている。
研究チームは、中性子を容器内に導き、20~1550秒間、容器内に保持した。その後、容器内に検出器を挿入し、崩壊せずに残っている中性子を検出して数えた。このプロセスを蓄積時間を変えて繰り返し、平均寿命を算出した。容器に入る中性子数の変動は、別の検出器で監視した。
UCNτは10年以上前に始まった。今回の結果は2017年と2018年の一連の実験に基づいて得られたものだ。Salvatらは今回、いくつかの改善を行い、測定値の不確かさを0.34秒と、彼らのこれまでの測定の半分にすることができた。
「測定値の精度は現在、標準模型に基づく計算の精度に匹敵します。実験の精度が初めて理論の精度に近づき始めているのです」とSalvatは話す。これは、今後の改善により、中性子寿命の測定で標準模型を検証できるかもしれないことを意味する。国立標準技術研究所(NIST;米国メリーランド州ゲイサーズバーグ)で、別の方法で中性子寿命を測定している物理学者Shannon Hoogerheideは「とても素晴らしい測定結果です」と話す。
ボトルとビーム
中性子をボトルに閉じ込めて寿命を測定している研究者がいる一方、Hoogerheideのように中性子のビームを使って測定している研究者もいる2。ビーム中の中性子が崩壊する際に出す陽子を検出する方法だ。
この2つの方法の測定値は、約15年前までは不確かさが大きく、おおむね一致しているとみなされていた。しかし、測定の精度が上がり、不確かさが小さくなると、2つの方法の測定値の食い違いはあらわになってきた。ビームを使って測定された中性子の寿命の方が8秒ほど長い(「2つの測定方法の不一致」を参照)。中性子が、陽子ではない未知の物質に変化している可能性も指摘されている。
2つの測定方法の不一致
不思議なことに、ビーム中の中性子の寿命は、 容器(ボトル)の中に閉じ込められた中性子の寿命よりも8秒ほど長い。 Credit: SOURCE: F. E. WIETFELDT ATOMS 6, 70 2018 AND REF. 1
ペテルスブルク核物理学研究所(ロシア・ガッチナ)のAnatolii Serebrovは、「UCNτの最新の測定でも食い違いは解消されず、不一致はほぼそのまま残っています」と話す。彼が率いた2005年の高精度なボトル実験は、不一致が存在する可能性を初めて示した3。
UCNτチームは、測定精度を向上させるために改良を続けてきた。NISTのHoogerheideらもビームを使った測定の精度を上げようとしている。「精度は約10倍に改善できると考えています」とHoogerheideは話す。茨城県東海村の大強度陽子加速器施設(J-PARC)では、ビーム中の中性子が崩壊して出す電子を検出するという新たな方法で、中性子寿命の測定が行われている。
一方、ジョンズホプキンス大学(米国メリーランド州ボルティモア)の物理学者David Lawrenceらは、宇宙探査機上の中性子検出器を使って中性子寿命を測定する方法を研究してきた。「ボトル法、ビーム法に続く3番目の測定方法があれば問題の解決に非常に役立つはずです」と彼は話す。
この測定方法は、惑星や月などの大気や表面に宇宙線が衝突すると中性子が放出されることを利用する。上方に放出された中性子のうち、速度の遅い中性子は惑星の重力から逃れることができず、やがては雨のように惑星に落下する。しかし、それまでに中性子の一部は崩壊して陽子に変わっている。
このため、上昇する中性子の数と落下する中性子の数とを比較すれば、中性子の寿命の見積もりが得られる4。「中性子の一部は、上昇し、崩壊して決して戻って来ないのです」とLawrenceは説明する。彼は、この測定を行う理想的な方法は、小さな専用の探査機を使って金星を回る軌道上で測定することだと言う。金星の大気は主に二酸化炭素からなり、中性子をそれほど吸収しないからだ。
翻訳:新庄直樹
Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 1
DOI: 10.1038/ndigest.2022.220108
原文
Physicists make most precise measurement ever of neutron’s lifetime- Nature (2021-10-15) | DOI: 10.1038/d41586-021-02812-z
- Davide Castelvecchi
参考文献
- Gonzalez, F. M. et al. Phys. Rev. Lett. 127, 162501 (2021).
- Yue, A. T. et al. Phys. Rev. Lett. 111, 222501 (2013).
- Serebrov, A. et al. Physics Letters B 605, 72 (2005).
- Wilson, J. T. et al. Phys. Rev. C 104, 045501 (2021).
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