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光子を使ったトンネル効果でボーム解釈に疑問を呈する結果

2025年は、量子力学の100周年を記念する「量子科学技術国際年」だ。量子力学は、原子以下のスケールで正確な予言をするものの、量子理論の方程式をどう解釈すべきかについてはいまだに議論が続いている。トゥウェンテ大学(オランダ)のVioletta Sharoglazovaらは、光子がトンネリングと呼ばれる量子現象(トンネル効果)を行うのにどれだけの時間がかかるかを測定することにより、量子理論の標準的な解釈に代わる解釈を検証し、Nature 2025年7月3日号67ページで報告した1。この代替解釈は「ボーム力学」と呼ばれ、無限に長い障壁の中にトンネリングする量子的粒子は静止していると予言するが、Sharoglazovaらの結果はこの理論に疑問を投げ掛けるものだった。

ピンポン球のような古典的(非量子的)物体が壁にぶつかると、球は跳ね返る。一方、量子的粒子は、その運動エネルギーがポテンシャル障壁(周囲よりもポテンシャルエネルギーが高い領域)に入るために古典物理学で必要とされるエネルギーよりも低いときでさえ、ポテンシャル障壁の中にトンネリングする(入り込み、通り抜ける)ことがある。量子トンネリングは、放射性崩壊や一部のタイプの酵素触媒作用などの自然界の過程を説明する。また、トンネリングを使って原子スケールで表面を撮影する走査型トンネル顕微鏡のような装置が働く原理でもある。しかし、量子トンネリングの過程にどれだけの時間がかかるのかはまだ分かっていない。

量子力学では、物体は波動関数と呼ばれる関数で記述され、波動関数は、物質の量子スケールでの波のような性質を表現する。波動関数は、空間と時間のある領域に1個の粒子を見いだす確率を与える。この枠組みでは、時間は系の他の性質と異なり、観測できない。時間は外部変数であり、他の何かから推定しなければならない。例えば、トンネリング時間はスピンと呼ばれる原子の性質を使って測定されている2。しかし、トンネリング時間を標準的な量子力学を使って検証可能な形で予言することは難しい。

量子力学の多くの解釈では、粒子は波動関数の中で特定の位置を持たず、実験でどこにいつ現れるかを予測することは難しい。しかし、ボーム解釈3では、粒子は点状であり、その位置は今のところ測定できない「隠れた変数」によって決定される。粒子は、波動関数の一部である「パイロット波」によって明確な軌道に沿って導かれる。この軌道から、粒子の速度と障壁の中で費やす時間を計算することができる。Sharoglazovaらは、ボーム解釈の予言を検証する実験をデザインした。ボーム解釈では、無限に長い障壁の中へトンネリングする粒子は静止していて、障壁の中で粒子が費やす時間(滞在時間と呼ばれる)は無限大になる。

Sharoglazovaらの実験は、傾斜路を転がり落ちて壁にぶつかる球の量子版だ。彼らは「球」に相当するものとして、蛍光色素分子を含む、液体の薄い層の中にレーザーを当てることによって作った光子を使った。この液体は、2枚の鏡の間に挟まれていて、この閉じ込めのため、光子は質量を持つ粒子のように振る舞った4

底面の鏡は、2本の平行した経路、つまり「導波路」を作るように加工されていて、光子は導波路の中を動くことができる(図1)。第一の導波路は、ナノスケールの傾斜路になっていて、光子は傾斜路の上で発生した。傾斜路上の光子の最初の位置が光子のポテンシャルエネルギーを決定し、この最初の位置とポテンシャルエネルギーはレーザーを動かすことによって設定できた。光子は、傾斜路を下(くだ)り、さらに第一導波路の中を障壁に達するまで進んだ。この障壁は、トンネリングする光子にとって無限に感じられるほど長い。光子がより多くのポテンシャルエネルギーを持って出発するほど、障壁に達したときの光子の運動エネルギーは高くなる。研究者たちは、粒子が障壁の中に進むために必要な古典的しきい値エネルギーを上回る場合と下回る場合の両方の、さまざまなエネルギーを持つ光子を使って実験を行った。

図1 量子トンネリング実験
量子的粒子は、量子トンネリングによって、障壁と呼ばれる空間領域の中に進むことができるが、これは古典物理学では不可能だ。Sharoglazovaらは、障壁の中へトンネリングする光子の速度を測定した1。実験は、2枚の鏡の間に蛍光色素を満たした空洞の中で行われた。底面の鏡は、ナノスケールの構造を持ち、光を導く2本の「導波路」を作っている。光子は、第一の導波路の中で蛍光色素分子にレーザーを当てることによって作られた。この導波路は傾斜路になっていて、この傾斜路が光子にポテンシャルエネルギーを与えた。光子は、傾斜路を下(くだ)り、障壁に出合うまで進んだ。光子は障壁の中にトンネリングすると、第二の導波路の中へ横方向にもトンネリングした。2本の導波路の間で光子が行ったり来たりしたペースを使って、障壁中での粒子の速度が測定された。

Sharoglazovaらは、トンネリングする粒子が既知の振動数で振動するようにすることにより、時間を測定した。障壁の中で2本の導波路は平行であり、光子が障壁の中にトンネリングする際に横方向にもトンネリングし、2本の導波路の間を行ったり来たりするように配置されている。この行き来するペースは、こうした系の明確な性質であり、測定可能だ。このため、この粒子の振動は時計として働く。

光子の一部は、上面の鏡を透過してカメラで捉えられる。研究者たちは、この画像を使って、2本の導波路に沿ったさまざまな点での光子の相対的な数を得た。彼らはこれから、トンネリングする粒子の速度を計算した。

粒子が障壁の中にトンネリングし、その運動エネルギーは障壁のポテンシャルエネルギーよりも低いとき、これは粒子の局所的な運動エネルギーは負だということを意味する。このエネルギーは、光子の最初の位置から実験の各回において計算された。

研究者たちは、粒子の負の運動エネルギーの絶対値が大きくなるほど、粒子は障壁の中でより速く進むことを示した。鏡を透過した光は、導波路の中の、質量を持つと見なせる粒子の数は、障壁中の距離とともに減少したことを示した。粒子の速度と粒子数の減少のペースを使って、特徴的な距離と滞在時間が計算された。Sharoglazovaらが得た滞在時間は有限で、無限の障壁の中の粒子の滞在時間は無限大だというボーム解釈の予言に疑問を投げ掛けた。

この粒子の速度を使って、有限の障壁を通過してトンネリングするのにどれだけの時間がかかるかが予測された。これらの予測は、実験結果2および理論的結果5,6と合致し、今回の実験方法が正しいことを示した。しかし、Sharoglazovaらの結果が、ボーム解釈の妥当性についての議論を決着させることはなさそうだ。彼らの実験は、議論の余地のある一連の高度な仮定に依存している。例えば、波動関数の時間発展を決める方程式は、質量のある粒子に関するものだが、Sharoglazovaらの実験は、質量のある粒子のように振る舞う、質量のない光子を使った類似物だった。

さらに、ボーム解釈の予言の検証が可能になるような、標準的な量子力学による滞在時間の明確で検証可能な予言はない(そのような予言はあり得ないという主張もある7)。このことはボーム解釈の除外を難しくする。ボーム解釈は新しい結果に合うように修正されるかもしれないためだ。それでも、Sharoglazovaらの実験は、今まで概ね理論的検討に限定されていた議論に、実験による貴重なデータポイントを加えてくれた。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2025.251048

原文

Tunnelling photons challenge interpretation of quantum mechanics
  • Nature (2025-07-03) | DOI: 10.1038/d41586-025-01765-x
  • Alessandro Fedrizzi & Fabio Biancalana
  • 共にヘリオット・ワット大学(英国エディンバラ)に所属

参考文献

  1. Sharoglazova, V., Puplauskis, M., Mattschas, C., Toebes, C. & Klaers, J. Nature 643, 67–72 (2025).
  2. Ramos, R., Spierings, D., Racicot, I. & Steinberg, A. M. Nature 583, 529–532 (2020).
  3. Bohm, D. Phys. Rev. 85, 166–179 (1952).
  4. Klaers, J., Schmitt, J., Vewinger, F. & Weitz, M. Nature 468, 545–548 (2010).
  5. Büttiker, M. & Landauer, R. Phys. Rev. Lett. 49, 1739–1742 (1982).
  6. Büttiker, M. Phys. Rev. B 27, 6178–6188 (1983).
  7. Field, G. E. Eur. J. Phil. Sci. 12, 57 (2022).