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ウイルスが休眠がん細胞を呼び起こす

インフルエンザウイルスは休眠状態のがん細胞(緑)を目覚めさせる可能性があることが、マーカー(マゼンタ)によって示されている。 Credit: Bryan Johnson

一部の乳がんサバイバーの肺で数十年間潜伏している休眠状態の腫瘍細胞が、再活性化する可能性がある。このほど、マウスでの実験から、こうした休眠がん細胞が、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2、いわゆる新型コロナウイルス)感染症(COVID-19)やインフルエンザなどによる、ありふれた呼吸器感染症によって目覚める可能性があることが示された。

この知見は、2025年7月30日にNatureで報告され1、ヒトにも適用されると考えられる。というのも、SARS-CoV-2の感染により、がん関連死がほぼ2倍に上昇することが示唆されているからだ。このことにより、COVID-19のパンデミック(世界的大流行)の初期にがんによる死亡率が上昇した理由を説明できるかもしれない。

研究を率いたコロラド大学医学系大学院(米国オーロラ)のがん生物学者James DeGregoriは、この結果は「実に劇的」だと言う。「呼吸器のウイルス感染で休眠がん細胞が目覚めるだけではありません。ウイルスは、がん細胞を増殖させ、そして『膨大な数』に増やしてしまうのです」。

がん細胞が目覚める理由

DeGregoriらは、とりわけ、乳がん、前立腺がん、皮膚がんの寛解患者において、原発腫瘍から離れて、骨髄などの組織に潜伏している休眠状態のがん細胞に狙いを定めた。休眠がん細胞は転移に向かう前駆細胞で、こうしたがんのサバイバーにおいてさえも課題である。例えば、乳がんサバイバーの約25%では、このような休眠がん細胞が再発や転移を引き起こし得る。

休眠がん細胞が再活性化するきっかけを明らかにしようと、長年研究が行われている。これまでの研究から、喫煙2や加齢3によって引き起こされるような慢性炎症が原因であることが示唆されている。

1回の感染では直接がんは引き起こされないが、将来的な脅威で休眠がん細胞が再び活性化する可能性を意味している

DeGregoriらは、呼吸器感染症によって生じる急性炎症も、休眠がん細胞を再活性化できるのだろうかと疑問に思った。これを調べるために、マウスを遺伝的に改変し、ヒトの乳がんに類似した腫瘍を発症して、肺など他の組織へ休眠腫瘍細胞が播種(はしゅ)されるようにした。次に、この改変マウスにSARS-CoV-2またはインフルエンザウイルスを感染させた。

その結果、改変マウスは、感染後数日以内に肺の休眠がん細胞が活性化して増殖し、転移巣を形成した。しかし、こうしたがん細胞の表現型の移行は、病原体が直接引き起こしたのではなく、インターロイキン6(IL-6、外来の脅威に対する体内の応答を活性化)と呼ばれる重要な免疫分子に依存していることが確認された。IL-6欠損マウスを作製したところ、休眠がん細胞の増殖ははるかに遅くなったのだ。

再活性化されたがん細胞は、ウイルス感染後、約2週間で再び休眠状態になった。このことは、一過性の感染では直接がんは引き起こされないが、将来的な脅威(感染が繰り返されたり、遺伝的変異が起こったりなど)で休眠がん細胞が再び活性化する可能性を意味していると、DeGregoriは言う。彼は、この現象を、小さな炎が大火災へと変わることに例えている。「小さな炎は生じても、すぐに消えてしまいます。しかし、何度も繰り返されれば、以前の数百倍の燃えさしが残ります。それによって、大規模火災へつながる可能性が高くなるのです」とDeGregoriは言う。

話はこれで終わらない。DeGregoriらは、休眠がん細胞の再覚醒にはIL-6が不可欠である一方、ヘルパーT細胞という別の重要な免疫細胞が、がん細胞を他の免疫防御系から保護していることに気付いた。「がん細胞は、本来がん細胞を除去する免疫系を転用して、自身を保護させているのです。これには本当に衝撃を受けました」とDeGregoriは言う。

マウスにおけるこの知見をヒトでも立証するために、英国バイオバンクなど、大規模リポジトリの集団データが活用された。その結果、COVID-19検査で陽性だった人のがん関連死のリスクは感染直後の数カ月で最も顕著に上昇し、これはマウスにおける再活性化された休眠がん細胞の迅速な増殖を反映していると考えられた。

ウイルスと慢性疾患

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に感染した患者の肺のX線画像。 Credit: Anadolu/Contributor/Anadolu/Getty

今回の研究のように、病原体によって引き起こされる慢性炎症と一見無関係な健康状態との関連を明らかにした研究が増えてきている。例えば、一般的なエプスタイン・バーウイルスの感染により、多発性硬化症を発症するリスクが高まる。しかし、エール大学医学系大学院(米国コネティカット州ニューヘイブン)の免疫学者である岩崎明子(いわさき・あきこ)は、今回の研究は、病原体が引き起こす急性炎症とがんとの関連を実証した最初の研究だと言う。

急性炎症とがんの関連を確認できれば、新たな治療法やがんサバイバーへの推奨事項につながるだろうと、ジョンズホプキンス大学医学系大学院(米国メリーランド州ボルティモア)のがん生物学者Mikala Egebladは言う。例えば、重症COVID-19患者の炎症を抑えるために、IL-6を標的とした治療が行われてきた。「今後は、がんの再発防止に対してこうした薬剤の有効性を調べるべきです」と、Egebladは話す。

こうした関連がさらに詳細に解明されるまでは、がんサバイバーは呼吸器感染症を避けるための追加の予防措置、つまり、SARS-CoV-2やインフルエンザウイルスなどに対するワクチン接種の検討が推奨されると、DeGregoriは言う。

DeGregoriらは、今回の知見が他のタイプのがんや肺以外の組織、また他の一般的な病原体にも適用可能かを調べるための計画を立てている。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2025.251122

原文

‘Sleeping’ cancer cells in the lungs can be roused by COVID and flu
  • Nature (2025-07-30) | DOI: 10.1038/d41586-025-02420-1
  • Max Kozlov

参考文献

  1. Chia, S. B. et al. Nature 645, 496–506 (2025).
  2. Albrengues, J. et al. Science 361, eaao4227 (2018).
  3. Fane, M. E. et al. Nature 606, 396–405 (2022)