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特集:マイクロバイオームの臨床橋渡し

Nature Biotechnology 31, 4 doi: 10.1038/nbt.2562

塩基配列解読技術の低コスト化と高速化で、ヒトマイクロバイオーム研究に弾みがついている。事実、過去15年間で3.5テラバイト以上のヒトマイクロバイオーム情報が生み出されているが、これはヒトゲノムプロジェクトがもたらしたデータの1,000倍以上という驚異的な量である。これを反映して論文数も毎年急増しており[Data page, p. 277]、その範囲は微生物学、生態学、免疫学、薬理学、人間生理学、代謝学、疾患学とその境界領域に及んでいる。しかし、今までのところ、ヒトとその「第2のゲノム」の関係に関する理解の深化を新たな治療法へ橋渡しする方法に関しては、ほとんど議論が行われていない。今回の特集は、マイクロバイオーム研究の進展、そして、マイクロバイオームデータを用いてヒト疾患の解明を進め、新たな治療法の合理的設計を行うための方法にテーマを絞った。

微生物を用いる治療法は、決して目新しくはない。細菌を利用して発酵させた保存乳(ヨーグルト)に健康増進作用があることは、何世紀も前から知られている。現在、プロバイオティクス科学はかなりの進歩を遂げ、低コストの塩基配列解読によってマイクロバイオーム革命が起こるとともに腸内微生物叢の調節によって有益な効果が実現される前から、それはすでに巨大な産業になっている。Charles Schmidtは、1世紀以上前に構想されてから現在に至るまでのプロバイオティクス発展の軌跡をたどり、研究者が、不確かな健康増進効能の主張から離れ、その機構の究明に注力するようになったことを示している[News Feature, p. 279]。このように力点が変化した一因は、規制当局の介入によって、食品メーカーが臨床的証拠なしに具体的な健康増進効能を主張できなくなったことである。圧倒的に詳しいマイクロバイオームが得られる解析技術が、今ではプロバイオティクス研究に適用されるようになっている。また、健常者の糞便微生物叢の移植による難治性腸感染症の治癒という事例が過去50年あまりにわたってまことしやかに報告されていたが、最近の臨床試験結果によってそれが実証されたことで、プロバイオティクス研究は活気づいている[Feature, p. 309]。

本誌は、この分野の重要な論文の概要を把握するため、ヒトマイクロバイオームのさまざまな側面に取り組む科学者を対象として調査を行い、この研究分野が始まってからの15年間に発表された論文の中で最も影響力のあったものがどれかを尋ねた[News Feature, p. 282]。研究文献が急増する中で意外とも思われるが、回答は少数の論文に集中した。この調査の回答で上位を占めた5編は、極めて多様なヒト腸内微生物叢を網羅した論文、および微生物叢異常と疾患との結びつきを調べた論文である。

現在のところ、細菌感染の標準的な治療法は抗生物質の投与であるが、耐性株の出現によって数々の問題が生じている。これに対し、もう1つの治療介入法は、単純にヒトの微生物叢を調節して、病原作用をもたらす生物に打ち勝つことができるようにすることと考えられる。Bernat Olleは、マイクロバイオームの調節をめざす商業的研究について調べ、生態系レベルでの介入から選択的な方法まで、マイクロバイオームの調節因子となる可能性のあるものを広く概説している。また、この新しく得た知識を利用して腸疾患に対する製品を開発している主要な新興企業を概観し、この技術の商業化をめぐる規制と所有権に関する問題にも触れている[Feature, p. 309]。

意外なことに、マイクロバイオーム製品をめぐる知的財産には、モノクローナル抗体やRNA干渉法、幹細胞を用いた製品ほどの不確実さが認められない。モノクローナル抗体などの製品では、複雑に入り組んだクロスライセンス契約の交渉を行う必要があり、最終製品に高額の特許権使用料の負担がかかるためで、これはマイクロバイオーム製品の優位性と考えられる。本誌が行った特許データベースの調査では、最近、この分野でさまざまな特許出願があったことが明らかになった[Patent Table, p. 318]。

今後、ヒト微生物叢に関連する基礎生物学的知見の臨床橋渡しを考えるには、いくつかの課題を乗り越えなければならない。学界と産業界の9人の専門家による討論[Feature, p. 304]では、微生物叢の機能を解明するために十分な数の微生物叢の生物が培養できていないこと、マイクロバイオームに関連する機能を解明する上で技術的障壁が存在すること、機能研究のために優れたモデル系を作製することが研究の進展に極めて重要であることが浮かび上がった。

マイクロバイオームを用いる治療法の合理的設計による慢性疾患への対処では、微生物叢異常(微生物叢の病的不均衡)をもたらす機構とともに、その機構と機能障害との関わりの解明を進める必要がある。機構の発見は、還元的生物学と特別な動物モデルを必要とすることが通常であるが、無菌モデルの作製、維持、および入手可能性の点で問題が残っている[Editorial, p. 263]。

ヒトと微生物との接点に関する理解の深化を疾患の治療に利用する方法が徐々に発見され始めていることは、ほとんど疑いの余地がない。本号に掲載した各記事は、マイクロバイオームの知識を新たな治療介入法に橋渡しする方法をテーマとしている。一方、マイクロバイオーム研究は、ほかのバイオテクノロジー領域(ペット、家畜、植物など)にも新しい研究の道を数多く開いている。例えば、植物バイオテクノロジーでは、根に関連する微生物の組成と機能の解明が進めば、病原体抵抗性の改善(Science 332, 1097-1100, 2011)や、収量と耐乾燥性の向上が実現される可能性がある。

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