世界初、幹細胞治療で女性患者が1型糖尿病から回復
膵臓にある膵島(中央)は、血糖値を制御するホルモンであるインスリンを産生・分泌する。 Credit: Steve Gschmeissner/Science Photo Library/Getty
1型糖尿病を患う25歳の女性患者が、再プログラム化された幹細胞の移植を受けてから3カ月足らずのうちに、自力でインスリンを産生できるようになった1。彼女は、自身の体から採取した細胞を使って1型糖尿病の治療を受けた最初の患者である。
「砂糖を食べられるようになりました」と、中国の天津に住むその女性はNatureの電話取材に対して語った。移植から1年以上たつが、「何でも食べられます。特に煮込み料理が好きです」と彼女は言う。この女性患者はプライバシー保護のため匿名を希望している。
アルバータ大学(カナダ・エドモントン)の移植外科医で研究者のJames Shapiroは、この移植手術の結果は驚くべきものだと言う。「手術前には多量のインスリン投与を必要としていた患者の糖尿病が、完全に回復したのです」。
2024年9月にCell に発表されたこの研究は、同年4月に、2型糖尿病を患う59歳の男性患者の肝臓にインスリンを産生する膵島を移植することに成功したと報告した、中国・上海の別の研究チームの成果2に続くものだ。この膵島も、患者自身の体内から採取した幹細胞を再プログラム化して作製されたもので、移植後に患者は、インスリンの投与が不要になった。
これらの研究は、糖尿病の治療に幹細胞を用いる数少ない先駆的な試験の一部である。糖尿病は世界中で5億人近くが罹患しており、その多くが2型糖尿病患者である。2型糖尿病患者は、体内でインスリンが十分に産生されないか、インスリン利用能が低下している。一方、1型糖尿病では、免疫系が膵臓の膵島細胞を攻撃する(2023年5月号「1型糖尿病の発症を薬で遅らせる」参照)。
膵島移植によって糖尿病を治療することは可能だが、増え続ける需要を満たすだけのドナーの数がいないことに加えて、レシピエントはドナー組織を拒絶しないよう、免疫抑制剤を使用しなければならない。
幹細胞を使えば、体内のあらゆる組織を作り出すことができ、実験室で際限なく培養することが可能だ。つまり、幹細胞は膵臓組織の無限の供給源になり得るということである。また、患者自身の細胞から作られた組織を使うことで、免疫抑制剤が不要になるのではないかと研究者らは期待している。
再プログラム化された細胞
北京大学(中国)の細胞生物学者であるDeng Hongkuiらは、この種の最初の臨床試験において、3人の1型糖尿病患者から細胞を採取して、体内のあらゆるタイプの細胞を作り出すことができる多能性状態へと戻した。この再プログラム化技術は、約20年前に京都大学の山中伸弥(やまなか・しんや)によって開発されたものだ(2016年9月号「iPS細胞の10年」)。しかしDengらは、この技術に少し手を加えた3。山中のように遺伝子発現の引き金となるタンパク質を細胞に導入するのではなく、細胞を低分子に曝露したのである。これによって、この過程をより制御しやすくなった。
Dengらは次に、この化学的に誘導された多能性幹細胞(iPS細胞)を用いて、膵島の三次元クラスターを作製した。彼らは、マウスと非ヒト霊長類でこの細胞の安全性と有効性を検証した。
2023年6月、Dengらは約150万個の膵島に相当する細胞を、冒頭の女性患者の腹筋に注入した。この手術には30分もかからなかった。腹筋への膵島移植は初めての試みであった。膵島移植のほとんどは肝臓に注入されるため、細胞を観察することができない。しかし、膵島を腹部に移植することで、磁気共鳴画像化技術を用いて細胞を監視することができ、必要に応じて細胞を除去することもできるようになった。
1型糖尿病患者は、血糖値とインスリンのレベルを慎重に管理しながら、インスリンを補う注射を1日に何度も打つ必要がある。 Credit: Halfpoint Images/Moment/Getty
インスリン注射不要
それから2カ月半後、この女性患者は注射を必要としないほどの量のインスリンを産生するようになり、その産生レベルを1年以上維持している。彼女は、術後2カ月半の時点で血糖値の危険な急上昇と急降下を経験しなくなり、その血糖値は、1日の98%以上で目標範囲内に収まっていた。京都大学の糖尿病研究者である矢部大介(やべ・だいすけ)は、「見事な成果です。これが他の患者にも応用できるのであれば、素晴らしいことです」と述べる。
これらの結果は興味深いが、もっと多くの患者で再現される必要があると、マイアミ大学(米国フロリダ州)の内分泌学者で、1型糖尿病を研究しているJay Skylerは言う。Skylerはまた、この女性患者が「治癒した」と判断するためには、移植された細胞が少なくとも5年間はインスリンを産生し続けることを確認することが必要だと話す。
Dengによれば、他の2人の参加者の結果も「非常に良好」であり、2024年11月に術後1年の節目を迎えるという。今後は、臨床試験を拡大して、参加者をさらに10~20人増やしたいと、Dengは考えている。
冒頭の女性患者は肝移植経験があり、免疫抑制剤を投与中であるため、Dengらは、自己由来のiPS細胞が移植細胞に対する拒絶反応のリスクを軽減したかどうかを評価することはできなかった。
1型糖尿病は自己免疫疾患であるため、たとえ体が移植細胞を「異物」と認識しないために拒絶を起こさなかったとしても、体が移植膵島を攻撃するリスクは依然として残る。Dengによれば、この女性患者は免疫抑制剤を使用していたのでこのような現象は見られなかったが、彼らは自己免疫反応を回避できる細胞の開発を進めているという。
ドナー由来の細胞
レシピエント自身の細胞を使った移植にはいくつか利点があるが、その手順をスケールアップして商品化するのは難しいと、研究者らは言う。いくつかの研究チームは、ドナー由来の幹細胞を使って膵島細胞を作製する臨床試験を開始している。
2024年6月、バーテックス・ファーマシューティカルズ社(Vertex Pharmaceuticals、米国マサチューセッツ州ボストン)が主導した臨床試験の予備的結果が報告された。この試験では、12人の1型糖尿病患者の肝臓に、ドナー由来の胚性幹細胞から作製した膵島が注入された。彼らは全員、免疫抑制剤の投与を受けた。移植から3カ月後、参加者全員が、血液中にグルコースが存在するとインスリンを産生するようになった4。そして、何人かはインスリン注射を必要としなくなった。
2023年、バーテックス社は別の臨床試験も開始している。同社は、ドナー由来の幹細胞から作製された膵島細胞を、免疫系の攻撃から保護されるように設計したデバイスに封入し、このデバイスを1人の1型糖尿病患者に移植した。この患者は、免疫抑制剤を投与していない。「この試験は現在進行中です」と、研究の運営に携わるShapiroは述べる。この試験では、17人の参加者の登録を目指している。
矢部もまた、ドナー由来のiPS細胞から作製した膵島細胞を使った臨床試験を開始する予定だ。この試験では、膵島のシートを作って、3人の1型糖尿病患者の腹部組織に外科的に移植する計画であり、患者には免疫抑制剤が投与される。最初の参加者は2025年初めに移植を受ける予定である。
翻訳:古川奈々子
Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 1
DOI: 10.1038/ndigest.2025.250118
原文
Stem cells reverse woman’s diabetes — a world first- Nature (2024-09-26) | DOI: 10.1038/d41586-024-03129-3
- Smriti Mallapaty
参考文献
Wang, S. et al. Cell https://doi.org/10.1016/j.cell.2024.09.004 (2024).
- Wu, J. et al. Cell Discov. 10, 45 (2024).
- Guan, J. et al. Nature 605, 325–331 (2022).
- Reichman, T. W. et al. Diabetes 72, 836-P (2023).
関連記事
Advertisement