リサーチハイライト
2匹が1匹になる:クシクラゲは融合できる
クシクラゲ(Mnemiopsis leidyi)。 Credit: Mariana Rodriguez-Santiago
クシクラゲは奇妙な動物だが、これまでに知られている以上に奇妙な動物であることが明らかになった。ディスコの照明のような見た目で知られるこの海の生き物は、全ての動物の共通祖先から枝分かれした最初のグループに属しているが、このほど2匹が融合しているところが目撃された。
2023年の夏、基礎生物学研究所(愛知県岡崎市)の城倉圭(じょうくら・けい)らは、研究室の水槽の中に、口と感覚器官が余分にある異常に大きなクシクラゲ(Mnemiopsis leidyi、写真)が泳いでいることに気付いた。
城倉らは、この個体は、傷付いた2匹のクシクラゲが融合したものかもしれないと考え、体の一部を切除した2匹のクシクラゲを解剖皿の上で隣り合わせに置いてみた。10回の試行のうち9回で切除部分が融合し、神経系や消化管の動きも速やかに同期した(ただし、2個の肛門から同時に糞を排出することはなかった)。
多くの動物は自分自身の組織と他の個体の組織を区別することができるが、クシクラゲはこの能力に欠けているように見える。その理由は、彼らが海の中を単独で泳ぎ回り、他の個体と長時間一緒に過ごすことがほとんどないことで説明できるかもしれないと、城倉らは述べている。
Curr. Biol. 34, R889–R890 (2024).
シベリアの王族の墳墓から「幽霊騎手」の証拠発見
Credit: Trevor Wallace
シベリアで発見された2800年前の王族の墓の周りから馬と人間の骨が発見された。考古学者たちは、馬と共にいけにえとして殺された人間の遺体が、馬に乗った姿勢で配置されたものと考えている。
この墳墓は「トゥンヌグ1号墳」と呼ばれ(写真)、スキタイ人(後に現在のロシア南西部とウクライナの大部分を征服して古典世界の年代記作者たちを震撼させ、魅了した騎馬遊牧民)の文化に似た文化があったことの証拠となる、最も初期の、最も東に位置する遺跡の1つである。ギリシャの歴史家ヘロドトスは紀元前430年に、スキタイ人は王の墓の周りの野外に、木のくいを使って馬の死体に人間の遺体を乗せたものを飾ると記している。
トゥンヌグ1号墳の発掘調査は、ヘロドトスの記述よりも何百年も前に同じような展示が行われていたことを示唆している。ロシア科学アカデミー(サンクトペテルブルク)のTimur Sadykovは、馬と人間の骨と、スキタイ様式の動物モチーフで装飾された馬具の破片を発見した。骨の配置と、くいの残骸と考えられる白樺の木片から、ヘロドトスの記述の通り、いけにえが「幽霊騎手」のように馬に乗せられていた可能性が示唆される。
Antiquity https://doi.org/nmw3 (2024).
幼児は幼児のやり方で新型コロナと闘っている
Credit: Getty
免疫系は、成熟するまでに数年かかることがある。中でも特定の病原体を認識して標的とする部分の成熟には、特に長い時間がかかる。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的大流行)によって新たな病原体が導入され、広く拡散したことで、科学者たちは、未成熟な免疫系と成熟した免疫系が新たな脅威に適応する過程を比較することが可能になった。
INSERM(フランス・パリ)のBenoît Manfroiらは、2020年と2021年に、約100人から重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に感染する前後の血液試料を採取した。Manfroiらは、5歳未満の幼児が感染中に産生するヘルパーT細胞(特定の病原体に対する免疫防御機構の動員を助ける細胞)の割合が、年長の子どもや大人に比べて少ないことを発見した。
回復から約1年後、感染時に5歳未満だった子どもたちは記憶ヘルパーT細胞(特定の病原体を「記憶」する細胞)を生成していたが、そのプロファイルは年長の子どもや大人のそれとは異なっていた。記憶B細胞(同じく特定の病原体を記憶する細胞)の産生も少なかったが、SARS-CoV-2を中和できる抗体は大人と同程度持っていた。
Sci. Transl. Med. 16, eadl1997 (2024).
3Dプリンターで製作でき部品を組み替えられる顕微鏡
Credit: Gabriel Moya
科学者たちがこのほど開発した光学顕微鏡は、3Dプリンターで製作でき、単一分子を検出して、生物学的試料を超高解像度で画像化することができる。
最先端の顕微鏡は、非常に優れた解像度と感度を備えているが、大型で、高価であり、管理された実験室環境以外では使いにくいものが大半である。そのため多くの生物学者、生化学者、医学研究者にとって、こうした装置は実用的でない。
ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン(ドイツ)のGabriel Moya Muñozらは、コンパクトで安価で多用途な顕微鏡システム「Brick-MIC」を開発した。このシステムは、3Dプリンターで製作できる4層構造の顕微鏡と、市販業者から購入できるミラーやフィルターなどの単純な光学部品とを組み合わせたものである。
Muñozらは、顕微鏡の層を相互に交換し、光学部品を入れ替えることで、Brick-MICをさまざまな用途に使えることを実証した。その用途には、単一分子の検出や、生体分子構造のナノメートル単位の解像度での画像化などが含まれる。研究チームは、この「スイスアーミーナイフ」のような顕微鏡システムが、研究施設やその他の場所で使われるようになることを期待している。
Sci. Adv. 10, eado3427 (2024).
月光は熱帯の哺乳類の行動に影響を及ぼす
Credit: Picture by Tambako the Jaguar/Moment/Getty
熱帯雨林の最も暗い場所でも、多くの哺乳類は月の光に反応していることが明らかになった。
昔から動物の行動の変化は月の満ち欠けと関連付けられてきたが、熱帯の動物、中でも密林の樹冠の陰に生息する動物たちの反応についてはほとんど知られていない。この点を解明するため、ノルウェー生命科学大学(オース)のRichard Bischofらは、2008〜2017年に3つの大陸でカメラトラップによって撮影された210万枚の画像を分析した。
その結果、この研究で確認された86種の哺乳類の半数が、満月に対して何らかの反応を示していることが明らかになった。12種は月光を避け、月光を嫌うと判定されたが、そのうちの9種が齧歯類であった。月光がない夜よりもある夜の方が活動的で、月光を好むと判定されたのは、クチジロペッカリー(Tayassu pecari、写真)、ヨツユビハネジネズミ(Petrodromus tetradactylus)、モリウサギ(Sylvilagus brasiliensis)の3種だけであった。
Bischofらは、密林の樹冠の陰に生息する動物に月光を嫌うものが多いのは、森林伐採などの撹乱により樹冠が切り開かれると「勝者よりも敗者の方が多くなる可能性がある」ことを示唆していると主張している。
Proc. R. Soc. B 291, 20240683 (2024).
氷の準惑星ケレスが深部に隠す泥
Credit: NASA/JPL-CalTech/UCLA/MPS/DLR/IDA
モデル化研究により、準惑星ケレスには、表面がほぼ純粋な水の氷からなり、深い所ほど「汚れて」ゆく、凍った海があることが示唆された。これにより、ケレスの氷の含有量に関する相反する証拠の間の折り合いをつけることができる。
ケレス(写真)は、火星と木星の間の小惑星帯で太陽の周りを公転している。その組成を決定することは、小型の天体がどのように進化するかを理解する上で重要である。しかし、これまでに得られた観測結果には、ケレスの内部に氷が豊富にあることを示すものと、ケレスの氷の含有量が少ないことを示すものがある。
パデュー大学(米国インディアナ州ウェストラファイエット)のIan Pamerleauらは、この矛盾を解消するケレスのモデルを構築した。このモデルでは、ケレスの地殻の氷の含有量は、表面付近の約90%から深さ117 kmの0%まで、徐々に少なくなっている。
研究チームが得た知見は、ケレスにはかつて全球に広がる海があり、それが表面から深部へと少しずつ凍り付いていったことを示唆している。海はこの過程で、塩分や泥などの不純物を徐々に多く含むようになり、凍った海の純度は深さとともに低くなっていったのだ。
Pamerleauらは、このモデルは将来のケレス探査ミッションで検証できるかもしれないと述べている。
Nature Astron. https://doi.org/njzn (2024).
人間の嗅覚能力は侮れない
Credit: Fabrice Coffrini/AFP/Getty
人間は、0.1秒も間を置かずに提示された2種類のにおいを識別することができることが示された。一般に人間がにおいを嗅ぐ動作には2~3秒かかるので、これに比べるとはるかに短い時間である。
中国科学院(北京)のYuli Wuらは、人間がにおいを処理する速さを解明するために、レモンとタマネギなど2つの異なるにおいをミリ秒単位の精度でノーズピースに送り込む装置を開発した。そして、200人以上の研究参加者にノーズピースを装着させ、2種類のにおいを短い間隔を空けて1種類ずつ放出した際に、何のにおいがしたかを報告させた。
参加者たちは、2種類のにおいがわずか0.06秒の間隔で提示された場合でも、両者を識別することができた。これらの結果は、人間がにおいを認識する速さは予想よりもはるかに速く、色を認識するのと同じくらいの速さでにおいを認識できることを示唆していると、Wuらは結論付けている。
ただしWuらは、実験で用いた2種類のにおいは互いに似ていないものが多かったため、よく似たにおいを素早く識別することはもっと難しいかもしれないと指摘している。
Nature Hum. Behav. https://doi.org/nnmn (2024).
赤ちゃんウミガメが砂の中で孵化して地表に出るまで
Credit: Anadolu/Contributor/Anadolu/Getty
孵化したばかりのウミガメの赤ちゃんは、砂の中の巣から外の世界に「泳いで」出てくることが分かった。
アオウミガメ(Chelonia mydas、写真)の赤ちゃんが卵の中から出てくるとき、そこは厚さ1 mもの砂の下である。幼いウミガメにとっての最初の挑戦は、限られた量の酸素とエネルギーを使って、完全な暗闇の中、砂の中を地表まで掘り進むことである。
実験室に作った人工の巣で孵化したウミガメの赤ちゃんの行動をガラス越しに観察する以前の研究では、ウミガメが3〜7日かけてランダムに「もがき」ながら表面に上がってくることが示唆されていた。この行動を野生環境で観察するため、ニューサウスウェールズ大学(オーストラリア・シドニー)のDavid Dorらは、孵化したばかりの10匹のアオウミガメに活動量を測定するセンサーを取り付けた。
センサーは、生まれたばかりのウミガメが、まずはおそらく重力を手掛かりにして頭を上に向け、それから背側と腹側に交互に体を傾けて地表に向かって上がっていくことを明らかにした。ウミガメたちはこの「泳ぎ」のようなスタイルで、数秒から数時間、定期的に休憩しながら約1~4日で地表に出ていた。
Proc. R. Soc. B 291, 20241702 (2024).
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 1
DOI: 10.1038/ndigest.2025.250102
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