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ヒトクローン胚から多能性の幹細胞を作製

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2011.111207

原文:Nature (2012-10-05) | doi: 10.1038/news.2011.578 | Cloned human embryo makes working stem cells

David Cyranoski

ヒト卵細胞から作製するES細胞。これまでうまくいかなかったのは、卵の染色体を取り除いていたためかもしれない。

クローン技術を用いて、成人の卵細胞を胚の状態に再プログラム化し、発生中の胚から自己複製能を持つ胚性幹細胞株の作製に、ニューヨーク幹細胞財団研究所の研究グループが成功した。彼らがここまで達するには、希望と挫折の山と谷をいくつも越えなければならなかった。この研究成果は、Nature 2011年10月6日号に発表された1

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しかしながら、今回の成果は、胚性幹細胞(ES細胞)の作製をめざす研究者たちが求める最終目標ではない。なぜなら、この胚由来の幹細胞株のDNAは、細胞を提供した患者のDNAと同一ではなく、真のクローン胚ではないからだ。それでも、今回の実験結果は、患者特異的な幹細胞株を作製するための一歩であり、これまで、なぜ実験がうまくいかなかったのか、その原因のいくつかを説明できるだろう。

思わぬ誤算

1996年、羊のドリーが誕生し、成体のDNAを卵細胞に注入することで、クローンを作製できることが示された。それ以来、研究者たちは、クローン作製よりも容易と考えられる、ヒトクローン胚から幹細胞株を作製しようと取り組んできた。これが実現できれば、研究や治療を目的とした組織が作製できると考えられるからだ。

しかし、だんだん、クローン胚からの幹細胞株の作製は難しいことがわかってきた。しかも、難しいのはヒトに限るわけではない。多くのグループが研究しているにもかかわらず、これまで、マウスやアカゲザルなど、数種の哺乳類でしか、クローン胚からES細胞株は作製できていないのだ。特にヒトの場合、カギとなる材料の卵を自由に入手できないことは確かに障害ではあるが、少なくとも提供卵の数の問題ではなく、ヒトの生物学の繊細なプロセスを微調整しなければならなかったことが原因だと考えられる。

2004年、ある研究グループがクローン胚からの幹細胞株の作製に成功したと発表した。当時、ソウル大学の生物学者だった黄禹錫が、生存可能なヒトクローン胚を作製したと報告したのだ。しかし、その論文は捏造だった。黄の研究グループは、倫理に反する手段で入手した2000個以上もの卵を、誤った実験や不正な実験に使い尽くしていた。結局、何の成果も得られず、研究に卵を使用する正当性および倫理性について疑念が生じ、クローン胚作製の研究は停滞してしまった。

さらに、2006年、人工多能性幹細胞(iPS細胞)が作製され、クローン胚作製の必要性は疑問視されるようになった。iPS細胞では、1個の完全な卵を使用する必要はなく、成体細胞に数個の遺伝子を導入することで細胞を再プログラム化し、胚の発生能(万能性)を持たせることができるのだ。このためiPS細胞は、倫理的な障害がはるかに少なく、クローン胚由来のES細胞と同じ研究や応用が可能だろうと考えられた。ところが、ここ数年、iPS細胞はES細胞と微妙に違っていて、それが発生に影響を与えることがわかってきた。

一歩、一歩

従来のクローン技術では、未受精卵から一倍体の染色体を除去して、患者の成体細胞の二倍体の染色体を注入し、その導入DNAによって卵を胚発生させようとする。しかし、通常、このような細胞は、数回分裂すると発生が停止してしまうのだ。

今回、研究チームを率いたニューヨーク幹細胞財団研究所のDieter Egliは、ゼロからやり直した。研究チームは、16人から270個の卵の提供を受けて一連の実験を行い、従来のクローン技術の3つの主要な手順について、何が問題で発生が停止するのかを調べた。その結果、卵のDNAを除去したことに原因があることがわかった。卵の染色体を除去せずに残したままで外部から染色体を導入すると、再プログラム化が行われ、卵に由来する余分な1組の染色体を持っているにもかかわらず、70~100個の細胞からなる胚盤胞期まで発生し、さらにそれらの細胞から幹細胞を誘導できたのだ。

これには、Egliらもたいそう驚いた。「それは本当に、幹細胞でした。技術的な問題が解決できることが実際に立証されたのです」。

議論されるクローン

「ヒトの卵は、我々が思っていたとおり、本当に『魔法』を使ったんです!」と、幹細胞技術を使った治療法を開発しているアドバンスト・セル・テクノロジー社(米国カリフォルニア州サンタモニカ)の最高科学責任者であるRobert Lanzaは言う。「この研究は、今回のクローン技術の持つ、とてつもない力を明確に示しています」。一方で、Lanzaは、今回の特別な実験を手放しでたたえてはいない。彼は、「この方法が今まで試みられなかったのは、臨床的な意義がないからです」と話す。この方法で作製された幹細胞は、染色体を余分に1組持つため、患者の組織に利用できないのだ。

クラグイェヴァツ大学(セルビア)のクローン技術の専門家Miodrag Stojkovicは、こうした懸念に同感の意を示す。「この方法で作製されたES細胞は異常細胞であり、ヒトの初期発生を理解するための非常に限られたツールでしかありません」。そして、染色体の組数が正常なクローン胚由来のES細胞を作製し、iPS細胞と厳密に比較するべきだと付け加えた。

それでも、iPS細胞に問題があるとする報告は増え続けているため、この最新の研究によって、クローン技術を用いた「もっと自然な」再プログラム化法の探索が促されるだろう。

Egliのグループは、卵のDNAを除去して生存可能な胚を作製しようと、ほかの細胞種の使用やiPS細胞の誘導効率を高めるために用いられた方法をはじめ、多数の異なるアプローチを検討している。Egliは、卵の染色体で、成体細胞の染色体で置き換えられない「胚盤胞期への発生に必要な今までに知られていない因子」を徹底的に調べるつもりだ。

Lanzaは、卵から染色体を除去してしまうと、細胞分裂を可能にする紡錘体も除かれてしまうことが、真の問題ではないかと考えている。「ほかのいくつかの種とは異なり、ヒトの胚では、分裂を続けるためには紡錘体が重要なのです。これこそ、ヒトのクローン胚作製が今までうまくいっていない理由なのです」とLanzaは話す。

(翻訳:三谷祐貴子)

参考文献

  1. Noggle, S. et al. Nature 478, 70-75 (2011).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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