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ノーベル化学賞は準結晶に

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2011.111204

松尾義之(科学ジャーナリスト)

四半世紀前まで、X線結晶回折において、5回対称パターンは「存在しえないもの」とされてきた。その常識を覆した発見に、今年のノーベル化学賞が贈られる。

2011年のノーベル化学賞は、1982年に準結晶を発見したテクニオン・イスラエル工科大学(ハイファ)のDan Shechtmanに贈られる。準結晶とは、古典結晶学が規定したような厳密完全な周期性は持たないものの、それに匹敵する長距離秩序を持った構造のことだ。この発見により、19世紀に確立された結晶学は見直しを迫られ、1992年に国際結晶連合は、結晶の定義を「不連続な回折パターンを示す物質」という緩い定義に変更した。

ではShechtmanは何を見たのか。彼が実際に見たのは、5回および10回対称性を持つ電子線回折パターンだった。このような対称性は、少なくとも1980年代前半までの結晶学・X線(電子線)結晶解析では、「存在しえないもの」と信じられていた。理由はこうだ。

まず結晶とは何か。結晶とは、単位胞(セル)を三次元空間に無限に埋めつくしたもの、と定義される。例えばサイコロ(正六面体)は空間を隙間なく埋めつくすことができる。この空間格子はまた、並進対称性という特徴を備えている。つまり、サイコロ全体をいっぺんに1つ分だけずらしても、すべてが前とピタリと重なる。このような単位胞に、原子や分子を配置し、それで空間全体を埋めつくしたもの、それが結晶だ。

以上は三次元空間の話だが、次に、回折像つまり二次元平面での話になる。三次元のサイコロ結晶にX線(電子線)を当てて回折像をとると、碁盤の目のように並んだ格子点ができる。碁盤の目は、90度回転しても全体が完全に重なり、4回×90度=360度で元に戻るので「4回(回転)対称性」を持つという。

1980年代の教科書(例えばキッテルの『固体物理学入門』など)には、結晶には、「1回、2回、3回、4回、6回の回転対称性しかありえない」と書かれていた。1回は任意だが、2回は長方形、3回は正三角形、4回は正方形、6回は正六角形の格子のことだ。空間を埋め尽くせる同じ形はこれだけしかない。抜けている5回の正五角形では、どうしても隙間が空いて歪んでしまう。したがって並進対称性は生まれず、結晶で5回対称はありえない。そのはずであった。

だから、多くの実験科学者が、回折像の中に実際には5回対称や10回対称を見ていたと思われるのに1、見ないか見えないふりをしていたのだ。ところが、Shechtmanは違った。明るいスポットが正五角形、正十角形に並ぶ回折像を見て、ありうる空間構造だと見抜いたのだった。

この辺りで、あまり立派でない光景が見られた。ノーベル賞を2回受賞した、かのLinus Paulingなど、著名な科学者がこぞってShechtmanの主張を嘲笑したのだ。論文は2年以上も受理されなかった。受賞の知らせを受けてShechtmanはNatureに「観察を繰り返して自分に確信を持ったならば、他人に聞いて『そんなのありえないよ』と言われても、決してあきらめてはいけません」と答えている1。この言葉は、当時の彼の苦境を物語る。大多数から馬鹿にされたのだ。

Shechtmanが5回対称性を観察したのは、アルミニウムとマンガンの合金であった。彼はサバティカル(研究休暇)で、イスラエルから米メリーランド州ゲイサーズバーグにある国立標準局(現在の国立標準技術研究所:NIST)に来ており、1982年4月8日、この発見と出会ったのだった。彼の実験ノートには「10回対称???」と記された1

準結晶は、正二十面体の対称性

そのShechtmanの仕事が、いかにして認められていったのか。その辺りの事情は、研究者だけでなく、科学ジャーナリズムでも広く記憶されている。論文は1984年にようやく発表された2。そしてそのすぐ後に、Dov Levineらによる準結晶の理論的論文が発表されたのだった3。この論文は、Roger Penroseによるマクロな5回対称性を示すモザイク状平面充填形(いわゆるペンローズ・タイリング)を、三次元空間に拡張したものであり、論文のタイトルに堂々と準結晶(quasicrystal)とうたっていた。

Shechtmanの仕事は広く知られるようになり、その後の高温超伝導フィーバー(1986年)には負けるものの、19世紀に確立され、材料科学や半導体の基盤である結晶学が根底から覆されたと大騒ぎになり、世界中で精力的な研究が展開されたのである。

特筆すべき点は、その後、さまざまな準結晶物質が発見・合成されたことだ。5回、10回に限らず、8回対称、9回対称といったパターンさえ発表された。そうした新種の準結晶物質の9割以上を、また安定な準結晶を初めて発見したのが、現在、東北大学多元物質科学研究所の蔡安邦教授である。それだけでなく、蔡教授の数年前の研究成果が、今回、準結晶がノーベル賞の授賞テーマとなるうえで、決定的な役割を果たしたらしい。ノーベル財団が発表した(スウェーデン王立アカデミーによる)解説The Discovery of Quasicrystalsで、後半部分がすべて蔡教授らの仕事の紹介となっているからだ。

1984年のShechtman論文は事実の発見であり、同時期に発表されたペンローズ・タイリングの三次元版という理論がもし準結晶の本質を示していれば、Levineらが共同受賞するのが自然だ。そうならなかったのは、科学倫理にからむ微妙な背景があったからと言われる。それより何より、残念ながら多くの準結晶がこのモデルでは説明しきれないのだ。

図1:イッテルビウム(Yb)とカドミウム(Cd)の二元準結晶の原子構造4。こうしたクラスターが三次元空間を埋め、マクロな正二十面体対称性を生み出している。 | 拡大する

UPPSALA UNIVERSITY, CESAR PAY GÓMEZ

多くの準結晶は、本質的に、正十二面体(=正二十面体)と同じマクロな対称性を持っている。このことは、Shechtmanはもちろん東北大学グループが当初から指摘してきたことだった。ペンローズ・タイリングの三次元版でも同じ対称性を示すのは可能だし、近似結晶などの理論も提案されてきた。こうした準結晶論争に、ほぼ決着をつけたのが2007年の論文4と思われる(図1を参照)。

正十二面体には、正二十面体、菱形三十面体という双対の(頂点と面を入れ替えた全く同じ対称性を備えた)多面体が存在する。これらとその相補的な形が、輻輳しながらも巧妙に美しく空間を埋めていき、しかもフラクタルのような自己相似構造を作りながら、アボガドロ数つまり10の23乗個というとてつもなく多くの数の原子を、秩序正しく空間に並べている。蔡教授らは、イッテルビウムとカドミウムによる準結晶の詳細な構造モデルを提示し、原子と原子の距離などを精密な実験で突き止めたのだった。

そこから見えてくるのは、既存の結晶とよく似た長距離秩序構造を作り上げるマクロな整合性が利いていることだ。だからこそ、準結晶という存在が生まれるのではないか。もはや、準結晶は結晶のおまけではない。結晶をより深く理解するための、より普遍的な秩序構造なのかもしれない。少なくとも正二十面体準結晶は、三次元空間において、ほとんどの結晶よりも優れた長距離秩序を持っている4。やっぱり自然は、ランダム(行き当たりばったり)でなく、対称性を好むらしい。

参考文献

  1. van Noorden, R. Nature 478, 165 (2011).
  2. Shechtman, D. et al. Phys. Rev.Lett. 53, 1951-1953 (1984).
  3. Levine, D. and Steinhardt, P. Phys. Rev.Lett. 53, 2477-2480 (1984).
  4. Takakura, H. et al. Nature Mater. 6, 58-63 (2007).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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