Editorial

公式統計における極端な天候による死亡者数は実際より少ない

2025年8月、雨期の豪雨で浸水したムンバイの道路を、人々は膝まで水に浸かりながら歩いていた。 Credit: Indranil Aditya/NurPhoto/Getty

南アジアの雨期は6月から9月まで続く。この期間中にバングラデシュの人口の60%近くが洪水の危険にさらされる。2024年には約500万人が豪雨による鉄砲水の被害を受けた。インドとパキスタンの一部の地域でも豪雨による水没が増えている。2025年だけでも、インドの国土の45%が極端な降雨に見舞われ、約1500人が死亡した。また、パキスタンでは200万人が自宅からの避難を余儀なくされ、800人以上が亡くなった。

極端な気象事象の増加は、気候変動の影響の1つと想定されているが、降雨や洪水による超過死亡(本来想定される死亡者数を上回って生じた死亡者数)の報告数が著しく過少である可能性が非常に高いことが、Natureに掲載された研究論文1で明らかになった。極端な気象事象の被害を受けやすい人の数は、公式データに記録される人数よりもはるかに多いことを示唆する知見の積み重ねが進んでおり、この論文もその1つだ。

こうした研究成果が得られているため、2025年11月にブラジルのベレンで開催される国連気候変動枠組条約第30回締約国会議(COP30)での議論、例えば、気候変動による損失や損害を補償するために設立が進められている基金の規模や構成などの議論を再び活発化させる必要が生じている。現地からの第一報の中には、(そもそも高くはない)COP会議に対する期待値に照らしても、COP30への期待は低いことを示唆するものもある。これは、誰にとっても朗報ではない。

多くの国々で、豪雨による死亡者数の算定は、豪雨に関連した用語、例えば「洪水」や「溺死」が死亡診断書に記載されているかどうかに基づいてなされている。しかし、感電や水系感染症、がれきの落下によって命を落とした場合など、降雨や洪水によって間接的に引き起こされた死亡事例では、水が死因として記載されることはない。研究者は、これが、実際の死亡者数が公式記録よりも多い可能性が高いことの主たる理由だと指摘している。

プリンストン大学(米国ニュージャージー州)のTom Bearpark、シカゴ大学(米国イリノイ州)のAshwin Rodeとグリーン・グローブ・コンサルティング社(Green Globe Consulting、インド・ムンバイ)のArchana Patankarという3人の経済学者による研究は、降雨関連死の評価の精度を向上させることを目的としていた。このモデル化研究では、ムンバイに注目した。ムンバイは、インドの金融の中心地であると同時に、少なくとも100万人がインフォーマル居住区で暮らしている。こうした地域の住宅は、安全性に問題があり、密集していることが多く、水道、トイレ、電気などの基本的な生活必需品が欠如している。

この研究では、2006年から2015年までの間、雨期に年間約2500人の命が失われたことが明らかになった。また、降雨に関連した原因で亡くなった人の多くが乳幼児と女性であり、そのほとんどがインフォーマル居住区の住民だった。この研究で示されたムンバイにおける降雨による死亡者数は、ムンバイを含むマハラシュトラ州の2006年から2014年の公式記録における死亡者数よりも1桁多い。

死亡者数と死因を正確に記録するのは大切なことだ

極端な気象事象を原因とする死亡者に関して、公式統計の数値が実際より少ないと結論付けた研究者は、Bearpark、RodeとPatankarだけではない。2024年にカリフォルニア大学バークレー校(米国)の科学者Rachel YoungとSolomon Hsiangは、1930年から2015年までに米国を襲った501回の熱帯低気圧(またはハリケーン)による超過死亡が年間7000~1万1000人だったと推定した2。これは、政府統計において、当該事象に直接起因すると報告された死亡者数が年平均24人だったことと大きく異なる。記録されていない死因としては、医療を受ける機会が限られていたこと、あるいはなかったこと、それに、乳幼児突然死症候群や心血管疾患などの疾患が含まれていた。最も大きく影響を受けたのは、1歳未満の乳児、65歳以上の高齢者、そして黒人だった。同様の手法を用いた他の研究でも、極端な高温による死亡者数が過少に計上されていることが判明している。

死亡者数と死因を正確に記録するのは大切なことだ。これは遺族にとっても大事なことで、愛する人がなぜ亡くなったのかを知ることができる。極端な気象事象で命を失う危険にさらされている人々の数が現在の想定をかなり上回っているという認識を持つことは、各国の責任ある立場にある人々にとっても重要だ。つまり、手遅れになる前に、根本的な問題に何らかの手を打つことができるからだ。

例えば、世界の都市人口の約25%は、インフォーマル居住区の住民であり、その数は2020年以降増加傾向にある。こうした居住区の住宅で生活する人々が極端な気象による被害を最も大きく受けやすいことを考えると、この状況を改善するために一層の努力を払わなければならない。

それと同時に、豊かな国々の温室効果ガス排出を主たる原因とした気候への影響によって被害を受けた貧しい国々を補償するための基金には、十分な規模の資金が必要となる。COP30では、この新たな損失・損害補償基金の初めての資金助成の募集が行われる予定だ。2024年に、気候ファイナンスに関する独立専門家グループが、2030年までに極端な気象の影響による貧しい国々の損失と損害に対する補償として、年間2500億ドル(約37兆円)が必要になると試算した3。超過死亡を代用指標とした場合には、この補償額も過少に見積もられている可能性が非常に高い。COPに出席する各国の代表は、覚悟を決めて、極端な気象の根本原因である温室効果ガス排出量の削減を加速させる確かな計画に合意することが求められている。この社説で述べた事柄の全てが、そうしなければならない理由なのである。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 23 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2026.260205

原文

Official statistics are vastly undercounting deaths from extreme weather
  • Nature (2025-11-12) | DOI: 10.1038/d41586-025-03669-2

参考文献

  1. Bearpark, T., Rode, A. & Patankar, A. Nature https://doi.org/10.1038/s41586-025-09730-4 (2025).

  2. Young, R. & Hsiang, S. Nature 635, 121–128 (2024).
  3. Bhattacharya, A., Songwe, V., Soubeyran, E. & Stern, N. Raising Ambition and Accelerating Delivery of Climate Finance (Grantham Research Institute on Climate Change and the Environment, London School of Economics and Political Science, 2024).